事件勃発
次の日の朝、まだ夜が明けて来た頃に、義心が寝室の外から言った。
「…王。」維心は、目を開いた。「時刻でございます。」
維心は、窓の外を見た。
…そうだった。
維心は、体を起こした。
自分は、第一発見者として、その現場に誰よりも早く行って、皆を呼び出すという事になっている。
つまりは、これから現場へ行かねばならないのだ。
「…参る。」
維心は言って、隣りの維月を見た。
「維月。寝ておっても良いが、我は行くぞ。義心が来た。」
維月は、ハッと目を開いた。
「…そうでしたわ。」と、パッと起き上がった。「維心様は筆頭軍神を引かれたのでしたわ。」
維心は、頷いた。
「まあ、ゆっくり準備したら良いわ。我は参る。甲冑を着て準備をせねばならぬらしいからの。ま、格好から軍神になり切るわけよな。」
維月は、頷いて寝台から降りた。
「お手伝いを致しますわ。維心様の甲冑姿をお見上げできるなんてとても嬉しいですわ。フフ。」
維心は、苦笑した。
「甲冑は我が宮の物であるから青であるようよ。珍しくもなかろうに。」
いやいや、珍しいですわ。
維月は、思った。
維心は、ちょっと立ち合うぐらいでは甲冑など着ないのだ。
着替えなくても、着物の不自由さなど維心には関係ないからだった。
維月は、嬉々として維心に準備された甲冑を着つけて、そうして頬に軽く唇を当ててから、頭を下げた。
「終わりましてございます。」
維心は、クックと笑って維月の額に口付けを返した。
「主はもう。変わらぬの。少し我が違った姿を見せるとそのように。此度は、影ながら我が己の目的を達せられるように見守って欲しい。」
維月は、頷いた。
「はい、維心様。誰よりも維心様を応援しておりますわ。」
維心は、微笑んで頷いた。
「では、行って参る。」
そうして、維心は一人で居間で待つ、義心の方へと歩いて行った。
維月は、見届けなければと急いで自分も支度を整えていた。
維心は、義心について歩きながら、言った。
「他のもの達には?」
義心は、頷いた。
「は。連絡は終わっておりますので、今頃は皆様ご準備されておるのではないかと。王が現場に到着されて、現場を確認された後に皆様をお呼びして、そこで王からのご説明となります。」
維心は、頷いた。
「そうか。昨夜巻物は読んだが…我だけ、何やら面倒ではないか?」
義心は、首を振った。
「皆様、犯人捜しの他に己だけの目的を持って参加されておりますので。それが何なのかは、恐らく言われないでしょうが、いろいろな思惑が入り混じっておるのは確かです。」
維心は、ため息をついた。
「面倒ぞ。まあ仕方がない。やれるだけやるわ。そういう遊びであるしな。」
義心は、王である維心に筆頭軍神の役などさせるのが気詰まりだった。
だが、維月がこれは遊びだから、別の立場もきっと面白がるはずだ、と言うので仕方がない。
維心自身も、そんなに気にしていないようだったし、そもそも他の役になるぐらいなら筆頭軍神を引いて良かったと思っていた。
命じる事ができる立場だからだ。
そして、旭に借りている別宮の中へと案内すると、現場となっている部屋へと維心をいざなった。
「こちらが、現場です。」
維心は、そこへ足を踏み入れた。
そこは、ホールのような場所で、遺体役になっているのは維心の軍神だった。
「…忠幸ではないか。」
維心が言うと、義心は言った。
「いえ、ですから只今は巽という筆頭重臣の息子の役を担っております。ちなみに、死体でございます。」
こんな役を振り分けられてまた哀れな。
維心は思ったが、忠幸は巽役に徹していてピクリとも動かない。
というか、息が浅い気がする。
「…大丈夫なのか忠幸は。何やら息が浅いような。」
義心は、頷いた。
「王達に囲まれて思わず起き上がって膝をついてしもうてはと本神が懸念しておったので、明蓮に治癒の術で眠らせるようにしております。問題ありませぬ。」
それでか。
維心は頷いて、遺体の様子を眺めた。
確かに、全く忠幸の気以外の物が感じ取れないようになっている。
匂いのことまで分からないが、しかしそう説明書きがあったのでそれも無いだろう。
胸の辺りに刺し傷が偽装してあり、そこを一突きにされた失血死のような感じだった。
そして、巽役の手には、綺麗に装飾された刀が鞘に収まったまま握られてあった。
…これが、王から賜ったとかいう刀か。
維心は、思いながら見つめた。
そして、窓が開け放たれてあって、窓の外は何もない庭しかない。
賊は、そちらの方向へと逃げたと考えるのが普通だろうと思われた。
「…現場は分かった。」維心は、言った。「皆が来るのを待とうぞ。」
義心は、頭を下げた。
「は!もうそろそろ参られるかと。我は、皆様が集まってから進行を務めさせて頂きます。決まりでは、全員で話す時間、お好きな誰かと二人、もしくは複数で別の部屋で話すことができる時間と分かれておりまして、我がそれを指定させて頂くことになっておりますので。」
維心は、また面倒な形が決まっておるのだなと頷いた。
「そうか。任せる。こんな遊びは初めてであるしな。」
そこへ、がやがやと声が聴こえて来たかと思うと、炎嘉が真っ先に入って来た。
「維心!いやええっと、実月か。死体が見つかったと?」
全員が、ぞろぞろと入って来る。
翠明が、欠伸をしながら言った。
「おお、誠か。で、誰ぞ?」
維心が、答えた。
「巽。筆頭重臣の息子ぞ。」と、皆が入って来たのを見て、続けた。「我は非番であったが、屋敷の者から王から賜った刀が無くなったと連絡があって、今朝から探しておったのだ。そうしたら、ここで巽が死んでいて、我の刀を持っていた。昨日の離宮の見回りの当番は、松吏、佐津間、多知、来務の4人であったよな。主ら、何も見ておらぬのか。」
松吏は駿、佐津間は高彰、多知は加栄、来務は旭だ。
いきなり話を振られて、慌てて駿が言った。
「ええっと、我は、昨夜は離宮の中までは見回っておらぬ。通常、この周辺の警備という事で、中までは王に許されねば入ってはならぬ決まりであろう。我らは普通にこの回りをいつも通りに見回っておった。休憩に行っておる時の事は二人に聞かねば分からぬがの。」
高彰が、答えた。
「我は最後に休憩に向かったが、それまで異変は見られなかったの。というて、常離宮ばかりを見ておるわけではなくて、この周辺がルートになっておるだけで、上空に居らぬ時に何かあったとしても分からぬ。」
摂津役の、公明が言った。
「高彰…佐津間が申して居る事は本当ぞ。我も最後の休憩だったので、宮の控えで同席した。共に茶を飲んで休みながら話をしたので間違いない。」
維心は、公明を見た。
「主は内回りの任務だったの。後で話は聞くゆえ。」と、もう一度離宮担当の4人を見た。「して?後の3人は?」
いきなり詰問状態だ。
それは、神が一人死んでいるのだから、そうなるのだろう。
皆の顔が寝起きから一気にしっかりした風になって来て、顔を見合わせた。
来務役の、旭が言った。
「我は一番最初の休憩で、その折内回りの翠と、外回りの古都と会った。特に変わった事がないと退屈だと愚痴ったので覚えておるだろう。」
それには、古都役の漸も、翠役の覚も頷く。
「その通りぞ。我らは最初の休憩で、間違いなく控えで会っておる。その時、来務が愚痴っておったのは確かぞ。」
全員きっちり自分の巻物の内容を頭に入れて来ているようだ。
「松吏と多知はどうよ?」
駿と加栄は、びくりとした。
そして、加栄が答えた。
「我は、休憩は内回りの毅沙と外回りの玄師と一緒でした。そういえば…その帰りに、夜中なのに一人、宮の方角へと向かう瀬那殿を見たような。」
瀬那役の、炎嘉が驚いたように言った。
「え?主は我を見たのか。」
加栄は、びくびくとしながら頷いた。
「見申した。どちらかから宮の方へと向かうのが見えて…非番なのに、どちらへと思ったのは覚えておる。」
炎嘉は、頷いた。
「屋敷に帰っていたのだが、宿舎へ戻ろうと思うてな。本日は早番であったし。」
「そんな夜中にか?」維心が言う。「夜番の者が休憩となると、かなり夜更けた時間であろう。」
炎嘉は、顔をしかめた。
「別に良いではないか。つい居眠りしてしもうて戻るのが遅うなっただけぞ。」
気になる。
皆が思ったが、宮へ向かっていたのであって、離宮へ向かっていたのではない。
なので、それ以上は何も言わなかった。
「駿…いや松吏はどうよ。」
駿は答えた。
「我は3番目の休憩で行った。一緒に休んだのは澄嘉と永久。…そういえば、帰りに実月の屋敷近くで、斗起を見たな。」と、永久を見た。「永久も外回りへ向かう時だから、見たんじゃないか?」
蒼は、言われて首を傾げた。
「…そうだったかな?オレは、誰か影は見たような気がするけど…それが誰かだったかは見えなかったかな。」
樹伊が、言った。
「我も見てないな。内回りであるから、そもそも主の屋敷の上は通らぬと思うが。」
皆には、一応架空の宮の見取り図も描かれてあって、知っているはずだった。
維心は、頷いた。
「…では、皆の話を聞こう。我の刀を持ち出した者もだが、巽を殺した相手も探さねばならぬ。皆で状況を確認しよう。」
そうして、義心がそこで割り込んだ。
「では、見て分かっている事だけご説明致します。そして、この後の話し合いの仕方についてお知らせしましょう。」
皆が、義心を見る。
義心は、説明を始めた。




