第三十二話
ポートが目覚めると、それは川原だった。
目覚める前の最後の記憶は、巨大な滝を落ちた瞬間だ。
どれだけ運が良かったのか、いや悪かったのか、ポートは死ぬことなくイスカーダンジョンを流れる川の川下----流れはだいぶ緩やかになっている----に辿り着いたようだ。
全体が薄ぼんやりと光っているおかげで、自分が洞窟の中にいることだけはわかったが、どれだけ流されたのか、戻ることはできるのか、そしてここは安全なのか、全てがわからない。
川原といっても、五メートル四方も無いような狭い空間だった。
そこには辛うじてポートが潜れる程度の横穴があった。
「ここはどこだ?イスカーダンジョンのどこかなのか?」
もちろん、応えるものは居ない。
ポートは白の魔石で傷だらけだった体を治癒させると、横穴に潜り込んだ。
片腕しかない状態での匍匐前進は困難であったが、幸いなことに壁面から斜めに通っていた横穴はそれほど長くなく、数メートル進んだところで明かりが見えた。
ポートは慎重に横穴を進み、横穴の出口からそっと外を覗き込んだ。
「!」
ポートが目にしたのは、床に散らばる大小さまざまな魔石と、自分の身長ほどの巨大な数十の卵、それが置かれた部屋だった。
しばらく待って動く者がいないことを確認したポートは、横穴から部屋へ出ると、魔石に触れる。
「えっ?」
しかし、魔石はSTONESのタブルに格納されなかった。
ポートの義手が壊れたわけではないことは、魔眼によって構成が見えること、また義手への接続もできることから、間違いない。
それにも関わらず魔石は格納できなかった。
いつ誰が戻るか分からない状況で、その原因について考察している時間はない。
止むを得ず、ポートは魔石を亜空間庫であるWAREHOUSEタブルへと格納を試みた。
今度は無事にできた。
ポートは十個ほどの魔石を格納すると、横穴へと後ろ向きに潜り込んだ。
ギーッギーッという何かの鳴き声が部屋の奥、卵の向こうから聞こえてきたのはポートが横穴に体を隠した直後だった。
ポートはいつでも頭を引っ込められる位置まで奥に入ると、そっと様子を眺める。
目に映ったのは三メートルを超える巨大な蟻。
それも、黒ではなく、銀色の金属光沢を持つ蟻だ。
ポートの知識にもない、その蟻は恐らくBランクモンスター、ジャイアントアイアンアントの上位種であろうことは想像がついた。
実際のところポートの予想は当たっていた。
そのモンスターはジャイアントシルバーキラーアント、Aランクモンスターだった。
二足歩行するそれは、口から魔石を吐き出すと、また部屋の奥へと消えていった。
運がいいのか悪いのか、ポートはモンスターの卵部屋近くに辿り着いたようだ。
先ほどの河原へと戻ったポートは、亜空間庫に格納しておいた食料――――インスタントスープとパン――――で簡単な食事を取りながら、自分の置かれている状況について考察することにした。
まず第一に、ここはイスカーダンジョンではない。
ポートのモンスター知識はファーストカルテットの一人、マールから得たものだ。
だが、マールはこれほど目立ち、しかもBランクを超えていることが間違いないモンスターについて、ポートに教えなかった。
新たに出現したモンスターということも考えにくい。
単体ならともかく、どう考えても銀色の蟻の群れはHGSGSウルフよりも強いだろうから。
次にあの横穴である。
あの穴は巨大蟻が通れるほど大きくはなかった。
卵の大きさから考えると孵化した幼虫でも潜るのは難しいだろう。
よって、横穴は通気口と考えられた。
その予想は半分当たり、半分外れだった。
最も重要なことだった故に、その事実を認めたくなかったポートが最後に考えたのは、魔石であった。
ポートは自らが保有していた赤い魔石と、ここで手に入れた魔石を比較する。
おそらく、この階層の特性なのだろう、手に入ったのは全て赤い魔石だった。
この二つを肉眼で見る限りまったく違いはないが、魔眼を通してみると明確な違いがあった。
ポートが元々持っていた魔石は魔眼で構成が見えるし接続もできるし使用できることも、先ほどインスタントスープを温めるために赤の魔石を使用して確認した。
一方で先ほど手に入れた魔石は魔眼で見ると構成は”不明”となり、また接続もできない。
あの蟻が破壊した魔石を卵部屋に持ち込んでいる可能性はあるが、ポートが見たところ、魔石に傷のついた様子はない。
そもそも壊れた魔石なら、魔眼で見れば何も表示されないはずだ。
少なくとも”不明”と表示される以上、魔石が壊れているとは思えなかった。
これから手に入る魔石は全て使用できない魔石となり、ポートが既に保有している魔石しか使えない――――最悪の可能性が浮かんでは消える。
「あー、もう、頭がおかしくなりそう。続きは明日!」
ポートは左腕で乱暴に頭を掻き毟ると、亜空間庫から寝袋を取り出し、その中に潜り込んだ。
よほど疲れていたのだろう、一分も経たない間に意識を失うように眠り込むのだった。
それから数時間後、ポートが目を覚ましたのは、妙な息苦しさからだった。
幸い川原は水場の近くということもあり、気温も湿度も安定していて寝苦しさを感じる要因はなかったはずなのだが、何かが自分の体を乗り越えていくように感じたのだ。
「!」
目を開けたポートが声を出さなかったのは、初めは、あまりの驚きによるもの、次に声を出したら何が起こるのかわからない恐怖からだった。
寝袋のポートの、ちょうど腹の上あたりを何かが這っていた。




