第六話 魔物と盗賊(前編)
◇◇◇◇
代官がやって来た日から、1週間後の朝である。
「それで、またぞろ森の中か……」
広がる緑を前に、ジーンがげんなりと呟いた。
「何で私まで」
ジーンに続いてぼやいたのは、マリーであった。
「ジーンはともかく、マリーには悪いと思っています」
謝ったのは、地図を睨んでいるサラである。
この3人、今は揃って外界に居た。
先日サラとジーンが居た森を進むと、開けた尾根になっていて、向こうには再び森が広がっている。
3人とも革鎧のフル装備であった。
弩を持つサラに、相変わらず剣を佩くジーン、そして素槍を担いだマリーである。
「まあ、鈍った体には丁度いいかもね。斡旋所があんな有様だと仕事は選べ無いし」
マリーが言って、ブンブンと素槍を振った。
普段は斡旋所の女主人も、当然ハンターとしての心得は持っていた。
「それにしても、どうして依頼を受ける気になったんだ? お前、あの代官……というか、実家の連中嫌いだろ?」
サラに向かって、ジーンが聞いた。
「前々から、未踏領域に興味があったのです。あそこには、珍しい魔物が多いと聞いていましたから」
地図を畳みながら、サラが答えた。
…――…――…――…
代官が話題にした未踏領域とは、読んで字の如く、人がまだ踏み込んでいない地域である。
ハンターの行動には、しばしば制限がついて回った。
それは狩りに対する規制であったりもするが、最大の理由は時間である。
夜半の狩りが難しいことは別として、外界で野宿ともなれば、それこそ命懸けであった。どうしても夜半に狩りへ赴く場合は、これもまた大人数で当たるのが定石である。
一般的な狩りは、朝方に出かけて陽が沈む前に帰るものである。
そういう理由で、外界の開拓は遅々として進んでいない。
わざわざ未踏領域へ踏み込む者は、今のサラたちのように、特別に、それも高額で依頼されたハンターくらいである。
とは言え、そもそもの話、未踏領域へ行くのに特別な許可は要らない。
盗賊が根付く原因でもあるが、元々国外な上、半ば自殺行為なこともあって、国も領主も無関心を決め込んでいた。
ちなみに、マリーがサラたちに加わった理由は代官のせいである。
下手に権力者が寄ったせいで、みんな敬遠していた。
手持ち無沙汰のマリーを誘ったのは、サラにとって当然の成り行きであった。
…――…――…――…
「さあ、珍しい魔物を求めて、いざ新天地へ赴かん!」
サラが言って、尾根を下り始めた。
向かう先は当然、まだ見ぬ未開の森である。
「あれ? 盗賊の調査じゃなかったっけ?」
サラを追いながらマリーが聞く。
「あんな物、ただの方便です。既に前払いで経費は頂いていますから、これで十分です。まったく、あの手の手合いは、金払いのいいことが救いですね。後は適当に報告書を書いて終わりにしましょう」
「……え?」
「お、おう」
シレッと言うサラに、マリーとジーンが呆気に取られる。
「せいぜい盗賊の目は避けるとして、魔物探索に励みましょう。二人とも! 置いて行きますよ!」
立ち尽くす2人に発破をかけながら、サラが先を進んでいく。
◇◇◇◇
まだ見ぬ未知の魔物を求めて、3人組が森を行く。
先頭にジーンが立って、サラとマリーの順で続いていた。
「くそっ! 何で俺ばかりがこんな事を」
文句を垂れながら、ジーンが剣で藪を払っていた。
「貴方の剣も、たまには役に立ちますね」
「だね」
サラが言って、マリーが相槌を打つ。
つまるところ、ジーンは草刈り係である。
普段は役立たずの分際で、こうして先頭に立っている所以であった。
流石は未踏だけあって、周囲の植生はとても濃い。
「まったく、いつもいつも道具みたいに扱いやがって――」
文句の途中で、ジーンが急に動きを止めた。
「うん?」
顔を上げるジーン。
「どうしました?」
サラが聞く。
「いや、何か誰かに見られているような……」
キョロキョロと、周囲を見渡すジーン。
「アハハハ!」
マリーがケタケタと笑った。
「ジーン、あんた気張り過ぎだって。今はサラお嬢だっているんだ。何も心配することはないよ。そうだよな? サラお嬢!」
「……」
マリーが話を振るも、サラは答えない。それどころか、眉根を寄せて、弩をギュッと握りしめている。
「ど、どうしたのさ? あ、分かった! おい、ジーン! お前さんがペーペーの新米の分際で粋がってるもんだから、サラお嬢がお怒りだよ!」
「まあまあ、お嬢。ジーンもあんなんだけど、許してあげなよ」と続けるマリーを無視して、サラがジーンに歩み寄った。
「……ジーン」
「何だ?」
「それは本当ですか?」
「……いや、まだ断定は出来ない」
不安げな口調のサラに、顔を引き締めるジーン。
「ジーン、もしもの時は……」
「ああ、分かっている」
サラが言って、ジーンが頷いた。
「え? 何? あんたら、一体どうしたっていうのさ?」
立場が逆転したような2人に、マリーが置いてけぼりを食っていた。
「何でもありません」
「何でもない」
サラとジーンが揃って答えた。
「おいおい、私だけ除け者かよ」
マリーがぼやいた、その時である。
『クケーッ!』
けたたましい怪鳥音が、周囲に鳴り響いた。
◇◇◇◇
3人が居た場所から、歩いて五分ほど先である。
草地が開けている広場に、それはデンと立っていた。
「あ、あの茶色の化け物は何だ?」
大きな倒木を盾にして、ジーンが聞いた。
「どれ、見せてみなさい」
サラが言って、ジーンの背中をよじ登る。低い身長のせいで、向こうが見えないサラである。
「……ほう、あれは魔鶏ですよ。これまた珍しい」
ジーンの頭越しに、サラが答えた。
「魔鶏?」
「へえ、こんなところにね」
ジーンが疑問符を浮かべて、マリーが相槌を打つ。
「そ、それで、どんな魔物なんだ?」
ハンターらしく踏み込むジーンであるも、顔は引き攣っている。
「早い話が、でっかいニワトリです」
サラが答えて、ジーンから「よいしょ」と飛び降りた。
…――…――…――…
サラの言うように、魔鶏はニワトリの形をした魔物である。
見た目は、頭と顎に赤いトサカをつけた、典型的な家禽である。
ただし、その体は非常に大きく、身の丈ときたら2メートルを超えていた。
毛色は個体によってまちまちで、白色や黒色、果ては茶色など、バリエーション豊かである。
大きさ意外に違う点は、その特徴的な尻尾である。通常のニワトリであれば羽状になる尻尾が、魔鶏の場合は爬虫類のそれである。
そしてこの魔鶏、縄張り意識がすごく強い。
例え竜が近づいても、逃げないくらいには気性も荒かった。
それどころか、強靭な足を使った蹴りで、猛然と立ち向かうのである。
もちろん、竜に勝てる訳はないが、その威力は凄まじい。まともに食らえば、人間など真っ二つになるほどである。
そもそも、魔鶏自体が竜に近い魔物である。吐息こそは出せないものの、解剖学的にそれは証明されていた。
魔鶏の厄介な点は、その攻撃力だけではない。
しばしば流感の宿主となって、病気を撒き散らすのである。
このような厄介極まる魔物でも、肉が美味なため、魔鶏を狙うハンターは多い。
焼いてしまえば病原体は除かれるので、食材としての需要もかなり高い。
…――…――…――…
「――というのが、魔鶏の特徴です」
魔鶏の蘊蓄を、サラが垂れ終わった。。
「なるほど」
「相変わらず、お嬢の知識はすごいね」
感心するジーンとマリー。
「では、早速ですがジーン」
サラがジーンに向き直る。
「行きなさい」
「へ?」
「聞こえなかったのですか? 見事あれを倒してご覧なさい」
「……」
サラに言われて、ジーンが押し黙る。
重たい沈黙が、3人の間に流れた。
風がビューッと吹き荒び、木の葉が何枚か舞っていく。
「はあっ?」
しばらくして、声を裏返すジーンであった。
「無理無理無理! そんなの絶対無理!」
ブルブルと首を振って、ジーンが拒絶する。
「師匠の命令は絶対ですよ。行きなさい」
「いや、そうは言ってもだな……。そ、そうだ! ほら、俺の武器って剣だろ? よしんば近付けても、逃げられるじゃんか」
「その心配は無用です」
「な、何で?」
サラとジーンの問答は続く。
「貴方、さっきの話をちゃんと聞いていましたか? 魔鶏の縄張り意識はとても強いのです。外敵が近付いて逃げ出すなど、まずあり得ません。十中八九、貴方に襲いかかってきてくれるでしょう」
「う……」
サラの説明に、ジーンが言葉を詰まらせる。
「あ、えーと……。ほら、あれだ。マリーがいるじゃんか 俺なんかよりベテランだし、絶対それがいいって」
何とか役目を逃れようと、必死になるジーン。
「え? 私かい?」
急に話を振られて、マリーが目を丸くする。
「マリー、大丈夫ですよ。これはジーンの仕事です。さてジーン、マリーは確かにベテランですが――」
サラが言って、続けた。
「ベテランでしたら、今更やる必要はないでしょう?」
「でもでも……」
サラの言い分に、ジーンがいよいよ追い詰められていく。
その時である。
「――はっ!」
ジーンの脳裏に、妙案が浮かんだ。
「お、思い出したぞ! お前さっき、魔鶏は病気を持ってるって言ってたじゃんか! そんな危ない物、ズブの初心者に扱わせていいのか? いいや、そんな訳があるまい!」
鬼の首を獲ったかのように、ジーンがサラをビシッと指さした。
「ああ、それなら心配いりません」
「へ?」
「統計的に、この季節の魔鶏は大丈夫です。これはアカデミーで証明されています。ですから、思う存分戦ってきなさい」
「……」
あくまでも理詰めのサラに、ジーンは完全に退路を断たれてしまった。
「ま、そういうことだね。ジーン、男を見せなよ」
成り行きを見守っていたマリーが、ジーンに発破をかけた。
「分かった! 分かりました。やればいいんだろ!」
覚悟を決めて、ジーンが剣を抜く。
「し、しっかり見てろよ! あんなニワトリ、とっとと片づけてやる! 今夜は特大のローストチキンだ!」
サラとマリーをキッと見据えて、ジーンが倒木から踊り出た。
「行ってらっしゃい」
「頑張れ~」
サラとマリーが揃って手を振った。




