第七話 素性と独白(前編)
◇◇◇◇
「頼む! 娘だけは助けてくれ!」
ジーンに組み伏せられながらも、懇願する吸血鬼。
「ど、どうするよ?」
動揺しながら、ジーンが聞いた。
「ふむ……」
顎を擦って、考えるサラ。
「サラさん……」
サラに向かって、ナオミが視線を向けた。
明らかに助命を請う目つきである。
「分かりました」
サラが言った。
「とにかく、話しを聞きましょう。全てはそれからです。2人とも、暴れないでくださいね」
「ああ」
「わ、分かった」
サラの指示に、素直に従う吸血鬼親子である。
「あらよっと」
吸血鬼を解放して、立ち上がるジーン。
「いやはや、助かったぜ」
「何がですか?」
額の汗を拭うジーンに、サラが問う。
「殺さずに済んだからなー」
「まあ、依頼が依頼ですからね」
ジーンの台詞に、サラが相槌を打った。
そんなサラの懸念は、王宮の陰謀である。
「いや、それもあるんだけどよ――」
言いながら、ジーンが続けた。
「無駄な殺生はしたくねーんだよなー」
「ほう、貴方がそんなことを言うとは珍しい」
「おいおい、俺は殺人狂じゃねーぞ。俺はあくまでも戦士なんだぜ。なぶり殺しは、基本的に嫌いなの」
「なるほど。それでは、早速――」
ジーンの言い分に納得しながら、サラが吸血鬼父娘に詰め寄った。
「まずは、貴方たちの素性からお聞きしましょうか?」
「わ、分かった」
サラの質問に、吸血鬼が答えていった。
「私は確かに吸血鬼だ。名をフリードリヒ・フォン・シェーンベルグと言う」
「分かりました、フリードリヒ。では次に……、何故こんなところに住んでいるのです?」
「何故も何も、ここは元々私の家だ。この城が建った、その日からな」
「と言うと、ひょっとして貴方は……」
「ああ、その通り」
サラが察して、吸血鬼ことフリードリヒが頷いた。
「この地域を治める王だったよ」
「おいおい。ちょっと待てよ!」
フリードリヒが言って、ジーンが口を挟んだ。
「ここの王様って言ってもよぉ……。この辺りには、あの所属不明のチンケな村しかねーだろ?」
「ジーン。少し黙ってください」
「でもよ――」
「黙ってください」
ジーンの横槍を、サラが黙らせようとした時である。
「あの、でも、私も気になります」
ジーンに便乗したナオミである。
「はあ……。分かりました。私から説明します」
呆れながら、サラが続ける。
「吸血鬼の特徴として、非常に長命な点が挙げられます。これでお分かりでしょう?」
「あ! そういうことか!」
「え? どういうことですか?」
サラの答えに、ジーンが納得して、ナオミが要領を得ない。
「ナオミ、要するに、このフリードリヒっておっさんはな――」
「おっさんって……」
ジーンの説明に、小声で文句を垂れるフリードリヒ。
もちろん、そんな不平は無視された。
「大昔の人物なんだよ。それこそ、村が出来るずっと前からのな」
「ええっ!」
ジーンが言って、ナオミが驚いた。
◇◇◇◇
「でも、吸血鬼が治めてたってことは……」
言いながら、ナオミがフリードリヒをチラリと見やった。
「ああ。吸血鬼の国だったよ。住人も含めてな」
フリードリヒが、ナオミに答えた。
「ですが、寡聞にしてそんな国は聞いたことが……」
フリードリヒの言葉を疑いながら、サラが言葉に詰まった。
「ひょっとして貴方、大災厄以前からの生き字引なのですか?」
食い入るように、フリードリヒを見つめるサラである。
「その通りだ。今年で大体250歳くらいになる」
「それは凄い!」
フリードリヒの台詞に、サラが食いついた。
ミッドガルド王国の前身であるミッドガルド共和国は、200年前に起きた魔物の侵攻――通称大災厄によって壊滅した。
その際に公文書はもちろん、貴重な歴史書も失われた。
それ故に、故実を辿り辛くなっている。
「その時代の習俗は、一体どんな感じだったのですか? どんな魔物に遭ったことがあるのです? ああ、もう! 聞きたいことが沢山ありすぎです!」
「どうどう。落ち着けって」
突然興奮するサラを、ジーンが宥めた。
「ど、どうしたというのだ?」
「父上、お下がりください! この娘、何やら不穏です!」
うろたえる吸血鬼父娘である。
「すまんな。こいつ、これでも博士様でな。好奇心で、時々暴走するんだ」
「博士だと? そなたら、一体どこの国から……。いや、そもそも何者なのだ?」
ジーンの言葉に、フリードリヒが訳を尋ねる。
「実はな――」
ここに来た経緯を、ジーンが語っていく。
「……なるほど。共和国は滅んで、今は別の国となっているのか」
ジーンの説明に、フリードリヒが肩を落とす。
「あれ? どういうことです?」
フリードリヒの様子を、サラが訝った。
「何故そんな大事件をご存じないのですか?」
サラの質問は、正鵠を射ていた。
「大災厄の折、我々は鎖国を以って、国の守りを固めたのだ。それが破滅への序章と知らずにな――」
自嘲気味に、フリードリヒが語る。
「知っての通り、我々は人間の血液を摂取しないと生きられない。そんな我々が国を維持していたとすれば、どうやって賄っていたと思うかね?」
フリードリヒがサラに問いかける。
「短絡的に考えれば、周辺諸国を襲撃すればいいでしょうが、これは多分違いますね。いかに強靭な吸血鬼と言えども、数の暴力には勝てない。おそらくですが、平和裏に輸入していたのでは?」
「その通り。今でこそ恐れられているようだが、当時は吸血鬼への理解は深かったのだ。一般の認識も、血を採らないと死んでしまう哀れな民族って感じに過ぎなかったよ」
「血を飲まないと、一体どうなるのです?」
「始めは前後不覚になる。暴れ回って血を渇望するが、そのままだと遠からず死ぬ」
「さっきの貴方みたいに?」
「そうだ。そこの御仁の血を舐めなければ、私は正気を取り戻せなかっただろう」
サラの疑問に、フリードリヒが答えていく。
「では、貴方は今までどうやって生きてきたのです?」
「そこからは私が答えよう」
サラが聞いて、シルヴィアが名乗りを上げた。
「実のところ、吸血鬼はそこまで大量に血液を必要としない。それに、別に新鮮でなくとも構わないのだ。後は、私の仕事を思い出していただければお分かりだろう?」
「ああ、なるほど。死体から採っていたのですね。皮肉にも、貴女を吸血鬼と謗ったガキは、半分は正しかったわけだ」
「……そうだな」
「ちなみに、それは貴女も飲んでいたのですか?」
「いいや。ご存じないようだから言っておく。半吸血鬼は、血を必要としない。普通の食事だけで生きていけるのだ。もちろん私にしても、他人の血など生まれてこの方飲んだことはない」
「ほほう。それは興味深い」
シルヴィアの話に、聞き入るサラであった。
「だとしたら、何故人間との婚姻を選ばなかったのですか? 全員が半吸血鬼になれば、それこそ便利でしょうに」
「いや、それは違う」
サラの疑問に、再びフリードリヒが断言した。
「半吸血鬼は子供を残せないのだ」
「え?」
フリードリヒが言って、サラが呆気に取られた。
◇◇◇◇
「仮にも生物を専攻する貴女なら、ある程度は想像がつくのではないか?」
「異種間交雑種の特徴ですか……。確か雑種第一代で……って、ああっ!」
フリードリヒに促され、サラが得心した。
「そう。我々と人間は、極めて近い生き物だが、それでもやはり別の存在だ。半吸血鬼は次世代に子を残せない」
「騾馬もそうですね。あ、いえ。これは大変失礼しました」
物悲しく言うフリードリヒに、サラが頭を下げた。
「構わんよ。それにしても、騾馬とは面白い例えだ。もっとも、騾馬ほど恵まれていれば、どれほど良かったことか……」
「どういうことです?」
歯噛みするフリードリヒに、サラが聞く。
「半吸血鬼は、良くも悪くも中途半端な存在なのだ。吸血鬼ほどは強くないし、さりとて人間ほども弱くはない。このシルヴィアにしても、同じ見てくれの子供よりは強い――その程度に過ぎん。強いてメリットを挙げるとすれば、吸血鬼特有の弱点が無いことくらいかな」
「吸血鬼の弱点ですか……。例えば、日光とか?」
「ああ。あれに晒されると、私の皮膚は一瞬でかぶれてしまう。長く当たると命に関わるな。もっとも、それで即死したりはしないが……」
「ニンニクがお嫌いとか?」
「鼻がいいのでな。強い臭いは、総じて苦手だ」
「流れた川を渡れないとも聞きましたが?」
「それは少し違うな。誰だって、急流を泳ぐのは危険だろう? その程度のものだ。もっとも、この地域には、昔から水場が少なかったからな。泳げる者はほとんどいなかった。それが変な噂となって広がったのだと思う」
サラの疑問に、次々と答えていくフリードリヒであった。
「ふむ……。ではもう1つ。胸に杭を打たれると死ぬとも聞きますが?」
「……」
最後になったサラの問いに、フリードリヒが呆れた。
「逆に聞くが……」
「はい」
「そなた、それをされて平気なのか? いや、言い換えよう。平気な生き物がいるのか?」
「……」
フリードリヒの問いに、サラが黙りこくる。
「そういうことだ。お分かりかな?」
「……はい」
フリードリヒが言って、サラが恐縮した。
「そ、それで亡国に至った経緯ですが……」
話題を変えるサラである。
「これについては、人間と我々との、時間に対する認識が生んだ悲劇……いや、違う。全て私が浅慮だったからだな」
遠い目をして、自戒するフリードリヒ。
「順を追って話そう。時間はたっぷりある」
「分かりました」
「お、おう……」
「し、失礼します」
フリードリヒが言って、全員が床に腰を下ろした。




