22話:毒の後
片方でも顔を隠せる大きな手のひらが、わたしの頭を両脇から絞めた。
「いだだだ!?」
「む?」
両側のこめかみを絞められて、頭蓋骨ごと歪みそうだ。
相変わらず、親方の手は大きくて力が強い。
「ああ、悪い」
少し離したら、今度はわしゃわしゃと頭を撫でまわされてしまった。……なんの確認なんだろうか。
運んでくれたのか、目覚めたらお店の中にいた。
なんでクッションを敷き詰めた机の上にいるんだろうとか、微妙にパリパリしている全身が気になるとか、訊きたいことはたくさんあるけれども。
「次は口を開けろ」
「はい」
とりあえず、診てくれている親方の指示に従って口を開けていく。
「首はどうだ?」
右見て左見てと、親方の指の方向に首を向けていく。
「特に痛みはないです」
グイッと目の中も見たら、ようやく小さな溜息を吐いた。
「熱はない。症状も出てないようだ」
「そうですか……」
さっきまでは、とにかく全身がめちゃくちゃ痛くて熱かった。異世界で異種族の血に触れて、それが猛毒を含んでいたんだから当たり前かもしれないけれど。
「つーか、あれっスよね」
「ん?」
弟子が軽い口調だけれども、深刻な顔で親方に話し掛ける。
「あのダンゴって、解毒の効果はなかったっスよね?」
「そうだな。もう少し調べてみたほうがいいみたいだ」
「え?」
あのダンゴって、わたしが最初に食べた団子状の薬のこと?
解毒の効果はないって、じゃあなんであの薬を渡されたの?
医者っぽい診断もできる親方の言葉に、ようやくホッとしたところだったのに。怪しい言葉が飛び込んできて、なんと言えば良いのかわからない。
顔を引きつらせながら見守るわたしに、気付いた二人が手を振った。
「違うっスよ、そういう意味じゃないっス」
「解毒として飲ませる薬ではないが、あの場では正解だ」
「どういう意味ですか?」
違うと言われても、正解だと言われても、なんの薬かがわかっていないのだ。
首を傾げるわたしに、親方が口を開いた。
「あれは普段、表に出していない薬の一つだ」
「え?」
表に出さない薬には、いくつか理由がある。
買う人が限られていたり、単純に日に当たる場所での保管がダメだったりする。素材も作り方も面倒な、ランプの精なんか目じゃない超・高級品もあるので、こういうものはわざわざ親方が奥から持って来ることになっていた。
その薬はたぶん、わたしがいまだに入ったことがない二階の奥の部屋に保管していると思うんだけれども。それもいまは置いといて、普段はなんの効果を発揮するものなのか尋ねてみる。
「あれは冒険者必須の薬の一つ、寿命を延ばすヤツっスよ」
「寿命を延ばす薬ですか、なるほど。……えっ!?」
弟子の言葉をメモりながら、いま、なんて言ったんだと顔を上げてしまった。
「死にそうになった時に口にするもんなんで、店には出してないんスよ」
「はあ……」
冒険者になったばかりの人たちが買っていたセットに、希望をすれば入れているものだと教えてくれた。
街を守る程度の警備員的な冒険者は必要ないけれど、ダンジョンや遠くに行く人には必要な薬らしい。
それなら買う人は限られるから、お店に出しても意味がないね。高そうだし。
「そっスね、結構高いっスよ」
「やっぱり」
セット価格しか知らなかったけど、かなりお高かったもんなあ。まとめて弟子が用意してくれていたので、中身はよく聞いていなかった。
ふぅんと頷きながらメモる途中で、ちょっと待てと手を止める。
薬が高いとか、それよりも。
「わたし、死にそうだったんですか?」
即死毒じゃないけれど、確実に全身に回る毒だと言われた。
何かが染み込んでいる感覚もしていたし、実際、すごく熱くなってもいた。
あの団子を食べた途端、熱も痛みもスーッと引いてくれたのはつまり、死にかけから生還したってこと?
「簡単に言うと、そうっスね」
「うぇっ!?」
……わたし、死にかけていたんだ。
じわじわ染み込んでくるあの感覚は、いままでに経験したことがない恐怖だ。
再就職先がなかなか決まらなくて焦り出した時よりも、確実な死に向かっているさっきのほうが何倍も焦った。……それもそうか。
就職先が決まらなくても、すぐに死ぬわけではない。
失業保険が八月まで入ることもあって、まだ大丈夫とのんびり構えていたくらいだ。
さすがに冬から春、春から夏に変わりかけて焦ったけれど……。その時だって、「今月中に決まらないと死ぬ!」とは思わなかったもんね。
「……」
回らないお寿司屋が遠のいたとは思ったから、こういう時でもわたしの優先順位は食なんだよな。
あれか、食い意地でいままで生きれていたのかな?大丈夫か、わたし。呑気すぎない?
冒険者二人を呑気だと言ってしまったけれど、それ以上に自分が呑気っぽいことに気付いても、脇に置いておくことにしよう。
「助けていただいて、ありがとうございます」
「お?……ああ。??」
「急になんスか?」
いつもの、ぺこりと下げる角度じゃなくて、床につくくらいに頭を下げてお礼を伝えるわたしに、親方も弟子も怪訝な顔で首を傾げている。
職場で死にかけることは、普通に考えたらないことが当たり前だろう。
……ブラック企業とか過労死とかは、また別だとしても。
ここが薬屋で良かった。親方が万能で良かった。
そして何より、きちんと学んでいる真面目な弟子で良かった。
「もういい」と言われるまで、何度も命の恩人二人に頭を下げ続けた。
「あまり頭を揺らすな。処置はしてあるが、ヒビが入っていてもおかしくない」
「そっスよ。動きが止まったと思ったら、そのまま後ろに倒れて驚いたっス」
「え?」
思う存分に冒険者二人を叩きのめしたわたしは、スッキリしたと同時に倒れ込んだのだと教えてくれる。
謝罪はいいから無理はするなと、かえって気を遣わせてしまった。
気付いた時にはお店の二階で寝ていて、道路に思いっ切り打ち付けた後頭部には湿布が巻かれていた。起きたら今度は他の場所を診てもらって、いまに至る、と。
毒にまみれたあとに後頭部を強打って、わたし、よく生きていたなあ……。
「大変、お騒がせしました」
「そのセリフはあの二人が言うことっスよ」
「そうだ」
今度ばかりは呆れていないで、とっても怒っている親方と弟子。
微妙に痛い後頭部もだけど、紺色のシャツには緑色のまだら模様ができている。死にかけたこともゴブリンの生首を置かれたことも、夢じゃなかったと思い知る。
っていうか、夢であって欲しいよ。生温い血の感触が思い出されて、ものすごく気分も気持ちも悪い。
「そういえば、乾かしてくれたんですか?」
頭から水をかぶったはずなのに、どこも濡れていないのだ。
異様にパリパリしていたのは、全身を乾かしてくれたからなのかも。
「着替えさせられないんで、オードに乾かしてもらったんスよ」
「オードさんにですか?」
男二人の従業員では着替えさせられない。
けれど近所の女の人に毒がついた服は触らせられないということで、無理矢理、魔力を回復させたオードさんに乾燥の魔法をかけさせたそうだ。
火も出せて、魔力が残っていたら癒しもできて、さらに乾燥もできたのか……。意外と万能な魔法使いだなと感心するわたしに、弟子がニカッと微笑んだ。
「魔力を回復させる薬とサワッちの服代と薬代は、あの二人に請求しておいたっスからね!」
「……ありがとうございます」
まったく……と呆れながら、もっとふんだくれば良かったと、いつかの安達さんのような言葉を吐いていった。
確かに、毒が染み込んだ服は洗うこともできないから、中の下着ごと処分しろと言っていたもんね。
いつも寝ている布団に寝かせることもできなかったことで、っていうか、わたしの部屋に入ることにも抵抗があった二人は、話し合いの結果、目が届く二階の作業机の上に寝かせることになったと話してくれた。
なんで机の上で寝ていたんだろうという、謎が解けたよ。
「重ね重ね、ご迷惑をおかけしました」
「サワが謝ることじゃない」
「そっスよ。あの二人のせいっス」
お店の前もダンジョンからの道も、当然ながら例の血が落ちている。
急遽、全店が閉店になり、毒の洗浄が終わるまでは休業することになったことも知って、もしかしなくとも大変な騒ぎなんじゃないかと頭を抱えたくなったよ。
アゼロさんたちはギルドの人が引きずっていき、後処理は別のギルドの人がすることになったらしい。
二人が冒険者登録をしていることで尻拭い役はギルドって……とんだとばっちりだね。
せっかくランクが上がったと話していたのに、脇が甘いと言うか、とにかくアホな二人だ。
「サワッちは少し、袖が長かったことが良かったっスね」
「え?」
変に乾かされてガビガビの袖を指差しながら、半袖だったら危なかったと弟子が話していく。
「あの毒は皮膚から染み込むモンだ。染み込むまでに時間はかかるが、確実に全身に広がっていく」
「うぇっ!?」
「そもそも、そういう魔物を持ち出すことがヤバいんだ」
「……」
退治したら焼き払うことが正解で、戦利品だかお礼だか知らないが、持ち出すのはよっぽどのバカだと親方も吐き捨てる。
そんなよっぽどのバカ二人は、これからどうなるんだろう。
「他のゴブリンは倒したらしいんで、冒険者資格の剥奪まではいかないんじゃないっスかね?」
「そうなんですか?」
町中が大騒ぎになって開店休業状態で、さらにギルドの人が後始末をしなくちゃいけなくなったのに、お咎めはないのか……。
微妙に納得できない理不尽さに、もっと殴ってやれば良かったかと顔をしかめるわたしに弟子が、きちんと罰はあるのだと教えてくれた。
「でもどうせ、また自分たちが汚したところを掃除するだけでしょう?」
そんなの、死ぬところだった毒を持ってきた罰には生ぬるい。
「掃除は基本っスからね。でも、今回は被害が被害なんで、迷惑料も納めることになってるはずっスよ」
「迷惑料?」
それは町全体に支払われるのか、それともギルドにだけなんだろうか。
「まとめてギルドに支払って、あとでそれぞれの店とか個人とかに支払われる……んじゃなかったかな?」
あまり前例のないことらしく、親方に尋ねていく弟子。
……前例がないって、あの二人はやらかしすぎじゃないか?
別な溜息が出るわたしに、少し考え込んだ親方が口を開いた。
「サワみたいに個人に被害が出た以外は、関わった店の店主に被害を訊いて回って調査する。それから迷惑料を伝えて支払わせる。それが終わったら一月の間、町内の掃除だな。当然だが、許可が出るまで魔物狩りもダンジョン探索もできない」
「……なるほど」
迷惑料とは、掛かった薬代とか治療費とか、お店を閉めることになった損害とかかな?
町内掃除がどの程度の罰なのかわからないけれど、監視役がいるなら勝手はできないね。
「いつでも好き勝手してるんスから、ちょうど良いんスよ」
急に決まった臨時休業だけれども、仕事が溜まっていたお店的には助かった出来事らしい。それでもお店の前でまたしても二人がやらかして、いい迷惑だと弟子が憤慨していく。
「……」
今回は前回のことがあって、二人がお礼をしようと考えた結果なんだよね。
……ものすごくいらないズレたお礼だったけれども、いまの状況はわたしのせいでもある。
迷惑、掛けているなあ……。




