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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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6話:引っ越し完了

「うわあ……」


 二階も三階も、床が見えないくらいに箱の山が積まれていた。


 これ、前にも見た光景だなあ……。


 思わず立ち止まってしまったら、ちょっと気まずい顔の弟子が頭をいた。


「足りなくなった薬草が、大きいもんだったんスよ。根っことか木の皮とか……。そのまんま保存してるのもあるんで、ちょっと置き場がなくなったんス」


 根っこを乾燥させたり、木の皮をいぶす作業をしていると聞いたけれど、こんなに大掛かりになっているとは思わなかった。


 やっぱり、わたしも手伝ったほうが良いんじゃない?

 二階と三階まで侵食する箱の多さに、片付け要員は必要じゃないかと尋ねたら、ブンブンと弟子が首と手を振っていく。


「重いんでいいっスよ!つーか、やっとオレの仕事が増えたんっス。残ってた処理済みの薬草を、親方に教えてもらいながら片付けてるんっス。片付けながら場所も覚えてるんで、大丈夫っス!」

「……この量を、ですか?」

「前の時もあったっしょ?」


 なんでもないことのように、ケロッと話していく弟子。


 大量の薬草の種類と効能、処理の仕方に場所まで覚えているとは……。単にお金の計算が苦手というだけで、やっぱりかなり優秀な弟子なんじゃないだろうか。


「まだ親方の役に立ってないっスから、これからっスね」


 謙虚さも持ち合わせているとは、素晴らしい弟子すぎる!


「……」

「なんですか、沢村さん?」


 そんな弟子とは逆の、謙虚さとは無縁の図々しい横の人を見やったら、キョトンとした顔をされてしまった。


 最近は引っ越し作業をしていたことで、特に問題はないけれど。


 昼食を半分こしろとかパンケーキを作る時には呼べとか、しつこく言うところを改めてくれ。




「ここがサワッちの部屋っすよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 案内をされた場所は、階段を上がってすぐ真正面の部屋だった。

 事前に掃除をしたり、階段付きのベッドも運んでくれたらしい。


 ほこりっぽいこともなく、カビ臭さもまったくない。

 とても清潔な空気が漂う、日当たりのいい部屋だ。


「左の突き当りがキッチンだ。その隣りにある、ドアの向こうがトイレと洗面台、それと風呂がある」

「はい」


 個人の住む部屋だからか、外履きのままの靴は入り口で脱ぐことになった。

 せっかく綺麗にしてくれたのに、土がついたら大変だもんね。


 一緒に入った親方が、部屋の使い方と場所を説明していく。


 ……っていうか、親方が入っても余裕の天井の高さですよ。

 親方の店で家だから当たり前なのかもしれないけれど、さすがだ。


 洗濯機やキッチンの使い方も説明しつつ、反対側にあるベッドを指差した。


「少し狭い部屋だからな。階段がついているベッドだ。下に物を置けばいい」

「ありがとうございます」


 木の枠組みで作られたベッドには、木の階段がついている。

 二段ベッドの上の部分だけのそれは、下が空いていることで、物が置ける仕様になっていた。


 なるほど。これならわたしの部屋の荷物を丸ごと引っ越しても、余裕かも。




「……」


 しかし、天井が高いな。

 さすがの親方サイズの天井は、持ってきたホウキでは届かなそうだ。


 持ち手が伸びるタイプのホウキがいいかな。それともモップタイプ?


 届く範囲に触れてみて、つなぎ目がほとんどない壁だとわかる。遠目で見た天井も同じ材質っぽいから、モップのほうが掃除しやすいかな。よし、モップを買ってこよう。


 追加の買い物を考えていたわたしを、心配そうな顔で弟子が見やる。

 何かを気にしていた弟子が、親方にささやいていった。


「ほら、やっぱりもっと飾り付けておいたほうが良かったんスよ」

「む……」


「ん?」


 こそこそと話している二人の会話から、素っ気なさすぎる内装にわたしが不満を持っているのではと思われているらしい。


 掃除だけでも十分なのに、何を飾る予定だったんだろう。


「あの、気にしないでください。元々、部屋を飾る趣味はありません。このくらいシンプルなほうが助かります」

「そうなんスか?」

「はい。かえって落ち着きます」


 木の壁に木のベッド。キッチン回りもこげ茶色で、全体的にカントリーテイストのお部屋だ。

 天井に吊るされているぼんぼりのようなものは、たぶんあかりだろう。


 障子はないけど、和っぽい雰囲気の部屋には畳が似合う。


 花くらいはあっても良いけど、物が多いと掃除が大変だと言うわたしに、それもそうかと納得してくれた。


「……花か」

「それなら、ハチスが良いんじゃないっスか?」

「え?」


 親方が呟いたら、弟子がサッサと二階に降りて行ってしまった。


 花の催促をしたと思われたのかな。花は”あってもいい”だけで、なくちゃダメなものではないんだけど。


 止める間もなく、戻ってきた弟子の手には何かが握られていた。


「男の部屋に置くと困るものだが、サワなら問題ない」

「はい?」


 弟子から受け取った親方が、花束を渡しながら妙な言葉を言っていく。


 男なら困るけど、わたしなら問題ない花とは……?


 六枚の大きな花びらは、薄いピンクと白が綺麗な花だ。

 少し先がとがっていて、縦の筋が入った大きな硬い葉っぱに囲まれていた。


 乾燥した花からは、ほんのりお線香のような香りが漂っている。

 百合の花よりは、薄い香りかな?


「不眠にも効く花だ。窓に飾るといい」

「わかりました。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げてから、ようやく荷解にほどきをすることにする。


 うん、良い香り。




 最初に紐を取りだしたら、窓の近くに花を吊るしていく。よし。

 次は、それぞれの段ボールを開けて中身を出さないと。


 どこから始めようかなと箱を見つめるわたしに、安達さんがサッサとキッチンに運んでいった。


「私はこちら側で、キッチン用品や食料をまとめておきます」

「わかりました」

「じゃあ、オレと親方は下にいるっス」

「はい。ありがとうございました」


 わたしが住み込みをする部屋は、お風呂場を入れないと八畳くらい。

 親方と弟子までこの部屋にいたら、逆に身動きができないのだ。


 作業がまだ残っている二人は仕事に戻って、最初の予定通りに安達さんと二人で荷物を取り出していくことにしよう。


「まずは、棚を作らないといけないか」


 ベッドの下は空っぽだ。持ってきた棚を組み立てたら、服やタオルを並べることにする。

 バスタオルやシーツは上の段で、真ん中は靴下や下着、ハンカチなどの小物類。一番下の段はシャツやパンツ、と。


 組み立て式の三段の棚には、それぞれ布の引き出しも入れていく。

 これなら引き出せば取り出しやすいし、見やすいし片付けやすいもんね。


 真ん中の小物用の引き出しは、さらに細かく仕切りがついているタイプだ。

 下着は真ん中に入れて、と段ボールから出そうとした瞬間、もう一人、この部屋に人がいることを思い出す。


「はっ」


 シーツや着替えが入った段ボールを開けた時には、まったく気が付かなかった。

 こうして段ボールに入れた時も、わたし一人だったから思い当たらなかった。


 仕舞ったり棚に並べることは、さすがにわたしがするけれど。こうして並べる時だって、同じ部屋に男性がいたら出しにくい。とても。っていうか恥ずかしい。


「……」


 そうっと後ろを振り返ると、安達さんはこちら側へ振り返らずに済むようにか、段ボールを真横に置いて腕だけを動かしながら調味料を片付けていた。


 そこに無駄な動きはない。そして、頑として顔が真正面に固定されている。


 もしかしなくとも意識して、わたしのほうを見ないように気を付けてくれているのかもしれない。


「っ……」


 これか、引っ越しの補助は女性が良いのではと言った理由はっ!


 何度も男の自分・・・・で本当に良いのかと確認してくれたのに、ちっとも思い当たらなかったよ。


 いまさら気付いても、段ボールの中に下着を残して向こうには戻れない。


「……」


 背中を向けてくれている間に、サッと仕舞って目隠しの布を被せよう。よしっ。




「ふう……」


 ただ並べるだけなのに、無駄に疲れたぞ。いや、わたしのせいだけれども。


 着替えの棚が終わったら、次は持ってきた文具類を棚の上に置いていこう。まだここで寝泊まりはしないから、シーツ類は仕舞ったままでいいか。

 湿気がほとんど感じられないここなら、湿ることはなさそうだ。


 ……いや。湿気がないということは、夜中にのどが渇いたり肌が乾燥しやすいということなのかもしれない。

 三十過ぎたら、余計に乾燥は敵だもんね。


 化粧品を並べながら、小さい面積の白いコットンをじいっと見つめる。

 さすがに手のひらサイズの小ささなら、白一色でも問題ないと言ってくれたから助かった。


 しかしこのコットンに化粧水を染み込ませて顔面に貼るコットンパックは、それこそ顔面が白一色になるものだ。


 超気持ちいいし、肌がモチモチするからできれば週一でしたいんだよね。

 鍵が掛けられるから、ここでしても大丈夫かなあ。


「……」


 いや、向こうに帰った時だけのほうが問題なさそうだ。

 どうしても乾燥が気になったら、お風呂の中でしよう。よし。


「食器はどこに置きますか?」


 あれこれと日用品を置き終わったら、キッチンから声がかかった。


「あ、はい」


 わたしがキッチンに行くまで、決して後ろを振り向かない安達さん。

 やっぱり、意識をして見ないようにしてくれていたらしい。気を遣わないといけないのは、わたしのほうだと言うのに……申し訳ない。


「食器以外はこちらに置きました」


 鍋は調味料と一緒に、流しの下に置いてあった。

 あちこち見ながら動きながら、どの場所だと作業をしやすいかと考えながらウロついてみる。


「鍋、ザルは最初に出して、途中でお玉とお皿を使うから……」


 できれば食器は、箸やお玉と近い場所に置いておきたいんだよね。味見をしたり調味料を混ぜるのは、材料を切って、煮たり焼いたりした後の行動だし。


 流しは左側の一番奥、コンロとオーブンは真ん中。

 それぞれの下に物を置くスペースはあるけれど、オーブンの下だと床に近い。


 鍋なら問題なくても、さすがに食器は床から離れたところが良い。


「冷蔵庫の上に置いても大丈夫でしょうか?」

「電気が通っているわけではないので、水がかかっても問題ありませんよ」

「じゃあ、洗ったものを置いても大丈夫そうですね」


 水切りカゴとタオルを敷いて、一応、水がかからないように気を付けよう。


 ザルにボウル、お皿一式とカトラリー。さらにカップと湯のみを上に置いても、超・余裕の冷蔵庫。デカい。


 流しの高さは、高すぎず低すぎずでちょうど良いから助かるな。

 この流しと横並びの冷蔵庫は、奥行きも同じだから大きいんだな。


 余裕があるからって物の置き過ぎと、食料の買い過ぎには気を付けよう。




「こんなものかな?」

「ちょうどお昼ですね」


 わたしが暮らす部屋の準備が終わったら、昼食の時間になったらしい。


「昼食、作ったっスよー」

「え?」


 それほど遅くならないだろうということで、お昼の用意まではしていなかった。というか、調味料と乾物はあっても、肝心の新鮮な食料はこれから買い出しに行く予定だったのだ。


 つまり、冷蔵庫の中はほとんど空っぽだ。


「サワッちには、チョコレートをもらったっスからね」


 三階の真ん中の、日当たりのいい場所にテーブルが置かれて、その上には四人分の昼食が並べられていた。


「ありがとうございます」


 よく弟子が作っていた、チャーハンっぽいカラフルな炒め物だ。

 これはぜひとも一度、食べたいと思っていたものでもある。


 四人で座ったら、手を合わせていただくことにしよう。


「いただきます」


 全部丸ごと異世界の食べ物というのは、ちょっと緊張するけれど。

 美味しい香りがする食べ物は、絶対に美味しい。間違いない。


「あ、意外と辛いんですね」

「汗かいたんで、辛めにしたんスよ」

「美味しいです」


 これは後で食材の組み合わせと調味料を聞いて、早速作ってみようっと。


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