第九話 宴と真実(前編)
◇◇◇◇
そして、大会が終わった後である。
サラとナオミの祝勝会を兼ねて、お披露目が行われた。
会場はそのままで、闘技場を貸し切った格好である。
近衛兵の訓練所とは言え、曲がりなりにも王城の施設である。
ファルコナーの名が伊達ではないとも言えるが、自腹で会場を用意できないという、寂しい懐具合の表れでもあった。
煌々と篝火が焚かれ、夜にも関わらず広場は明るい。
形式はラフな立食会であり、参加者や観戦者で溢れていた。
「実を言うとさ、こういうところ、俺あまり好きじゃねーんだよなー」
「私もです」
サラとジーンが視線を交わした。
この2人に至っては、完全にフォーマルな出で立ちである。
ジーンは近衛隊の青い礼装に、衛兵刀を佩いていた。
サラはと言うと、赤いナイトドレスを着こなしている。
主役であるからには、むしろ当然の恰好であった。
だがしかし、1人だけ例外がいた。
他ならないナオミである。
「わ、私も苦手です~」
オロオロしながら、ナオミが続いた。
ナオミは1人だけ、牛頭人の甲冑姿であった。
当事者でもあり、優勝者でもある身にしては、異例の略装と言えた。
これは何も、ナオミに責任がある訳ではない。
単に着る服がなかったせいである。
「おい、あれ……」
「近くで見ると、意外と……」
「可愛いよな?」
「だな」
衆人環視が、ナオミを委縮させる。
「デカいけど」
「ああ、デカいけど」
「でもな」
「うん、それがいい」
有象無象の視線は、ナオミの胸に注がれている。
ナオミの巨乳は、鎧を着ても隠しきれない。
男を虜にするには十分である。
「……」
「おっと!」
「ヤバい、ヤバい」
「おい、向こうの料理が美味そうだぞ」
「それはいかん! 早い者勝ちだ!」
サラが一瞥し、男共を蹴散らした。
「それにして意外ですね」
ジーンに向かって、サラが言った。
「何が?」
肉を頬張りながら、ジーンが聞く。
「普段の貴方は、コミュ力の塊でしょうに」
「あー……、そういう苦手じゃなくてだな――」
サラの指摘に、ジーンが続ける。
「人混みだと、暗殺されやすいんだよ」
「貴方、そういうの得意でしょう?」
「いやまあ……、相手が殺気を放ってたら、防ぐのは簡単だけどな」
「違う場合もあると?」
「うん」
サラの疑問に、ジーンが答えていく。
「何も知らない人間を、殺し屋に仕立て上げるんだよ。給仕に持たせた酒に毒を盛っておくとか、サプライズに協力させると思わせて、友人に武器を持たせてけしかけるとか……。やり方は本当に色々だな。防げない訳じゃあないけど、こういうのはやっぱり苦手なんだよなー」
「……なるほど。実に貴方らしいブレない意見ですね」
戦闘に重きを置くジーンに、納得するサラである。
「お前はどうなんだよ?」
今度はジーンの質問である。
「お前こそ、こういう場って慣れてるんじゃねーの? 一応、貴族令嬢だろ?」
「それはそうなのですが――」
ジーンに同意しつつ、サラが続けた。
「何よりも時間が惜しいのですよ。こんなことをしている暇があったら、魔物の研究に打ち込みたい」
「お前もブレねーよなー」
サラの魔物オタクっぷりに、ジーンが呆れた。
「ナオミも、こういうの苦手か?」
「あ、はい……」
ジーンが話を振って、ナオミが答えた。
「家で編み物をしている方が落ち着きます」
「おい、聞いたかサラ? こういうのを淑女って言うんだ」
「はいはい」
3人の会話が弾んでいる時である。
「楽しんでおられるかな?」
マリアを伴って、ライオネルがやって来た。
◇◇◇◇
ライオネルの服装は、ジーンと同じ近衛隊の礼装である。
もっとも、こちら飾緒やら勲章やらが付いていて、より派手であった。
さもありなん、ライオネルの王宮における席次は高い。
近衛隊長の格式というものは、大臣や将軍に比肩し得る。
闘技場を自由に使わせていることも含め、ライオネルへの厚遇は甚だしい。
もちろん、それは権威だけのもので、経済面に限っては別の話である。
「あらやだ、貴方ったら。出しゃばらないで、ここは若い3人にお任せしましょうよ。オホホホ……」
クネクネと科を作るのは、マリアである。
黒いドレスに身を包むマリアは、公の場では猫を被っている。
とは言っても、ドレスから覗く筋肉ムキムキの四肢は、武威を隠しきれていない。
「う、うむ。だが、放置と言う訳にはいかんだろう。何よりも、このお嬢さん方は、これから家族になるのだし」
「おう! 楽しくやってるぜ!」
「お前には聞いとらん!」
「へいへい」
ライオネルとジーンが衝突した。
「ジーン殿」
サラが言って、割って入った。
「え? 今『ジーン殿』って……」
「ファルコナー卿」
目を丸くするジーンを無視して、サラがライオネルに向き直った。
「この度は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます」
謝辞を述べるサラである。
スカートの裾を掴む様は堂に入っていて、見る者を圧倒させた。
美貌も伴っているので当然であるが、大会中勇ましく弓を撃っていた姿からは想像もできない。
もっとも、蓋を開けてみれば、誰もが驚く無精者である。
「まったく、信じられねーよなー……」
真実を知るのはジーンのみである。
「いやはや、これはご丁寧に……。で、ナオミ殿はいかがかな?」
サラに圧され、ナオミに話題を振ったライオネル。
「あ、あの、その……、ありがとうございました!」
サラに続いて、ナオミが頭を垂れた。
だがしかし、その際腕を前で組んだせいで、胸が強調されてしまった。
ただでさえ豊満な巨乳が、鎧越しでも分かる爆乳となった。
「おおう……」
ライオネルが目を見張った。
「これは眼福」
「……貴方」
ナオミに釘付けのライオネルに、マリアの目が細くなる。
「はっ! 違う! これはだな……」
「……」
慌てふためくライオネルに、マリアは冷たい視線を送る。
「ゴホン! 時に、父君がご欠席とは、まこと残念であった」
咳払いひとつ、ライオネルが話題を変えた。
「ええ。風邪をこじらせたらしく、領地から出てこられないと聞いております」
「ふむ、それは残念。いや、私もブラッドフォード男爵とは、何度か会ったくらいでな。是非顔合わせも兼ねて、お話したかったのだが……」
「……父もそう申しておりました」
「書状にもそう書いておられたな。何分急なことでもあるし、やむを得ないか。また日を改めて、こちらから出直そう」
「私からも、確と伝えておきます」
「……え?」
サラとライオネルの会話に、ジーンが首を傾げていた
「貴方」
マリアが口を開いた。
「そろそろ3人に任せましょう」
「ああ、そうだな」
「ところで、さっきの件で少しお話が……」
「おい、私は何も……って、痛い痛い! 耳を引っ張るな」
マリアに引き摺られ、ライオネルが立ち去った。
◇◇◇◇
「ふむ、面白い」
マリアとライオネルを見送って、サラがのたまった。
「何が?」
ジーンが聞く。
「いえ、ご両親の関係ですよ。今後の結婚生活の参考にしようと思いまして」
「それだけは絶対止めろ」
サラが言うなり、ジーンが即座に拒絶した。
「冗談です。ところで気になるのですが――」
飲み物を手に取って、サラが続ける。
「ライオネル殿は、どの程度強いので?」
葡萄酒を一気に飲み干し、サラが聞く。
「ああ、かなり強いぜ」
「具体的には?」
「剣術だけだったら、王国で5本の指には入るんじゃねーの?」
「マリア殿――夫人と比べたら?」
「角技でなら、母ちゃんの圧勝」
「では、貴方となら?」
ジーンが答えて、サラが質問を重ねる。
「おいおい。言うまでもねーだろ?」
口角を上げて、ジーンが言った。
「俺の足下にも及ばねーよ。1分でケリがつく」
「貴方相手に1分も持つのなら、それはむしろ強いと言えますね」
ジーンの自信を、サラが冷静に分析した。
「ちなみにマリア殿と貴方とでは?」
「……」
サラが聞くと、ジーンが黙り込む。
「どうしたのです?」
ジーンの顔を、サラが覗き込んだ。
「……俺にとっての母ちゃんは、魔物と同じだ」
絞り出すように、ジーンが答えた。
「なるほど。要するにヘタレる訳ですか」
「うっせーよ! それより、さっきのあれは何だよ?」
サラの悪口に、ジーンが話題を変えた。
「あれとは?」
「ほら、さっき親父と話してただろ。書状がどうたらのくだりだよ」
「ああ、今回の婚約に関する公的文書とか、父の手紙を渡していたのですよ」
「一体それ、いつの話だよ? 町を出てから俺達、四六時中一緒にいるけどよ。そんな現場見てねーぞ?」
「ここへ来る前、郵送で送っておいたのですよ。ちょうど、私たちが滞在するタイミングに合わせて」
「ひょっとしてまさか……」
サラの言葉に、ジーンは不安を隠せない。
「ご明察」
言って、サラが続けた。
「全部私が書きました」
「お前、それ駄目だろ!」
胸を張るサラと、慄くジーン。
そんな2人の傍らでは、ナオミが「これ美味しいですね~」と言いながら、ローストビーフをつついていた。
「大丈夫ですよ」
自信満々に、サラがのたまう。
「家の父を丸め込むなんて簡単なことです。優柔不断で付和雷同、女にだらしなくて権威には弱い。そういう生き物ですからあれは」
「ボロクソだなー。いや、でもよー……」
「例のお家騒動で弱みも握りましたから、大丈夫です」
「……まったく、こえー女だな。お前は――」
サラにドン引きしつつ、ジーンはある人物を捉えていた。
会場の出入り口に、シュワルツワルトの執事が立っていたのである。
ジーンが視線を送ると、執事は一礼をして去って行った。
「おい、お前ら」
サラとナオミに向かって、ジーンが呼びかける。
「ちょっと待っててくれ」
ポカンとするサラとナオミを置いて、ジーンが執事を追いかけた。




