10、歩み寄る心
「――――っ!!貴方、学校すら満足に卒業していらっしゃらないの?それでよくもまぁ公爵家に入ろうなんて思いついたのね?ああ嫌だ、お里が知れる事。」と扇子で口元こそ隠していらっしゃるが、その目元は愉快で堪らないと言った気持ちを隠そうとしていない。
「まあ、エリザベス様がそうおっしゃるのなら、そうなのかもしれませんわね。」と周囲の令嬢もヒソヒソと話しをしている。そんな外野の声にエリスは臆する事なく、
「はい、今はボヌール公爵家のご好意に甘えさせて貰っています。」と明瞭に答えた。
――――熱いっ!と思った瞬間、顔にかけられたのが紅茶だと分かった。
一瞬避けたが、ポタポタポタっと足元に紅茶の雨が落ちるのが見える。エリスは思わず腹が立ったが、取り乱す事はなく、次にエリザベス王女が言った言葉には心底驚かされた。
「こんな無知な人と婚約を結ばされるレオンがかわいそう。ねぇ、貴女、今からでも婚約を辞退しなさいな。」と今日のドレスは赤にするわ。というようなノリで、言いつけられた。
「失礼ですが、この婚約は公爵家が執り行った物。私の一存ではお返事は出来ません。」と頭を起こしエリザベス王女の目を見ながら答えた。
「ふん、まぁそうでしょうね。でもレオンは仕事で疲れているの。貴方がレオンの近くにいると彼、気が休まらないんですって?学校すら満足に卒業してない貴女が、彼に充分尽くしてあげられるのかしら?少しは彼の事も考えてあげたら?」と言い放つと周りの侍女を従え、その場から立ち去った。
周囲のご令嬢のクスクス笑いが聞こえる中、エリザベス王女が立ち去る姿をぼーっと見ていると、エリスの所に1人の侍女が近づいて来た。その侍女はエリスと目を合わせると、
「お嬢様、失礼ですがお召し物をお取り替え致します。どうぞこちらへ。」と声をかけられた。
「えっ、はい。わかりました。宜しくお願いします。」と了解し周囲にお辞儀をしてからその侍女の方について行った。お茶会が行われている中庭からは少し離れた建物だった。
「お嬢様こちらでごさいます。」と部屋に案内されるやいなや、ドンっと部屋の中へ押し込まれガチャと鍵をかけられた。
「なっ!!何を。助けて下さい。誰か、誰か助けて!!」と叫びながら慌ててドアに駆け寄り、ガチャガチャとドアノブを回してみたがやはり開かなかった。
「すいません、ここを開けて!開けて下さい!」と精一杯ドアを叩いてみたがびくともしなかった。
「へぇ、なかなか可愛い子じゃん!」と薄暗い部屋の奥の方から声がした。
思わず声のした方を見ると、明らかに酒に酔って赤い顔をした中年男性がベッドに寝転がりこちらを見ていた。一応衣類は着ているが、シャツの前をはだけさせ、だらしない生活をしているのがまるわかりで、トラウザーズのお腹周りがパンパンだ。
「ここの侍女から良い子がいるからって教えて貰ってさ、ずっと君の事待ってたんだよ~。かなりの好き者だからあと腐れなく楽しめるって紹介されたんだよ。」と上機嫌で話しながら、上から下まで舐める様にじろじろ見られた。
エリスはすぐさま、「さあ、誰かとお間違えでは無いですか?」とそいつに言ったが「ははは、最初はみんなそう言うんだ。でもヒッヒ、悦くなって来ると泣いて喜ぶんだよな。」
「――――お嬢さん、さぁ、楽しもうぜ。」ゆっくりベッドから立ち上がりこちらへ近寄って来た。顔も雰囲気もとても気持ち悪い。
「・・・誰に紹介してもらったの?」とエリスは冷静に話した。
「う~ん、それは言えねぇなあ。お嬢さん余計な事考えるんじゃねぇよ。場が白けちまう。」と言いつつもエリスの傍まで来た。
相手の右手が肩にかかったその瞬間。エリスは反撃に出た。
エリスはポケットに入っていたあるスプレーをさっと取り出し相手の目元にかけた。
男が「ぎゃー!!」と叫んだその瞬間、相手の体を押し退け窓に向かって駆け寄り、近くの蝋燭台を手に持つと、力を込めてえいっと放り投げガッシャーンと窓ガラスを割った。
すかさず窓を開けて覗き込み、下にいた人々に「火事です!部屋の鍵が掛かってて逃げられません。助けて下さい。」と大声で叫んだ。
しばらくするとドンッ、ドンッ、ドンッ、「――――!!大丈夫ですか?」と激しいノックの音がした。
「助けてください!開けて下さい!」と叫び、現れた近衛兵にドアを開けて貰うとすぐさま「そこに男が転がっています。不審者です。」とだけ告げて急いでその場を離れた。
実はあのスプレーはニンニクを抽出した物をベースに作られた、対不審者用の商品。
「伏魔殿に行くのだから。」とここへ来る時に奥様に持たせてもらった物。
・・・・まさか本当に使う事になるとは。
奥様も独身の時に襲われかけた経験があったらしく、必ず身につけていたと聞いている。
奥様ナイス!
・・・良かった。本当に良かった、助かった。
「おい、どうしたこんな所で。顔、真っ青だそ?」と頭上から声がした。顔を上げるとレオンだった。
レオンの顔を見た瞬間、ボロボロボロと涙が溢れて来た。自分でもなぜかわからない。
「どうした。何があったんだ。」と聞かれてもうまく頭が回らず答えられない。口が酸素をもとめている魚みたいにパクパクと開くだけだ。
「ちょっとこっちへ。」と手を引っ張られ空いている部屋に連れ込まれた。さっと私を抱き込むとぎゅと抱きしめてくれた。
どれぐらいの時間が経ったのかわからないが、気持ちが落ち着いて来たので体をレオンから離した。
「――――ありがとうございます。レオン様」と俯いてお礼を伝えた。
「実は。。。」とお茶会からさっきまでの出来事をかいつまんで話した。一部始終を聴き終わったレオンが「怖かったな。」とボソッと言った。
「今日はここで家へ帰れ。後は俺に任せろ。」とエリスの手をひき、黙って馬車乗り場まで送り届けてくれた。
◇◇◇◇◇
やばいな。エリスが襲われかけた。だいたい犯人の目星はついている。
裏にいるのは恐らくエリザベス王女だ。まさかこんな事をして来るとは。。。
先ほどの不審者を確保してあるが、恐らく口は割らないだろうな。
しかし、「火事だ!」か。よくあの状況で頭が回ったな。エリスなりにボヌール家の名誉を守ってくれたんだな。
いよいよ、俺も考え方を見直さないといけないのかも知れない。とりあえず今回の件は宰相を始め関係者全員に伝えた上で、エリザベス王女の婚礼を急がせよう。
俺を側近から一時的に離して貰うのもアリだな。――――さぁ、どうするか?




