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16話:岸さんからの連絡

「はいはい、沢村です!」

『おーっす、サワ。元気か?』


 やっぱり、全然変わっていない口調が耳に響いた。


「はい、ぼちぼち。岸さんは元気ですか?」

『元気元気。つーか、倒れていられないくらいに忙しいんだよ』


 前の会社の同じ部署に長年勤めていた岸さんは、わたしよりもちょっとだけ先に退社をした人だ。

 家業を継ぐために、山が近い実家に帰ると話していた。


「忙しいって、農家でしたっけ」

『おお。野菜の苗が大量でな。種も植え始めたし』


 外を中心に回っていた敏腕営業は、畑も精力的に回っているみたいで安心する。

 こうして電話をすることも久しぶりで、何だか会社時代に戻ったみたいだ。……野菜の話をしたことはないけれど。


「それで、どうしたんですか。急に電話するぞって」


 一応、これでも就職活動中なんですからね。


 忙しいんだぞということをアピールしたら、アッサリ『どうせ休みを堪能してんだろ』と言われてしまった。……なぜバレているんだ。


「用がないなら切りますよ」

『ああ、待て待て。これから本題だ。こっちは・・・・忙しいって言っただろ?』

「え?」




「……どうしよう」


 このまま、就職先が見つかるのかという不安はある。五月まで決まらない可能性もあるかもしれない。

 だからといって三月になったばかりの今から、五月の連休に田植えを手伝えって言われても……。


「畑以外で田んぼも持っているなら、人手はいくらでも欲しいよね」


 詳しくは聞いていないけど、体育館十個分はある田んぼらしい。


 ……行ったことのないどこかのドームに例えられるよりはいいけれど、体育館て何年前に卒業したと思っているんだ。わかりやすいけどさ。


 そんな田植えの手伝いは、わたしみたいな素人に声を掛けるくらいに人手が必要なんだろう。


 でも、今探している職業は接客だ。

 もしもこのまま接客業を選んで働き始めたら、みんなの休みの日は出勤日になる可能性の方が高い。


「保留にしてもらったけど”よろしく”って、このまま就職するなってこと?」


 まったく。わたしも散々、マイペースだと言われるけれど。岸さんの方が絶対にマイペースだと思う。マイペースっていうより、ゴーイングマイウェイ。


 報酬は”農家の採れたて現物支給、秋になったらコメを送る”という大変魅力的なものでも。


「体力をもっとつけないと、足手まといになりそうじゃない?」


 営業で鍛えたのは足だけじゃない。実家に帰るということを公言していた岸さんは、上半身もかなり鍛えていたはずだ。

 岸さんの跡継ぎを頼まれた森田君、へとへとになってたもんなあ……。


「……」


 二の腕に力を入れてみるけれど。……これ、力拳ちからこぶになってる?

 なんせ後輩ちゃんには、一反木綿だと言われるくらいの薄い身体付きのわたし。


「はっ……違う!農家の手伝いに行けることを考えるんじゃなくて、わたしがすることは再・就・職!」


 首を思いっ切りぶんぶんと振ったら、明日からハローワークに行くぞと気合いを入れることにする。




 今日は認定日ということで、日にちと同じく指定されている十時半から十一時の間に、必要な用紙を専用の窓口に置いてきた。

 赤いファイルに二枚入れたら、名前を呼ばれるまで待つ、と。


「ええと、ジョブカードと基礎コースのセミナーを受けてるね。じゃあ問題なし、と」


 求職活動を二回したから、確実に今月も審査は通るはず。

 それよりハローワークから送られた求人に対して、何もしてないんだけど大丈夫かな。


「はい、二回していますね。今月も問題はありません」

「ありがとうございます」


 アッサリ通ってしまった。……いいのか、そうか。


「では、ハローワークカードをお願いします」

「あ、はい」


 ええと、ここら辺に入れたはず。薄っぺらいからすぐに埋もれるんだよな。

 本当に、ケースに入れた状態で渡してくれて良かった。何度か無くしてても全然不思議じゃないもん。


 いや、早く返上した方がいいカードだった。薄くて正解。


「それではこちらが振り込まれる金額になります。次の認定日は三月十四日ですね」

「わかりました」


 ちょっと物足りなさを感じながらも、何もないなら帰ろうと立ち上がろうとして思い出す。


 そうそう、そうだった。

 五月はまだ保険の期間中だ。その時に岸さんの家業の手伝いをするのなら、報酬が現物支給のみでもどこかに書かないといけないんじゃなかったっけ。


「すみません。実はこれから、知り合いの農家を手伝うかもしれないんですけど」

「では、申告書の上の段に二か月分のカレンダーが書いてありますよね?こちらにバツ印をつけてください」


 たったいま渡された、新しい『失業認定申告書』の一番上の段には二月と三月のカレンダーが印刷してある。

 このカレンダーには、どこかの会社で働いたら”〇”を、農家の場合は”×”を書くのだと教えてくれた。


 そういえば一番最初の、待機日後の保険の説明の時に話していたかも。

 その時にもらった『雇用保険の失業等給付受給者のしおり』を出して、言われたページをめくっていく。


「こちらに書いてある通り、どこかの会社にアルバイトのような形でも働きますと丸印で、すぐ下の段の、収入のあった日にちと金額も記入しなければいけません。けれど、農家の場合は別です」

「はい」


 もう一度、丁寧におさらいをしてもらった結果、岸さんの家に手伝いに行く日は四時間以上働いてもバツ印でいいらしい。なるほど。


「それと地元のスーパーにも個人的に野菜を出しているらしくて、その運転や運ぶ手伝いも頼まれたんです。往復で三十分かかるかかからないからしいんですが……」

「そちらの場合もバツ印で結構ですよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 色んな手伝いの内容を一気に言われてしまって焦ったけど、逆に一つ一つ細かく訊けて助かった。


 ……いやいやいや。この場所にバツ印が付くのは、わたしが五月まで無職の場合だけだから!




 ぶんぶんと首を振って否定して、絶対に四月以内に再就職してやるぞと気合いを入れ直す。


 他に訊きたいことはないか確認をしたら、今日のところは帰るとしよう。


「では、この後はどうされますか?」

「え?」

「こちらの『職業相談』をされますと、一回分の求職活動をしたことになりますが……」


 初回は重要な保険の説明があったからか、すでに印字されていたけれど。二回目からは、『職業相談』という文字が書いてあるのだ。

 日付のところは空欄なので、職業相談の窓口に行った日を書けば終わりだ。


「そうですね、お願いします」

「では、こちらの番号札をお持ちください。直接この番号を呼ばれますので、案内をされた窓口へ向かってください」

「わかりました。ありがとうございます」


 まっすぐ帰ることはなく、今月も呼ばれるまでソファで待機になってしまった。




 待っている間、新しく渡された『失業認定申告書』を見やる。


 せっせと活動していることを褒められても、まだ下の項目は書いたことがない。


 ”求職活動以外に、事務所の求人に応募したことがありますか”


 面接をしたか書類審査中か、採用か不採用かの欄まであるこの場所。


 面接の講座はこれからだから、できればもうちょっと先にしたいところだけど。最新の求人が載っている検索機を使って、そろそろ就職活動をしたほうがいいかなあ。


 待っている間に返されたもう一枚、『雇用保険受給資格者証』をめくってみる。

 一週間後に振り込まれる予定金額が印字されていて、「まだいいか」なんて呑気な自分がここにいる。


「……」


 この、楽天的思考というか、何とかなるんじゃないの?っていう危機感のなさをどうにかしたい。切実に。

 岸さんに見抜かれていることも悔しいから、絶対に「仕事が入っています」って言って断れるようになってやる。


「四百二番の番号札の方ー」

「あ、はい!」


 とりあえず、検索機の使い方を教えてもらおうっと。




「ええと、そろそろ三月だな。講座以外で用事のある日はあったかな?」


 クビになったらあっという間に、毎日が日曜日という感覚になってしまった。

 このままだとボケるということで、こうして毎朝カレンダーと手帳を見ながら、今日の日にちと曜日を確認することを日課にしている。


 朝は六時頃に起きて、夜は遅くても十時までに寝る。

 三食たまにおやつ付き、おかずは二品で運動は毎日。健康管理はばっちりでも、日にちの感覚はまた別問題だ。


 テレビや新聞も見ないと、今日が何曜日かすぐに忘れてしまうんだよね。


「それにいつでも動けるようにしておかないと、この前みたいに風邪で倒れるかもしれないし」


 これも、講師の人に言われたことだ。

 休職期間が長くなればなるほど、日々の体調管理が重要になってくるのだと。


「ハローワークに登録しているから、紹介状を書いて、連絡もしてくれるところは助かるけど。面接がいつになるのかは、さすがにわかんないんだもんね」


 急いでいる会社なら、「今日の午後か明日の午前中に」っていうこともあり得るらしい。

 せっかくのチャンスが来ても「行けません」ってなったら、その時点で「今回は縁がなかった」とお断りされてしまう。


「”じゃあ来週ならどうですか”、なんて。よっぽど欲しいと思ってくれているか、人が来ない場合だけだって言われたもんなあ」


 その場合は即採用の可能性も高いけど、よく考えるようにとも言われている。


 ……本当に、前の会社に十五年もよく勤められたな、わたし。


 良い人ばかりだったんだなあと感謝をしながら、カレンダーと手帳に書いた予定をそれぞれ照らし合わせている途中。

 日にちは決められていないけど、できれば二月のうちにしておくことが、あったような、なかったような……。


「二月か三月にしておくこと。しなきゃいけない、こと」


 何か、とっても重要なことをお忘れではありませんかね?




 わたしが辞めたのは十一月末。つまり、十二月から無職生活。


「ああっ、確定申告!!」


 今まで会社でやってもらっていた手続きの一つ、確定申告を今年は自分でしないといけないんだった!


「うっわ、まだ大丈夫だよね!?ええと、どこに行けばいいんだっけ?何がいるんだっけ??」


 今日の予定は、何もないなあじゃない。


 一人暮らしだし扶養家族もいないから簡単だろうって言われていたけど、ほんのちょっとでもお金が戻ってくるなら手続きしておかないと!


 バタバタと部屋の中を走り回りながら、通帳と判子とマイナンバー、絶対に必要な源泉徴収票を持ったら市役所へ向かうことにした。


「うわわぁぁ!思い出してよかったあっ」


 確か市役所の税務課に行けば、確定申告の用紙がもらえるはず。


 書き方とか提出先とかも書いてあると良いなと思いながら、駅に向かって電車に飛び込んだ。


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