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30話:異世界ツアー二泊三日 二日目

「大丈夫ですか、沢村さん?」

「はい、なんとか……」


 油断すると膝が抜けそうなほど、まだフラつくわたしにお兄さんが尋ねてきた。

 ゆっくり歩いてはくれても、手を貸してくれることはない。ここら辺、最初から徹底しているよね。


 いや、いきなり手を繋がれても微妙だから、今の距離で十分だけれども。




 一日目の市場通りよりも人の出入りが激しい港町だからか、全体的に混んでいる印象だ。


 興味深そうに周りを見るわたしに、何か気になったことはあるかと訊いてきた。そういえば一日目は、食べ物と今日の宿の話しかしなかったね。


「食堂にいた人……ええと、『オーガ』と呼ばれていた方もそうですけど。上手く共存しているんですね」


 さっきのオジサンは専門の人だからなのか、飛竜という言葉がわからなさそうな種族が、とても懐いていたのが不思議だった。

 鳴き声で子供だと思ったから、小さい頃から飼っていたせいかもしれないけど。


 海の反対側に並ぶお店を覗きながら話すわたしに、お兄さんが何度か頷いた。


「そうですね、ここは色々な種族がいる異世界の中でも、人に慣れている者が多いかもしれません。オーガは本来、人を襲う種族だと言われていますが、こちらでは力仕事に精を出しています。飛竜は卵から育てることが普通なので、飼い主以外の人でも滅多に襲いません」

「そうなんですか」


 へえーと納得しかけて、物騒な言葉が並んだことが引っ掛かる。襲うこともあり得る、ということか。


「人間だって、そうでしょう?大人しい人でも事件を起こすじゃないですか」

「……そうですね」


 むしろ、人に慣れた別種族の方が大人しいかも。


「オーガは特に、臆病な性格ですからね。雇い主の命令をとても真面目に聞く分、人間より扱いやすいと評判がいいくらいです」

「な、なるほど」


 言葉も聞き取れないほどではなかったから、次の就職予定先のお店に、お客さんとして来るかもしれないな。




 主な仕事が土木作業なら、腰痛の薬を買いに来るかな。それとも湿布だろうかと考え込んだわたしに、お兄さんがちょっと意外そうな顔を向けていた。


「何ですか?」

「いえ……。沢村さんは、あまり偏見がないんですね」

「だって、ここでは普通に暮らしている方でしょう?」


 むしろ、わたしのほうが違和感だろう。世界が違うんだし。


 さっきの飛竜も可愛いと話したら、ものすごい顔をしたまま固まってしまった。あ、いつもと逆だ。


 変なことでも言ったかなと首を傾げたら、眼鏡がないのに上げる仕草をしていくお兄さん。もしかして、落ち着こうとしたんだろうか。

 途中で気が付いて手を振ったら、ようやく歩き出してくれた。


「その調子なら、向こうとの往復も認められそうです」

「助かります」


 これからいろんなお客さん相手の仕事をするのに、種族が違うってだけで偏見があったら、業務に支障が出るかもしれないもんね。


「そちらもありますが、非日常だと感じた出来事は人に話したくなりますからね」

「話しませんよ」


 それくらいの分別はあるよ。さすがに、三十六歳になりましたからね。

 そもそもこんな話は誰も信じないだろうと肩をすくめたら、そうでもないのだと言われてしまった。


「SNSで発信しても、どこかの外国か小説のネタだと思いそうですけど?」

「ボタン一つで、世界中に拡散することが問題なんですよ」


 関わった人の記憶をいちいち特定して消去していたら、割に合わないと言われてしまった。それもそうか。


「ん?でもわたし以外の人も、しばらくは向こうとこっちを移動するんですよね?その人が途中で誰かに話したりしたら、どうするんですか?」


 一回行っただけの異世界に馴染んで、そのまま帰らないと決める人は稀だろう。スマホを持っていない人はいないだろうから、帰った途端に呟くとかもあり得るんじゃないの?


 ちょっと疑問に思ったことを尋ねたら、とっても綺麗な微笑みを向けてきた。


「どうすると思います?」

「……言わなくて良いです」


 一緒にセミナーを受けた人とは、この先も会うことはないだろうからね、うん。知らなくてよし!




 日が昇って暑くなってきたのに、途中でひんやりしてしまった。


 世の中には聞かないほうがいいことと、知らないほうがいいことがあるからね、うん。


 無理矢理、首を振って忘れようとしているうちに、立ち止まったお兄さんがお店を指差した。


「宿はもう少し先ですが、食材を買っていきますか?それとも宿の様子を見てからにしますか?」

「そうですね……。道具を買い足すかもしれませんから、宿に向かいたいです」

「わかりました」


 お米や調味料は持ってきたけれど、鍋や包丁は持ってこなかった。冷蔵庫があるかどうかでも、ナマモノをどのくらい買っても大丈夫か気になるところだ。


 一泊だけでも、せめて二食は作って慣れておきたいな。


「では、もう少し歩きますね」

「はい」


 左側には相変わらず海が広がっているけれど、だんだん、右側の建物が変わっていく。


 扉を開けて人を呼びこんだり、建物の前に商品を置いているお店のようなものが続いていたのに。レストランっぽい建物が並んだかと思ったら、昨日の宿屋と同じ雰囲気の建物が現れた。


 昨日の街もそうだったように、食べ物の店と服や雑貨の店、そして宿屋が明確に分かれている世界みたい。

 それとどの建物も、入り口以外の窓がないことも気になるな。


「海の近くに宿はないんですか?」

「一応ありますが、船の乗組員専用の泊まり場になっています。旅行者は、こちら側の宿屋に泊まることが普通です」


 ふぅん……。建物同士の隙間はあんまりないけれど、昨夜は音とかは気にならなかったな。


「宿の防音がしっかりしているということもありますが、夜も営業している店とは離れていますから」

「そういうお店では、お酒を飲むんですか?」


 そんなに毎日、晩酌するほどの酒飲みではないけれど。せっかくだし、ちょっとだけでも飲んでみたいな。

 連れて行ってくれないかなあという意味も込めて見上げたら、困った顔をされてしまった。


 そうだった。観光でも旅行でもなくて、お兄さんは仕事で来ているんだもんね。


「どうしても飲みたいわけではないので、忘れてください」


 ただでさえ迷惑を掛けっぱなしなのに、酒の相手なんてしたくないよね。いや、妙な酔い方をするわけではないけどさ。


「ああ、そういう意味ではありませんよ。比較的、治安のいい場所ですが、お酒を出す店と夜というのは、色々と物騒ですので」

「ぶっそう……」


 あれか。酔っ払いに絡まれるとか、妙なお誘いがあるとかなんだろうか。


「そちらも夜は増えますが、それよりも見た目ですね」

「見た目?」

「ええ、そうです。今までこちらの世界の人に、何と呼ばれてきたかを思い出してください」


 何と呼ばれたか、なんて。


 会った人がオジサンだったからかと思ったけれど、そもそもキッズサイズの服がちょうど良かったわたしでした。

 いくら実年齢を伝えても、「お嬢ちゃん」ならお酒はダメだろう。


「そういうことです」

「……わかりました」


 それなら仕事を始めても、こっちの世界ではお酒は買えなさそうだね。うーん、惜しい。




 もうしばらく歩いたら、ようやく今日の宿に着いた。


 ここも食事だけする人と、宿泊をする人で明確に分けられている。宿泊用の窓口で受付をしたら、奥の扉を開けて階段を上がっていくことになった。


「わあ」


 キッチンがあるからか、一日目よりもちょっと広い部屋だ。


 入り口と同じ並びの壁にはキッチンで、冷蔵庫らしき箱が見えた。その近くにはダイニングテーブルと椅子まであって、奥にはソファとベッドが二つ。


 今日は二段ベッドじゃなくて、両脇の壁にベッドが置いてある。横並びじゃないことからも、やっぱり大きめの部屋なんだ。


 こんなに大きな部屋で、予算は大丈夫なんだろうか?


 キョロキョロしているわたしの横で、宿屋のおばさんが説明をしていく。


「風呂は突き当りの階段を下りたところにあるよ。食事は必要なら、一階の食堂で注文することになる。別料金だから、支払いはテーブルでしておくれ」

「わかりました」

「火には気を付けるんだよ」

「はい!」


 建物が密集する場所での火事なんて、全焼の確率がとても高い。賠償金なんて、いくらかかるかわからない。


 絶対に気を付けると手を挙げたわたしに、宿屋のおばさんが片眉を上げた。


「お嬢ちゃんが作るのかい?」

「そうです」

「なら、ちょっと待っといで」

「はい?」


 扉を開けたまま出て行ったおばさんが、すぐに何かを持ってきて手渡した。


「こっちを使いな。置いてあるナイフは、アンタにはデカすぎるからね」

「ありがとうございます」


 おばさんがキッチンから取り出したナイフは、出刃包丁みたいに大きくて四角いナイフで。代わりに渡してくれたナイフは、果物包丁みたいに小さなものだった。


 そんなに小さく見えるのかな、わたしって……。


 お兄さんに使い方を軽く説明したら、おばさんが「頑張んなさい」と手を振ってくれる。手を振り返したら、ニカッと笑って扉を閉めた。


 飛竜の飼い主のオジサンも手を振ってくれたし、今みたいに笑い返してもくれたけど。これはあれか、子供に対する挨拶の一つなんだろうか。


「では、荷物を置いたら食材を買いに行きましょうか」

「はい……」


 果物包丁っぽい小さいサイズのものでも、ナイフはナイフだもんね。流しの下の引き出しに仕舞ったら、他の道具を確認して出掛けることにしよう。


 んん、鍋とボウルが大中小とあるなら大丈夫かな?




「やあ、お嬢ちゃん。海に戻るなら、私に乗っていかないかい?」

「へっ!?」


 宿屋の扉を開いたら、馬に声を掛けられてしまった。……馬って喋るっけ?


 金色に輝くたてがみをファサァッと優雅になびかせて、大きな白い歯をキランと見せながら片目をつぶっている。……何だこれ。


 顔は馬、完全に馬。っていうか他も馬なんだけど、胴体の脇から人間の腕が二本生えていて、それがたてがみをなびかせているのだ。意味がわからない。


 完全に固まったわたしの後ろから、宿屋のおばさんがしっしと手を振ってきた。


「ウチの店の前で商売するんじゃないよ!」

「おや、マダム。今日もつれないなあ」

「やかましい」


「……」


 二人?一人と一頭?……は、顔見知りのようで、嫌そうに顔を歪めたおばさんが追い払っているのに、馬はにこやかに微笑みを浮かべている。


 ん?笑ってる表情なの?よくわからん。


 しばらく話したら諦めたみたいで、馬はファサァッとたてがみをなびかせたら、くるっとお尻を向けて立ち去った。


「次は乗ってくれよ、お嬢ちゃん」

「とっとと去れ、馬鹿者!」

「ハハハハ」


「……」


 パカラッと軽快に走る姿は馬なのに、やれやれと肩をすくめる仕草は完全に人間で混乱してきた。

 呆然と立ち尽くすわたしの横で、おばさんが大きな溜息を吐いていく。


「まったく、妙なのに目を付けられたね。無理矢理、乗せることはないから適当にあしらいな。しつこかったらアタシに言うんだよ」

「はい、ありがとうございます」


 海から歩いてくる旅行客の跡をつけて、宿を出たところで「乗れ」と言ってくる馬なのかな。流しのタクシーのようなものと割り切って、買い物に行こう、うん。


 あれ?そういえば、お兄さんはどこ行った?


 キョロキョロと辺りを見回したら、足元でうずくまって震えていた。


「どうしたんですか?」


 まさか具合でも悪くなったんだろうか。背中をトントンと叩いたら、「ぶふっ」と吹き出した音がした。


 ん?


「……すみません。飛竜といい今のケンタウロスといい、異種族に簡単に懐かれているなあと感心していたんです」

「笑っていますよね?」

「失礼しました」

「いいですけど……」


 飛竜にも今の馬にも懐かれた覚えはまったくないけど、お兄さんには手なずけたように見えたらしい。


 目が悪いんだろうか。あれか、いつもの黒縁眼鏡をかけていないからか。


 そういうことにしようと納得したわたしに、立ち上がったお兄さんが首を振る。


「あの眼鏡に度は入っていませんよ」

「じゃあ、何のために面倒くさい眼鏡をかけているんですか?」

「内緒です」

「……」


 前から思っていたけれど、やっぱりこの人は胡散臭いな。




 気を取り直して、食べ物が売っているお店の辺りまで戻ってきた。


「昼食も作りますか?それともレストランで調理方法を見てから、夕食を作りますか?」

「それも良いですね」


 海が近い街なら、魚料理が充実していそうだもんね。定番っぽい料理を頼んで、味付けとか調理の仕方を勉強することもいいかもしれないな。


「明日は何時に向こうに戻るんですか?」

「午前中ですね。朝ご飯はこちらでいただくことになります」

「わかりました」


 それなら、今日の夕食と明日の朝食の二食を作ればいいのか。


 たった二食で慣れるかなと悩み出したわたしに、食事以外も作ればいいと簡単に話すお兄さん。


「食事以外って、そんなに食べれませんよ」


 あちこち散策して消化させて、夜食を食べようということだろうか。

 三十過ぎたらそんなに入らないと手を振るわたしに、ニコニコ顔のお兄さんが、とあるお店を指差した。


「夜食は夜食でも、酒のつまみです」

「え?」

「もしくは、デザートとかいかがでしょう」

「なんと」


 よく見ていなかったけれど、今日の宿屋にはオーブンがあるらしい。

 下手なアパートよりも充実しているじゃん!


「チーズケーキを作れる沢村さんなら、こっちでもオーブンを使うと思いまして。それにお店には行けませんけど、宿の部屋の中ならお酒が飲めますよ」

「やったー!」


 両手を挙げて喜ぶわたしに、早速、お酒から選ぼうとお店を案内してくれた。


 胡散臭いとか思ってすみません。とても行き届いた素敵なサービス精神をお持ちの人ですね。


 わぁいとスキップしながらお店に入ったわたしに、店番のおじいちゃんがパイプを持ち上げた。


「おい。ここは嬢ちゃんの来る店じゃないぞ!」

「ええっ!?」


 買い物もダメなのかとガッカリするわたしに、しっしと手を振って追い返そうとするおじいちゃん。

 そんなわたしたちの間に入ったお兄さんが、とても爽やかにニコリと微笑んだ。


「おつかいです」

「ん!?」

「それならいい」

「えっ!?」


 真っ白はダメでも柄が入っていればオーケーなこの世界は、お酒に関しても緩いらしい。


「甘いお酒と辛いお酒では、どっちがいいですか?」

「……冷やして飲みたいので、辛口で」


 とても納得していないけれど、異世界のお酒を飲めるなら飲んでみたい。


「次は材料を買いましょうか」

「はい」

「まいど」

「……」


 ニコニコと手を振って見送るおじいちゃんにも手を振り返したら、食材の置いてある店に行くことにする。


 納得は全然、してないけどね!




 並んでいる野菜たちを見ながら、これから作る献立を考えよう。

 昼食と夜食も作ることにすると、四食分の食材を買えばいいのか。


「っていうか、何が食べたいですか?」

「私ですか?」


 この世界にわたしよりも慣れているお兄さんなら、食材の組み合わせとか料理を知っていそうだなと思ったんだけど。

 ヘンテコな野菜たちを見ながら尋ねたら、ものすごく驚かれてしまった。


「ええと、これとかピーマンっぽいですけど、見た目と味は違うかもしれないじゃないですか」

「ああ、なるほど」


 手に取ることはマナー違反かもしれないので、上から指差すだけにして。トマトっぽいものはトマトとして使っていいのかと尋ねたら、一つ頷いてキュウリっぽい野菜を指差した。


「あまり変わらないとお話した通り、見た目と味は同じです。名前は違いますが、調理法は同じですね」

「わかりました」


 生でも食べられると言われたのなら、サラダも作ろうかな。いや、生は微妙か。

 そして好き嫌いもアレルギーもないからと、わたしの作りたいものでいいと言われてしまった。……一番、困る返答ではないか。


「コンロは二つでしたよね?鍋は三つあったから……」


 オーブンがせっかくあるなら使いたい。そしてできれば一石二鳥な料理がいい。肉を煮込んだら、出汁はスープにして、ゆでた肉はおかずに使うとか。


「鶏のささ身って売っていますか?」

「ありますよ」


 それならささ身で出汁を取って、トマトも入れたスープにしよう。ささ身は何に使おうかな。

 少しずつメニューが決まってきたなあと思いつつ、つまみと明日の朝食も一緒に考えることにしよう。


「チーズはありますか?」

「チーズの種類にもよります」

「ええと、あの、こういう丸いヤツです」


 なんて言ったっけ、白くて丸いヤツ。

 指で円を作って、外側がちょっと固いと言ったらカマンベールチーズだと教えてくれた。そうそう、それだ。


 今度はちょっと考えて、それでも一つ頷いてくれる。


「あったはずです。一個売りのものと、カットのものが」

「二人分ならカットで良いですね」


 とりあえず野菜と果物のお店で買ったら、次はチーズとささ身と卵を買う。パンと魚とキノコと……と、あちこちのお店でちまちま買っていった。




「ふう……」


 ドサッとキッチンに置いたら、冷蔵庫に入れていくことにする。お、イイ感じに冷えているね。


 しかし、ちょっと買い過ぎただろうか。事前にこういうものが欲しいと伝えて、予算内で買える分だけを考えながら選んだんだけど。

 二人分がわからなくて、買い過ぎた気がしてきた。一応、二日分を作る時と同じ量のはず。


 うーん、余ったら持って帰れるかな?でもタッパーがないや。ダメか。


 考えながらも鍋と包丁、まな板にボウルを取り出して並べていく。とりあえず、ささ身と水を煮込んでスープを作ろう。


「調味料は買わなくても良かったんですか?」

「持ってきました」


 味噌は持ってこなかったけど、マヨネーズは持ってきたもんね。やっぱりサラダにしよう、そうしよう。

 リュックから出した調味料を並べるわたしの横で、お兄さんが首を傾げている。


「何を作る気なのか、イマイチわからないんですけど」

「そうですか?」


 とてもわかりやすい材料だと思ったのに、お兄さんには完成予想図が浮かばないらしい。


「まず、昼食はサンドイッチです」

「サンドイッチ?」


 具材は煮込んだささ身を割いて、ゆでた卵とマヨネーズとからしをえたもの。水切りをしたヨーグルトっぽいものと果物を混ぜたもの。

 人参っぽいものはキャロットラペにして、かなりボリュームのあるサンドイッチの出来上がりというわけだ。


「なるほど。それは具だくさんですね」

「はい」


 味も三種類あれば、飽きないで食べられるでしょう。

 ようやく納得したお兄さんが、腕をまくって隣りに立った。


「では、何をしましょうか?」

「人参を千切りにしてください」

「わかりました」


 わたしはその間に、夕飯とおつまみの仕込みをしよう。




「……」

「どうかしましたか?」


 器用にナイフで皮を剥いていたお兄さんが、止まったわたしに怪訝な顔を向けてきた。


「水って普通に飲めるんでしたっけ?」

「飲めますよ」


 危なかった……。一度、煮沸をしないと使えなかったら食材を無駄にするところだったよ。


 セーフと落ち着いたら、今度は火の加減がわからない。


 昨日のお風呂みたいに、押すタイプのボタンを押したら火は点いてくれたけど。これ、火力調整はどうやるんだろう?


「??あ、こうか」


 普通にひねれば、火の大きさが変わってくれた。じゃあ、次はオーブンだね。

 手前に引いたら、天板にパプリカっぽいものを並べて、と。


「……。これかな?いや、こっち?」


 蓋を閉めて横のボタンを押しても火が点かない。困った。けれど押し続けたら、ゆっくり広がる炎が見えた。

 よし、何とか覚えたぞ。


 一仕事終えたと立ち上がったら、微妙な顔のお兄さんが見つめていた。


「あの……先ほど私が使い方を聞きましたけど」

「あ、そうだった!」


 点いたから良かったけど、危うくおばさんを呼ぶところだった。


「すみません……」

「いえ。これも向こうと大差なかったですからね」


 それでもオーブンにタイマーはついていないので、焦がさないようにと言われてしまった。


 やっぱり目覚まし時計、持ってくればよかった。


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