16話
既に調べた場所から襲撃されると警告されて思わず言い返したレンだがそこに更に警告を重ねられてお手洗いの方に向き直った。その時レンの脳裏をよぎったのは場所が悪いという自分の不利を悟ったものだった。
居酒屋の通路は1人がすれ違える程度の広さしかなく突き技主体で戦えばむしろ勝ち目はレンの方が多いだろう。
しかしレンのいる場所は店内では入り口から離れた位置にあり外に出るまで少し時間がかかり、その僅かな時間で入り口を押さえられてはじり貧に陥る可能性もある。
レンは先に外に出る事も考えたが敵の姿を見てからでも遅くは無いと考えて速攻で片付けるつもりで有効そうだと目星をつけた魔法を発動し、サーベルが緩い風を纏う。
剣を振る速度に応じた風を纏い、切れ味の向上や血の付着を低減し更には魔力を多めに追加で流すことで斬撃の範囲を伸ばすという白兵戦に向いた性能を持つ。
そうして待ち構えるレンの前にとうとうデモニアが現れた。
そのデモニアを一言で言い表すならば、板の上に垂らした水滴の様というのが妥当かもしれない。
ただし大きさは座布団サイズで盛り上がりは30センチメートル程もある。
体色は殆どないのかそのデモニアの先が透けて見える――そんな相手に先手必勝とばかりにレンは距離を詰める。
彼我の距離は5メートル程で魔法少女として強化されているレンにとって瞬時に詰める事が可能な距離でしかない――だが、不定形のデモニアの盛り上がりがフルフルと震えて僅かに膨れた様に感じた瞬間、レンは直感に従って横の座敷に向かって飛び込んだ。
それとほぼ同時にそのデモニアから体の一部が発射され、もしそのまま攻め込んでいたらレンはカウンターでその攻撃を受けていたであろう。
間一髪で迎撃を回避したレンは体をテーブルにぶつけた痛みに呻く間もなく即座に起き上がり武器を構える。
デモニアはレンに狙いを定めているようで隣の座敷に体を押し上げて不定形の体を利用して座敷を仕切る衝立の下部の隙間を潜り抜けて一直線に迫ろうとしていた。
しかし、先ほどのお返しとばかりにレンは隙間を移動中のデモニアを衝立ごと切り裂いた――切れ味を上げて魔力も更に込めて斬撃範囲を伸ばしたため座敷に敷かれた畳も巻き添えにした一撃にデモニアは確実に両断された。
しかし、デモニアは何事も無かったかのようにレンの目前で体をフルフルと震わせ、それが先ほどの攻撃動作だと知るレンは無理矢理バックステップをして畳に足がつくとすぐさま横に飛びその攻撃をかわした。
なりふり構わない回避だった為に今度も倒れ込む形になったが幸い机にぶつかる事も無く即座に起き上がり――攻撃の流れ弾が壁を焼け爛れたかのように溶かしている事から強力な酸で攻撃してきたのだと理解してレンは目を見開いた。
切っても倒せず、攻撃範囲はレンより広いのである――勝てない、と理解したレンは奥歯を噛みしめたがすぐに逃げを打った。
居酒屋の廊下を走りながらレンは自分達が何を見落としていたのかを理解していた。
レン達は互いに今回のデモニアの事を先日遭遇した人型に近似するだろうと勝手に思い込んで調べていたのだ――特にレンは過去のデモニア災害で他にもデモニアの種類が存在する事を知っていながらである。
そしてデモニアは便器の中や貯水槽の中、或いはその体の特性を上手く使い僅かな隙間に潜り込んでいたのだろう。
そんな事を今更分かった所で意味は無い。一度引いてどうするか対策を考えなければと思い居酒屋の入り口から飛び出して外の光景を目にした瞬間にレンの足は止まった。
そこには既に居酒屋に潜んでいたデモニアと同じ形をしたデモニアが20体ほど半包囲して待ち構えており、更に遠くからも続々と集まってきていたのだ。
早すぎる、とレンは驚いたがデモニア達は淡々と攻撃範囲に飛び込んできたレンを感知したデモニアから順に体を震わせて波状攻撃を開始した。
デモニアに待ち伏せされた事に驚かなければまだ助かる道はあったのだろうが、足を止めてしまったレンには迫る酸の球を回避する時間も防ぐ術もない。
出来る事と言えば咄嗟に頭を腕で庇い目を瞑った時点でレンに出来る事は無くなった。
――レンに出来る事は、であるが。
液体がぶつかる音はしたのだがレンには何も感じない、その事に恐る恐るレンは目を開けると薄い膜のようなもので出来た球形の何かにレンは包み込まれてデモニアの攻撃からレンを守られていたのである。
『左上だ! レン!』
「え? 今度は何なのいったい!」
自分の作ったものではない何かにレンが戸惑いを口にするより前に『降りたモノ』が警告を発し、慌てて顔を向けるとアーケードの屋根をズタズタに破りながら光る何かが雨のように降ってきたのである。
無差別に降り注いだ何かはレンを守る球形の何かに阻まれるがデモニアや道路には容赦なく貫き、そして唐突に止んだ。
しかし、デモニアはそれで倒される事は無かったようで再びレンを攻撃しようとしたがデモニアを貫いた何かが強烈な赤い光を放ち、一斉に爆発を起こした。
取り囲まれて絶体絶命だったというのに謎の攻撃でレンを取り囲んでいたデモニアが壊滅状態になったのである――状況がコロコロと変わり呆然としてしまったレンの前に屋根に空いた大穴から少女が1人飛び降りてきた。
身長は小学生と見間違っても不思議ではない程低く、天下原女学院の制服を身に纏いその手には少女の身長に迫る大きさの和弓を掴んでいる。
腰まで伸びた長い、桃色の髪が落下中に上へと伸びて着地と共に体へと落ちる。
着地の衝撃を吸収する為に曲げられた少女の足が伸び、少女の左手が肩にかかった髪の毛を後ろに払う。
その少女をレンが見間違う筈がない。
彼女は魔法少女モモ、レンが会いたかった関東圏最強の魔法少女なのだから。
「見覚えのない子が先に挑んでいたみたいだから、お手並み拝見と静観するつもりだったけど――あなた、こんな最弱クラスのデモニアに追い詰められる様じゃ魔法少女に向いていないよ」
「モモ、さん……?」
モモはレンの方を向いて軽く睨むとそう冷たく言い放った。
いつものテレビで見せている姿や先日助けられた時に感じた明るく思いやりに満ちた姿を想像していただけにその突き放すような態度にレンは戸惑ってしまった。
しかし、2人の間に妙な空気が流れていてもデモニアには関係が無い。レンが戦ったデモニアが追いついてレンを攻撃するが、レンを守る球形の何かに阻まれて届かない。
「やっぱり、あの攻撃じゃあ打ち漏らしも出るよね」
攻撃を受けた事で慌てて振り返るレンとは違い、想定通りと呟くモモは自分が張ったレンを守る障壁と右手の弓を消し、レンの後ろ襟を掴んでから足払いをして尻餅をつかせた。
その僅かな時間にも攻撃は続いていたのでモモは別の障壁を作ってレンごと自分を守ると足払いをかけられた事に驚くレンをお姫様抱っこの形で持ち上げて屋根を見上げた。
モモは最短経路で安全地帯まで離脱するには地上を移動するよりも一度上に上った方が良いと判断し、空中に生み出した障壁を足場にひょいひょいと自分が降りてきた大穴からアーケードの上へ上り屋根伝いに目的地である駅前の立体駐車場に向けて駆け出した。
レンもこの現場まで移動する際に飛躍的と言ってよい程向上した身体能力を体感していたが、モモの身体能力はレンを抱いた状態でなおレンの移動速度と跳躍距離を上回っていた。
更にモモは立体駐車場の最上階と周りの建物の高さの差を空中に生み出した障壁を使いまるでアクション映画か何かのように連続で壁を蹴って上り詰めた。
最後の障壁を蹴って最上階のフェンスを超えた勢いをモモは両足で踏ん張る事で殺し――完全に停止した所でレンを落とした。
レンは運ばれている最中サーベルがモモを傷つけない様に抱きかかえて持っていたのでそのままお尻を打ち付ける事になった。
「痛っ……何するんですか!」
「はぁ、あの程度の実力ならあそこで死なせてあげた方があなたの為かもしれない」
急に落とされた痛みからレンは苦情を言うが、モモはため息を吐いて黙殺しレンの魔法少女としての実力をそう評価すると先ほど飛び越えたフェンスへ向かって歩き――フェンスの直前で振り返ってレンに体を向けた。
「だけど私の魔法に巻き込んで遺体を遺灰に変えてしまったら――ご遺族に申し訳ないでしょう?」
全くの無表情でモモはそう告げると右手を耳の高さまで持ち上げ指を鳴らした。
その瞬間、モモの背後が赤く輝きレンは急いで立ち上がりモモの横を通りフェンスにしがみつく。
するとそこから直径10メートルはある大きな半球状の赤い何かが破れたアーケードの屋根越しに確認できた。
「爆発は密閉空間で起こすと威力が上がる。つまり密閉空間内で爆発させて威力を限界まで高め、わざと弱くした場所を作って突き破らせれば――こういうことも出来る」
モモはレンや背後を見る事無く淡々と解説を始め、それが終わるのと同時に轟音が轟いた。
それとほぼ同時にアーケードの道路沿いに次々と火の手が上がりアーケード街は大火災が発生し、爆心地近傍では爆発の余波で崩れる建物も出た。
赤々と燃え盛る大火災は『降りたモノ』がレンの暗視能力をカットしてもレンは周囲を余裕で確認できるほどの規模であった。
「あれを私達はアメーバと呼んでるけど、あんな本能のみで社会性の見られない数だけの雑魚を一匹一匹丁寧に潰していたら時間がいくらあっても足りないの。今回は過剰攻撃気味だけど、あの程度の相手なら間違いなく全滅しているから時間効率的には間違いではないの――あ、今回はあなたという生餌があったからエサを撒く必要もなく集まってくれて少し楽だったわ」
モモが述べる所感を聞きながらレンは呆然と目の前の光景を見続けていた。
レンはモモの役に立ちたいと魔法少女になった。
魔法少女になりさえすれば役に立てるのではないかと考えていた。
しかし現実は非情で魔法少女と一般人の時に感じなかった、正確には理解すら出来なかった圧倒的な格の違いを理解してしまった。
モモが華怜を助けた際に告げていた効率的に潰す魔法は余波で熱や爆風が発生したり建物が倒壊するという戦術はレンにはとてもではないが不可能だ。
だが、モモには誇張でもなんでもなく容易かったという事実を否応なくその光景は突きつけていた。
途方もない隔たりにレンは掴んでいたフェンスの金網を軋ませ、モモはそれを気にもとめずその場を去るため数歩歩き、ふと立ち止まると顔を横に向けた。
「……そういえば、あなたも役に立ったのだからそれに見合う位は先輩として助言をしてあげる」
その言葉にレンはフェンスから体を離してモモの方を向いた。
落ち込んでいたとしても先輩から助言を貰えるなどという機会はそうそう見逃せないと気を取り直した――つもりだった。
「あなたは早く身の程をわきまえること。そして今まで培ってきた倫理観、特に正義感や責任感は邪魔でしかないから捨てなさい――最低でもこの2つを怠ると、死ぬわよ」
デモニアは怪物です、いくら魔法少女でも準備もせず挑めば最弱クラス相手でも簡単に命の危機に陥ります。
次回、関東最強vs新人です。




