リガの街、到着
リガの街。
ブリスペル共和国とロシュフォール王国との国境に存在し、かつては両国の国交における一大拠点だった地である。そして、ブリスペル共和国全体で考えれば、ストーンデール、ゼッツブールの次に大きな街だと言っていいだろう。
だが、誰もがその街に対して抱く第一印象。
それは――寂れている。その一言に尽きるだろう。
「ふー……」
ようやく到着した僕は、何事もなくリガの街へと入った。
ストーンデール、ゼッツブールの両方においては、街の入り口を守る警備の兵がいた。だけれど、このリガの街には警備兵すらおらず、誰でも入ることができるようになっている。
まぁ、簡単に言えば入り口を守る必要すらない街なのだ。
主要な産業もなければ、観光地というわけでもない。ただの寂れた街である。かつての繁栄から、街の大きさだけは巨大であるけれど、人口がそもそも少ないのだ。それこそ、街の外にある麦畑を耕している農民たちが住んでいるくらいである。
「ええと……ここですかね」
ホテル『ロイヤル・リガ』。
ロイヤルグループの系列店舗の一つであり、このリガの街で唯一ともいえる高級ホテルだ。もっとも、こんな街では赤字続きだろうけれど、その分の補填を他の街でのホテルが支えているのだと思う。
何せロイヤルグループの理念は、「あらゆる街で王侯貴族を迎えるために」とのことだ。多少赤字でも、もしも高貴な身分の人物が来た場合を想定しなければならないらしい。残念ながら、僕はストーンデールで泊まったのが初めてだし、そして今後二度と泊まることはないだろう。
「む」
「ああ、マリカさん」
丁度いいタイミングで、ホテルから出てきたマリカと目が合う。
やっぱり、ここに泊まっていたのか。例の魔法のカードとやらを使って。
まぁ、僕としてはもう面倒だから勝手に高級ホテルでも何でも泊まってくれて結構であり、その出費については僕の知るところではない。
「貴様、ようやく到着したのか。牛の歩みでももう少し早いぞ」
「出会って五秒で罵声が出るのって凄くないですか?」
「それで何用だ。お嬢様は今、おやつに舌鼓を打っていらっしゃる」
「どうでもいい情報をありがとう」
チェリルがおやつを食べていようが、僕には何の関係もない。
ただ僕は、マリカに今後の予定を話すだけだ。
「明日の朝に、ミスリフの山の頂上にある聖剣を抜きに行きます。明日の朝、日の出の時刻に街の北門まで来てください」
「駄目だ。その時間は、お嬢様がお休みになられている」
起こせよ。
何のための従者なんだよお前――そう言いたいけれど、ぐっと堪える。
むしろ僕としては、チェリルが眠っている方が楽に済むのだから。
「チェリルさんは、寝かせたままでいいですよ。マリカさんが背負ってきてください」
「む」
「ほら、明日は山登りになりますし、チェリルさんにそんなにも疲れることはさせてはいけないでしょう?」
「確かにその通りだ。お嬢様のおみ足を、登山などで疲れさせるわけにはいかない。貴様、少しは分かってきたではないか」
「ええ、まぁ少しは」
あなたの扱い方が、という言葉は続けない。
とりあえず僕としては、戦うマリカと剣を抜くチェリルが一緒に来てくれればいいだけの話である。それ以外は全部些事だ。
「だが、些か難しい。お嬢様を起こさねば、私は背負えない」
「……へ?」
いや、何言ってんの貴方。
この前、ゴブリンの巣でチェリルさん背負ったままで無双してましたやん。つい一昨日だって、チェリルさん背負ったまま風のように消えていきましたやん。
だけれどそんな僕の疑問に対して、マリカが首を振った。
「問題は、あの駄剣だ」
「あの駄剣がどうしましたか」
当然ながら、ベルグラードである。
やたら煩いだけであり、今のところ完全に役立たずであるため、駄剣だ。
「あの駄剣は、お嬢様にしか扱うことができない。お嬢様が手に持っていたり、腰に佩いてさえいれば、私は駄剣の重みを感じない。だが、駄剣だけを私が持とうとすると、凄まじい重量に襲われる」
「……本当ですか?」
「ああ。持てないことはないが、歩みを進めるたびに私の足が沈む」
「……」
それは、確かに凄まじい重量だ。
恐らく駄剣――ベルグラードは、チェリルにだけ扱える聖剣だ。聖剣は勇者以外が抜くことはできないと聞くけれど、それは抜いた後も扱えないということか。
というか、そんな重さのも持てないことはないって普通に凄い。
「チェリルさんが寝ている間に、腰に佩かせておくというのは?」
「私がお嬢様の腰に、佩かせることができん。佩かせるまでの間に、ホテルの床が抜けるだろう」
「……寝る前から、チェリルさんに佩いて寝てもらうというのは?」
「お嬢様は身だしなみを大事にされる。眠るときは必ず、わんこの柄が入ったパジャマにお着替えをされるのだ」
「どうでもいい情報をありがとう」
別に、パジャマに着替えなくても寝ている姿、何回も見てるんだけど。
ホテル限定での拘りなんだろうか。普段から、革鎧を着たままで秒で寝るくせに。
「無論、このパジャマは私が三着、常に持ち歩いている」
「もうそれあなたの趣味なんじゃありません?」
「そんなわけがあるまい。わんこの柄が入ったパジャマを着て就寝なさるお嬢様が、どれほどお可愛らしいことか貴様に分かるというのか!」
「あなたの怒るポイントが全く分かりません」
そんなわけがない、と言いながら完全にそんなわけあるでしょ。
駄目だ。この従者、主人が絡むとポンコツなんだった。
どうにかして、言い訳を考えなければ。
「あー……ええとですね、はい。分かりました」
「何だ」
「まず、朝にチェリルさんを起こしてください」
「私にっ! お嬢様の大切なお眠りの時間を邪魔しろと言うのかっ!」
「でも、そうじゃないと剣を佩けないでしょう? チェリルさんをまず起こして、身だしなみを整えてもらって、それからマリカさんが背負ってください。その後は、自由に寝て貰って結構です」
「むぅ」
チェリルさえ起こせば、全部の問題は解決するのだ。
あとは、マリカの背中の上でいくら眠ったところで、僕には関係ない。
「大体、よく考えてください」
「何だ」
「わんこの柄のパジャマを着たチェリルさんを、衆人の前に晒していいと思いますか?」
「それは駄目だ! なるほど、確かに、着替えてもらわねばならん……!」
「そういうことです」
「……むぅ。仕方あるまい」
うんうん。
なんだか、この従者をどう操ればいいか分かってきた。
慣れって怖い。




