【第5.1章:鉄門の前の静寂、神の苦悩】
東京都港区。高い警備の壁に囲まれたアメリカ大使館の前で、みゆは立ち止まっていた。街の喧騒から切り離されたような独特の緊張感が漂うその場所で、彼女はいつものように、セーラー服の袖から覗く両手を顎に添え、深い思索の海に沈んでいた。
彼女の瞳の奥には、今この瞬間も地球のどこかで繰り返されている、争いの炎が映し出されている。高次元の「上級大将」としての彼女であれば、物理的な武力を行使して紛争を鎮圧することなど、瞬き一つの間に終わるだろう。しかし、彼女は知っている。力で抑え込んだ平和は、次の憎しみの種を育てる土壌にしかならないことを。
「なぜ、人は同じ過ちを繰り返すのだろう。国と国、正義と正義がぶつかり合うその先に、誰の幸福があるというの?」
大使館の門を出入りする人々、行き交う黒塗りの車。それらすべてが、巨大な世界の歯車の一部に見える。彼女は、この星の「正義」が抱える歪みに胸を痛めていた。一人ひとりは「善」であり、家族を愛し、平穏を願っているはずなのに、集団となり「国」という枠組みになった途端、その善意が攻撃的な刃へと変貌してしまう。
「悪い王様はいないはず。ただ、対話の術を忘れ、恐怖に支配されているだけ……」
みゆは、万里の長城で辿り着いた答えを反芻する。戦争を止める唯一の、そして最も困難な方法は、相手の「正義」の裏側にある「痛み」を想像することだ。銃を置くことよりも、差し出された手を握ることの方が、どれほどの勇気を必要とするか。
「人は1とりではいきられない。助けられたら助け返そう。」
この言葉は、個人間の道徳に留まるものではない。国と国もまた、互いの存在を認め、助け合う「依存」の関係にあることに気づくべきなのだ。一方が倒れれば、もう一方も無傷ではいられない。全宇宙が一つの巨大な生命体であるように、地球という星もまた、分かちがたい連鎖の中に生きている。
みゆは、固く閉ざされた大使館の門を見つめながら、自らの内にある膨大な智慧を総動員して、平和への数式を解き明かそうとしていた。セーラー服を纏った少女の姿をしたその神は、誰にも知られることなく、この星の未来を救うための「心の革命」を、静かに、そして真剣に、その小さな胸の中で練り上げていた。




