11話:初めてのハローワーク 後編
「あ、そうだった」
さっき、保険の窓口で書類が入った封筒を渡されたんだった。
そこで今日から一週間、この『雇用保険説明会』がある日までが”待機日”というものになるのだと言われている。
「”待機日”……」
面接まではいいけれど、そこまでしかできない。
というよりは、しちゃいけない。
「就職したら失業保険の資格なし、かあ……。まあ、当たり前だよね」
次の窓口に呼ばれるまで、封筒の中身を確認しようか。
ご丁寧に、封筒の表面には開催される日時と場所、当日持参しなければいけないものまで書いてある。至れり尽くせりだね。
建物と入口は見つかりにくくて困ったけれど、これなら初心者にも安心だよ。
何度も通いたくない場所だから、次の会社が終身雇用だと助かるな。
「ええと、丸の付いたものだけを用意すればいいんだよね」
持参するもの”ア~ク”までの八個のうち、わたしが用意するものは四つだ。
「『就職活動ガイドブック』……は、この封筒の中に入っているからいいとして」
次の『雇用保険失業等給付受給資格者のしおり』も、封筒の中に。
「うん、あるね」
その次は、ボールペンか万年筆などの筆記具。これは前の会社で使っていた物がある。
ここは問題ないなと確認したら、最後の項目で指が止まった。
「……写真」
これはあれか、証明写真とかいうものか。
サイズまで指定されているこれは、とっても大事だと言われて渡された、『雇用保険受給資格者証』に貼るものだって教えてもらった。
「二枚って言われたんだよね。もう一枚は、履歴書に使うとか?」
これは写真を撮る時に確認してみよう。履歴書だって、サイズは決まっている。
「それと『失業認定申告書』。待機日が終わってからの保険説明会に参加したら、ここに記入する、と」
そうすると、求職活動を一回したことになるらしい。
「この求職活動は、二回以上しないと失業給付金は受け取れません。……ふぅむ」
これも当たり前だけど、再就職を目指す人のサポート一時金なだけだもんね。
わたしの場合は微妙に長い勤務年数で、ちょっと長めの期間、お金がいただけることになっている。
「経理の人に感謝。……一応、社長にも」
静かに手を合わせていたら、わたしの番号が呼ばれていった。
職業案内の窓口では、給付金の受け取りについて説明があった。
「まずは『失業認定申告書』の一番下にお名前と、もう一枚の『受給者資格証』のこちらの番号を記入してください。こちらは毎月渡されますので、忘れずに記入をお願いします」
「はい」
「お手持ちの書類に記入をしたら、突き当たり十二番窓口の前にある箱へまとめて入れてください。そちらで求職活動をしたかどうかの確認後、支払い手続きに入ります。ファイルの色は赤ですので、間違えないように」
「わかりました」
とりあえず、一回目の振り込みは問題なかったら一月、と。
今月は最後のお給料が振り込まれるから、まずはそれで生活すればいいよね。
もちろん、本格的に貯金についても考えないと。うん。
さらにここで、最初に渡した書類から作った、ハローワークカードを手渡されることになった。
……う、薄い。
「では、退職理由ですが……」
職業案内の窓口だから、このまま再就職についての話もまとめてするらしい。
わたしが書き込んだ用紙を見たら、初めてちょっと怪訝な顔をしていった。
「事業縮小の為と書いてありますが、会社がなくなったわけではないのですね?」
「はい。わたしが居た部署が隣りと統合されることになったんです」
「そうですか……。こちらの会社には昔、お世話になったことがあるんですよ」
おお、こんなところに顧客が。それとも、取引先かな?
ちょっとだけ昔話と世間話をしながら、それでもサクサクと次の就職についての話をしていく。
別に冷酷なわけでも何でもなくて。
いくら失業手当がつくっていっても、永遠じゃないからね。
「こちらは参加する予定の、説明会の時に話が出ると思いますが……。受給期間が残っていればいる程、次の就職に有利なんですよ」
「そうなんですか?」
顔を上げたらニコリと微笑んで、しっかりと頷いてくれる。
もらえるものはもらおう、ということもいいけれど。
求職期間が短い方が有利になるとは、よく覚えておこう。自分のモチベーションも違うだろうしなあ。
……ちょっともったいない気もするけど。別に悠々自適な暮らしがしたいとか、予定があるわけじゃないもんね。
「無期限の長期休暇だ!」とか、「どこに旅行に行こうかなあ」とは考えていたけど。やっぱり早めの再就職。これが一番だね。
「はあ……。一応、終わった」
朝イチでハローワークに来たのに、すっかりお昼になっちゃたよ。ここらへんに美味しいお店はあるかな?
電車で二駅という距離は、前の会社と同じだけれど。
反対側に来ただけで、こうも違うんだなあ。
「あ、検索機ってどこだったんだろう?」
年齢と職業、それに働きたい時間帯を入れると今現在、募集している会社一覧が出てくる素敵な機械。
「んん……。受付の部屋に入って左側にあった、大量のパソコンのことかな?」
これはハローワークカードを見せて、使いたいと言えば検索機の番号札をくれるらしい。
でも、今日はいい。もうお腹いっぱい。いや、お腹はすいているけど。
「どっちかというと頭がパンパン、だね。疲れた……」
初めて聞く言葉に初めての手続きばかりで、とても疲れた。
「こういう時は甘い物。それと、ガッツリ系のメニューがいいかな」
求職活動に喝を入れるという意味で、カツ丼にしようそうしよう。
デザートは、もう一駅向こうのエクレアにしようっと。
「ああああ……っ!節約!!」
美味しかったと家路について、何を呑気に外食しとるんだと頭を抱えるわたし。
これから一週間の待機日分は、受給対象外になるって聞いたばかりだろうがっ。
「バカッ!」
一月分の入金額は、その一週間分が引かれるというのに。
カツ丼におやつまでって……。
大金が出るようなことはなくても、今からこんな調子じゃ先行きが不安すぎる。
「本当に、恋人がいなくて良かった」
だってもうすぐクリスマス。さらに年末年始にバレンタイン。
「はっ、バレンタイン!」
チョコ費という、他人に説明しにくい光熱費と同じ必要経費として、毎月分けているくらいに特別な費用がある。貯金?ノー!チョコレートの為の費用です。
もちろん毎月、何かしらのチョコは買っているけれど。
一年間、せっせと貯めた費用を一気に使うイベント。それがバレンタイン。
「お正月が終わったら、一気にバレンタインムードだもんね。今年はどこのチョコを狙おうかなって違う!」
年金一括払いというミッションはこれからだ。退職金があっても余裕などない。
一応、旅行券をもらったからと、五月くらいに行きたいなあとは考えているけどまだ未定。
「ちょっと調べただけでも、飛行機代が一番掛かるんだよね」
ネットで安いところはいくらでも探せるけど、それだと旅行券は使えない。
一人旅に普通のパッケージプランを選べば、えげつない追加料金が掛かる。
さらに行きたいところはかなりマニアックとくれば、もう個人旅行しか手がないんだよね。
ここが良いかなあという場所を色々調べて、ガイドブックも準備万端。
後は飛行機とホテルの予約だけなんだけど……。
「パスポートも取らないといけなかったの、忘れてたよ」
こんなにいつでも行けるタイミングは、なかなかないもんね。
やっぱり、せっかくだから海外が良いよねと後輩ちゃんにも言ったけど。
「言ったけどさあ、高いよ……」
ついでに求職活動は、ひと月の間に二回以上しなければいけない。
さらに指定された認定日の決まった時間にハローワークに行かないと、給付金はもらえないとか。
「うーん。意外と動ける日がなくなってきたな」
年末近くの今は、料金としては高くても。面接までしかできない待機日の間が、動きやすいといえば動きやすい日だ。
パスポートができる日を待っていると、待機日は終わってしまう。
「国内のどこかにでも、行ってきた方が良いかなあ?」
行けるかどうかわからなくなってきた、旅行のことはひとまず脇に置いておく。まずは目の前にある、保険の手続きと求職活動について見てみよう。
エクレアを食べながら、渡されたばかりの封筒の中身を改めることにする。
うん、カスタード美味しい。
「写真は明日、撮りに行くことにして。この、”ジョブカード”って何だろう?」
ハローワークの入り口の真正面の壁は、求職案内の用紙が貼ってあった。
試しにどんなものがあるのか見回してみたら、訳のわからない言葉が並んでいて困ったんだよね。
「これも説明してくれるのかな?」
帰り際にハローワークの中を見てみたけれど。
職業訓練についてとか、再就職支援セミナーとか。
今までまったく意識したことがない内容が並んでいて、何をするものなのかすらわからなかった。
「文字の通りなんだろうけど、これだけじゃわかんないんだよね」
こういうのも、総合受付で訊けば教えてくれるのかな?
「あ、『ジョブカード活用セミナー』は求職活動実績になるって書いてある」
それなら、この地区で開催される日に申し込めばいいのか。
「職業訓練説明会……。これは決まった時間に行けば、話が聞けるみたいだね」
それなら、参加してみようかな。
でも一番近い日程が、保険の説明会の二日後だなあ。
「この辺り、天気が荒れるって言ってるんだよね」
部屋の電気代の節約のためにも、ハローワークに行った方が良いんだろうけど。
「朝、起きてから考えよう」
どこまでも呑気、わたし!