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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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23話:思いがけない効能

 一応、落ちたと言われても、いつまでも毒まみれの服を着ていたくない。


「着替えてきてもいいですか?」

「ああ、そうだな」


 オードさんがしてくれたという乾燥の魔法で、びしょぬれとか微妙に湿っているとかではなくなっても、代わりに全身がガビガビでパリパリすぎなのだ。

 とにかく一刻も早く、肌にたっぷりの水分補給をさせたい。


 三十代後半の肌に、乾燥は最大の敵だ。急がなければ!




「いや、ちょっと待て」

「はい?」

「ああ、そうっスね。オレが取ってきます」


 部屋に行くわたしを親方が引き留めたら、何も言わないままに弟子が奥の部屋に入っていった。


「?」


 こういう、言わなくてもわかっているってところが、信頼関係ができている証拠だよね。そうなるには何年かかるんだろうかと考えている間に、弟子が戻ってきて親方に何かを手渡していく。


「これを使って、爪の間までよく洗え」

「これで洗うんですか?」


 渡されたクリーム色の塊には、草っぽいものが混ざっていた。洗えってことは、石鹸みたいなものなのかな?


 受け取りながらも首を傾げるわたしに、親方が指を差して説明をする。


「頭のてっぺんから足の爪までしっかり洗え。これで毒が落ちる」

「えっ!?」


 普通の石鹸とは違うのか、中に入っている草の効果なのかな?

 染み込んだ毒まで落としてくれるなんて、万能すぎないか?


「解毒の効果がある薬草が練り込んである。特に腕は、最低でも二回は洗い流せ」

「わかりました」


 なるほど。解毒の効果がある薬草を入れたことで、しっかり毒を落としてくれるのか。

 石鹸の使い方を聞いたら、麻袋のようなものが渡された。


「風呂上がりに使ったタオルも捨てないといけないものだ。この袋に全部まとめて入れて持ってこい」

「わかりました。ありがとうございます」


 毒がついたものなら、勝手に捨てることも焼却処分も危険だろう。

 どこか専門のところにでも回収してもらうのかな?




 タオルまで渡されて、とりあえず部屋に戻ることになった。


「……座ることは、ダメだよね」


 血がついたのは前だけでも、完全に落ちたとわかっていないのに部屋の中をうろつきたくない。

 この石鹸で落として問題ないと確認できるまでは、風呂桶も入らないほうが無難だろう。


「それなら、さっさと入るか」


 靴まで微妙に毒が染み込んでいたことで、本当に全身をフルチェンジだ。

 これで親方から贈られたウェストポーチに何かあったら、バケツで殴るだけじゃ済ませられない。


「防水なのかな?」


 ウェストポーチのベルト部分には、まったく何も染み込んでいない。その下の紺シャツも、そこだけくっきり跡が残っているくらいだ。


 毒まではじくとは、どんな革なんだ。

 表面はつるんとしているけれど、加工したからだろうし……。


 職人さんに会うことがあったら、訊いてみようかな。




「ええと、素手で服を触っても大丈夫だよね?」


 扉も他も、普通に素手で問題ないみたいだったし。

 着替えを持ったら、お風呂場に直行しよう。


 ボタンを押したらお湯を出しっぱなしにして、たっぷり泡立てていく。


「おお……」


 親方から渡された石鹸は、とっても泡立ちがよくていい香りだ。


 泡立てたら、まずは腕を念入りに洗おう。


「ん?色は変わらないな?」


 緑色の血だったから、緑色の泡になるのかと思ったのに。石鹸と同じ、クリーム色のままだ。


「親方が落ちるって言うんだから、毒は落ちているんだろうな」


 腕の泡を洗い流したら、今度は髪の毛を泡立たせる。いつもより、時間を掛けて全身を洗うことにしないと。


「これも親方の手作りとか、親方にできないことはないのかなあ」


 応急処置の一つとして、常備しているものなんだろうな。

 石鹸を奥の部屋から出してきたってことは、あの団子も仕舞ってあったのかな。


「ってことは、表には出せない薬ってことだよね」


 即死毒じゃなくても、じわじわと身体の中を侵食するような感覚は恐怖だった。それなのに、あの小さなお団子の薬を一粒食べただけで、スッと一瞬で熱も痛みも引いたのだ。


「……」


 そして、この石鹸。

 泡立ちも良ければ泡切れもいい。香りもいいし、髪も顔も身体のどこを洗ってもすべすべ。心なしか、肌が水を弾いた気さえもする。え、ピチピチにもなるの?


「……」


 つまり、もしかしなくとも、どっちもとっても貴重で高価ってこと?


「うわぉ……」


 これもすべて、アゼロさんたちに請求するって言ってたよね。

 ついでに、開店休業になった他のお店の迷惑料も納める、と。


「まあ、自業自得だもんね」


 うん、そうだね。

 そういうことだから、これ以上は考えないことにしよう。うん。




「フツーの石鹸で髪を洗ったら絶対に硬いよね。なんの成分だろう?」


 わしゃわしゃと、ただタオルで拭いただけなのにサラサラなのだ。

 シャンプーにコンディショナーを使っていた三十六年間はなんだったんだ、ってくらいに真っ黒く輝いている。


「ん!?」


 タオルから出ている自分の髪の毛を見て、固まる日が来るとは……。


 この世界のお風呂場には鏡がない。

 慌てて着替えて飛び出して、向こうから持ってきた鏡に映った自分を確認する。


「うぇっ!?」


 そこには懐かしい、真っ黒い髪の自分が映っていた。


「根元まで黒い……」


 毒じゃないのに、染髪料まで落としたってこと!?


「染めたばっかりなのにぃっ!!」


 そっちじゃないという突っ込みは置いといて、黒髪に戻った頭でどうすればいいと言うのか。




 コンコン


「っ!?」


 何分、その場で固まっていたのかわからないけれど、急な音に飛び上がるくらいに驚いた。


 音がした方向は、廊下と繋がっている扉からだ。


「サワッち―、大丈夫っスか?」

「ヒイッ!?」


 コンコンと、控えめなノックの音と弟子の声が部屋に響いていく。


 大丈夫じゃないって言ったら、なんとかしてくれるんだろうか。


「いや、絶対に教会に連行される」


 だって、瞳はともかく髪は昔から真っ黒なんだもん。

 いまは石鹸の効果があるからか、スペシャルヘアケア後のように艶やかに輝いている。


 コンコン コンコン


「……」

「まだ風呂かな?」

「……」


 どんな返事をすればいいかわからなくて黙っていたら、弟子が部屋の前から移動していったらしい。


「はー……」


 ひとまず、セーフ。しかしこれからどうしよう。


 こういう時のために、似たような色の髪染めのクリームかスプレーを持ってくるべきだったんだろうか。


「いやいや、予想できないでしょ」


 そもそも、石鹸で色々と落ちすぎ。

 毒は助かったけれど、これだけ綺麗に落ちると恐ろしい。


「どうすれば……」


 落ちたものは仕方がない。これからどうすればいいかを考えよう。


 ゴンゴン


「!?」

「サワ、倒れてないか?」


 今度は親方が声を掛けに来たみたい。


「あ」


 そういえば、店主に連絡手段を預けているって言ってたね。

 それと、弟子は微妙だけど親方は教会に連行したり通報したりしないだろうとも言っていたはず。


 ゴンゴン


「ん?まだ風呂か?」

「……」


 親方の声しかしていないってことは、弟子は近くにいないみたいだ。




「なんだ、上がったのか?」

「はい。あの、ご相談が……」


 頭には別なタオルを巻いて黒髪を隠したら、少しだけ扉を開けてみる。

 倒れていないとわかったからか、親方が顔を見たら小さくホッとした。


「相談?」


「はい。少し急なんですが、向こうに戻ってもいいでしょうか?」


 今日は一日、どのお店も開店休業状態になると言っていた。

 明日は金曜だけど、朝イチで戻ってくれば問題ないはず。


 問題は扉の使用だけど、これは安達さんに連絡をして説明すれば、すぐに許可が出る、はず。


 ……どれもギリギリだし、連絡が繋がらずに許可も出ない可能性は高いけど。

 それなら毒の影響ってことで、部屋から出なければなんとかなるはず、たぶん!


「ああ、いいぞ」

「え!?」


 どこまで親方に話していいものかわからないので、理由を言わずに帰りたいことを伝えたら、何も訊かずにアッサリ許可が出た。


「本当は二、三日こっちで様子を見たほうがいいんだが、ちょうど週末だからな。アツに連絡しといたから、もうすぐ来ると思うぞ」

「えっ、安達さんが来るんですか!?」


 何も言っていないのに、かなり怪しいと思うのに、休めと言ってくれる親方。……なんて良い雇い主なんだろう。




「ただし、向こうにいる間、この薬を一日一個、舐めるんだ。いいか、噛むんじゃねえぞ」

「あ、はい。ありがとうございます!」


 少し赤くて、四角い小さな飴が入った袋を渡された。

 中には五つ入っていて、解毒薬なのだと説明される。


「コゴとハジカミが入っている。どっちも解毒に効くものだが、本来は三日に一個で十分なものだ」

「普段は三日に一個でいいんですね」


 わたしがメモ帳を持ってきたことで、いつものように説明してくれた。


「……」


 三日に一個で十分な薬を、一日一個ということは、まだ危険は去っていないってことじゃないの?


 恐る恐る見上げたわたしに、なんとも言えない顔をした親方が視線を逸らす。


「最初に食わせた薬だけでいいか、まだわからないからな。一応、保険だ」

「保険……」


 死にかけた人を復活させる薬に、解毒薬の追加って。


「次にあの二人と会うことがあったら、また殴っても良いですか?」

「存分に殴れ」


 顔を引きつらせつつ呟いた言葉に、親方が何度も頷いていく。


 その時のために、絶対に完治してやろう。

 ついでにステンレスの定規を買って、素振りをしておこう。


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