ウェイデン遺跡へ
ゼッツブールの街を出て、森の手前で一泊し、翌日の朝。
どうにか、僕たちはウェイデン遺跡まで到着した。
ここに至るまで、僕がどれだけ苦労したかを想像して欲しい。
ポンコツ主人と駄メイドの二人と旅路を共にするのは、本当に無理だ。正直これなら、チェリルと二人で旅をする方がどれだけ楽か。チェリルだけなら、口先でいくらでも誤魔化すことができるし。
「さて、ようやく到着ですね……」
現在は、まだ夜明けからさして時間が経っていない。そのため、日の当たらない森は随分と冷え込んでいた。
そんな中で、僕は荷物を背負い、このウェイデン遺跡までやってきたわけだが。
「静かにしろ。お嬢様が起きてしまうだろう」
「……いや、起きてもらわないと困るんですけど」
マリカが現在背負っているのは、すやすやと眠っているチェリルである。
正直、朝チェリルを起こすのは難しいだろうと、そう思ってはいた。前回、街道で夜営をしたときにも、朝起こすのは随分と苦労したのだ。
だけれど、まさか。
起こさずに寝かせたまま、ここまで運んでくるとは思わなかった。一応獣道はあるといえ、足場の悪い森の中だというのに。
「すやすや……」
「……すやすやと言いながら眠る人、僕初めて見ましたよ」
「お嬢様は、以前からよくすやすやと言われながら休まれる。見ろ、この美しい寝顔を」
「よだれ垂らしている時点で美しさ皆無ですよ」
口元から垂れているよだれで、マリカの背中が濡れてしまっている。
しかし、それすらも愛おしいと思っているかのように、マリカは微笑んでいた。主人によだれをかけられるのが嬉しいって、もう変態の所業だと思う。
「ひとまず、見える位置にゴブリンはいませんね」
「お前の言い方では、この遺跡のどこかに隠し部屋があるとのことだったが」
「恐らくそうでしょうね。宝石が共鳴しているのが分かります。間違いなく、聖剣はこのウェイデン遺跡にありますよ」
「ふむ……私には全く分からないが、そういうものなのか」
僕の杖の先端をまじまじ見ながら、マリカが頷く。
当然、僕だって全く分からない。共鳴しているというより、僕は現在、左肩に違和感を覚えている状態だ。ここに刺さっている聖剣が、僕の左腕の呪いになっていることは間違いない。
だが、マリカには僕の杖の先端が発信源ということにしているため、嘘を貫き通すだけだ。
「とりあえず、遺跡に入りましょう」
「ああ」
チェリルを背負ったままで、僕の後ろについてくるマリカ。
しかし、この状態で魔物が現れた場合、マリカはどう戦うつもりなのだろう。
「ゴブリンがいる可能性がありますので、気をつけてください」
「無論だ。お嬢様には、髪の毛一本すら触れさせん」
「……どうやって戦うつもりなんですか?」
「たかがゴブリン程度に、後れを取る私ではない」
会話ができないって、こういうことを言うんだろうな。
僕の問いに対して、全く答えようとしてくれない。そして、僕ももうそんなマリカに慣れてしまった。
まぁ、本人が後れを取らないって言うなら、そうなんだろう。信じよう。
どうせ僕は、ゴブリンに襲われないし。
暗い遺跡の中を、細部に注意しながら僕は歩く。
遺跡という名前ではあるが、ウェイデン遺跡はかつて地下墳墓だった。そのため地上部分には入り口しかなく、その実質は掘られている地下空洞である。
もっとも、現在はゴブリンに占拠されている状態だったため、非常に荒らされているけど。
かつては棺が入っていたのだろう壁の穴は崩され、ここに葬送されたはずの人骨が至る所に転がっている。
「……さらに下から、聖剣の気配がありますね」
「下だと? ウェイデン遺跡は、地下一階部分のみのはずだが」
「ですから、今まで誰も分からなかったのでしょうね」
僕も冒険者ギルドで簡単に調べたが、ウェイデン遺跡は現在、地下一階部分だけしか存在しないということになっているらしい。
だけれど、僕の呪いの発信源は、現在地よりもさらに下にある。つまり、どこかに隠し階段があると考えていいだろう。
どうにか、隠し階段の場所を探り当てることができればいいんだけど。
だがウェイデン遺跡が発見されてから今まで、誰にも探り当てられていない隠し階段だ。そんなに、一朝一夕で見つかるものではないだろう。
「既に塞がれているのではないのか? そうでなければ、名うての冒険者たちが見逃すとは思えんが」
「……その可能性は低いでしょう。恐らく、ゴブリンは行き来することができています。そうでなければ、この地下一階にゴブリンが沸く理由がない」
「なるほど。ゴブリンだけが知っている通路があるということだな」
「そうです。ですから、ここで僕の出番ということですよ」
「どういうことだ?」
「――『魔視』」
杖の先端に、魔力を込める。
それは、魔力の残滓を見るための魔術――『魔視』。
魔物というのは、基本的には魔力の塊だ。そのため、魔物がどう移動したのか、どこからやってきたのか、そういう魔力の流れを視認することができる魔術である。
ゴブリンがどのようにこの遺跡の中にいたのか――その魔力の流れが、僕の目に映った。
「ゴブリンの動いた経路は……向こうの奥から足跡がこちらに向けて続いていますね」
「……魔術というのは、そういうことができるのか。凄まじいな」
マリカの言葉に対して、僕は少しだけ目を逸らす。
この魔術の習得は、恐ろしく難しい。恐らく僕以外に扱えるのは、それこそ大陸でも五指に入る大魔術師くらいのものだろう。
何せ、魔力を視認する――それが可能になるまで、僕は七百年以上を費やしたのだから。
人間に出来るとすれば、余程の大天才くらいのものだと思う。
「……ここで、途切れていますね」
そして、僕の視界にだけ映っているゴブリンの足跡――それが、一つの壁の前で止まった。
ただの岩壁で、特に仕掛けがありそうには見えない。だが、間違いなくゴブリンは、その壁の中から遺跡へ向けて歩いているのだ。
これは恐らく、内側からしか開くことができない仕掛けだ。
「つまり、この壁の向こうに行けばいいのか?」
「ええ。ちょっとゼッツブールの街に戻って、ツルハシでも購入した方がいいかもしれませんね。岩壁ですから、壊すのにもちょっと時間がかかるかもしれませんし……」
「ふんっ!!」
そんな岩壁に向けて、マリカが思い切り蹴りを放つ。
ずしんっ、と遺跡全体に衝撃が響いて。
「……はい?」
「これでいいか?」
次の瞬間――目の前の岩壁が、砕け散っていた。
土煙の向こうに見えるのは、小さな部屋と、その部屋の中央にある階段。
つまり。
この女、岩壁を蹴りで砕きやがった。
「……凄くないですか?」
「大したことではない。靴の底に鋼鉄を仕込んでいるだけのことだ」
いや、そんな程度のことじゃないと思うんだけど。
あと。
「すやすや……」
え、何。
チェリル寝てると、こんなにもスムーズに進むの?




