巽
結局まとめると、外回りの任務についていたのは古都、玄師、永久。内回りの任務についていたのは澄嘉、毅沙、翠、摂津。離宮の見回りについていたのは松吏、佐津間、多知、来務だった。
そして、それぞれ決められた休憩時間に休憩に行っていて、一回目の休憩には来務、翠、古都、二回目の休憩には毅沙、多知、玄師、三回目の休憩には松吏、澄嘉、永久、四回目の休憩には摂津、佐津間が行って、間違いなく宮の休憩所で顔を合わせている。
そして、巽の死亡推定時刻は、その四回目の休憩が終わった辺りであろうと思われた。
だが、二人はきちんと時間通りに戻って来ているようだ。
巽の近況は、放蕩息子だったのに加賀を戴きたいと願うようになってから、真面目に努めていたらしい。
もしかしたら、巽を殺したのは同じように加賀を娶りたいと思っているこの中の誰かなのだろうか?
刀を持たせたのは、それが実月の仕業なのだと思わせるための罠なのか。
蒼が、言った。
「…誰か、巽の事をもっと聞いてないか?愛憎のこともあるけど、他のことで恨みをかっているような事はないだろうか。」
覚が言った。
「翠として知っておるのは、巽は最近他の重臣の息子たちと、序列を巡って対立して、何とか実績を上げようと務めの取り合いをしておったということぞ。あれらの間では、軍神とは違って立ち合いでの勝敗などではなく、ただ政務上の問題をどれだけ重要なものをどれだけ早く、どれだけ的確に処理できるかで評価されるのだそうだ。そのためには案件を任せてもらわねばならないが、親の序列が高いほど良い案件を振り分けてもらえる可能性が高い。巽の親は筆頭重臣の笙であるので、あれはこれまで散々放蕩の限りを尽くしておったが、改心したと言うたらあっさり仕事を振り分けてもらえておったそうな。」
維心が、眉を寄せる。
龍の宮ではあり得ない事だからだ。
鵬、他二人の筆頭が居るのも、宮が巨大で執務が多いのもあるが、そんな事を失くすようにお互いに見張るためだった。
軍神達は立ち合うので、その勝敗で誰の子だからと優位に立てるとは限らないが、臣下達はそれがあるので筆頭を3人にしていた。
しかし、神世広しといえども、筆頭重臣が3人も居るのは龍の宮だけだった。
なので、どこの宮でもあり得る事だった。
「…ならば、相当な数の恨みをかっておったとか。」炎嘉が言う。「困ったの。どうするか。まさか、誰かがその臣下の一人に頼まれて殺したとかあるのではないだろうの。巽の執務室を調べる事はできぬのか。そうでなければ父親の笙と話すとか。」
義心が、明るい顔をして頷いた。
「はい、望まれるのならできます。」
どうしてそんなに嬉しそうなのだ。
皆が思ったが、維心がお構い無く言った。
「ならば案内せよ。その、笙の執務室とやらがあるのだの?」
義心は、頷いた。
「はい。本来は宮の中ですが、宮の中の執務室だという体で設置してあります。巽の父の笙役の者が待機しておりますので、どうぞこちらへ。ただ、残り時間は30分しかありませんが、良いですか?」
炎嘉が、何度も頷く。
「良い!だったら早う案内せよ!」
そうして、皆は義心についてぞろぞろとその、死体がある部屋を出て行った。
妃達は、それを見送っていた。
維月は、そんな様子を見ながら思った。
…義心は、準備していた笙役の部屋が無駄にならなかったから喜んでいたのね。
笙役を引き受けていた慎吾も、渡しても良い情報を必死で頭に入れたのだ。
それも王達が、調べたいと言い出さなければ無駄になるはずだった。
もちろん維月も、そこに置く巽の遺留品の細工には手を掛けていたので、執務室を無視されるのは悲しかった。
なので、義心の気持ちは分かった。
綾が、言った。
「…何やらお遊びと聞いておりますのに、王におかれましては何やら真剣なお顔で。誠に凛々しい様ですわ。」
維月は、フフと笑った。
「お仕事をなさっている時は、皆様とても凛々しく見えますわね。それだけ真剣に謎を解こうとされているのだと思うと、作った甲斐がありますわ。」
椿が言う。
「ですけれど、いったいどなたが何の目的でこのようなことを?知りたいものですわ。」
綾が、椿を嗜めるように言った。
「まあ、なりませぬよ。それを当てるのが皆様のお仕事でありますから。それにしても、確かに気になりますこと。」
すると、今まで目の前でピクリとも動かなかった巽役の忠幸が、むっくりと起き上がった。
妃達がびっくりして思わず扇を高く上げる中、維月は言った。
「ま、まあ。術が解けたのかしら。」と、言った。「忠幸。まだ終わっておりませぬよ。只今は執務室の方の聞き込みにいらしております。」
忠幸は、ハッと維月を見て、血糊まみれで慌てて膝をついた。
「王妃様!申し訳ありませぬ。術で眠らされておりましたはずですのに。」
維月は、苦笑した。
「良いのですよ。そろそろ巽の死体を片付けて、椅子を置いて王達に話し合う場所を作らねばならぬ時間ですから。」と、言った。「早希。明蓮を呼んで参って。こちらを片付けて椅子を出すように。」
早希は、頭を下げた。
「はい、王妃様。」
早希は、急いでそこを出て行った。
綾が言う。
「誠に手の込んだ事でありますわね。ところで笙は、巽の死を知っておるのですか?」
維月は、首を振った。
「いいえ、未だ。軍神達が参ってやっと知るという形でありますわ。ですから今頃、笙役の軍神が頑張って演技をしておるのではないでしょうか。見に参ってもよろしいですけれど…皆様、面倒ではありませぬか?また移動せねばですわ。」
綾もだが、椿も楢も天音も桜も、それに三奈や佐江までがすぐに首を振った。
「平気ですわ!話を聞かねば犯人が分かりませぬから。」
天音が言う。
皆が、ウンウンとそれに頷いた。
維月は驚いたが、妃達も楽しんでくれているのだと嬉しく思い、侍女達の通用路を通って、裏から執務室の様子を見るためにそこを出て行ったのだった。
一方、維心達は執務室に案内されていた。
ここは宮の一室ということらしい。
確かに、龍の宮の筆頭の執務室に、そっくりだった。
そこに、着物を来て座っていたのは慎吾だった。
…慎吾が笙の役か。
確かにいい感じに歳を取っているので、巽の父としては適任だ。
だが、気が大きい上に目が鋭いので文官には見えなかった。
それでも、慎吾は演技をした。
「これは実月殿。それに皆も。うち揃ってこのような朝早くにどうされましたか?」
口調は、臣下同士のそれだ。
慎吾は頑張って笙を演じているようだった。
維心は、言った。
「笙。主にしては衝撃的であるだろうが、主の息子の巽が、離宮で胸を一突きにされて死んでいるのが見つかった。」
慎吾は、精一杯驚いた顔をした。
「巽が…?!いったい誰がそのようなことを!」
炎嘉が言った。
「それを調べるためにこちらへ来たのだ。笙、時間がない。とにかくあれに恨みを持つ輩に心当たりはないか。何でも良い。」
慎吾は、息子の死を知らされたばかりの父親とは思えないほど、スラスラと答えた。
「恨みとて、臣下として序列争いの中に居れば自然と回りは敵だらけになりまする。心当たりがありすぎて、逆に分からぬような形で。」
志心が言う。
「ならば昨夜はどうだった。あれは昨日は非番か?」
慎吾は、首を振った。
「昨日はそちらの机で案件の整理をしておりました。遅くまで残っておったので、もう休めと言うて我は先に屋敷へ戻りました。」
全員が、空いているもう1つの机を振り返った。
…何かあるかもしれない。
「…少し調べて良いか。」
慎吾は、頷いた。
「もちろんです。一刻も早く真犯人を見つけてください。」
全員が、机の方へと我先にと寄った。
炎嘉は、あちこち引き出しを開けたりしながら率先して何かないかと探している。
維心が、そんな炎嘉達数人を尻目に、後ろの本棚の方へと目をやった。
抱えている案件の書類を入れるための塗りの箱や、何本もの巻物、そしてまた、塗りの箱があった。
大きめのものだったが、案件の書類を入れるには大き過ぎる気がした。
なので、それを開いて見ると、中には私的な文が入っていた。
…文か。
維心は、一枚ずつ見てみた。
同僚からの手助けを頼む文や、友と思われるもの達からの文などが収められてある。
…ということは、巽には敵ばかりでもなかったのだの。
維心は、思った。
どうやら他の同僚を、手助けして感謝の書かれた文もあるのだ。
巽はそこまで、どうしようもない男ではないようだ。
だが、気になるのは一番上にあったはずの文が、消し炭のようになっていて、下の文も一部焦げている事だった。
…何故に燃えた文などを収める…?
維心が思って一番奥に隠すように置かれた文に気付いて、それを引っ張り出した。
「…!」
維月の手だ。
維心は、見た瞬間分かった。
だが、それを書いた主の名は、最後に加賀と書かれてあった。
加賀からの文…!
維月が、皇女の文ということでこれを書いたのだろう。
だが、この遊戯の中ではこれは加賀の文だ。
維心は、食い入るようにその内容を読んだ。




