表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナミダ忘れて異世界舞踏  作者: 岩崎月高
第一章『会うは世界の始め』
6/9

第一章5『炎の誓い』

 なんでこんなことに……

 もう逃げることすら許さない炎、大量の死体と血。そして何より、壊れてしまったさつき。

 なんで、なんで、なんで、なんで、なんで、なんで……


「ねぇ、ユウキ?」


 どうすれば良いのかも分からず、立ち尽くすだけの俺に、場違いな程美しい声が響いた。

 鈴の音のように美しい声で、さつきは金髪を掻き揚げながら言う。


「なんでそんな顔、してるの?」


「それはこっちのセリフだ!」


 俺の顔は、恐怖や怒り、悲しみで、ぐちゃぐちゃになって、確かに酷い有り様なんだろう。『そんな顔』と言えるくらい酷いのだろう。 

 でも分かる。この状況なら、おかしいのはさつきだ。こんな状況で、笑える方が狂っている。


「えー、どういうこと? 分からないなー、私」


「なんで笑ってんのかって聞いてんだよ! なんで、なんで、なんでなんだよ!」


 分からない、分からない! 普通じゃない、狂ってる。死が近くにあるのに、どうして。

 地面には死体が転がって、血が満たされて、いるだけでも吐き気がするのに。

 今にも火が触れて、体が燃えてしまいそうなのに。


「だからー、楽しいからだって!」


「……楽しい?」


 耳を疑う。いや、本当は分かっていた答え。無意識に拒否していた。

 そうだ、さつきはどんな時でも笑顔を崩していない。出会ったときからずっと。いや今は、もっといい笑顔にも見える。

 でもそんなこと、認めたくない、認められるわけがないのに。


「うん! すっごく楽しい! 私、これが本当に楽しみだったんだー」


 本当に楽しそうに、さつきは俺の周りを、顔を覗くように、ゆっくりと歩く。一歩一歩と彼女が歩く度に、血溜まりが震える。

 彼女にはこの光景が見えていなくて、全てが俺の妄想、違うものを見てしまっている、そんなことを考えてしまう。

 でも現実なんだ。

 でも分からない……


「何が、楽しいんだ……? だって、こんなの……」


「えー、さっき言ったの聞いてなかったのー? こんなステージで踊るなんて初めてなんだよ! 本当、ワクワクしちゃうよ!」


 言いながらさつきは踊ってみせた。炎の中で揺れる金色の髪。火の粉が舞う。

 火の妖精だと言われれば、誰もがすぐ信じるだろう。美しい。ただ、この妖精は火で死んでしまう。

 人だから、いつしか灰になる。


「馬鹿じゃねぇのか!? このままじゃ死ぬぞ!」


 死ぬ。たった二文字の言葉が、今はとにかく重い。すぐにも現実になってしまう、普段なら非現実的なこの言葉。

 きっと、さつきはまだ理解していない。そうじゃなきゃ、こんなに楽しげにいられる訳はない、と思っていた。


「うん! そうだね、死んじゃうね! ふふふふ」


 理解していないのだと思いたかった。だが、彼女の言葉に否定された。死ぬという言葉に不釣り合いな、笑い声に。


「なんでなんだよ!? 死ぬのが嫌じゃないのかよ!」


 呼び止められたようにさつきは止まって、首をかしげた。心底不思議だとでも言いたげな、きょとんとした顔で。


「どうして嫌なの? ユウキは嫌なの?」


「っ! 当たり前だろ! 怖いし悲しい。死ぬなんて最悪だ!」


 人が死ぬことの、喪失感を知っている。何もなくなってしまうことがどれだけ辛いか、俺は知っている。

 自分が死ぬことも、さつきが死ぬことも嫌だ。怖い。

 炎に焼かれて消えることが、どれだけ辛いのか、怖い。


「だからさつき、頼むから……死ぬなんて、言わないでくれよ」


 何とか、何とか紡いだ声。必死で、死に物狂いで、だけど絶対に死にたくない、死んでほしくないから。

 吐きそうなこんな場所で、吐き出した言葉。だがそれでも、さつきの耳には届かないのか?


 さつきはまだ、笑っている。


「ねぇ、ユウキ。『カナシイ』って何?」


「…………え?」


「だから、カナシイって何なのって聞いてるの。それがユウキが死にたくない理由なんだよねー? 怖いのは楽しいじゃん? 嫌な理由にはならないよ」


 何を、何を言っているんだ?


 その言い方は、赤石が『江戸』や『金属』が分からなかったことを思い出させる。

 けれど、それとこれとじゃ話が違う。江戸や金属なら文明、歴史の違いで良いのだろう。


 でも悲しみは、心はそんな話では済まされない。


「……悲しいは悲しいだろ? 悲しさのことだよ、心が痛くなることだよ!」


 悲しみがなければ、悲しみを知らなければどうなるのか、知りたくもない。

 だってなかったら、心の痛みを感じないのなら、きっと。


「うーん、分からないなー。聞いたことないし、第一、心は痛くなんてならないんだよ?」


「嘘だ。悲しみが分からないなんてあるのかよ!」


 心の痛みを感じない。鋼の精神って本当はこういうことを言うのか? いや違う、違う、違う!

 死すら嫌とは思えない。死すら笑ってしまえるなんて。

 生きているなんて言えないだろ!


 だが、どこまで行っても届かない。

 さつきは俺の手を、やっぱり笑いながら、手を取った。


「ふふふ。やっぱりユウキは変わってる。あなたみたいな人は見たことないからさぁ」


 嫌だ嫌だ嫌だ。そんな顔をしないでくれ。


「最後の、最期のダンス。最高の舞台で最高のパートナーと踊れること、最高に楽しいから! 」


 最期なんて言わないで。


「しゃるうぃーだんす? こう言うんだって、聞いたことあるよ」


 今、欲しいのは笑顔じゃないんだ。


「さぁ、踊ろうか!」


「…………。…………、……」


 両手を繋いで、さつきは俺を振り回す。くるくる回る、くるくる回る。

 火も血も、さつきも、全てが夢だったら良かったのに。

 夢だったら、ここまで悲しくならないのに、心は痛くならないのに。


 俺はただ、さつきに死んで欲しくないだけなのに……!


「どうしたの? なんでユウキ、目から水が出てきてるの?」


 涙が溢れる。止まらない。いや、今は止めちゃ駄目なんだ。

 滴になって飛散していくこれは、ただの水じゃないんだ……!


 唇を噛んで、思いっきり足に力を込めて立ち止まった。自然、さつきの動きも止まる。

 ボロボロ落ちる涙を隠さずに、叫んだ。



「だって! だって、だって! 俺は、悲しいがら、泣いでるんだ、心が痛いがら、泣いでるんだ! 死んで欲じぐないがら、泣いでるんだよ! 頼むから、お願いだがら、死ぬなんで言わないでぐれよぉ!」


 喉が悲鳴を上げる。けど、そんなことはどうでもいい。 


「生ぎでいれば、絶対にもっど楽じいから!」


 さつきが生きてくれるなら、俺はどうなったっていい。何もかもが揺らいで見える視界の中、二つの青い瞳だけが、真っ直ぐ見つめてくることだけが、分かった。


「うーん、どうしてそんなことが分かるのー? 最高に楽しいこの瞬間を逃して、もっと楽しいことがあるってなんで言えるの?」


 それは怒りなのかもしれない。悲しみを感じない中で、ただ楽しいことだけを求める少女の怒り。

 

「私は楽しいことがしたいだけ! 今より楽しいなんてあるとは思えないなー」


 でも、だからって死んでいいことにはならない。

 『未来よりも過去よりも、今を楽しめ』なんて言葉を、恨む。それは筋違いの、言いがかりなんだろうけど。



 未来に向かって笑って欲しいんだ。



 涙を無理やり断ち切った。



「っ! そんなの分かるんだよ! 俺がお前の隣にいる限り、絶対に生きてた方が楽しいって約束するから! だから死ぬな、俺と一緒に生きろ! 例えこの一瞬が楽しかったからなんだよ! 俺はこれからお前に何百、何千、何万倍楽しいことをさせてやるから、最高の毎日を作ってやるから!」


 


「だから……生きてくれ、俺と一緒に、生きてくれよ……」



 自分でも、何を言っているのか分からない。心に口がついたみたいに、思ったことがそのまま飛び出た。


 静かになる。

 聞こえるのはやけにうるさい心臓の音と、炎の声。

 どんどんと勢いを増していく。死は近づいてくる。



 終わりを感じていた、死を確信した。もう駄目なんだって思った。さつきには届かないんだって、自分の力を呪った。

 そんな長い、長い沈黙の後だった。


 さつきが、笑った。


「ふふふ、あはははは! やっぱりユウキは面白い! 何の確信もないくせに、よく言えるよ! 面白すぎる!」


 けれど、さっきとは違う笑いだった。


「そんな面白いユウキが言うんだから、間違いなく面白くなるって私が確信しちゃったじゃん! 今この瞬間より、絶対楽しくなるって分かっちゃったよ! だから私は、ユウキのために生きてみるよ!」


 炎に照らされているからか、赤く染まって見える頬。ピンクの浴衣。

 もう見慣れたあの顔を、さつきはさらに爆発させて歯を光らせた。


「…………え?」


「何してるの、早くこっちきて、よっと」


 一瞬理解が遅れた俺は、柔らかいクッションに押しつけられる。強引に頭をつかんで、抱き抱えられた。そして理解した。


 さつきが、生きるって言ったんだ……!


 息がしづらいけれど、幸せだ。さつきが、生きることを選んで、嬉しかった。

 

「こんだけの炎となると大変だけど、やってやりますか!」


 覚悟が決まった、そんな声。強く心を揺さぶる声がした。

 さつきは左手で俺の頭を押さえたまま、右手を前に突き出す。そして何故か、足が地面から離れた感覚がした。


 顔が、胸から解放されて。見ればそこにはとてつもない光景。


「なんで浮いてんだよ!?」


「浮かないと範囲分かんないじゃん」


 馬鹿なの? とでも言いたげな表情で言われた。いやでも突然、自分が空高く浮かんでたら、普通びびる。

 黒い煙の遥か上まで、羽も助走も使わずに飛んでいた。死体も家も小さく見える。


「それに、ここからだったら思いっきりやれる!」


 さつきの右手が光っていく。青い光に包まれていく。

 赤い炎も黒い煙も灰色の雲も、全てが霞む光を、掲げた右手が放つ!


紅蓮寂滅大津波(ぐれんじゃくめつおおつなみ)!」


 さつきが勢いよく降り下ろした右腕から、青白い光の柱が出現。そして、地面に叩きつけた。

 超音速でぶつけられたその柱から、大量の水塊が溢れていく。

 溢れた水は、巨大な波となる。きっと、世界の終わりには、こんな津波が来るのだろう。

 

 あらゆる法則を無視する、常識を飛び越えた力。

 魔法の水は激しい音を放ち、炎も建物も、全てを飲み込んでいった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ