第八話 サラと真犯人(後編)
◇◇◇◇
「ふう……。ただいま」
後始末を近衛隊に押し付けて、ジーンが観客席へと戻った。
アンナの執事は、「ではまた、近いうちにお会いすることになるでしょう」と意味深な台詞を残し、ジーンの下を去っている。
「遅いよ。どこほっつき歩いてたんだい?」
マリアが聞く。
「いや、まあ、そのな……」
言葉に詰まるジーン。
「後で話すよ」
「そうかい? それよりもほら、何やら面白いことになりそうだよ」
ジーンに疑問を持ちつつ、マリアが広場を指さした。
果たして、そこにいるのはサラとライオネル、それに近衛隊の面々である。
サラが耳打ちして、ライオネルがウンウンと頷いていた。
そんなサラであるが、誰かから渡されたのか、短い弓を持っていた。
「あいつ、弓を使えないんじゃ?」
ジーンが首を傾げた。
「何か聞こえるのかい?」
「いや、さすがに小さすぎる」
マリアの質問に、ジーンが首を横に振った。
「あー、オホン!」
咳払いをして、ライオネルが声を張り上げた。
「皆さん!」
言って、ライオネルが続ける。
「皆さんの中には、このままサラ女史が不戦勝となることに、疑問を持つ方も多いでしょう」
ライオネルの演説がさらに続く。
「ここで一つ提案です。まずは、サラ女史の腕前をご覧になってはいかがでしょうか? その後試合を組み直しても、遅くはないと存じますが如何に?」
「おお!」
「うーん……」
「いや、それは……って、別に悪くはないのか?」
「中々の妙案では?」
「確かに」
ライオネルの問いに、観客はどよめいた。
「そ、それでいいのでは……?」
誰かが言って、闘技場は受け入れる雰囲気に包まれた。
「それでは皆さん! これをご覧ください!」
言って、ライオネルが手にリンゴを掲げた。
「あれは、さっき私が渡したリンゴじゃないか」
「うん。俺がもらえなかったリンゴだなー」
「あんたもしつこいねぇ」
「へいへい」
マリアが呟いて、ジーンが恨み節をかます。
「でも、大丈夫なのかい?」
「何が?」
マリアの疑問に、聞き返すジーン。
「サラお嬢ちゃんって、普通の弓は使えないんだろ?」
「何で母ちゃんが、そんなこと知ってるの?」
「いや、あんたの戯曲を見たからさ」
「マジかよ……」
マリアの言葉に、ジーンが羞恥に悶えた。
直後、ライオネルの声が響く。
「サラ女史曰く、このリンゴを私が天高く放り投げ、それを空中で射抜いて見せるとのことです!」
「おいおい」
「そんなこと出来るのか?」
「いや、無理だろ」
「でも、あのサラ・ブラッドフォードだぞ」
ライオネルの言葉に、観客が騒めいた。
ちなみに、ジーンの武勇伝に伴って、ハンターとしてのサラも広く知れ渡っていた。
出所はもちろん、ジーンの書いた戯曲『俺の守護するお嬢様が、こんなに鬼畜なわけはない!』である。
「それではサラ女史。準備はよろしいか?」
「……」
ライオネルが聞いて、サラが無言で頷いた。
そのまま弓を構え、矢を番えるサラである。
「それっ!」
渾身の力を込めて、ライオネルがリンゴを放り投げる。
赤い点が、灰色の空に吸い込まれていった。
◇◇◇◇
弦をギリギリと引き絞って、サラがリンゴを追った。
照準を合わせたと思いきや、カーンと音が鳴って、矢が勢いよく放たれる。
放物線を描いていたリンゴが、唐突に軌道を変えた。
「おお!」
「当たった!」
「すげーっ!」
「嘘だろ?」
観客が沸き立った。
だがしかし、ここで終わらないのがサラである。
「よっと!」
まだ空中にリンゴが浮かんでいる時点で、サラが素早く矢を番えた。
そのまま、さっきより素早く矢が放たれた。
矢がもう一度、リンゴに突き刺さる。
「に、2発だと?」
「まだです」
驚くライオネルを尻目に、サラが矢継ぎ早に動いた。
地面に落ちる寸前に、もう1本矢がリンゴに突き刺さる。
「な……っ!」
もはや声も出ないライオネルであった。
「……ふう」
サラが額の汗を拭った。
「もし? ライオネル殿?」
「……」
「ライオネル殿?」
「……はっ!」
「ご確認を」
「ただいま!」
サラに促され、ライオネルがリンゴを拾った。
「……確かに」
矢を数えて、ライオネルが観客席を向いた。
「刺さった矢は3本! 3本です! 皆さま、これでどうでしょう?」
「マジかよ?」
「嘘だろ……」
「信じられん!」
「さすがは、ジーン殿が見初めた御仁だ!」
ライオネルの言葉に、観客は一斉にどよめいた。
もはやこの場に、サラを否定する者は1人としていなかった。
そして、再び観客席である。
「凄いじゃないか!」
興奮冷めやらぬマリアであった。
「母ちゃん、やめろ! やめろって! マジで痛い痛い!」
マリアに頭を揺さぶられ、ジーンはてんてこ舞いである。
「ナオミ嬢ちゃんといい、サラ嬢ちゃんといい素晴らしい! あんたって、女を見る目があったんだね!」
サラとナオミを褒め称え、マリアは満面の笑みを浮かべた。
もちろん、ここで言う見る目とは、美醜の話ではない。
「ああ、そうだな……」
ジーンが言葉を濁す。
「いやー、それにしても、凄い腕前だったねぇ。戯曲じゃあ、弓は使えないってあったけど、あれは誇張かい?」
「そ、そうかもなー……」
マリアの評価に、ジーンが曖昧に合わせた。
「何だい? 元気がないねぇ……。あ! あんた、さては女に負けそうなのが悔しいんじゃ?」
「そ、そんなんじゃねーよ」
マリアの疑問を、一蹴するジーン。
事実、ジーンはサラの腕に舌を巻いていた。
もっとも、得心がいかないのは、妬みとは別の理由である。
話はジーンがサラを巻き込んで、ワーナー将軍の手勢に囲まれた時に遡る。
その際に、『普通の弓は扱えない』とサラが主張したのは、まぎれもない事実である。
だがしかし、今のサラからは、そんな様子は窺えない。
ジーンが覚えている限りにおいて、苦手を克服した形跡もない。
「……一体どういうことなんだ?」
ジーンの疑念は、深まるばかりである。
「何がですか?」
「うわぁっ!」
突然現れたサラに、飛びあがるジーンであった。
◇◇◇◇
「お前か……。驚かせるなよなー」
「まったく、貴方らしくもない」
「いやいや。前にも言ったと思うけど、お前は気配を隠すことに関しちゃ、ほんとに一級品だからな?」
「お褒めにあずかり、どうも……」
ジーンを落ち着かせ、サラが腰を下ろした。
「いや、確かに見事な隠形だったよ」
ジーンに代わって、今度はマリアがサラを褒めた。
「夫人にお褒めいただけるとは、恐縮です」
ペコリとサラが頭を下げる。
「お前、母ちゃんと俺とで、随分と態度が違わないか?」
「それはそうと、一体何を悩んでいたのです?」
ジーンを無視して、サラが聞く。
「……まあ、いいや。さっき言ってたのは、弓の話だよ」
「弓って、これですか?」
ジーンが言うと、サラが弓を差し出した。
「お前、それ持ってきたのかよ?」
「ええ。言っておきますけど、パチッた訳ではありませんよ? 武器庫の整理が忙しいので、しばらく預かってくれとのことです」
「ああ、そういうことか。じゃあ、ちょっとそれ見せてくれ」
「どうぞ」
ジーンの要求に、サラが応じた。
「何だこれ?」
弦を引いて、ジーンが首を傾げる。
「おいおい、物凄く軽いぞ? これって小さい癖に、複合弓ですらないのか?」
弓をサラに戻して、ジーンが聞いた。
…――…――…――…
複合弓とは、その名の通り、複数の材質を重ね合わせて作った弓である。
木の心材に、動物の角や腱を張り付けた複合弓は、単一素材の長弓に比べて遥かに小さい。
要するに、複合弓の利点は、取り回しの良さである。
とは言っても、使い手に腕力が要らない訳ではない。
…――…――…――…
「初心者向けの練習用ですので、当然でしょう」
弓を受け取って、サラが言った。
「ああ、だからお前でも使えたのか……って、前に『普通の弓は使えない』とか言ってなかったか?」
納得しながら、ジーンが聞いた。
「嘘は言っていません」
サラが続ける。
「猟でも戦いでも、使うのは実戦用の強弓です。非力な私では、まったく扱えないのですよ。弦を引き絞ることすら出来ない。この玩具みたいな弓が、私の限界ですね。これでは、弓を使えるうちに入らないでしょう?」
「いや、それはそうかもだけどよ……」
サラの主張に、ジーンは今ひとつ納得できない。
「……鍛えればいい話だろ」
「嫌ですよ。面倒くさい」
ジーンの提案を、一蹴するサラである。
「そもそも、私は既に現場に出ているハンターです。鍛錬に割くリソースが無い。そもそもの話、この小さい体格では、限界が知れていますからね。だったら、他の武器を磨いた方がいい」
「いや、でも――」
「うーん、お見事!」
2人の会話に、マリアが割り込んだ。
「その思い切りの良さ、一流の兵法家に勝るとも劣らないよ」
「恐縮です」
「なあ、何でおたくら、息がピッタリなの?」
迎合するサラとマリアに、ジーンが胃を痛めた。
「えー、皆さん!」
ライオネルの声が、闘技場に響く。
「これにて大会もとい、選考会は終了します。皆さま、ありがとうございました」
ライオネルが締めくくり、会場が小さな拍手で包まれた――。




