17話
その助言としてはかなり過激な内容にレンは驚愕を隠せなかった。だがモモの方は何とも思っていない様で顔を前に戻して鏡界から姿を消した。
モモが一方的に話しただけでレンは一言も言葉を返してもらっていない。
新米のレンが心配するなど冗談にも受け取られない程に隔絶した実力差、モモからすれば完全無視ではなく言葉をかけただけでも随分尊重されていると思っていいだろう。
だが、レンは全然満足出来なかった。
モモから完全に眼中にない対応をされたが、その程度で諦められる位ならそもそも魔法少女になってはいない。
最初から遠くに居る事は分かり切っていた。レンからしたら大きな一歩を踏み出したといってもその距離は誤差程度しか縮まっていないのかもしれない。
しかし他ならぬ華怜が唐突な別れを味わったこの立体駐車場の屋上から、レンとして二度も同じ事を繰り返しては――あの時出来なかった事の続きを諦めてしまったら、永遠に距離がつまらないのかもしれない。
それは嫌だ。
自分に正直になった瞬間、レンの怯えて消えてしまった心に火が熾る。
「――待って下さい、モモさん!」
決意と共にレンが鏡界から脱して現実に戻ってくるとモモは既に立体駐車場の反対側近くまで移動していた。
モモにレンの声が届いた様子はなく、エレベーターに繋がる建物の屋根に飛び乗って駅ビルの屋上に飛び移ろうとしている。
まばらだが駐車されていてたまたま居合わせた人がレンの方を向くが、そんな視線など今のレンにはまるで意味をなさなかった。
モモが本気ならレンは決して追いつけないが――レンが追いかけない理由にはならないのだし仮に全力を賭してだめならその時考えれば良い。
そう覚悟を固めたレンはモモを追いかける事のみを考えて既に走り出していたのだから。
モモを追い、エレベーターに繋がる屋根を踏み台にしてレンも駅ビルの屋上に飛び移った――レンの本心から言えば十中八九見失うと思っていた。残りの1つか2つも離れていく後姿を目で追うのが精一杯だろうと思っていた。
「なに、私は忙しいの」
だから、屋上という遮るものも邪魔も入らない広い場所で待っていてくれるとは思ってもみなかった。
「その、待っていてくれたんですね」
「待てと言ったのはあなたでしょう? 要件はなに?」
馬鹿な事を言うなとモモは苛立たし気に踵を床に何度もぶつけて音を立てる。
「私は昨日魔法少女になったレンと申します――よろしくお願いします」
「どうもご丁寧に、知っての通りモモです――なにをよろしくお願いされたのかは分かりませんが」
慌て気味にレンが自己紹介を行うと苛立たし気に床を叩いていたモモの足が止まり、かなり冷ややかだったが返答が帰ってきた。
「モモさんに聞きたいことがあって、追いかけました」
「さっきの事? 分かりやすく端的に魔法少女の心構えを教えてあげたつもりだけど?」
レンの疑問についてモモは自分の助言の事だと思い首を傾げるが、レンは首を横に振る――それも気になるが、レンが聞きたいことはそれではない。
「モモさんはなんで魔法少女を続けているんですか?」
一番気になっていた、華怜として問いかけた質問と同じ内容――恐らく、秘密を明かせない一般人の華怜ではなく魔法少女となったレンが相手であれば答えが変わると思う今後のレンの対応を決める重要な問いだった。
その質問にモモは意図を探るように黙ってレンを観察し続け、肩の力を抜くと口を開いた。
「何を聞くのかと思えば、私たちが魔法少女を続ける理由なんて2つしかない。魔法を捨てられないか、契約期間を満了していないか――私は後者よ」
「え……?」
モモの予想外の回答にレンは声を上げてしまう。
レンの予想ではモモの替えとなる戦力がなく、地域の平和の為にという内容を期待していた。
「なによその反応……あぁ、多分私が外向けに見せている正義の魔法少女像から想像したのかな」
幻滅した? と自嘲に見える微笑みを向けられて言葉を失うレンを気にもせずモモは言葉を紡いでいく。
「私が正体バレのリスクを負ってでも人前に出る事を決めたのは、単純に正体を隠すなんて事に魔力を回す余裕がないほど弱かったから思い切ってそれを逆手に取っただけ。運よくと言っては申し訳ないけど、あのそっくりさん騒動は私の真意を隠すのに最適な隠れ蓑になってくれたわ」
思いがけない話に固まるレンにモモはそれで終わりなら、と足を後ろに引いて身をひるがえしてその場を去ろうとした。
「その後は! 契約期間を満了した後はどうするんですか!」
「……さあね、そこまで生きていたらその時考えるわ」
「待って下さい!」
レンの放った問いにモモは一瞬言葉を詰まらせたが、なんとか誤魔化してそう告げると今度こそ立ち去ろうとしたのだったが再度レンがモモを引き止めた。
「いったい何なのあなた、私は忙しいと言った筈だけど?」
流石に苛立ちを抑えきれなくなったモモは振り返りレンを睨みつけた。
威圧感も伴ったモモの問いにレンは冷や汗をかいたが、それはレンが腹をくくってぶつかる事を決意させる結果になった。
「私はモモさんに以前助けてもらったんです! その時のモモさんはとても頼りになって気さくで、ですがとても寂し気でした! あの時の守られるだけで無力な私には無理でも今の私ならきっと」
「私はあなたの力を必要としていない」
必死になって思いの丈をぶつけるレンの結論を先読みしたモモは言葉を被せて最後まで言わせなかった。
「それでも私は、貴女の力になりたくて魔法少女になったんです!」
「私、あなたにそこまで懐かれるような事をしたの?」
だがレンはモモの言葉にめげる事無く遮られた結論を口にし、モモはその一途さが理解できないとばかりに困惑気味に疑問をこぼしてからため息を吐いた。
感情論で挑む相手に論戦を繰り広げても納得させるのは難しい、なぜならそもそも理屈ではないのだからとモモは説得の方向性を変えることにした。
「その思いは百歩譲って認めてあげる――だけど、あなたはまだ夢を見ているだけみたいだから現実を思い知って?」
「モモさん、何を……?」
モモの内心の変化を知る由もないレンはその対応の変化に戸惑いと少しの期待から疑問を口にしていた。
「あなたの思いを叶えるだけの力を持っているか確認してあげる。胸を貸してあげるからかかってきなさい」
手のひらを上に向けて指をクイッと曲げてモモはレンを挑発した。
「む、無理です! モモさんと勝負して勝てるわけありません!」
「当たり前でしょ、私が本気でやればあなたに勝ち目はあるはずがない――私はあなたを怪我させるような攻撃をしないからあなたは私に有効打を与えられれば勝ちで良いわ」
交渉力(物理)で無理矢理黙らせられると早合点したレンは即座に拒否したが、何を勘違いしたのか察したモモは呆れ気味に補足した。
「有効打、ですか?」
「そう、殴るか蹴るかで普通なら痛いと思う程度の一撃を当てるか――その得物でかすり傷1つでもつけられたら有効打と大人しく認めてあげる」
「で、ですがそれではモモさんが怪我をするかもしれません」
「これはあなたが魔法少女を続けるならいずれ戦う人型と呼べるデモニアに臆さないかを見る試験でもあるのよ? むしろ殺す気で来てくれた方が良いわ」
与えられるハンデにレンはモモを心配するが、モモにとって考慮に値しない内容だったのでさらりと流され――とんでもないことをモモは言い出した。
「それとハンデも必要ね――私はあなたが最初の攻撃を行うまで最大1分間動かず、その一撃を防御しない、回避行動もとらない辺りを追加すればあなたにも万に1つの勝ち目が出るわね」
「――馬鹿にしないでください! そこまで弱くはありません!」
有効打を一撃加えれば勝ちを認めるという勝負に最初の一撃は無防備で受けてやるというハンデを与えると言われてレンは流石に頭に血が上った。
「そんな事は見ればわかるよ――『降りたモノ』から最初に与えられる装備が武具である子の共通点はそれなりに武術を修めている実力者という事。あなたは得物を与えられているという事だから徒手格闘ではなく剣道や薙刀辺りを今まで習っていたんじゃないかな」
別に挑発をしたつもりの無いモモは淡々とレンの評価を口にした。
「運動神経は武器を与えられる程に鍛えられていたのか向上した身体能力に振り回されず予想以上の速さで私に追いついてきた――それに比べて魔法戦闘は見ていられないレベルだったけど」
その内容は魔法少女としてレンの能力はなったばかりにしては高い部類だとモモが認めるものでレンは少しだけ興奮が冷める思いだった。
「でもその強みは魔法少女にとって才能の有無程度でいくら土台が良くてもこれから経験を積み上げないといけないあなたが何年もかけて積み上げてきた私に敵う道理は無いわよ……あ、空振りも一撃と数えるからしっかり狙って攻撃なさい」
そう告げるとモモは構えなどせず無言でレンを見つめたまま動きを止めた。
「だとしても無防備な相手に攻撃はしたくないです、構えてください」
「余裕ね、もう始まっているのにお話なんて――あなたみたいなただの女の子が魔法少女を傷つける事は不可能なの、覚悟がないなら早くおうちに帰りなさい」
レンの最後の警告をモモが今度は明確な挑発で返し、その挑発にレンは覚悟を決めた。
初戦は危うく死ぬ寸前という醜態をさらしたレンをモモが見限っても無理はなかった。
だが、対人戦ならまだレンの培ってきた経験をみせられる。ここで見込みがないと思われてはレンの望みを叶える可能性が更に遠のくと思えばこの千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないのだった。
レンは右手にサーベルを持ち、部活で習った基本の型通り半身に構える。狙うのはモモの左腕、それも軽く掠らせるだけと決めて集中する。
魔法はどの程度威力が上がるか分からないので使用しない――向上した身体能力だけでも過剰すぎるとレンは判断して何度も繰り返し練習した基本の突き技を放つ。
モモは剣道や薙刀を想定していたが、今からレンが放つ剣技は日本の武術とはまるで違うフェンシングの技であるあれば不意を突ける、何より防がないし回避もしないなどとハンデもあるとなれば十分に勝算がある。
その結果、確かにレンの目にはその突きはモモの左腕に当たっているように見えた――レンの身体能力が向上していたためザックリという表現が正しい深さになってしまったがそこは些細な問題である。
何しろ最大の問題は当たったら感じるはずの手ごたえが全く感じられなかった事にあるのだから。
レンの感覚を信じるなら空振りだったと判断するしかない状況で――しかしレンの視界から入ってくる情報は確実に傷つけているという矛盾にレンは固まってしまった。
それはモモにいう魔法少女を相手にするには致命的な隙だった。
その僅かな隙に背後から近づいたモモが伸ばした右手がレンの右ひじを掴み、モモの左手がレンの腋をすり抜けて下あごを掴んでいた。
「遅い」
完全に虚を付かれたレンは目の前のモモが姿を消した事でようやく対応しようと身じろぎをするが、モモの短い一言で観念して動きを止めた。
「いつの間に……」
「――後ろをとったんですか、なんて見当違いな事を言わないでね。そもそも、今見た通り私はあなたの前に最初から立ってはいないわ」
モモはレンの疑問を途中から被せて遮るが、その質問にはしっかりと答えてあげた。
「そんな、だってさっきまで……」
モモからそう答えを告げられてもレンは信じられなかったため、モモはため息を吐きそうなのをこらえながら魔法少女になったなら、最低限気づくべき事だと更に続けた。
「あなたは何処を見ていたの? 風の強さに対してなびく髪と揺れるスカートの動きに違和感がなかった? 声と口は合っていた? 顔の影は周囲の光源と光量から考えておかしくなかった? ――注意深く観察すれば探知魔法が不得手でも目の前の相手は偽物だって答えが出せる程度の粗さで用意してあげたのに」
モモにレンは全く歯が立ちませんでした。
因みに2人の戦闘力をパーティーを組んで戦う系のRPGで例えると……。
レンは初期装備で旅に出たばかり。
モモは2週目以降に出る裏ダンの裏ボスに店売りアイテムのみ・ハメ技禁止・タイマン縛りで戦える。
このくらい差があります。




