14話:再就職に向けての準備
「いいですか。あなたちは無職なんです!!」
目の前のホワイトボードに、赤い字で大きく書いてある”無職”の文字。
講師の人がバンッと勢いよくその文字を叩いた瞬間、こちら側にいるわたしたち全員が固まった気がした。
求職中という言葉ではなく、ハッキリ「無職だ!」って大声で言い切られると、さすがにクルものがあるなあ。
この講座が始まって一時間。すでに心が折れそうです。
こんにちは、沢村です。
クビになってから、もうすぐ二か月。三十六歳の誕生日も間近に迫ってきた冬のとある日。
とにかく履歴書の書き方も面接についても不安だらけというわたしにピッタリの講座、その名も『再就職支援セミナー』なるものに申し込んでみました。
その前に参加した『ジョブカード活用セミナー』も、とっても勉強になった内容でしたけどね。やっぱり就職するためには履歴書と面接が欠かせませんよ。
それが正社員でもパートでも、バイトでも共通のことならなおさら重要です。
っていうか、職務経歴書のことを誤解していたよ。完全に。
だって職務の経歴書だから、どんな部署にいてどんな仕事をしたかっていうことを書けばいいだけだと思っていたんだもん。
「それも間違いではないみたいだけど。学んだことよりも得られたこと、特に失敗したことを詳しく書けって言われても」
自分が何に興味を持って、どんな風に接してきたとか。
改善したところや周囲の反応、得られた経験をどこで使ったか。失敗したことが大事なんだって言われるとは思わなかった。
「上手くいった経験だけより、失敗から得られた経験と、改善したことで人となりがわかるっていうところは同感だ」
その人の譲れないところや、優先順位がわかるもんね。
「わたしはお茶出しの時の失敗から、上手くお茶を淹れることよりお客さんの好みを知る方を優先させてたな」
こういうことを、”棚卸し”というらしい。
今までの仕事内容や経験について具体的に書き出すことで、自分の強みや自信に繋がることを知っていく。
「履歴書を書く前にする、準備段階が自分の棚卸しか……」
最初は全然出てこなくて、本当に十年以上、あの会社で何をしてきたんだろうと頭を抱えたものだけれども。
先生の言葉で少しずつ思い出していったら、あれもこれもと次々に浮かんでくるから不思議なものだ。
わたしの書いたものを見た先生が、「誇りをもって仕事をしてきたんですね」と言ってくれて嬉しかった。
この歳になると怒られることもだけど、褒められることもないもんなあ。
そうして次はいよいよ、「再就職のための具体的な講座を受けるぞ!」と、意気込んだのは良いんだけれど……。
「一社に応募する人は大体、十人くらいいます。あなたと同じような考えの人が、十人いると思ってください。さて、そこから面接に行ける人は何人いると思いますか?大体、五人。半分ですね。そして採用される人は一人です。いいですか、十人応募しても一人しか受けられないんです!」
「さあ、いつまでに再就職をするか決まりましたか?では、面接は一週間くらい先です。その前に履歴書を送ります。しかしその履歴書を書く時間も必要です。いいですか、五人しか面接に行けないということは、履歴書の書き方も大切なんです。自分を文章でアピールしなければいけないんです」
「つまり、まず最初にしなければいけないことは就業決定。……”ゴール”を決めるということです。この日を決めて逆算し、今現在、何をすれば良いのかということを考えて行動する。これが大事なんです」
「……」
とにかくわたしたちを就職させたい、ハローワークから卒業させたいという熱意が伝わってくる講師の人の言葉たちに圧倒されっぱなしだ。
そして最初にも言われた、”失業期間の長さ”の重要性をここでも説いてきた。
「短期集中をすることは、自身のモチベーションにも繋がります。企業も失業してから二か月の人と一年の人がいたらどうするか……。同じような条件の人が残った場合は、失業していた期間も採用の決め手になります」
ちょうど今の時期は、準備期間に相応しいとも教えてくれた。
なぜなら二月、三月に退職をして四月や五月から働ける人を募集する会社が一番多い時期だから。
「しかし自分を知らなければ、就職が決まっても三か月ほどで辞めてしまいます。つまりまた、ハローワークに通うことになるんです。この、就職のための準備から逆戻りというわけですね」
ホワイトボードに書きながら、身振り手振りで説明をしてくれる。
わたしにとってわかりやすいけど、他の人も一生懸命にメモを取りながら、うんうんと力強く頷いている。
そうだ。ハローワークに通うということは、就職先が決まったわけじゃない。
講座を受けて失業保険をもらうんじゃなくて、履歴書を送って面接をして、次の就職先を見つけて働いて、お給料をもらうことが正常だ。
無職と言われてちょっと気が遠くなりそうだったけれど、ぶんぶんと首を振って意識を保たなければ。
今からへこんでいたら、不採用通知が来たらどうするっていうんだか。
その後もスポコンのような百本ノックのような怒涛の説明に、必死にテキストを見ながら叩き込むわたしたち。
ここでも自分が何に興味を持っていて、優先順位は何なのかということに重点を置いていた。そして面接では失敗体験と、それによって何を得てどう改善したかを訊いてくるのだと熱弁される。
おお、これは前回の『ジョブカード活用セミナー』の内容と被るところがあるな。
嬉しかったことや楽しかった経験も大切だけれど、それよりも、自分が何を優先しているのかを知ることが大切、かあ……。
能力についても資格を有するもの以外に、コミュニケーションや目標を達成するための行動力なども立派な能力だと話してくれる。
そうしてペンを置いて背筋を伸ばし、講師の人が一息吐いた。
「皆様が自分に合った会社に就職できることを祈っております」
ニコリと微笑んだ講師の人の言葉で、ようやく基礎コースが解散となった。
「疲れた……」
帰りのバスに揺られながら、これから電車に乗って歩いて帰って、夕食を作らなきゃいけないとかキツすぎる。
今日の『再就職支援セミナー 基礎コース』は、ハローワークが会場じゃない。いつもより遠い場所の公共施設を借りて、外部講師をお招きしての予約制の講座だ。
ハローワークなら、電車で二駅とちょっと歩く程度で着くんだけど。この会場は電車は四駅、そこからバスで揺られて三十分。つまり片道一時間近く掛かる、遠い場所だ。
「基礎だから一時から三時で終わったけど、次の演習コースは四時まであるんだよなあ……」
履歴書の書き方と添削、模擬面接を個別でそれぞれするならこれくらいの時間は掛かるか。
しかし片道一時間の移動に、講座の時間が四時間……。
「これじゃあ、九時半から四時までの学校には通えないね」
この学校は反対側の電車に乗って五駅先。駅の南側すぐにあったけど、なかなか遠い場所だった。
そもそも九時半開始だから、出勤と登校時間にガッツリ被るんだよね。
「満員電車に揺られながら、学校に通う……。現役時代になかったことだから新鮮でも、毎日だとキツイよなあ」
さっきの講座でやる気が湧いてきても、疲れのほうが大きくて身体が重い。
とりあえず、今日の夕飯はシチューにしようっと。
熱血講座を受けてきてからすでに一週間。
無事に今月の求職活動が認められて、一週間後には初めての給付金が通帳に振り込まれる。
「はあ……」
次の履歴書の講座までに、自分の強みや優先順位を書き出すことが宿題になったけど。
終わったら、ほら、この通り。
前と同じくゴロゴロ生活をしておりますが、何か?
「あの勢いのまま求人情報を見たり、紹介状をもらったりすれば良いんだろうね」
何事も、勢いとタイミングは大事だ。
けれど講師の人の熱量に圧倒されて、逆にやる気が起きないというか、根こそぎ取られたというか……。
とにかく全身がだるくて何もする気がない。困った。
「甘えてるのはわかってるけど、休養が足りないってことなのかな?」
無職だと言われて目が覚めても、それとこれとは別だ。
動ける人は、とっくに動いているだろう。
「ん?」
そうは言ってもお腹は空くんだから、運動がてら外に出ようと着込んだら。
「ハローワークから?わたしに手紙??」
アパートの郵便受けに、グレーの分厚い封筒が入っていた。
宛先を見たらハローワークで、何かやらかしたっけと慌てて部屋に戻って、中を開けてみる。
「……求人票?」
分厚い封筒の中身は、三枚の求人票だった。
講座を受けるばかりでちっとも就職活動をしていないから、「早く決めろよ」という意味で送ってきたんだろうか。
「いや、違うな。ええと、確かここに……」
失業給付金を受ける用紙を引っ張り出して、とある欄を見直してみた。
「あ、あった。ええと、『公共職業安定所又は地方運輸局から自分に適した仕事が紹介されれば、すぐに応じられますか』……。ここの『応じられる』に丸をつけたから、良さそうなものを送ってくれたのかも」
すごいな。学校の時にも思ったけれど、至れり尽くせりだ。
求人票の読み方についても、この前の基礎コースで教えてもらえたもんね。お昼ご飯を食べたら、じっくり見てみようっと。
「ええと……。そもそも、どんな会社なんだろう?」
食器を片付けたらお茶を淹れて、どっかりと座り直す。
一枚の求人票には会社の場所を示す地図までついていて、丁寧すぎやしないかと驚いてしまった。
「いや、でもハローワークのある地域は詳しくないもんね」
住んでいる部屋から近いってことで選んだ場所だ。それなら親切に地図も付けてくれるか。
「あちっ。ええと、一枚目はフロントのお仕事?」
ああ、ここは見覚えがある。ハローワークからもうちょっと先にある、ビジネスホテルだ。
全国各地にある有名なホテルで、そこの受付が一枚目の求人票だった。
「何でだろう?……あ、接客も希望職種にしたからかな」
なるほど。しかも正社員。
場所も通いやすいし、通勤手当も出してくれるらしい。時間帯も希望通りだ。
「あ、交代で深夜帯勤務がある。これはホテルの性質上、仕方がないことか……。できれば日中だけが良いんだけどな」
お給料が良くても、生活リズムが崩れると体調にも影響するからちょっと困る。
「二枚目は……。あ、同じホテルの清掃業か。ふぅん」
こっちも正社員だけど、キッチリ時間帯が分かれているから選びやすいな。
「朝の六時出勤もあるけど、早く帰れるほうが助かるよね。ぬあっ!?」
どっちかに決めようかなあと乗り気でいたら、一番下の文面に危険な文字を見つけてしまった。
「うぁぁぁ……。三十五歳、まで、とは」
末永く勤めて欲しいから、募集の上限年齢は三十五歳までと書いてある。
「くぅぅ……」
履歴書と面接の講座はまだ先だ。それを受けて万全の態勢で挑みたい。
しかしその時にはすでに三十六歳になっているわたしは、今すぐに応募しないと無理だとわかる。
「今のままで受かる可能性はかなり低い。でもそこまで待つと年齢に引っかかるし、もう新しい人は決まっているだろう」
ああ、世知辛い。
三枚目はどうかと祈る気持ちで見たら、会社は近いけど出向先が隣りの県境に近いところだった。
つまり引っ越さなければ通えない。無理。
せっかく送ってくれた求人票も使いこなせず、わたしはそのまま倒れ込んだ。
けれど、やっぱり今までの疲れがたまっていたのかもしれない。
「熱いなあ……」
久しぶりに風邪を引いてしまったらしい。困った。
「インフルエンザじゃなくて良かった」
人と会う用事がなくて良かった。仕事の心配をしなくていいことが一番だけど。
「はああぁぁぁ……」
ちょっと休めってことなんだろう。食材も買い込んできたしね、うん。
そういうわけで、しばらく外に出ることは中止になりました。
「うーん……、頭が痛い……」