21話:冒険者の手土産 後編
横長の物体の両脇についているものはとんがっていて、わたしの腕からはみ出すくらいの長さがある。
「?」
ちょっと覗いたら、赤黒い物体がでろんと出て、変な方向に曲がっている様子が見えた。
「??」
何が自分の腕に乗っかっているのかがわからずに固まるわたしに、アゼロさんがぐるっと正面を向かせていく。
「ああ、ごめんごめん。戦利品は真正面から見せないとな」
「っ!?」
そういう意味じゃないのに、濁った白目を向けられて言葉が出ない。
「……」
髪がない頭も顔も、全体的に皺だらけで横長の頭部。両脇の尖ったものは耳で、赤黒い物体は舌だった。
真正面から見たことで、これが何かの生首なのだということを知る。
「コイツはゴブリンの仲間で、ダンジョンにいる魔物の中ではなかなか手強いヤツなんだよ」
固まったままのわたしに、大変だったと陽気な声で話していくアゼロさん。
オードさんも頷いて、他は焼き払ったけれど一つだけ残しておいたのだと誇らし気な顔で言う。
「……こ、れも、ゴブリン……なんですか?」
窃盗犯と似ていると言われれば似ている風貌でも、同じだとは思いたくない。
恐る恐る見上げて尋ねたら、ちょっと違うと教えてくれた。
「ベッジとは別な種族だよ。あっちは人の言葉を話せるし、ここで生活をしてる。こいつはダンジョンを中心に暴れる厄介なヤツで、近くの村の家畜や畑を襲い始めたって言うんで討伐命令が出ていたんだ」
「ランクとレベルが上がったことで、オレたちでも倒せるようになったんだよ」
だからわたしへのお礼にゴブリンを選んだのだと、朗らかな笑顔を浮かべながら二人が話していった。
全体的に緑色で、白目はむいているし舌も出てるしで、どう見ても気持ちの悪いものなんだけれど。
なんでだか、もう何も言えない生首を見て無性に泣きたくなってきた。
別だと言われても、なんで同じ『ゴブリン』と呼ばれているものを倒したのか。
「……」
あんまり会話はしていないし、そもそも窃盗犯に容赦はいらないのかもしれないけれど。
これも異世界ジョークか何かなのかと納得しようとするわたしの腕から、オードさんが首を持ち上げる。
「あ、ごめん。処理が甘かったみたいで、血が止まってなかったみたいだ」
「え?」
ぼたぼた零れていた緑色の液体が、ゴブリンの血なのだとようやく気付いた。
「……」
血が止まっていない生首を腕に乗せられたことで、受け止めていたわたしの腕も緑色の液体がびっしょりとついている。ついでに七分袖のシャツにも、べっとりと染み込んでいた。
っていうか、顔に飛んできたものも血ってことだよね?
「ええ、マジか?あ、オレの服にもついてんじゃん!?」
首を入れていた袋を見て、道に広がっている血の池を見たアゼロさんもようやく気が付いたみたいだ。
「おいおい、オード。しっかりしろよ」
「ごめんごめん。すぐに燃やすね」
「え?」
燃やすってなんだと顔を上げたら、オードさんの手から炎が舞い上がって、一瞬のうちに生首が跡形もなく消えてしまった。
「……」
あとには、灰も骨も残っていない。
本当に、わたしに見せるためだけに切り取られたものだったんだ。
モノがなんでもお礼として持ってきてくれたんだから、わたしもお礼を言わないといけないよね。
……燃えてしまったけれど。ついでに、全然嬉しくないものだけれども。
次は何を倒そうかと話している二人に、ぺこりと頭を下げることにする。
「あの」
「コラー!お前ら、何してんだっ」
「げっ、デーイ!」
何かが燃えた匂いがしたことで確かめに来たのか、弟子が降りてきた。
いつもやらかしている二人を見つけたら、理由も聞かずに怒鳴りつけるって……相当だよね、この二人。
「今日は何もしてないよ!」
なんにもしていないし、店にも入っていないと言い張る二人に、弟子がビシッとわたしを指差した。
「じゃあ、なんでこんなにサワッちが汚れてんだよ。何渡した!?」
「え?」
改めて自分の全身を見たら、腕だけではなくて首から下が緑色になっていた。
「うぇっ!?」
慌てて腕を持ち上げると、粘っこい液体がしたたり落ちる。
液体っていうか、ゴブリンの血なんだよね、これって。
「うぅぇぇぇ……」
わたしに見せるためだけに首が切り取られたことで、ちょっと感傷的になってしまったけれども、やっぱり臭いし気持ち悪い。うぅぅ、なんかヒリヒリする。
……ん?べたべたじゃなくて、ヒリヒリ?
「お嬢ちゃんには、オレたちからのお礼を渡しただけだって!」
「そのお礼とやらは、どこにあんだよ?」
ああん?とすごむ弟子に、必死にいままでの流れを説明する二人。
いや、それよりも
「あ、あの……これって、毒か何かありますか?」
「へ?」
「毒?」
血が染み込んでいる場所がヒリヒリ痛みだして、熱を持ってきた気がする。
ちょっと全身が熱くなってきた気もしたので尋ねたら、冒険者たちはキョトンとした顔で首を傾げた。
「……」
おい、お前らが持ってきたものだろうが。
みるみる顔が赤くなっていくわたしを見て、弟子は真っ青な顔になる。
「うおぉぉ!?ちょ、ちょっ待って!親方呼んでくる!」
じわじわと緑色の液体が染み込むごとに、全身が熱くなっている気がする。意識したからか、さっきよりも痛いし熱い。
固まったままのわたしを見ながら、冒険者たちがへらっと笑った。
「そういや、ゴブリンの血は猛毒だったかも」
「はい!?」
もも、猛毒って言った!?
ケロッと言った自分の言葉に、今頃ハッとする冒険者。
生首を袋から出したアゼロも、わたしの腕から取ったオードももれなく素手だ。
「ってことは、オレらもヤバいよ!?」
「おお、そうだな。オード、癒してくれ」
「炎を出しちゃったから、もう魔力が足りないよぉ」
べそをかくオードに、なんとかしろと言っていくアゼロ。
「……」
おい、お前らが持ってきた毒だからな?
「大丈夫か、サワ!」
慌てて駆け寄った親方と弟子が、バシャアッと思いっ切り水をぶっかけていく。血を洗い流すことが最初の処置らしく、大量の水を三人でかぶることになった。……手前にいたわたしがほとんどかぶる形になったことは、血の染み込み具合からしても仕方がないね。
「……」
「ぶぇっ、口に入った」
「冷たいぃぃぃ……」
呑気な冒険者たちは、水をかけ慣れているからか動じない。
手と首を振りながら、お互いに血が落ちたことを確認している。
「塗り薬がいいか、飲み薬にするか……」
「親方、とりあえず、これ食わせましょう!」
わたしの全身を見ながら、どんな処置が有効か必死に考えてくれる親方に、弟子が団子状の薬を手渡していく。
もちろん薬は一人分だ。後ろの二人の分はない。
「よく噛んでくださいっス」
「わかりました」
幸い、即死毒ではないみたいだ。
口も痺れていないことで、ゆっくりと噛んで飲み干していく。
噛んでいる間、弟子がタオルで拭いてくれた。
「このタオルもっスけど、服も毒が染み込んだんで二度と使えないっス。着替えと一緒に捨てることになるっスけど、いいっスよね?」
「……はい」
服も全部ダメということは、よっぽどの毒なんだな。
まあ、毒まみれだとわかっている服を洗濯することも、次も着ようとは思えないから良いけれど。
「よし、熱は引いたな」
顔の赤みが引いたことを確認した親方が、ホッと安堵の溜息を吐く。
額に大きな手のひらを当てて、熱が収まったことを呟いた。
確かに、さっきまでヒリヒリしていた部分の痛みも引いてくれたみたいだ。
「サワは今日、休んでいろ」
「とりあえず着替えて、もう一個、別な薬を飲んでから寝たほうがいいっすよ」
軽く診断をした親方から、休暇を言い渡される。
毒が残っていて熱が出るかもしれないし、何より疲れただろうと言われたら頷くしかない。
本当に、精神的にもどっと疲れたよ。
「わかりました。ありがとうございます」
わたしも一息吐いて、ありがたく休むことにする。
さっきはあんまり言いたくなかったお礼を親方と弟子に伝えたら、肩の力も抜けたみたい。
窃盗犯のゴブリンを引き渡したことでランクが上がったお礼に、別なゴブリンの生首を持ってくるどこかの冒険者とは大違いだ。
「モランさん、オレたちも診てくださいよ!」
ズレたへっぽこ冒険者たちが、自分たちも診てくれと迫ってくる。
「……」
そうだった。わたしからのお礼がまだだった。
「サワッち?」
空のバケツをつかんだら、店に向かってくる二人にニコリと微笑む。
へらっと笑いながらも首を傾げる大馬鹿者たちに、思いっ切り振りかぶってやることにした。
「お前ら……、ふざけんなっ!!!」
「ふごっ!?」
「痛いっ!?」
なんで猛毒に襲われたうえに、全身ずぶ濡れにされなくちゃいけないんだよ!
「ダンジョンに戻ってゴブリンに喰われろぉぉっ」
ガンガンと二人をバケツで叩きつけるわたしを、みんなは放っておくことにしたらしい。何事だと集まった人たちが、顔を見合わせたら無言で離れていった。
気が済むまでどうぞという、にこやかな微笑みと一緒に手まで振っていく。
よし、全力で殴り続けるぞ!
もちろん親方と弟子も見守る方向で、熱が下がったなら問題ないだろうと、一歩うしろに引いていった。
「痛い痛いっ、ちょっ誰か助けろよ!」
「うるっさい!」
そもそも、なんで魔物の生首をお礼にした!?
いくら倒した敵の生首は戦利品になるからって、同じ日本人でも戦国武将以外は喜ばないっての!
「ちょっと待って!こっちも毒!毒まみれだからっ」
「そのまま毒にまみれろ!」
アゼロが持っていた生首が入った袋の上に倒れたオードが、「染みるぅぅっ」と情けない声で懇願するが無視だ。無視でいい。
「二度と来るなっ!!」
ガァンッとイイ音を響かせて、迷惑な冒険者二人を倒したわたしに後日、なぜかギルドからお礼状が届いた。……なんでだ。




