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15話:風邪とバレンタイン

 ピピッ


「んんっ……ようやく下がったか」


 三十六度ちょっとの体温計の数字を見て、肩をぐるっと回したら起き上がる。

 そんなに不摂生していたわけじゃないけど、やっぱり心労というか、ストレスはあったのかも。


「クビと同時に、お金と将来の心配が一気にきたもんね」


 今月の求職活動はすでに二回済んでいるから、慌ててハローワークに行くこともなく、こうしてゆっくり療養できて良かった。


「はあ……」


 ゴキゴキと首を鳴らしたら、たまっている洗濯を片付けようっと。




 いつもよりちょっと遅い七時に起きて朝ご飯を食べて、お風呂に入ってサッパリしながら洗濯をして。掃除をしたら、寝っ放しの布団を担いで乾燥機へ向かう。


「よいしょっ」


 コインランドリーがわりと近いところにあると、こういう時にとても助かる。

 布団乾燥機を持っていても、さすがに中までしっかり洗って欲しい。


「だってこの三日間、朝から晩まで寝てた布団だもんね」


 保険証のようにぺらっぺらな布団じゃ、いい加減、腰が痛いし。


「お、さすが平日。ヨユーで空いてる」


 布団の丸洗いは滅多にしない。なぜなら、お高いから。

 洗って乾燥まですると、約半日の時間と二千円近くが吹っ飛ぶのだ。


「失業手当がなければキツイわ」


 それでも一回目の振り込み金額を見て、こりゃやべえって思ってしまった。

 待機期間の一週間分は出ないって言われて覚悟はしても、明らかに働いている時よりガクンと落ち込んだもんなあ。


「そろそろパスポートの用意だけでもしようかと思ったけど、今月は無理だな」


 だってもうすぐバレンタイン。この日のために貯めておいたお金を使えば、十年パスポートも余裕だけど。チョコのためのお金は、少しだけ服に使ったからね。


「あ、そうだ。布団を洗ってる間に買い物もしてくるか」


 ボーッとコインランドリーの中で待っているのもいいけれど、平日の微妙な時間に長時間いるなんて怪しさ満点だ。

 機械がぐるぐる回っている様子を見つめることが好きでも、通報されたらシャレにならない。


 だって「職業は?」って訊かれたら、「無職です」って言うしかないじゃん。

 ……間違いなく無職ですけどね、はい。


「バレンタイン特設会場ができてるよね。今年はどんなチョコと出会えるかな~」


 家に戻って支度をしたら、ちょっと大きい商業施設に行ってくるか。




「……和風が今年の中心なのかな」


 定番の抹茶以外に、ほうじ茶や豆茶を使ったチョコレートが和柄の箱に収まっている。可愛い。そして美味しそう。


 本店には限定品もあるんだろうなあ、いいなあ……。


「えっ、五百円と千円のセットが完売!?全部入りはあるけど千五百円。高ッ」


 上段のガラスケースに見本が並べられていて、すぐ下に各種金額に応じたセットが詰まっている。その実物の棚が、千五百円と二千円を残して見事に空いていた。


 ってことは、他の人も目をつけたのか。なるほど。


 ふぅんと見て回りながら、宇宙チョコにキャラクターもの、定番のお菓子の限定パッケージに手を伸ばしたり引っ込めたり。


「ここは、お酒コーナーか。練り込まれているのは好きだけど、液体状の物が中に入っているのは苦手なんだよなあ」


 かじった瞬間にドロッとこぼれるの、勘弁してほしい。

 いや、わたしの食べ方がへたくそだからなんだけどさ。


「缶に入っているのも可愛いな。使い道がないから困るけど」


 ゴミとして捨てるのは忍びない。でも可愛い。


 グルグル会場を見回していたら、お昼が近くなったからか人が増えてきた。


「千五百円は高いけど、色んな梅酒が使われているのはこれしかないから良いってことにしておこう、うん」


 ああ、やっぱりチョコレートって選ぶ瞬間から楽しいなあ……。




「いえ、先輩。何してんですか」

「え?風邪引いて治ってから、チョコレートを買いに出掛けたって」

「そっちじゃなくて」


 風邪を引いている真っ最中に、後輩ちゃんから連絡が来て。じゃあ治ってからの土曜日にランチでも行こうってことになって、今はパスタを食べ終わったところ。


 食後のコーヒーを飲みながらこの一か月、何をしていたのかって訊かれたことを答えただけなんだけど。


「治ったばかりで万全とは言えませんし、インフルエンザも流行っているところの自宅待機はわかりますけど」

「食材もなくなっててさ。覗いたら今年も新しいチョコがたくさんあってね」

「種類が豊富で毎年、悩みますよね……ってそうじゃなくて!チョコにお金使ってないで、その分を電車代に回してハローワークに行って、求人票を見て新しい職場を見つけるべきでしょ!?」


 ダンッとテーブルを叩きながら、思いっ切り正論をぶつけられてしまった。

 ……はい。


「チョコは確かに美味しいですし、毎年変わりますから気になりますけど。先輩にそんな余裕はないでしょう?」

「……うん」


 もうすぐ三十六歳になるわたしは、ハローワークが送ってきた求人票の年齢制限に見事に引っかかったことを思い出した。


 今年買ったチョコレートを色々詰め合わせて後輩ちゃんに渡したけれど、喜んでくれたけど、まさか「何してんだ」って突っ込まれることになるとは……。

 いや、確かにそうなんだけどさ。


「一週間に一回は、何かしらの講座がないかと探したり、予約したんだよ。それで満足しちゃって」

「その日以外の四日間、ボケッとしていたら意味がないじゃないですか」

「……はい、すみません」


 土日は必ず休みなんだから、平日に動くことが当然だ。

 それはわかっていたことでも、具体的に何をすればいいかわからなくて躊躇っていたんだよ。


 ぼそぼそと言い訳臭いことを呟くわたしに、思いっ切り呆れた溜息を吐いていく後輩ちゃん。


「求人票の見方とか、自分が興味のある仕事とかはわかったんでしょう?それなら窓口に相談すればいいんじゃないですか?」

「あ、そっか」


 再就職の講座とか他のセミナーでも、わからなかったら窓口に訊いてくださいねって言っていたね。


「こういう時でも、先輩って呑気なんだから」

「うん……」


 ……就職先を探しているわたしより、会社に勤めている後輩ちゃんの方が詳しいってどういうことだ。


「このままだと失業保険の期限が過ぎて、適当な会社に入るしかなくなりませんか?」

「気を付けます」


 それは、この前の講座でも言われたことだ。


 今がちょうど、各企業が募集を強化する時期だから、週に二回はハローワークに通って求人票のチェックをしてくださいって。


「なんだ、言われているんじゃないですか」

「そうなんだけどね」


 ここ良いなって思った求人票を見ても、書類審査に受かって面接が入ると歯医者に被るかなあとか。そもそも履歴書の書き方も面接の受け答えの練習もしてないって思ったら、ちょっと足が遠のいてしまっていたことも事実だ。


「ああ、それはありますね。最短で、かつ理想の会社に入りたいですもん」


 妥協をしたくないっていう気持ちと、そろそろ決めないとヤバいって気持ちが半々で。

 それならやっぱり、準備をきちんとしてからの方が良いってなるんだよね。


「一応、考えているんですね」

「これでもね」


 こうして後輩ちゃんに発破をかけられたような、後がないと追い詰められたようなランチが終わった。




「ん?」


 スマホも解約しようかなあ、基本料金が馬鹿らしいし。でもこれがないと面接の連絡とか、再就職の時に困るよね。


 なんて考えていたら、とっても珍しい人から連続でラインが届いた。


キシさん?え?電話する?いま??」


 意外な人からの連絡で混乱してるのに、『いま電話するぞ』ってどういうことだ?


 今は外に出ていて、散歩兼買い物をしている最中だ。急ぎだと悪いから、すぐに『大丈夫』という返事をしよう。


「わっ、早い!」


 久しぶり過ぎるから、『元気ですか』とか『何があったんですか』とか他の文面も入れたいところでも。今から電話をする相手なら、『電話ができる』ってことを伝えるだけで十分だ。


 それでも相変わらずの素早さに、営業成績トップを維持していた岸さんらしくて笑ってしまう。


 通話のボタンをオンにして、久しぶりの声を聞くことにしようか。


「はい、沢村です。岸さん、どうしたんですか?」


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