15話:異世界研修一ヵ月 会計係の誕生
「ありがとうございました」
「また、よろしくっスー」
少しずつ、お客さんの対応にも慣れてきた水曜日。
「ふう……」
「お、サワッちは時間っスね」
十五時までお店に立ったら、十七時まではこっちの世界で自由に過ごしていい、フリータイムとなる。
今週は十七時まで延長をしてくれた貴重な一週間だから、仕事が終わったらあちこちのお店を覗いていた。
遅れていい時間は三十分内と決まっているけれど、申請している時間内だったら十七時前に帰ってもいいらしい。とても助かる。
だって用もないのにうろつきたくないし、付き合わせる安達さんにも申し訳ないもんね。
月曜と火曜で前に話してくれたお店は回れたから、今日はどこのお店に行こうかなあ。
そんなことを考えながら、帰り支度を終わらせていく。
「お先に失礼します。お疲れさまでした」
「また明日っスね」
「気を付けて帰れよ」
「はい。ありがとうございます」
また明日と手を振る弟子に振り返して、親方にはぺこりと頭を下げる。
見送りは初日だけかと思ったら、作業中の手を止めて扉まで来てくれた。
「……」
弟子はカラッと笑いながらなのに、親方はオロオロしている姿が対照的だ。
最初は親方は心配性なんだなあと、思っていただけだったけれども。心配を掛けすぎなんだな、わたしが。
今日も異世界の食材を少し買ったら、いつものビルから電車に乗って帰ることにする。
親方は自分の半分くらいしかない体格のわたしに、どの程度の仕事を任せていいのか、イマイチ決めかねているようだ。
さすがに安達さんに「毎日、家まで送り迎えをするように」とは言わなくなったけれど。「まっすぐ帰れ」と、まるで思春期の子供を持つお父さんのようなことを言ってくる。
「安達さんは、とっとと帰るというのに……」
先週は飛竜にどつかれて、異世界の薬を処方されたことで、家まで送ってくれたけれど。今週は普通に、「では、明日」と、駅でアッサリお別れだ。
「家まで送られたいんですか?」
「結構です」
重いものや一週間分の買い物をした時の、荷物持ちとして助かるけれど。普段は家までなんて、送られても困るだけだ。
「親方にも言われていませんし、その後の体調に問題はなさそうですからね。というか、一口も食べられない食材を運ぶことはしたくありません」
「……でしょうね」
わたしだっていちいち運んでくれたお礼として、食事をご馳走したくはない。
「そういえば、粉ものを色々買っていましたよね?あれは何に使うんですか?」
重いもので思い出したのか、普段自炊をしない安達さんの中では、一番不思議な買い物だったらしい。粉ものだから、お好み焼きも良いけどさ。
「土日の休みにパンケーキとかクッキーとか、お菓子を作って食べ比べしてみようかなと考えています」
クリーさんの粉もの屋さんは、とても多くの種類があった。その名の通り、街の粉もの専門店だ。
砂糖と塩もあったから、こっちの組み合わせもなかなか面白そうなんだよね。
強力粉っぽいものや薄力粉っぽいもの、モチモチする粉や甘いものまで。それはもう、色々試したくなる粉ばかりなんて、試さなくちゃもったいない。
作る予定の料理を軽く話すわたしに、安達さんが首を傾げた。
「それぞれの粉って、百グラムずつ買っていましたよね?一人で消費するには多すぎませんか?」
「ホットケーキミックスは一回分、二百グラムとかですよ。それにあっちの粉ですから、試した後には二人にも食べてもらおうと考えています」
まずは、火がきちんと通っているクッキーを持っていく予定だ。
お菓子を食べ慣れている人かは分からないから、甘さは控えめにするつもり。
異世界の粉とこっちの食材を組み合わせても大丈夫だったら、前にチーズケーキを安達さんに食べてもらったように、二人にもお裾分けがしやすいもんね。
クッキーは普通の薄力粉っぽいものを使って、ふわっふわの甘めの粉は、朝食のパンケーキにするのだ。
強力粉っぽいものもあったけれど、パンを作れば良いのかな?
薄力粉っぽいものと混ぜれば中力粉になるだろうから、肉まんとか作ればいいんだろうか。
「……」
勢いで色々買ってしまったけれど、安達さんに突っ込まれたように使い切れるか心配になってきたぞ。
肉まんが作れたら、月曜日の昼食に持っていくことにしよう。
「肉まんって、個人で家で作れるものなんですか?」
「中力粉と塩と水で、皮が作れますよ。餃子の具が余った時に、知っておくと便利なんです」
中身は餃子と同じようなものだから、皮だけ作って蒸せば出来上がりな肉まんは、冷凍もできるところが良いよね。
そうすると、餃子と半々にすれば良いかな?それなら薄く伸ばして、餃子の皮としても使おうか。
とりあえず強力粉っぽいものは五十グラムしか買わなかったから、パンを作ってみることにしようっと。
ガタンゴトンと揺られながら、やっぱり話の中心は食についてだ。
色々使える食材だらけなら、そりゃあ色々したくなるよね。うん。そういうことにしておこう。
砂糖はそれこそ、面白い味や色のものが並んでいた。
メープルっぽい味の、ちょっと苦いものもあったから、これはパンケーキの時に一緒に使ってみようっと。
「……」
そうだ、フルーツと生クリームも買い足して、クレープを作るのも楽しいかも。後輩ちゃんが暇だったら呼んで、クレープパーティをしようかな。
……いや。美味しすぎて、どこの粉だと訊かれたら困るな。
海外のものだと誤魔化しても、今はネットで何でも手に入る時代だもんね。
どこで入手したんだと訊かれても困るから、却下で。
「……」
そうすると、二日連続でパンケーキ祭りをしないと消費できないかな?甘い物は好きだし、朝食がパンケーキやクレープでも問題ないね。
納得したところで、じいいっと見つめるしつこい横の人に顔を向けた。
「何ですか、安達さん?」
まあ、答えはわかり切っているけどね。
ぶつぶつ呟くわたしもかなり怪しい人だっただろうけど、そんなわたしを真剣な顔で見つめる安達さんも、なかなか怪しく映っていたと思う。
けれど顔を向けたら、残念そうな溜息を吐くだけだった。
「ここで私がフルーツなどの食材を代わりに買っても、週末にするなら呼ばれないだろうなという視線です」
「……」
ものすごく悔しそうな顔で、一瞬も逸らさずに言うんじゃない。
もしかしなくても安達さんって、わたしより食いしん坊なんじゃない?
わたしも小さく溜息を吐いたら、別に問題ないことを伝えてやろう。
「土曜日の朝食だけなら、来ても構いませんよ」
「え?……えっ!?」
「驚き過ぎじゃないですか?」
二度見するほど驚くこと?いやまあ今まで却下してきたから、当たり前か。
異世界の粉ものを使った料理なんだから、こっちの世界の事情を知らない人には食べさせられない。
ただそれだけの理由なんだけど、安達さん的にはアッサリすぎたみたいだ。
「やり取りが短すぎたことが不満なら、鬱陶しいなあコイツっていう顔をしながら却下し続けますけど?」
「いえ、そのやり取りはいりません」
被り気味に否定をしたら、それなら何を食べるのかと訊いてきた。相変わらず、切り替えが早いな。
わたしの気が変わらないうちに、言質を取っておきたいんだろう。
色々まとめて作りたい時は、二人以上いると助かるから誘っただけで。いまさらお断りなんてしないよ。
「できればふわふわの粉で、パンケーキが作りたいんです。ただそれだと一つの味しか堪能できませんよね?なので具材を変えられる、クレープが良いかなと」
「ああ。クレープだと、おかず系の具も入れやすいですよね」
ホイップやフルーツたっぷりにもできるし、シーチキンやマヨネーズでおかずにもなれる。パンケーキでも、おかず系はあるけどさ。
それでも、せっかくふわふわにできそうな粉を薄く伸ばすことを、もったいないと感じている。
クレープだと味を変えやすいけれど、ふわっふわに出来そうな粉がもったいないと唸るわたしに、きょとんとした顔の安達さんがアッサリ呟いた。
「それなら、両方作れば良いんじゃないですか?フルーツを乗せるデザート系は、パンケーキ。しょっぱいものはクレープで包む」
「うっ、一石二鳥プラン……」
まさに、一人ではできないことを提案してくる安達さん。
わかっていると賛同するところか、呆れるところか悩むなあ。
「……今の時期なら、イチゴが美味しいですよね」
「もちろん、ご用意しますよ。冷凍で良ければブルーベリーとバナナ、生クリーム以外にサワークリームはいかがでしょうか」
スラスラ出てきた具材で、美味しそうなパンケーキが浮かんでくる。
家かわたし自身に盗聴器が仕掛けられているのかと、疑ったこともあるけれど。もっと基本の、ただ単に食の好みが似ているだけかもしれないと思えてきた。
いや、定番の料理ばかりだもんね。似ていてもおかしくなかった。
「クレープはどうしますか?王道の、レタスとシーチキンとマヨネーズで良いですか?」
「トマトとカリカリベーコンも美味しいんですけど、食べ切れるかが微妙です」
たぶん、味を変えれば食べ切れるだろう。
しかしそうすると、半熟の目玉焼きも欲しいし、チョコレートやバニラアイスも乗っけたい。困った。
「それなら全部用意して、食べ切れなかったら翌日にでも使ってください」
「え?」
あれ、食材が余ったら日曜の朝食もしようと言うのかと思ったら。さすがに土曜だけで良いと、アッサリ言っていった。
「沢村さんにとっても、土日は貴重な休みでしょう?仕事で見る顔を休みの日まで見るなんて、疲れが取れないじゃないですか」
「そういうものですか」
何だかもういつでも横にいるから、空気みたいに感じていたけれど。安達さんにとってもわたしは仕事で会う人なんだから、日曜の朝まで見たくはないよね。
週末の予定が決まっても、それまでは仕事の日々だ。
常連のお客さんはまだたくさんいるようで、覚えきれなくて困ってきた木曜日。
「……」
お金が並んでいるトレーを見て、ちょっと気になることができてしまった。
「どうしたんスか、サワッち?」
「あの……。このお釣り用のお金って、昨日の残りのままですか?」
昨日受け取った、ちょっと曲がっているお金がそのまま置いてあることが微妙に気になる。
清算したことで、そのままお釣り用に使っただけかもしれないけれど。わたしが置いた位置から動いていない気がして、弟子に尋ねることにした。
いつもは十時に開店できるように、少し早めに来たわたしが店先を掃いて、弟子はその間に店内を掃除している。
弟子は親方とお店の三階に住んでいるから、てっきりわたしが来る前に、親方がお金を用意していると思っていたのだ。
「お昼の時間に、一旦お店を閉めますよね?その時もお釣りの計算をしないので、夜にまとめているのかと思ったんですけど……」
さすがに新人のわたしに、全面的にお金を預けられないと思って、親方が一日の売り上げを計算していると疑わなかった。
だって安達さんが、経営に関してもキッチリだって言っていたし。
しかしこの特徴的な曲がったお金が昨日のままということは、触ってもいないということになるんじゃないの?
毎朝、その日のお釣りを用意したら、カウンターに置いて。休憩の時間に一度、確認をして、最終的に夜の閉店後に一日分の売り上げ金額と商品を確認するのではと話すわたしに、ものすっごく驚いた顔で見つめられてしまった。
「サワッち……毎日とかは、さすがに細かすぎじゃないっスか?」
「じゃあ、いつもはどのくらいで合わせているんですか?」
「月末っスね」
「はいっ!?」
……げ、月末に、一回だけ?
「それだといつ、どこで間違ったのかがわからないじゃないですか!」
少なくてもダメだけれど、お金というものは多くてもダメなのだ。
そもそも何が売れたのかをお金と一緒に確認をすることで、残りの在庫がわかることに繋がるんだと話すわたしに、これまたビックリしている。
「あー、それもそうっスね。サワッち、頭イイ―!」
ヒューッと両手の人差し指をわたしに向けて、口笛を吹かなくていいから。
「改善しましょう。今日からすぐに!」
昼食の時間に、親方を交えて緊急会議だ。
「……そういうわけで。今月は十五時までしかいませんので、お昼に一度、午前中の計算を済ませておきます。夜の分は、翌日の朝で良ければわたしが計算します」
急に月に一回だった仕事を毎日しろと言っても、人手不足のこのお店では難しいだろう。弟子は計算が苦手だから、親方の仕事が増えることになってしまうし。
午前中は元々早めに来ていたから、半日分の計算ならすぐに終わるだろう。
今までも売れた薬の名前と量、金額はメモを取っていたことで、それほど時間が掛かるものではないはずだ。
メモ帳に毎日、毎週、毎月の売上金と薬の在庫についての流れを書きながら説明をするわたしに、弟子はすでに納得している。
あとは親方に最終判断をしてもらいたいと視線を向けたら、難しい顔をしながら腕を組んでいた。
眉間がものすごく寄っている。深い皺ができているから、何かはさめそうな深い溝だな。
「できれば親方に、週の終わりに売り上げの確認をして欲しいんです。わたしだけの計算では間違っているかもしれませんし、薬の在庫も確認しやすいですから」
お金に関しては、二重三重とチェック体制を最初に作っておいた方が良い。
薬の管理もしている店主の親方の協力が不可欠だけれど、無理矢理することではない。
「オレが計算できればいいんスけど、お金はダメっしょ?これなら休みにどの薬を足しておけばいいか早くわかって、良いと思うんスけど」
どうかなと、弟子と一緒に見上げてみる。
少し唸った親方だけれど、最終的には小さく頷いてくれた。……良かった。
「オレの親方がそうだったからそのままにしてきたが、ひと月の計算で一日潰れるんだ。これならまあ、やってみないとわからんが早く終わらせられそうだ」
「親方の手間を増やさないように、毎日、キチンと計算します!」
「わかった。……頼んだ」
「はい!」
それなら早速、昼食を終えたら午前中の分の計算をしていこう。
しかしとても区切りのいい価格の薬ばかりだから、わかりやすくて助かる。
これも勝手に、『売れた薬の名前、量、値段』という票を作って、途中から記入をしてもらったからなんだけど。
最後の値段のところを計算するだけで済むから、数分で終わってしまった。
「朝にどのくらいのお金があったのかわからないので、売れた金額と残りのお金が合っているかは、また別の確認をしてもらうことになります」
増えたお金と残ったお金をそれぞれ分けて、お釣りは残ったお金で十分だから、売上金は別にしておくように伝えておく。
票からはみ出さずに書いてくれた弟子のおかげで、計算がスムーズで助かった。やっぱり仕事に関しては、とても真面目だな。
「こちらが今日の昼までの売り上げです。お金の計算が終わっただけなので、次はどの薬がどのくらい売れたかの計算をします」
「あ、それはオレがするっス」
お金に関しては苦手意識もあるからか、ものすっごく時間が掛かっていた弟子だけれど。サラサラと別な紙に書き写したら、すぐに親方に渡していった。
「む……。ショウデが売れてるな」
「いつものじーさんの後に、他のじいさんたちも来たんスよ。切れる頃は、いつも同じ人たちっスからね」
「そうか。頼んでおこう」
椅子を勧めたおじいさんの後に、何人か常連っぽいおじいさんたちがやってきていた。腰や膝が痛いからと言って、ショウデというものを頼んでいたのだ。
わたしが前にお世話になった、キドという薬草と一緒に混ぜると、腰や膝などの関節痛に効果的な薬になるらしい。
「筋肉痛にも良いんで、じいさん以外にも使う薬草なんスよ」
「へえ……、それは助かりますね」
筋肉痛にもいいなら、一石二鳥の薬なんだね。
「……」
あれから何人も入れ替わり立ち代わり、杖を突いてくるもんだから、椅子をそのたびに勧めて。中腰ばかりだったことで、今も微妙に腰が痛い。
膝も曲げたままだったことで、太ももがプルプルしてきてもいた。
いや、これは帰ってから入念なストレッチと湿布で何とかなる。今日でたくさん売れたものなら、わたしが在庫を減らすことはダメだろう。
それより視力が回復するかもしれない、例の薬を売ってもらおう。よし。
「あ、そうだ。最初はお釣りの金額を多めにいただきますけど、大量のお金はお店に置かないほうが良いですよね?」
「そうだな」
「ではなるべく早めに、金額を決めます」
今が忙しい時なのか、もっと混む時があるのかもまだわからない。
足りなくなったらすぐに両替できるように、小銭を多めに用意しておいたほうが良いかもしれないな。
お札はあんまり、使わない印象なんだよね……。
こっちも考えつつ、今度はお店の定番商品を覚えることにしよう。
頑張るぞ!




