二本目の聖剣
さて、ゴブリンは殲滅した現状である。
僕たちの周囲には、凡そ三十匹超のゴブリンの屍が転がっている。そして、どれも見事なまでに一撃で屠られたものばかりだ。
この全てを、人一人を背負った状態で倒したと言われて、信じる者などそうそういるまい。そのくらいに、飛び抜けた技量を持っている。
何故、チェリルの家でメイドなんてやっているんだろう。
「しかし、わたしにそんな隠れた才能があったとは……わたしは、わたしが恐ろしい……!」
「いいえ、お嬢様。お嬢様の征く道を塞ぐ、このゴブリンどもこそ害悪です。お嬢様の刃にてその命を刈ることに、何の憂いがありましょう」
「マリカ、貴方には分からないでしょう……力を持った者の苦悩というものが」
「申し訳ございません。しかし、薄汚いゴブリンの命にさえ嘆かれるお嬢様のお優しい心は、いずれ瑕瑾となるでしょう。お嬢様がお優しいことは存じておりますが、時には冷酷さを持つことも貴き生まれの義務でございます」
「ありがとう、マリカ。どうか、わたしを支えてください」
「この命を賭しましてでも」
何この主従。
絶妙に会話が噛み合っていないくせに、物凄い忠誠心を感じてしまう。というか、そのゴブリンを倒したのはマリカなのに、どうしてチェリルが倒したことになってしまっているのさ。
かといって、僕の方から何か言い出したら、マリカが物凄く睨んできそうな気がする。沈黙は金――その格言は正しかったらしい。
「とりあえず、お二人とも」
「はい、ゼノさん!」
「ええ」
「向こうに、見えるものが何か分かりますか?」
僕はもう、気にすることなく僕の目的を達成するのみだ。
今後、チェリルの寝ている早朝のうちに、マリカと僕だけでどうにかダンジョンを攻略し、聖剣が見つかり次第チェリルを起こす――その方向で問題ないだろう。
毎度毎度、マリカが背負う羽目にはなるだろうけれど、よだれを垂らされて喜ぶ変態の侍従だ。そのことも、ご褒美と捉えるに違いあるまい。
「あ、あれは……!」
「ええ、そうです」
そんな僕が、指差した先。
そこに存在するのは、地面に刺さった剣である。獅子の横顔がレリーフとして刻まれた唾に、滑り止めの溝が掘られた柄。そして刀身は、鮮やかな青の刃である。
まさに、聖剣と呼んで差し支えない――そんな、美しい剣だった。
これこそが、僕の求めていたもの。
チェリルに、次に抜いてもらう聖剣である。
「ウェイデンの聖剣――これを抜くために、僕たちはここまで来ました」
「つまりっ……! あの聖剣が、わたしの聖剣かもしれないということですね!」
「そうです。さぁ、チェリルさん。抜いてください。きゅっと」
「……」
チェリルは僕の言葉と共に、聖剣へと近寄る。
しかし、何故かその手を柄にかけることなく、祈りを捧げるように跪いた。
何故か少し後ろで、マリカもチェリルに倣って跪いている。この状況の意味が分からない。
「……チェリルさん?」
「……」
「あの、一体、何を……」
「ゼノさん、少し静かにしていてください」
「へ……?」
チェリルは跪く姿勢から頭を上げ、次に聖剣へと触れる。
柄の先に飾られた宝石を愛おしそうに撫でた後、滑り止めの溝に爪を掛け、獅子の横顔が描かれたレリーフを一撫で。
その間も、ずっと真剣な表情のチェリルである。
一体何をしているのか、僕には分からない。
「おい、何をしている貴様。貴様も跪かんか」
「いや、チェリルさん一体何をしているんですか」
「分からんか」
「分からないから聞いています」
「聖剣と対話をしているのだ」
「……」
何その設定。
僕は生まれて千年以上経つけれど、今のところ会話のできる聖剣に出会ったことがないんだけれど。
「お嬢様は、聖剣に選ばれし勇者だ。そして同じく、聖剣もお嬢様を選ぶ権利がある。このままただ抜くだけでは、以前に灰と化した聖剣の二の舞だ」
「はぁ……」
「ゆえに、お嬢様は対話をしておられる。聖剣に己が選ばれるように。聖剣が己を選ぶように。お嬢様の海よりも深い愛でもって、聖剣と心を繋げているのだ」
「……」
百歩譲って、それが正しいとして。
どうして勇者でもないアンタにそれが分かるんだ――そう言いたい。
「今まさに、お嬢様は聖剣と心を繋げている。聖剣の想いを、そして強さを、その心に受け入れようとしている」
「……そうですか」
僕にはただ、聖剣の宝石をなでなでしているようにしか見えない。
「聖剣は今、お嬢様に語りかけている。己を扱うのに本当に適した人間であるのか、己を振るうに相応しい勇者であるのか、その試練を行っている」
「…………そうですか」
僕にはただ、聖剣の周りをぐるぐる回っているようにしか見えない。
「そして今、聖剣そのものと一体化しようとしている。聖剣はお嬢様の一部となり、その力を存分に振るうことだろう。そのための最終的な対話も、どうやら終わったようだ」
「………………そうですか」
僕にはただ、聖剣の前でぽりぽり頬を掻いているようにしか見えない。
「さぁ、今だ――」
「……そうで……あ」
チェリルが、ようやく意を決したのか。
その右手で、聖剣の柄を握りしめる。
そこにマリカの言うところの対話があったり、試練があったり、一体化があったのかはさっぱり分からないけれど、とりあえず抜くつもりにはなってくれたらしい。
「えいっ!!」
思い切り、チェリルがその柄を引っ張って。
ピシッ、と岩肌に亀裂が入ると共に。
刀身が、抜かれた。
チェリルが振り上げた、青い刀身の聖剣――それが一瞬輝きを増すと共に、ちりっ、と僕の左肩へと僅かな痛みが走る。
これで、左肩の封印は解けた――そう、僕が認識した次の瞬間。
「わわっ!」
チェリルの右手に握られていた、その聖剣は。
刀身の先からその形を失い、真っ白な灰と化してこぼれ落ちた。
「……ぴえん。駄目でしたぁ」
「お嬢様、お疲れ様でした。やはり、勇者たるお嬢様とはいえ、相性はあります。次の聖剣こそ、お嬢様が振るうに相応しい聖剣でしょう」
「……対話とか一体化とかのくだり、一体何だったんですか」
そんな二人に向けて呟いた、僕の突っ込みは。
風に流されて、かつて聖剣だった灰と共に流れていった。




