次の街へ
僕たちはひとまず、ヤルバの村には寄らずに次の街へ向かうことにした。
というのも、ヤルバの村の民たちからすれば、チェリルが今抱えている剣は昔から村の近くにあったものである。それが抜かれ、チェリルの手にあることで、何らかのトラブルを招いてもいけない、ということで早めに離れたのだ。
ちなみに、ちゃんと小舟は返した。船底がコールタールまみれになっていたけど。
「それで、次の目的地はどこなんですか?」
「前にも言いましたが、ロシュフォール王国との国境にあるリガの街です」
「あ、そういえば聞きました!」
「これも前に言いましたが、リガの街近くのミスリフの山、その山頂にあります」
「それも聞きました!」
以前にも説明したが、一応もう一度、チェリルに伝える。
この子、記憶力がスライム並なのか、僕が以前説明したことも秒で忘れる脳をしている。そのため、「次の目的地はリガの街」と何度説明したことだろう。
ちなみに、そんなチェリルは今。
マリカに背負われて、悠々自適な旅路を送っている。
「ええと……マリカさん?」
「どうした」
「チェリルさんを……何故背負っているのですか?」
「それは当然だろう。お嬢様は疲れている」
「疲れたとか一言も言ってませんけど」
マリカがチェリルを背負ったのは、十数分ほど前だ。
嬉しそうにベルグラードを振りながら、足を大きく踏み出して歩いていたチェリルを、不意に背負ったのである。
そしてチェリルの方も、楽ができると思ったのかそのままマリカの背に負われたままだった。
この光景の中で、僕はチェリルから疲れたという言葉を一言たりとも聞いていない。
「貴様の目は節穴か」
「どういうことですか」
「お嬢様が一歩を踏み出すとき、〇.二秒ほどのずれがあっただろう。疲労で足が出にくくなっている証左だ」
「それが分からない目が節穴なら、世の中の目は大抵節穴ですよ」
そんな僅かなずれ、分かるはずがない。
そもそも僕、チェリルの足の動きとか気にしたことないし。
あれか。マリカ曰く、「お嬢様の一挙手一投足は世界の宝」と主張しているあれか。
「何より、主人が疲れたと言ってから対策をするようでは、侍従として三流だ。一流の侍従は、主人が言葉に出さずとも全てを察する能力を持たねばならない」
「かーっ。お嬢ちゃんのメイドすげぇなぁ! 俺様もこんなメイドが欲しいぜ!」
「ふっ。私など、まだ侍従道の半ばにしかいない。真の侍従となる日はまだ遠いだろう。頂は遥か遠くにある」
「ふふん、そうなのです。マリカ、もっと精進するのです!」
「ええ、勿論ですお嬢様」
「もう何から突っ込んでいいか分からないんですけど」
とりあえず。
一流の侍従のハードル高すぎだし、剣がメイドを求めたところでどうするんだって話だし、侍従道とか聞いたこともない単語だし、チェリルは多分よく分かってない状態でより高みを目指させてるし。
突っ込むところは以上だろうか。まぁ、口には出さないけど。
「しかし、ヤルバの村で魔剣を手に入れてしまったのは、誤算でしたねぇ……」
「いやだから俺様、魔剣じゃねぇっての!」
「ああ、失礼。ベルグラードを手に入れてしまったのは誤算でしたね」
「おうおう、それでいいぜ!」
魔剣じゃなけりゃいいらしい。
誤算の部分は綺麗に聞き流され、ベルグラードは上機嫌だった。剣だけど。
「誤算って、どういうことですか?」
「いえ。本当なら、ヤルバの村で保存食を買い求めようと思っていたんですよ。そのために、どこで売っているかの情報も聞いたんですけどね」
「ええっ! もしかしてごはんが足りないんですか!?」
「三人、あと二日の道程なら多分足りるのですがね……リガの街までは、普通に行けば三日はかかります。一日は空腹で過ごさなければなりません」
ベルグラードを抜いてしまったせいで、ヤルバの村から早めに離れなければならなくなってしまったのは、僕としても誤算だった。
僕は食事をしなくていい体だから大丈夫だけれど、問題は人間二人だ。マリカは一応、まだ人間扱いをしていいと思う。
僕が食べるふりをして、本来僕が食べるべき保存食を二人に回せば、どうにか間に合ってくれるか――そう考えつつ。
「ふむ。であれば、リガの街まで早めに到着すればいいということだな?」
「まぁ、そうなりますね。早めに到着さえしてくれれば、食事も気にしなくていいですし」
「ならば、急ぐ形にすればいい。お嬢様は私が背負っているし、私は数日ならば食事も睡眠も排泄も必要ない体だ」
「あなた本当に人間なんですか」
食事と睡眠はともかく、排泄は日に何度かするものだろうに。
でも、確かにチェリルとマリカを先に行かせて、合流する形でもいいかもしれない。
マリカの脚力で、何日ほどで到着するのかは分からないけれど。
「まぁ……その手はアリですね。それでは保存食を幾つか渡しておきますので、お二人は先にリガの街まで向かってもらえますか? 僕はゆっくり向かいますので、僕が到着するまではのんびり観光でもしていてもらえれば」
「分かった。ではお嬢様、少しばかり走りますが、問題ありませんか?」
「あんまり揺らさないようにしてくださいねー」
「勿論です。リガの街には、『ロイヤル・リガ』というホテルがあります。そちらはお風呂のある、広い部屋の素敵なホテルですので」
「わぁい! やっとお風呂に入れるんですね!」
また散財をするつもりか、この金持ち。
だけれど、マリカのそんな言葉に対して、はっ、とチェリルは目を見開いた。
「し、しかしマリカ! わたしは、ゼノさんから教えてもらいました!」
「む……あの愚昧から何を教わったのですか」
「誰が愚昧ですか」
「一晩で金貨一枚の宿には、十九枚だと十九日しか泊まれないのです!」
おお。
いつだったか、僕は諦め半分で言ったつもりではあったけれど、チェリルにそう教えたはずだ。分かってくれなかったと思っていたけれど、分かってくれていた。
そう、散財は良くない。
冒険者のような存在である僕たちは、あくまで身の丈に合った宿を――。
「問題ありません、お嬢様。お嬢様のような高貴なる存在は、泊まる宿もまた高貴なるものでなければいけませんので」
「で、でも、わたしの手持ちはあと金貨十四枚なのです!」
「それも心配は無用です、お嬢様。旦那様より、お嬢様のために無限に買い物ができる魔法のカードをお預かりしています」
「なんと、魔法のカード! すごい!」
多分だけど。
それは翌月、チェリルの父親に使った分の請求が来る、超現実的なカードだと思う。




