第五話 代官と依頼(後編)
◇◇◇◇
「ふんっ! 今日はこのくらいで勘弁してやる」
「けっ! 手ごたえのねー奴」
「デカい癖に情けねーな」
「全くだ」
「ギャハハ」
蹲るジーンを足蹴にして、5人組が去っていく。
「……そろそろいいでしょう」
5人組の背中を見届けて、サラがジーンに駆け寄った。
「……ジーン。行きましたよ」
「プハッ! おー、いてて……」
サラが声をかけると、ジーンが顔を上げる。
「あいつら、少しは手加減しろよな」
立ち上がって、ジーンは服を払った。
ボコボコにされた割に、ケロリとした顔であった。
「すまないね、ジーン……」
今度は老婆が駆け寄って、ジーンに詫びを入れた。
「私が余計なことを言ったせいで」
「ワシからも謝罪する。だが、お陰で助かったよ。本当にありがとう」
老婆に続いて、老人も礼を言った。
「いいってことよ」
「そうです。頑丈なだけが取り柄なのですから」
「おいおい、お前が言うなよな」
「事実でしょうに。悔しかったら、もう少し逞しくおなりなさい」
「へいへい。分かりましたよ」
「おやおや」
「まあまあ」
サラとジーンの漫才に、老夫婦が笑みを浮かべた。
「それよりも」
言って、サラが老夫婦に向き直る。
「あの無頼な輩は何者です? あまり見かけない顔のようですが」
「ああ、最近増えてるんだよ」
サラの質問に、老人が率先して答えた。
「ハンター……だとは思うんだけどな。外からやって来た新顔なんだけど、今ひとつ分からない連中でね」
「よく分からないとは?」
「仕事に行っている姿を見かけないんだよね。斡旋所に出入りしている訳でもない。さりとて、金に困っている様子でもない」
「なるほど」
老人の説明に、サラが強く頷いた。
「最近困った人たちが多くてねえ……」
老婆が老人に続いた。
「さっきみたいに、私ら住人を強請ったりするんだよ。町に入れた以上、盗賊の類では無いはずなんだけどね」
「……そうですね」
老婆の言葉に、サラが眉根を寄せた。
寛容とは言っても、あまりにも難ありな人間は、町への出入りは叶わない。
その程度には、町の番兵は機能している。
老婆の台詞には説得力があった。
「やはり、オフの時でも出かける必要がありますね」
誰ともなしに、サラがボソリと呟いた。
出不精が祟っているせいで、最新の情報に疎いのである。
「それはそうと、ジーンもこのことを知っていたのですか?」
ジーンに向き直ってサラが聞く。
「え? いや、何か新顔が増えたとは思ってたけど、そんな物騒なことあったかな?」
疑問符を浮かべるジーン。
「……ああ、なるほど。全て分かりました」
ボケっとしているジーンを見て、サラが納得した。
事情を知らない新参者は、ジーンの見てくれに怯えていたのである。
今こうして馬脚を現した以上、ジーンがどうなるかは明らかであった。
「ジーン、頑張って下さいね」
ジーンの受難を想って、サラが励ました。
「うん? まあ、何かよく知らないけど、分かった」
答えるジーンであるが、もちろん状況は分かってはいない。
「それでは、私たちはこれで。ジーン、行きますよ」
「おう。爺ちゃん婆ちゃん、また野菜頼むね!」
老夫婦に別れを告げて、サラとジーンが斡旋所へと足を急がせた。
◇◇◇◇
斡旋所に行きつく手前である。
「これはどうしたことでしょう?」
「何だ何だ?」
サラとジーンは人だかりに阻まれていた。
「ジーン見えますか?」
斡旋所を指さして、サラがジーンに振った。
さもありなん、サラの体格は小柄である。
女としても、平均より下の背丈しかない。
そのせいで、サラには人だかりの向こうが見えない。
「うーん……。なんか入口の前で、兵隊が通せんぼをしているぞ。これじゃあ、誰も入れねーよ」
対するジーンは長身である。
「町の番兵ですか?」
「いーや、装備が立派過ぎる。多分だけど、あいつら、お前ん家の私兵じゃねーの」
「……そうですか」
ジーンの答えに、サラが顔を曇らせた時――。
「あっ!」
「サラお嬢だ」
「ついでにジーンも……」
2人の存在に気付いたのは、昨日の三人組であった。
人混みに混じっていた3人は、仕事に行く前の完全武装である。
「おいおい、噂をすれば……」
「あの男爵家の……」
「やっぱり、今回の厄介事は……」
「だろうな」
サラに気付いて、周囲の人間が一斉にざわめき出す。
「これは皆さん、おはようございます」
喧騒を余所に、サラが3人組に答えた。
「それで、これは一体どういうことです?」
「それがよ――」
サラの問いに、弓手のノッポが答えかけた時である。
斡旋所の扉が開いて、マリーが飛び出した。
「ちょいと! サラが来たって?」
鋭い目つきで、マリーが人混みをグルリと見渡す。
憔悴した顔つきの割に、すごい剣幕であった。
たちまち人混みが割れて、マリーのために道を作った。
サラを見つけて、ズカズカとマリーが歩み寄る。
マリーはそのまま、サラの右手をガシッと握った。
「こっちへ来な!」
有無を言わさず、マリーがサラを引っ張った。
「な、何をいきなり――」
「うっさい!」
抗議しかけたサラを、マリーがピシャリと黙らせた。
「あんたの客が来ているんだよ。そのせいで、こっちは商売あがったりだ! 何とかしておくれ!」
「ああ、そういうことですか」
マリーの説明に、サラが納得した。
「分かりました。何とかしましょう」
「ホント頼むよ……。ハア……、何で私がこんな目に」
ブツブツ文句を言うマリーに従って、サラが斡旋所へと入って行った。
…――…――…――…
斡旋所に居座っていたのは、太った中年男であった。
ゆったりとした豪勢なガウンを着ていて、身分の高さを感じさせる男である。
ちなみに、ジーンはこの場にいない。
サラと一緒に入ろうとしたジーンは、入口で止められたのである。
もっとも、「おいおい!」と抗議したジーンを、サラがなだめたので、この件に関しては丸く収まっている。
高貴な中年男はというと、さっきから一心不乱に、肉料理にむしゃぶりついていた。
そんな中年男の傍らに、護衛の兵隊が10人控えていた。
この珍客だけで、斡旋所の中は満員である。
もっとも、食事を取っているのは1人な上、旋所としては赤字でしかない。
「これはお嬢様!」
サラを見つけて、中年男が立ち上がる。
太った体で物を押しのけながら、中年男はサラの側へと寄った。
「お久しゅうございます。いやはや、相変わらずお美しい」
世辞を言いながら、中年男が右手を差し出した。
その右手は、食事のせいで、脂まみれのギトギトであった。
「……代官殿も、壮健そうで何より」
サラが中年男の右手を握り返す。
顔色一つ変えていないとはいえ、その心の内は修羅場である。
「ぐへへへ」
サラの手の感触に、中年男もとい代官が鼻の下を伸ばす。
中年男の正体は、町を取り仕切る代官であった。
自身は貴族ではものの、サラの実家から派遣された役人である。
領主の令嬢とは言え、不名誉を被ったサラに政の権限はない。
そういう意味でも、確かにサラは一介のハンターに過ぎず、そして逆に凄腕の裏付けになっていた。
「それで、今日もまた私の監視に?」
「監視とは、これはまた人聞きの悪い」
サラの発言を、代官が強く否定する。
「私、あくまでお嬢様を見守っているにすぎません。これは偏に、お父君の愛にございます」
否定した代官ではあるが、この勿体ぶった言い回しは、サラの懸念を肯定するものである。
事実、代官はサラのお目付け役であった。
飛竜騒ぎを起こしたサラの牽制が、代官の役目である。
もっとも、それを命じたのはサラの父――ブラッドフォード男爵ではなく、件の継母であった。
言いかえればこの代官、サラを狙う刺客に近い。
もちろん、聡明なサラが、胡乱な背後に気付かないはずはない。
とは言っても、サラは所詮魔物オタクである。
人間関係に術数を巡らせるのは、得意ではなかった。
自身が追い込まれている事実に手の打ちようがない――サラにとって目下の悩みどころである。
「……とは言え、斡旋所まで押し掛けるのは少々やり過ぎでは? 他のハンターの方々にも迷惑ですよ」
話題を変えて、サラが代官の手を払った。
「いえいえ」
代官が首を横に振る。
「今日はそれだけではないのです」
「と言いますと?」
「今や高名なハンターでもあらせられるお嬢様に、是非お願いしたいことがございまして……」
「……話を聞きましょう」
代官の意味ありげな台詞に、サラの好奇心がニュッと鎌首をもたげた。
◇◇◇◇
互いに向き合って、テーブル席に着いたサラと代官である。
「お嬢様にお願いしたいのは、最近この辺りに出没し始めた盗賊の件です」
「盗賊ですか? 最近起こっている事件ですよね? まだ人間の仕業と決まってはいなかったかと……」
代官の言葉を受けて、サラがマリーに視線を送った。
無言で頷いて、サラに答えるマリーである。
「お父君……ゴホン、これは失礼。いや、まだ公にはしていないのですが、昨日男爵様から知らせが来たのです。人界を荒らしまわっていた盗賊団が、最近外界へと根城を変えたらしい、と」
「なるほど。ああ、ありがとうマリー」
サラと代官の会話が弾む中、マリーが葡萄酒を持ってきた。
「貴方もどうぞ」
葡萄酒を飲みながら、サラが代官を促した。
「ああ、これはどうも」
サラに合わせて、代官が(ワイン)を口に運んだ。
「それで、話の続きは?」
ジョッキを勢いよく空にして、サラが話を戻した。
「え? あ、はい!」
サラの飲みっぷりに、目を白黒させる代官である。
慌てて葡萄酒をガブ飲みする代官であるが、その表情からは無理が見え見えであった。
「ズバリ言います。連中を誅しては、いただけないでしょうか?」
「何故そこで私なのですか? 他にも適任者はいるでしょう?」
顔を赤くした男爵に、サラは質問で返した。
サラの疑問はもっともである。
役立たずのジーンは置いておいて、基本的に、サラは単独のハンターであった。
そんなサラが相手取るのは、小型から中型の一匹でうろついる魔物である。
凄腕のハンターとはいえ、自ずと限界はあった。
どんなハンターでも、魔物が大型だったり群れている時は、パーティーを組むのである。
盗賊狩りであれば尚の事、大勢で当たった方が都合がいい。
「何も全員仕留めろなどと、無茶は申しません。お嬢様にお願いしたいのは、あくまで偵察なのです。そういう理由で、単独で腕のいいハンターほど都合がよろしいかと、私愚考した次第でして……」
サラの意図を汲んだ代官である。
「……ふむ」
「お嬢様、これは好機ですぞ」
首を縦に振らないサラに、代官が畳みかけていく。
「例え偵察と言えども、それが退治に繋がれば手柄は手柄です。故郷に返り咲く、いい機会ではありませんか」
「お断りします」
代官が駄目押しするも、サラはあっさり却下した。
「え?」
取り付く島も無いサラに、代官の目が点になる。
「り、理由をお聞きしても?」
額の汗を拭いつつ、代官が聞いた。
「理由は二つありますね。まず、私は貴方が思っているほど、家に未練が無いのです。もう一つは――」
言って、サラが続けた。
「興味がありません」
「そ、そうですか……」
けんもほろろなサラに、代官がガックリとうなだれた。
「残念です。まあ、連中の根城は未踏領域ですから、安全を考えれば、これでいいのかもしれません」
「え?」
代官の捨て台詞に、サラが顔を上げた。
「詳しく話して下さい」
「はいはい」
食いつくサラに、代官の顔がニヤリと綻んだ。