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東京東地区決勝戦 目黒庭園館

●東京東地区予選決勝 20話●


8時

白桜高校 一年スポーツ科クラス


まだ誰もいない教室で麻王は完全に机にうつ伏せになっている。


教室出入口から入って来た愛枝は、

「……おはよう、麻王…麻王?…」


愛枝が起こそうとすると優也が止める。


白桜ブレザー姿の愛枝は、

「……心臓が止まりそうになったよ…」


ジャージ姿の優也は小さな声で、

「俺も来たところだって。愛枝、麻王がこんなに眠るなんて有り得ない。どうなってんだ?」


愛枝は、

「昨日の6回戦は延長13回でね。最後はタイブレーク制で。それに真夏日で40°近くあったでしょう。」


「……俺も青空も芯もインターハイだったしな…」


「もうとにかく四番の麻王はフォアボールばっかり!俊足の麻王は盗塁するけど麻王以外ぜんぜん打てないし。」


「周は取れないのかよ?」


「145km/h前後になるとストレートでもパスボールも多くて…」


「それでスピードを落として真っ直ぐ一本か…」


「そう、これでもかっていうぐらいバンドの揺さぶりを掛けられて…」


「どうやって勝ったんだ?」


「13回以降は無死走者一、二塁から開始するタイブレーク制でしょ。ハルトと駿君がダブルスチールしてもう敬遠ができない場面でも水戸君、雅君が連続三振から麻王がホームランで終了。」


「そこでホームランを打つんだ…やっぱ麻王はスゲーな…」


「感動してあり得ないくらい泣いちゃった…」


「…新聞配達はかなり減ったけどな。何か色々忙しいみたいでよ…」


「うん、それに予選決勝後、期末考査があるしね。つまり青空君との成績勝負もね。」


「青空と勝負はいいんじゃねえのか?それに無理やり△-1にされたこともわかったんだろ?」


涙が溢れると愛枝は、

「…それは駿君を白桜に入れた時に1点を引き換えの条件にしたからって…」


「あんのクソ理事長…」


涙が止まらない愛枝は、

「待って!麻王は、どうしても特待生の権利が欲しいもん…ここまで頑張って来て、譲れないよ…」


窓際に行くと優也は、

「決勝戦は目黒庭園館だよな…元関西人の俺でも知ってる甲子園常連校だぜ…」


「……インターハイはもう始まっているよね?」


「ああ、7月末までな。都の予選で競り合った聖林館、神奈川の霧谷高校、……決勝は三条北山だろうな…伊藤先輩、俺、芯じゃあどれだけ飛ばしても第三クオーターなんて到底もたねぇ…こっちはベンチ5人、向こうはベンチだけでも15人、翌日には5~10人は入れ替わって元気いっぱいよ…麻王がいねえなら、青空の存在は絶対だ。」



「甲子園は8月からだから間に合うね。でも、日本の学校のスポーツってフェアじゃないよね?」


「まぁ、青空以外は役に立たないんだけどよ。それに麻王は私学強豪化は嫌っているけどな。」


「……麻王なら言いそう。」


「愛枝もゴルフの全国大会あるんだろ?」


「えっ…よく知ってるね?でも、今の私じゃあ勝てないよ…」


「麻王は勝ち負けなんて気にしてねえって。自身が甲子園のピッチャーマウンドに立つよりも愛枝のキャディをしたがっていたぞ。」


「ホントに…?」


「おう、ビビッたぜ。それで青空が激怒してな、……麻王の背には白桜生徒3000…甲子園で麻王が投げれば何百万人もの人が夢を見れる。その中には病で苦しむ人もいるんだ!ってよ。全員、”まぁ、そうだわなぁ…”って。トイレ、行って来るわ。」


優也は教室から出て行く。


スースーと寝息を立てる麻王が愛枝には愛おしくてたまらない気持ちになる。




昼休み

図書室


麻王が目を覚ますと麻王の隣に愛枝が座っている。


麻王は、

「……ごめん、気付かなかったよ。」


弁当を図書机の上に置くと愛枝は、

「はい、お弁当…ごめんね、へ、下手くそなんだ…」


「ありがとう。いただくよ。」


「……明日は大丈夫?」


「味付けはバツグンだよ。周のことか?」


「……バレました?」


「きっと今も一人でピッチングマシン相手にキャッチングの練習をしているよ。」


「でも、たった一日で…」


右手に持った箸を置くと麻王は、

「愛枝。」


「な、なに?」


「白桜野球部、マネージャー赤瀬愛枝を必ず甲子園のベンチに連れて行くよ。」


「と、と、突然、なによ!」


クスッと麻王は、

「つまり、明日は勝つってことだよ。」


「そんな適当なぁ~!」


「ピッチャーは速さだけじゃない。制球力、変化球のキレ、駆け引き、タイミング、俯瞰的に見る力etc。それに周が野球を始めたのは今年の四月からだよ。明日は大丈夫。」


「そ、そうだよね…」


「ほら、こっちに来い。」


抱き寄せられると愛枝は、

「……麻王は…温かい…ね…」


「……今から俺の言うことを心の片隅に残しておいてくれ…」


麻王の吸い込まれるような声に麻王の胸の中で愛枝は、

「……うん…」


「いつか愛枝に辛い日が来る。」


「……病気とか…?」


「愛枝の両親かな?しばらく会えない日が来るかもしれない。でも、必ず愛枝を迎えに行く。だからその時まで待ってくれるか。」


その切なく、でも麻王の強い信念を感じる声に何故か涙が止まらない愛枝は、

「……うん、…その時は麻王と出逢ってから今日までの日を思い出す…麻王がいなかったら生きていけない…絶対に約束だよ…?」


「ああ、この記憶は一度、海馬の奥に消えるからな。」


「えっ…」


目をぱちぱちさせると麻王を強く抱きしめたままの愛枝は麻王から離れると、

「………私……えっ…麻王に抱きついた…?」


「愛枝も疲れていたんじゃないか。もうすぐ五限目だから一緒にお弁当を食べないか?」


「……え?…恥ずかしいよ~!…ううん、食べる!麻王に元気をつけてあげるんだからね!」





東京東地区決勝戦


高齢の尾崎先生に代わり顧問はスポーツ科クラス担任の荒木先生になった。


東京地区予選一回戦、二回戦までは何とか得点できた。それを麻王が完封で締める形で勝ち進んで来た。


三回戦からはただ一人ヒットやホームランを打てる麻王は徹底的に敬遠され、味方のエラーも続いた。


ただ麻王は絶対にピッチャーマウンドで一人相撲をしない。


フルカウントまで持っていかれるとバンド、即ダッシュでキャッチし、ファーストに投げる。その繰り返しだが麻王は崩れない。その姿勢が全員の心を繋ぎ止める。




【東京東地区予選決勝戦】

神宮球場

目黒庭園館vs白桜高校


甲子園常連校の目黒庭園館。3、4、5番が全国クラスの四番バッターと遜色ない長打力を誇るのがこのチームである。


九回表まで来て目黒庭園館0対0白桜高校 


三塁側白桜ベンチ


ベンチ中央にいる麻王は腕を組んで眠っている。


白桜ワイシャツに桜色のリボン姿の愛枝は心配そうに、

「……麻王…」


ファーストの駿は、

「スゲーじゃねえか、周!麻王のドロップ気味のカーブを軽く取ってよ!」


プロテクターにレガースをしたまま立っている周は、

「……まだひやひやよ。昨日の放課後から深夜まで1000球を麻王と訓練したからな…」


ハルトは、

「エースピッチャーに前日1000球も投げさせてどうすんだよ。」


碧は、

「俺たちも麻王にフリーバッティングに付き合ってもらったしな…」


立ち上がりグラウンドに出ると麻王は、

「さぁ、この回を抑えるぞ。」


「おう!」


心配そうに愛枝は、

「……無理しないで、麻王…」


一人残っている麻王はベンチ内の愛枝を見ると、

「甲子園のベンチに座らせてやるからな。」


「うん。」




上杉周、彼は努力の天才だと麻王は思っている。麻王の145km/hを超える速球をこの二日間で何とか取れるようになり変化球のキャッチングも次第に上手くなっている。


エラーの連続で負けそうな事もあったがこのチームは心が折れない。そして成長している。


麻王にはそれが一番嬉しい。




九回表 目黒庭園館ベンチ


目黒庭園館の監督は、

「……夏葉麻王の凄さをその球速と勘違いしている者は多い。」


庭園館三番バッター福田は、

「どういう意味です、監督?」


「ピッチャーとして夏葉麻王の一番の武器は制球力だよ。ボール半個、各コーナーに投げられるその制球力と速球ゆえに相手チームもバンド戦法に徹してきたが、それは結果、夏葉の思い通りになっているんだよなあ…」


四番岡本は、

「……確かに。」


「勢いが欲しいな…。福田、九回表は三番バッターのオマエからだ。振り切って来い!」


「はい!」



一球目、ワインドアップから麻王がかなり高目の速球を投げる。


右バッターボックスで空振りした三番バッター福田は電光掲示板の球速を見ると、

「………144km/hか。かなり浮き上がる感覚はあるがオレなら十分スタンドに叩き込める。」


確信を持って右肩を一瞬上げ構える。


二球目、三球目空振り三振。電光掲示板の速度は144のまま変わっていない。


バットを地面に叩きつけると福田は、

「クソッ!どういうカラクリなんだ!?」


周は立ち上がると、

「ワンアウト!ワンアウト!残り二つ抑えるぞ!」


内野の駿やハルトは、

「おうよ!」


続く、四番岡本、五番岩中もあっさりと三振する。


白桜ベンチのスコアブックを持った愛枝は、

「麻王!」


紙野は、

「……球速は144のままだ。一体どうなってんだ……?」


麻王は回転数と制球に加え、バッター心理こだわっている事を目黒庭園館の監督や選手たちは理解していない。


加えて、絶妙なリードをしているように見える周だが、サインを出しているのはピッチャーマウンドでロジンバッグをポンポンと叩く麻王。



一見、内角高めの荒れ球に見えるボール。それもボール半個外に目黒庭園館の選手たちはその打てそうなギリギリのスピードとコースに意図的に振らされている。制球力の高い麻王は、次は外角に来ると考える目黒庭園館の選手に対してロジンバッグで周にサインを出し、回転数の上がった内角低めにいっぱいにキレイに入るボールに空を切る。





九回の裏 


バットのグリップを両手でしっかり握る一番の井上ハルト。

「よし!」


麻王は四打席ほぼ敬遠気味のフォアボール。

麻王はこの予選大会100%の成功率で得点圏まで盗塁するが残りの白桜バッターが打てなければ勝てるはずもなく、これだけの敬遠もされていなかった。


白桜ベンチの駿は、

「……青空とは言わないがせめて芯がいればな。」


駿の言葉に周は、

「芯のやつ、突然、目覚めたよなあ…。」


麻王は、

「スイングスピードだよ。」


「へ?」


「自分のスイングスピードを把握した。それは皆も同じだよ。近いいつか開花するよ。」


「……麻王。」


麻王は立ち上がると笑顔で、

「心配するな。今日が延長でもダメなら明日も抑える。なら最後は自動的にウチの勝利だろ?周、頼むよ。」


麻王はベンチの横で投球練習を始める。

「…………麻王。」


山形は、

「目黒庭園館のピッチャーの球は決して速くないがチェンジアップでタイミングをズラすことが非常に上手い。今日、二人目のピッチャーという事もあって余力も十分だ。麻王は三年の俺の為にも全力投球してくれている。絶対に麻王まで回す!」


山形は自身の軽量の金属バットを取るとネクストバッターボックスに歩いて行く。


駿と愛枝は、

「……山形先輩。」


案の定、一番井上ハルトは粘るがチェンジアップに三振をし転ぶ。


二番目の山形大士がバッターボックスに入るや否や初球のカウントを取りに来たストレートを器用に右に流すとライト前ヒットになる。


一塁ベースでガッツポーズをする山形にベンチの碧は、

「その前までの三打席は空振り三振だったのに…」


愛枝は、

「やっぱ15年の野球経験者は違うよね!」


三振してベンチにいるハルトは、

「山形先輩って15年も…3歳からかよ!」


目黒庭園館のピッチャーも山形大士の華麗な流し打ちに呆気に取られている。


三番バッター上杉周がバッターボックスに入る。構えに余裕がある。キャッチャーがたまらずタイムを取る。


再開すると周への一球目は速球の見せ球。二球目のチェンジアップで山形先輩が二盗する。

滑り込みギリセーフに白桜ベンチはホッとする。


その後、周が粘ってフルカウントになる。外角超低めで勝負したかったピッチャーだがボール一個分低くなり過ぎてフォアボールになり、ワンアウト一二塁となる。


目黒庭園館の監督は三回戦以降二番バッターの山形と三番バッターの周が打てない演技をしていたことに気付くと、


目黒庭園館の監督は、

「……この決勝戦のためだけに…クソッ、クソッ、クソッ!!!」


目黒ベンチは、

「……………………。」


目黒庭園館の福田は、

「……監督、次は四番の夏葉ですが…」


「ムムム、…フォアボールなら満塁か…」


四番、岡本は、

「監督、まだワンアウトです。ピッチャーを交替して…どうされます?」


監督は、

「市川に交替して夏葉と勝負だ。」


五番、岩中は、

「……夏葉は間違いなくトップレベルのスラッガーですよ?」


「四打席連続のフォアボールか?」


福田、岡本、岩中は、

「……そ、それは…」


続けて監督は、

「目黒庭園館は東東京王者だ。王者には王者の闘い方がある!それに夏葉はおまえたち3、4、5番にかなりの球数を消費して疲弊している。市川で勝負だ!」


岡本は、

「左サイドスローの市川を一打席で攻略するのは俺でも無理です!」



再びタイムの後、目黒庭園館、三人目ピッチャー、左サイドスローの市川が交代で試合が再開する。


左サイドスローの市川は100km前後の緩い投球練習を開始する。


碧は、

「めちゃくちゃ遅いぞ、アイツ!」


ハルトは、

「クソッ、俺の時なら…」


リトル出身者の金属バットを持つと水戸は、

「左バッターにあの左サイドスローはかなり打ちづらいと思うよ。」


同じくリトル出身者の雅は、

「……あれでMAX130km/hも出たら左バッターの夏葉には体感的に150km/hのオーバースローに感じるんじゃないか?」


駿、ハルト、碧は、

「そんなにか!」


愛枝は、

「……麻王…」


麻王が左バッターボックスに入ると応援に来ている白桜の生徒1400人も白桜ベンチも緊張する。


三塁側白桜ベンチの愛枝は左バッターボックスの麻王が唇から血が流れているのに気付く。



初球、市川の155km/h、内角高めのボール球を麻王はまるで待っていたかのように右肘を引きそのままフルスイングをすると神宮球場レフトスタンド最上段まで飛ぶ。



スポーツとほぼ無関係と言えるほどに弱小校だった白桜の生徒たちが飛び上がって喜んでいる中、バットをグラウンドに置くと走り出す麻王は目黒庭園館ベンチを見る。



麻王がホームベースに帰って来るとベンチから走って来た碧は、

「あの投球練習を見た後の速球をよく打ったな、この天才スラッガー!」


山形は、

「所詮、綺麗事だが彼らの分まで戦う事が最高の恩返しになる事を忘れるなよ、麻王!」


「いえ、山形先輩にどうしても白桜に来てよかったと思わせたくてね。」


満面の笑みの山形は、

「もう思っているよ、ありがとうな、夏葉!」


駿、ハルト、碧、周、山形、水戸、雅、沖田たちがグラウンドで抱き合っている。



麻王がベンチに戻って来ると愛枝が麻王の唇の血をハンカチで拭き取りながら、

「……よく頑張ったね、麻王?」


愛枝の溢れる涙を見ると麻王は、

「次は甲子園のベンチで応援してくれ。」


「うん!」


ユニフォーム姿の麻王が三塁側ベンチ裏の扉に行くと愛枝は、

「……麻王…帰るの?」


「俺と美緒、心海の身元保証人の兄さんが結婚することになって…今日はすぐに帰らないと行けないんだ。みんな悪いと伝えておいてくれないか?」


遠くから山形は、

「後は任せろ。行って来い!」


麻王はベンチ裏の扉を開けて振り返ると、

「……もうこの世界に来て一年か…見てくれていたかな。」


愛枝は、

「えっ…?」


「また明日な愛枝。」


扉が閉まると愛枝は、

「……麻王…。」


それまで白桜ベンチに黙して座っていた顧問の荒木は、

「キャッー!!! 凄かったよねー!!!」


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