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ゴブリン討伐

 岩壁の向こうに出現した階段を、僕とマリカの二人は下っていた。

 今までこの隠し階段が発見されなかったのは、恐らく内側からしか開く仕掛けを操作できないからだったのだろう。少しでも怪しい仕掛けがあれば、シーフ職の者が見つけていないはずがないし。

 だから完全に、ここから先のダンジョンは未踏の場所ということだ。


 だというのに。


「まだチェリルさん、起こさないんですか?」


「お嬢様の名前を気安く呼ぶな。お嬢様の安らかな目覚めを邪魔するなど、侍従としての名折れだ」


「……今から戦うってこと分かってます?」


「無論だ。お嬢様を抱えている程度で、ゴブリンに遅れをとるような私ではない」


「……そうですか」


 もう、これ以上は完全に水掛け論になるだろう。

 本人ができると言い張っているのだから、とりあえず僕はそれを信じるだけだ。僕がいかに役に立たないかは、ちゃんと説明しているし。

 何せ、現在の魔力では初級の攻撃魔術でも、数発放てば切れてしまう。一応荷物の中に魔力ポーションも入ってはいるけれど、高価なためあまり使いたくないのだ。

 まぁ、岩壁を蹴りで砕ける人だし、大丈夫か。


「おっと……扉、ですね」


「この向こうにゴブリンがいるな。十……二十……二十五だ」


「なんで分かるんですか」


「魔王によって与えられた魔力の塊といえど、ゴブリンとて生命体であることには変わりない。そして生命がそこにある以上気配を完全に絶つことなど、命ある限りは不可能なことだ」


「別にそういった高次元の質問はしていないつもりですけど」


 僕はただ純粋に、どうして扉の向こうにいるゴブリンの数が分かるのかを問うただけである。

 それを、何故か物凄く卓越した武人の考えで解説されても、僕に分かるはずがない。


「ふん……まぁ、敵がどれほどいるか、その程度のことは気で分かる」


「気、ですか」


「気というのは、一つの指標にもなる。己より強い気、己より弱い気……それにより、自分より強い相手というのを理解することができる。扉の向こうにいるゴブリンは、いずれも最弱の個体だ。種族としては上になるホブゴブリンすらいない」


「それは重畳。でしたら、早く入りましょう」


 金属でできた、無骨な扉――それをゆっくりと押す。

 ぎぃぃっ、という金属の擦れる音と共に、その向こう――暗闇に囲まれた通路が見えて。

 次の瞬間。


「キキィッ!!」


「キィッ!!」


「――っ!」


 その扉の向こうから、二つの影が躍り出る。

 それは当然、ゴブリンだ。向こうも向こうで、階段を降りてくる僕たちの足音を聞いていたのだろう。そして、いざ扉が開くその瞬間まで、待っていたのだ。

 この瞬間に、奇襲を仕掛けるために。


「はぁっ!!」


 されど、次の瞬間。

 彼らに襲いかかるのは、どうしようもない暴力だ。

 メイド服に身を包んだマリカが、長いスカートを跳ね上げて蹴りを繰り出す。それが一体目のゴブリンの首をへし折った後、軌道を変えてもう一体のゴブリン――その胴体へと突き刺さる。

 上半身はほとんど動かすことなく、足の一閃だけでゴブリン二体が、地に伏した。


「キキィッ!!」


「キィ! キィ!」


「キィィィッ!!」


 しかし、それだけに留まることなく、次から次へとゴブリンは僕たちへと襲いかかってくる。

 僕はマリカの後方で、一応攻撃魔術を打てるように準備はしているけれど、全くこちらが助力する必要などなさそうだ。

 上半身を全く動かすことなく、変幻自在の足の動きだけでゴブリンを一撃で刈る――その様は、完全に一流の武人である。靴に鋼鉄を仕込んでいるとは言っていたけれど、本来ならばその靴はとんでもなく重いはずだろうに。

 そして上半身を全く動かしていない理由は、その背に負ったチェリル。

 何せ、彼女は今もなお。


「すやすや……」


 寝ている。

 自分の目の前で、まさにゴブリンの虐殺が繰り広げられているというのに、寝ている。

 ゴブリンの悲鳴も聞こえているだろうし、少なからず揺れているだろうに、寝続けている。もうここまで来ると、薬でも盛られたのではないかと疑ってしまうほどだ。

 僕はただ、マリカの強さに見とれるしかない。


「ふぅ……もう、動いている敵はいないか」


 足を、ほんの二十回ほど振り回して――マリカが、そう呟いた。

 恐らく彼女の言うところの、気を探知しているのだろう。そしてマリカの呟きと共に、もぞもぞ、とその背中が動いた。


「うにゅぅ……」


「おや……お嬢様、お目覚めですか?」


「あれぇ……マリカ? え、暗い。まだ夜?」


「お嬢様、眠いのでしたら、もう一度お休みになっていてくれて構いませんよ」


「ふにゅ……あれ。わたし、マリカの背中にいる……?」


 ようやく、チェリルが目覚めた。

 僕はそこに、一つ安堵する。このまま目覚めなければ、この先にある聖剣を抜くことができないからだ。

 そして今起きなければ、僕は聖剣の前でチェリルが起きるのを待つという、非常に無駄な時間を過ごすことになってしまった。多分起こそうとすると、マリカが怒るだろうし。


「はわっ! わたし、いつの間にかダンジョンにいますっ!?」


「お嬢様、ゆっくり下ろしますね」


「はっ!? ゴブリンがいっぱい死んでいます!」


「チェリル、それは……」


「わたしは、いつの間にこんな特技を!」


「……はい?」


 目覚めた瞬間、侍従に背負われながらダンジョンにいて。

 そして何故か、周りには数多のゴブリンが倒れている。

 その状況を普通に考えれば、自分が背中で眠っている間に、侍従であるマリカが倒したと思うだろう。誰だってそう思う。普通に考えれば、そうなのだから。

 だけれど、残念ながら。

 この残念な勇者――チェリルは、普通じゃない。


「なんとわたしは、眠りながらゴブリンを倒したということですか!」


「さすがです、お嬢様」


「これが、勇者としての力……!」


 主人は馬鹿だし、侍従はそれを否定しない。

 自分がゴブリンを倒したのだと全く言うことなく、チェリルが眠りながらゴブリンを倒したなどという妄言――それを、肯定している。

 頭が痛くなってくる。


「ええ、ええ! そういうことでしたか!」


「はい、その通りでございます、お嬢様」


「わたしはこれを、『勇者睡眠剣』と名付けましょう!」


「素晴らしいお名前です、お嬢様」


 とりあえず、僕に分かったことは一つ。

 今後、ダンジョンの攻略は早朝に行うことにしよう。

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