仕事を終えて
「ふぅ……割といい稼ぎになりましたね」
重くなった革袋を手に持って、僕は夜の街を歩いていた。
今日一日、『止まり木』の主人に斡旋してもらった酒場――『魔女の宴』を含めて五軒の飲食店で、氷作りを行った。特に四軒目は氷菓子の専門店であったため、かなり大量の氷を用意しなければならなかったのだ。その分だけ、報酬も弾んでもらったけれど。
結果、四軒目を終えた時点で僕の魔力は割と失われてしまい、ちょっと休憩を挟むことにもなってしまった。現在の僕の魔力では、樽一杯の水を氷に変える作業を行うにあたり、連続使用は十二個までが限界だと分かった。
五軒目が樽二個くらいの作業だったから、まだマシだったけれど。
「樽一杯で銀貨一枚……銀貨二十枚くらいの稼ぎにはなりましたかね」
具体的な数は覚えていないけれど、多分そのくらいだ。
今後も、空いた時間があればやっていくことにしよう。そうすれば、ある程度今後の資金になってくれるし。
しかし、懸念するのは今後のことだ。
「……一日で銀貨二十枚ほど稼げることは分かりましたけど、さすがに『ロイヤル』に泊まり続けるのは無理ですね」
チェリルの所持金は、金貨十九枚。
そして『ロイヤル』の宿泊費は、安くても金貨一枚。つまり、十九日ほど泊まると彼女の財布の中身は尽きてしまう。僕のように稼ぐ手段を持っていない以上、チェリルの財布の中身は有限なのだ。
つまり僕は、チェリルの我儘に対して十九日――今回の二泊三日を引くと、十七日ほど我慢すればいいのだ。
そうすれば今度こそ、チェリルの所持金はなくなり、お風呂が云々などと我儘は言わなくなるだろう。
そんな風に考えながら、僕は安宿――『止まり木』の扉を開く。
今日も朝まで、誰かと同室の寝台に寝転がって、朝まで思索に耽るとしよう。
「すみません」
「あいよ……ああ、アンタか。稼いできたのかい」
「ええ、ありがとうございます。おかげさまで、良い日銭稼ぎになりました」
「泊まるなら銀貨一枚だ」
ちらりと僕の方を見て、それから再び新聞へと目を向ける主人。
一応お礼は言ったが、僕が稼いだことになど何の興味もないのだろう。僕は銀貨一枚を取り出し、そのままカウンターに置く。
主人はそれを、新聞を読みながら受け取って。
「三階奥の五号室、四番の寝台を使え」
「はい」
短く言われたことに、僕は頷く。
四番の寝台ということは、既に三つが埋まっているということだろう。今日も盛況のようで何よりである。
僕はぎしぎしと鳴る階段を上り、三階へ向かう。
安宿『止まり木』は狭い立地ながら、天井を低く一部屋を狭く、五階建てで作られている構造だ。四番の寝台ということは、部屋に入って左側手前という意味である。
三階の最奥、『五号室』と看板が掛けられているそこに入り。
「お」
「おう……」
「おや」
既に、そこには屈強な三人の男性がいた。
恐らく、冒険者なのだろう。アウトローらしい厳つい顔立ちに、僕の足ほどもある太い腕をした男たちである。スキンヘッド、角刈り、とんがり頭の三人だ。
「どうも。今夜同じ部屋で過ごさせてもらいます、魔術師のゼノと申します」
「なんだ、兄ちゃん魔術師かい」
「ええ」
最も厳つい、スキンヘッドの男が僕を見てそう言う。
多分、細いなりをしていると思ったことだろう。決して彼らのように、鍛え上げられた体はしていないのだから。
しかし、そんな僕に向けて角刈りの男が笑みを浮かべる。
「魔術師にしちゃ、気合いの入ったモンモン入れてんじゃねぇか。そんなもんチラつかせてりゃ、街の住民が怖がるんじゃねぇのか?」
「お前が言うんじゃねぇよ。両腕にばっちり入れてるくせに」
「こいつは俺の気合いの証ってやつよ!」
ぎゃはは、と角刈りの男が笑う。その言葉通り、その両腕には渦巻きが走っているような紋様が刻まれていた。
当然ながら、他の二名も同じだ。スキンヘッドの男は両腕から胸のあたりまで刺青を刻んでいるし、とんがり頭の方は顔にも刻まれている。一見して、まともな職業に就くことはできないアウトローだと言っていいだろう。
「まぁ兄ちゃん、怖がる必要はねぇよ。俺らも、『止まり木』の流儀を汚すような真似はしねぇ」
「そう願いますよ」
「俺らは、パーティ『天竜の翼』だ。一応、冒険者としてはCランクになる。俺はリーダーのザックス。そっちの角刈りはヴェイル、とんがり頭はウーゴだ」
「よろしくお願いします」
厳つい顔立ちに鍛えられた体をしているから、もう少し格上かと思っていたけど。
冒険者は初心者がEランクとして登録され、そのまま功績を重ねていくにつれてランクが上がっていくのだ。Cランクということは、中堅くらいの立ち位置である。
ちなみに、僕はEランクだ。何の仕事もしていないから。
「今日は、何かの依頼を達成されたんですか?」
「ああ。ゴブリン狩りだよ」
「……ゴブリン?」
「丸一日かけて、たった銀貨十枚の討伐依頼だよ。割に合わなかったな」
おや。
なんだか、昨日聞いたばかりの内容を言っている気がする。
だが、ここは一応すっとぼけておくことにしよう。
「ゴブリンがこのあたりに巣くっていたんですか?」
「北の森に、ウェイデン遺跡ってところがあってな。そこで群れをなしていたんだよ。ギルドの情報じゃ、五十匹程度って話だったんだがな……あいつら、本当あてになりゃしねぇ」
「おや……そんなに多くいたんですか?」
「いいや、逆だ。五十匹を超える量がいれば、素材の料金は追加で貰えたんだがな……たった二十匹しかいなかったんだよ。隅々まで探索して、日が暮れちまった」
「ありゃ」
ふむ。
確かにそれでは、ギルドの情報もあてにならないものだ。五十匹は生息していると言っていたのに。
「しかし、ウェイデン遺跡ですか」
「ああ。まぁ、初心者向けのダンジョンだが、今行っても何もいないぜ」
「風の噂ですけど、ゼッツブール近くの遺跡に、勇者の聖剣が刺さっていると聞きましたね。抜けましたか?」
そう、何気なく聞いてみる。
当然、勇者でないこの男――ザックスには抜けるはずがないだろうが。
だが、そんな僕の問いに対して、ザックスが言ったのは。
「はぁ? 聖剣? そんなもんなかったぞ」
「……え」
あまりにも意外な、そんな答えだった。




