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17話:確定申告の手続き

「ええと……」


 少し走って、ちょうど九時に市役所に着くことができた。


「税務課は、こっちだったよね」


 入り口の案内図を見ながら、正面とは別な場所の扉を開いた。


 色んな確定申告の用紙があるみたいで、たくさんの箱が置かれている場所から、自分に合った紙をもらっていけばいいらしい。


 けれど、わたしは自分で申告することは初めてだ。


 マニュアルも何もなく、ただ『ご自由にどうぞ ※一人一枚でお願いします』という看板のみ。

 目の前のテーブルには、各種ごとに分かれたたくさんの箱と用紙。


「一番シンプルな用紙のはず。これかな?AかBの二種類か。……どっちだろう」


 持っている土地とか株とか何にもないし、一人だから各項目も最小限。


 しかしこの、AとBの違いとは……。




 わたしがテーブルの周りをグルグル回りながら悩んでいる間にも、何人か来ては手慣れた様子で紙を取って、サッサと帰ってしまった。早い。

 もう何度も自分でしている人なのかな。自営業とか?


「ダメだ、わかんない」


 これも窓口に訊けばいいのかな。でも何を訊けばいいかわからないのに、教えてくださいって言われても困るよね。


「ん?ええと、相談は税務署へ。……税務署?」


 あ、年金の手続きをしてきたとこかな。あそこなら一回行ったから、場所は把握しているもんね。遠いけど。

 いや違う。あそこは年金事務所という別な場所だ。遠いことは同じでも、場所が全然違うわ。


「そもそも税務署まで、本当に行かないといけないのかな」


 簡単な手続きしかないって聞いていたはずなのに、そんなところまで行かないと確定申告はできないの?困るな。


「もっと身近な、公民館とかコミュニティセンターとかでやってないのかな?」


 説明会みたいなものがあるよって、言ってなかったっけ。


 うーんと考えながらグルグル回っていたら、何だか日程が書いてある別な用紙が目についた。


「あ、公民館の名前も書いてある」


 ついでに用紙に記入しなくても、その場で簡単に手続きしてくれるらしい。

 これがわたしの手続きの仕方だね。だって、源泉徴収票以外に渡すような書類はないし。


「何だ、良かった。ええと、でも公民館での受付は終わっちゃったのか。昨日からコミュニティセンターね」


 公民館は、市役所から歩いて十分ほどにある。コミュニティセンターはもう少し先だけど、余裕で歩いて行ける距離だ。


「ああ、良かった。よし、歩くか」


 一応、この日程表はもらっていこう。地図代わりにもなるしね。


 かなりウロウロしていたわたしは、ようやく次の行き先の手がかりを手に入れることができた。


 さあ、サクサク手続きをしようじゃないか。




「……あれ?」


 コミュニティセンターは、ここで合っているはず。

 けれど思っていたよりも混んでいなくて、人の出入りもかなり少ない。


「あ、それもそうか。とっくに受付は始まっていたんだもんね。わたしみたいに、ギリギリの人なんていないよ」


 二月の末に、やっと思い出したわたしとは違うんだよ。

 こういうことは大事だもんね。きっとこの辺りの地域の人は終わってるんだな。


 ちょっと恥ずかしい気持ちになりながら扉を開いたら、大きな文字で書いてある看板が目の前に立っていた。


「え?『確定申告の受付は、こちらのコミュニティセンターではありません』。……はっ!?」


 ここ以外にコミュニティセンターがあるの?いや確かに、ここはちょっと小さめの建物だけれども。


 入り口で混乱をしているわたしを見つけた受付のおじさんが、わざわざ出てきて声を掛けてくれた。


「あなたも確定申告の手続きをされる人ですか?」

「あ、は、はい。その予定だったんですけど、ここじゃないんですか?」

「ええ。名前が紛らわしいんですがね、ここよりも大きな会場です。さすがにこの場所だけでは足りませんので」


 ちょっと困った顔で微笑みながらも、わたしのような人は他にもいたらしい。

 丁寧に場所の説明をしてくれて、ついでに持ち物チェックまでしてくれた。


 源泉徴収票に、マイナンバーカードは必須だ。戻ってくるお金を振込んでもらうための、銀行の通帳と判子があればよし、と。


「すみません。ありがとうございました」

「いえいえ。受付時間は始まっていますから、急いでくださいね」

「はい。失礼します」


 わたし一人だったら恥ずかしいなと思っていたけれど、毎年、二月の末から混むらしい。

 それなら教えてもらった会場には、わたしのような人がたくさんいるんだろう。


 ちょっとホッとしながら、どんなに大きな会場なのかと冷や冷やしながら。

 別な電車とバスに揺られて、片道一時間掛けてようやく着いた。




「うわぁ……」


 駐車場は百台くらい入りそうな広い敷地、建物は横に長い三階建て。


「ここが、確定申告の会場に選ばれてるの?」


 つまりもしかしなくとも、ものすっごく大人数が手続きをするってこと?


 電車とバスを使って一時間、すでに受付は始まっている時間だ。


 『確定申告の会場は二階です』という案内に従って、他の人と一緒に扉を開けて中に入っていく。


「……」


「お呼びいたします。二十番と二十一番の番号札をお持ちの方、こちらへどうぞ」

「申し訳ありません。ただいま混んでおりまして。ここから大体、二時間はお待ちいただくかと……」

「すみませーん、この用紙でいいんでしたっけ?」


 広い階段を上がったら、そこはすでにものすっごい人が待っていた。


 そして今、二十番って呼んだはずなのに、わたしが受け取った番号札は九十番。


「呼ばれるまで長いですから、外出しても構いませんよ。ここから二時間は掛かると思いますので。建物内でお待ちになるようでしたら、そちら、後ろにある椅子におかけください」

「わ、かりました……」


 とっくに終わっている人ばかりだと思ったのに、おじさんの言葉通りだ。


 一人じゃなくて良かったなあとホッとしたのは一瞬で、十時半も過ぎているのにようやく二十番って……。

 本当に、二時間で順番は回ってくるのか不安になってくる。


「もしものために、本を持って来てよかった」


 図書館で久しぶりに推理小説を借りたんだよね。シリーズが長くて、でもどれも面白くて。

 ちょうどいいから、のんびり読書タイムといこうっと。




「今は十二時か……」


 一応、予告された二時間後にはなったけど。


「では五十四番、五十五番、五十六番の番号札をお持ちの方、こちらへどうぞー」

「申し訳ありません。番号札はお渡しできますが、今日中に順番が回ってくるかはわかりません」

「もう百三十番なの?じゃあいいわ、また来ます」


「……二時間で五十六番。三十人は終わったことになる計算だけど」


 わたしの番号は九十番だ。まだまだ先だとわかって、別な日に来ると断った人と一緒に帰りたい気分になってきた。


 市役所でもらった相談の日程が書いてある用紙には、しばらくこのコミュニティセンターが会場になることが書いてある。


 今日は金曜日。つまり出直すとなると来週の月曜日。


「面倒くさい。……大人しく待とう」


 そろそろ、第二の事件が起きるところだもんね。

 本に目を戻して座り直し、待合場所の隅っこで続きを読み始めることにした。




「お腹空いたな……」


 時間は二時。小説の中ではクライマックス突入。

 カタカナだらけの登場人物だと、人物紹介に戻りながら読むことになってしまうから時間が掛かる。


「ちょうど良かった気もするけど、お腹空いた」


 小さく鳴ったお腹をさすりながら、自販機にコーンスープかお汁粉はないかなと立ち上がることにした。


「ないか、残念」


 微妙な時間にお茶を飲むと、お腹が痛くなりそうだ。

 ここはもう少し、我慢しよう。


 せめてこの会場がもう少し街中で、近くにファミレスかコンビニか何かがあれば良かったんだけど。

 電車にバスで一時間、それ以外では車で来るしかない場所なら無理か。


「あ、そうだ。このファイルに入れる書類って何だったんだろう?」


 書いてきた用紙があったら一緒に入れるのかな?

 源泉徴収票を入れてみたけれど、説明がないからそのままだ。


「……」


 急に、不安になってきたな。


 周囲を見回したら、壁際に先に書いておかないといけない書類が置いてあった。


 これはさすがに、土地を持っている人専用みたいだけど。

 書類の周りの壁に張られている紙には、”詳しい相談は税務署へ”って書いてあるのだ。


「……ここで本当に良いんだよね?」


 それともやっぱり、税務署に行かないといけないのかな?


 受付で番号札を渡された時も、ファイルには書類を入れてくださいと言われた。けれど入れる書類は源泉徴収票以外にないって言ったら、ものすごーく怪訝な顔で見つめられてしまった。


 アレは「何しに来たんだ、こいつ」って顔だったんだろうか。それとも、「最初だからわからないんだな」っていう、微笑ましいものを見る顔だったんだろうか。


 ここに来た理由の、「無職になったから自分で確定申告をすることになって」ということも伝えたけれど、用紙はいらないとも書いてあったけど。

 調べて書いてでも、何か用紙を持ってくるべきだったのかもしれない。


「こんなに待って書類が足りないとか、ウチじゃ手続きできませんとか言われたらどうしよう……」


 すでに四時間待っている。家から出た時間から考えると、五時間以上。

 これで追い返されたら、しばらく外に出たくなくなるくらいにへこむだろう。


「とりあえず、犯人逮捕まで読もう」


 本はもうすぐ完結だ。

 一つでもスッキリ終わるものを見て、気持ちを落ち着かせることにする。




「八十九番、九十番の方ー。こちらへどうぞ」


「はっ」


 犯人の動機やトリックを読み進めて、作者と訳者のあとがきを読んでいる途中。

 待ちに待った自分の番号を呼ばれて、わたしは慌てて立ち上がる。


「ええと、番号札」


 サクサク進んだり止まったりで、結局、わたしが呼ばれたのは三時も過ぎてからだった。


「九十番の方はこちらへ」

「あ、はい」


 八十九番の人はいいのかな?

 仕切りの中にも待合室があって、わたしと一緒に呼ばれた人は椅子に座っているみたいなんだけど。


 それでも番号札を見せたら、パソコンの前に案内をされた。


「大変お待たせしました、ファイルもいただきます。他の書類は何かありますか?」

「いいえ、何もありません」

「わかりました」


 ノートパソコンにはすでに専用の書類が入っているのか、源泉徴収票に書かれている数字を打ち込んでいるだけみたいだ。

 後ろには、同じ数のプリンターと大量のコピー用紙が積んである。


 わたしは紙一枚で終わりそうだけど、他の人は色々あるんだろうなあ。




 ぼんやり待っていたら、アッサリとプリントされた用紙を持ってきた。え、それだけ?


「ではこちら、金額をそれぞれ確認お願いします。大体、五千円くらい戻ってくるみたいですね」

「わかりました」


 戻ってくるお金は振り込みになるから、通帳をめくって渡していく。


「マイナンバーカードはありますか?」

「カードにしていませんが、これでもいいですか?」


 写真入りの有料カードは免許証があるからいいやと作ってないので、送ってきたままの長細い紙を差し出した。

 その後もどういう計算をしてこの金額になったのかという説明をしたら、書類にフルネームでサインをして、判子を押したら終了だ。


「では、こちらで終わりになります。お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございます」


 って、源泉徴収票は次の就職先に必要なんじゃなかったっけ。

 でもこの確定申告には、原本が必要みたいで回収されたし……。


「何か質問でも?」

「あの……、源泉徴収票は戻ってこないんですよね?」

「ええ、そうです。こちらの書類と一緒に原本を送らないといけませんので。……コピーをしましょうか」

「ありがとうございます、お願いします」


 ああ、良かった。プリンターとは別に、コピー機の用意もしているみたいだ。


 ええと、コンビニと同じ十円でいいかな。それとも二十円?

 小銭はあったかと財布を開いているわたしに、コピーの方を渡してくれた。


「ありがとうございます。おいくらでしょうか」

「こちらでお金は必要ありませんよ」

「……お手数お掛けしました」


 時間はたっぷりあったんだから、コンビニを探してでもコピーくらいしておけば良かった。……すみません。




「はあー……、とにかく疲れた」


 行きと同じく、バスと電車に揺られて家に戻る。

 当たり前だけど、同じルートだから早く着くことはない。


「お腹空いたあー」


 結局、一日近く掛かってしまった。お昼も食べていないから、お腹はペコペコ。


「材料はあるけど作るの面倒くさいなあ」


 こういう日は、食べて帰ろうそうしよう。


「あー美味しかった……って違うっ!」


 余計な出費は抑えるところだろう、わたし!


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