第三十三話
就寝中は最も無防備であり、冒険者の死因の二割は寝込みを襲われたことによるものと言われている。
普段のポートであれば少なくとも侵入警報の結界を張ってから就寝するのだが、最近はパーティで行動していたため必ず交代で見張りをしていたため寝込みを襲われることがなかったこと、また昨晩は疲労が多すぎたため、それを失念していたのだ。
腹の上を這う何かを驚かさないように気を付けながら頭を持ち上げてみれば、薄明りの中見えたそれは三十センチほどの大きさの、四本の足の生えた魚としか形容のできない、怪しげな生物だった。
その名はテラグラーチャルという。
もちろんポートは見たことも聞いたこともない生物であり、その名を知らない。
それが一匹、さらにまた一匹、さらにまた一匹。
ポートの腹の上を通り過ぎていく。
どうやらテラグラーチャルはポート自体には興味がないらしく横穴へと消えていく。
十数匹の行列が全て通り過ぎてしばらくしてから、ポートは文字通り跳び起きると寝袋を亜空間庫に仕舞って辺りを警戒すると同時に、魔石を取り出すと警報を仕掛ける。
しかし、この怪しい生物が途切れた後は、川の流れる水音以外に物音もなく、生き物の気配も感じられなかった。
先ほどまであった強烈な眠気は既に吹き飛び、それと同時にぼんやりしていた思考もクリアになる。
ポートは魚モドキの後を追って横穴に入るべきか、それともこの場に留まるか、しばらく悩んだ。
もしあの魚モドキが蟻の卵を襲うために横穴に入ったのであれば、卵を襲われたあの銀色の蟻達が報復のために横穴を掘り、ポートのいる川原まで来るかも知れない、そうポートは考えたのだ。
少なくとも何が起こったのか見届ける必要はあるだろう。
結局は横穴に入る方を選択するしかなかった。
とはいえ、あの魚モドキの強さが不明な以上、何かあればすぐに戻れるよう慎重に横穴を進み、そっと卵部屋を覗き込んだとき、ポートは、この横穴のもう一つの目的を知った。
割れた卵から身を乗り出した巨大な白い芋虫が数匹、先ほどの魚モドキ、テラグラーチャルを咀嚼していたのだ。
不思議なことに捕食されている側のテラグラーチャルには抵抗はなく、大人しく食われるがままに食われていた。
恐らくだが、あの芋虫――――すなわち蟻の幼虫――――がフェロモンのようなものを出してテラグラーチャルを引き寄せ、餌としたのだろう。
やがて最後の一匹まで食べ終わった芋虫は、卵の殻から完全に抜け出すと今度は床に散らばっていた魔石を食い始める。
そこまで見たポートはそっと横穴を後戻りする。
巨大な芋虫は横穴に入れるほど小さくないため、横穴の奥の河原は当分は安全だろう、そうポートは安堵し、だが今後どうすべきか思案するのであった。
三日後、警報に反応があったため跳び起きたポートは、この前と同じ、テラグラ―チャルの行進を目撃した。
前回の轍を踏まぬよう、寝袋は川原の端に敷いていたため、ポートの腹の上を這うことはない。
行列が途切れる寸前、ポートは亜空間庫に溜めてあった大量の石を無詠唱で取り出し、横穴を塞ぐ。
そして一匹だけ取り残されたテラグラ―チャルに対して、赤い魔石を投げつけると構造修飾言語を唱える。
「魔石よ砕けて散れ」
果たして、赤い魔石が炎となってテラグラ―チャルを燃え上げる。
しばらく暴れたテラグラ―チャルだったが、ほどなくして香ばしい香りが漂ってきた。
たしかに亜空間庫にはまだ食料はあった。
だが、いつかは尽きるだろう。
芋虫がテラグラ―チャルを咀嚼できるのであれば、もしかするとこれは魔物ではない生物ではないか、そうであれば食料とできるはず。
そうポートは考えたのだ。
その予想は当たり、テラグラ―チャルは見事に焼き魚と化した。
なりふりを構っていられる余裕はなかった。
先ほどから腹の虫が止まらなかったポートはテラグラ―チャルを掴み、一瞬躊躇しながらも、その肌色の足をもぐと、予め亜空間庫から取り出しておいた塩を振りかけて胴を一口齧った。
「う、うまい!」
衝撃的な美味さだった。
白身のその魚肉は淡泊でありながらも深い旨みがあった。
夢中で身を食べつくすと、その腹に薄桃色の魚卵の塊が見つかった。
「これも食べられるのか?」
先ほどの白身の美味さから期待半分、恐る恐る一口齧ると、その小さな粒は、若干の野性味がありつつも、まったく苦味はなく、滑らかな食感を舌に与える。
一粒一粒、弾けると溢れる凝縮された旨み。
気づけばテラグラ―チャルは手足と頭、骨だけとなっていた。
残されたのは先ほど捥いだ足。
ポートは生唾を飲み込むと、テラグラ―チャルの足を齧る。
「うわっ!」
苦味とえぐみがポートを襲い、慌てて川の水で口を漱ぐも、そのえぐみはなかなか取れなかった。
魚モドキの足だけは食べてはならない。
ポートは学習した。
テラグラ―チャルの残骸を川に投げ込み一息ついたポートは横穴を塞いでいた石を亜空間庫に格納し直した。
横穴を石で塞いだのはテラグラ―チャルを捕まえる目的以外にも、 テラグラ―チャルを燃やしたときの匂いが漏れるのを防ぐ目的もあった。
少なくとも横穴の向こうにポートという存在があることを蟻に気づかれるようなリスクは負いたくなかったのだ。
「亜空庫の無駄遣いと言われたけど、思わぬところで役にたったな」
無駄遣いと言ったのは確かミーシャだった。
三人だけのパーティ、あの楽しかったときが脳裏に浮かび、そして
「絶対に生き抜いてやる…………!」
カーマインへの復讐心。
それがポートを生かしている。




