第五話 両親と説得(後編)
◇◇◇◇
食事を終えて、サラ、ジーン、ナオミの三人は、ジーンの部屋で寝ることになった。
一部屋に三人、それも特別大柄なナオミがいるので、すし詰め状態である。
「まったく、この家には風呂も無いのですか」
鎧を脱ぎながら、サラがぼやく。
「そんな贅沢な物ある訳ねーだろ」
ジーンが答えて続ける。
「家ではせいぜい数日おきに、湯を手洗に張るくらいだな。たまに、庶民向けの公衆浴場にはいくけどな。ほれ、今日はこれで我慢しろ」
ジーンがサラに、濡れタオルを投げ渡す。
「はい、ナオミの分」
「あ、ありがとうございます」
ジーンに手渡され、ナオミが顔を拭った。
「それで、例の物は?」
「あん? 何のことだ?」
サラに聞かれて、ジーンが振り向いた。
「おい! 何をやっている!」
サラの姿に、ジーンが慌てた。
それもそのはず、真っ裸になろうとするサラである。
「何って、体を拭くのですよ。まったく、先日の宿屋以下とは嘆かわしい……」
不平タラタラに、サラが答えた。
「前にも言ったけど、お前には恥じらいってもんがねーのか?」
手の平で顔を覆って、ジーンが怒鳴った。
「前に言おうと思っていたのですが、何故貴方は女の裸ごときで狼狽えるのですか?」
上着を脱ぎながら、サラが聞き返す。
「童貞ではあるまいし」
「あ! おい、コラ!」
続けたサラに、ジーンが慌てた。
「あの~」
おずおずと、ナオミが手を上げた。
「『童貞』って何ですか?」
「わーわーっ! ナオミ、ストップストップ!」
きょとんとするナオミに、ジーンが泡を食う。
今ひとつ、ナオミは俗世間を知らない。
そして、ジーンだけがその事に配慮していた。
「よーし、分かった。風呂だな? 明日浴場を奢ってやる。それも貴族向けの最高級のやつを貸し切りでだ」
「おお! 話しが分かりますね。でしたら、私の行きつけの店に行きましょう」
「任せろ! その代わりに、今の話を取り繕ってくれ! 頼む!」
「ふむ、それだけだと何とも……」
ジーンの頼みを、サラは中々聞き入れない。
「ほ、他に何が望みだ?」
ジーンが聞いた。
「お忘れですか? ほら、例の肖像画ですよ。今すぐ見せなさい」
「くっ! 覚えていやがったか……」
サラの要求に、ジーンが下唇を噛んだ。
「……分かった。持ってくる」
ジーンが折れて、部屋を出て行った。
「……チョロい」
「サラさん?」
ボソリと零したサラを、ナオミが不思議そうに見つめた。
「何でもありません。それより、ナオミ」
「あ、はい」
「ジーンのことが好きなら、さっきの話は忘れなさい」
「え? でも……」
「時期が来たら、ちゃんと教えます。あまりしつこいと、ジーンに嫌われますよ」
「――っ! わ、分かりました!」
サラに窘められ、ナオミが頷いた。
「さてさて、どういう面子が揃っていることやら……」
サラが口角を上げた――。
◇◇◇◇
そして、サラたちが体を拭く間、外で待ちぼうけを食ったジーンであった。
そんなジーンの手には、見開きのファイルが抱えられている。
「もういいか?」
扉の外から、ジーンが聞く。
「どうぞ」
サラが答えた。
「邪魔するぞ」
ジーンが言って、部屋へと入った。
果たして、中では部屋着のサラとナオミが待っていた。
サラがジーンのベッドに腰を下ろし、ナオミが地面に座っていた。
「で? 例のブツは?」
「ほれ」
サラの要求に、ジーンがファイルを手渡した。
「どれどれ、ご開帳――」
興味津々に、サラが中身を見た。
「ブホォッ!」
中に描かれた肖像画に、噴き出したサラである。
「サラさん?」
訝るナオミ。
「プププ……」
ナオミから目を逸らし、サラが笑いを堪える。
「だから見せたくなかったんだよ……」
ジーンが頬を膨らませた。
果たして、そこに描かれていたのは求婚者の肖像画である。
ただし、その容姿は特徴的極まりない。
平たく言えば醜女であった。
顔は平たく潰れて、さながらガマガエルを彷彿させた。
鼻は上を向いて口からは犬歯が覗き、人間というよりは魔物に近い。
止めとばかりに、これでもかと言うくらいの肥満体である。
ジーンが見せたがらないのも、当然と言えた。
「名前はアレクサンドラ・ロードナイト。これもまた、由緒ある騎士の令嬢ですね」
プロフィールを見て、サラが呟いた。
「どいつもこいつも、腕っぷしに覚えのある女ばかりだよ。鍛えすぎて、顔まで女を止めてやがるのが堪ったもんじゃねーが……。ちなみにこのアレクサンドラって奴は、王国の女角技大会で優勝の常連だったりするな」
「へえ~……。と言うことは、貴方の御母堂――ファルコナー夫人も?」
ジーンの注釈に、サラが聞いた。
「ああ。そう言えば母ちゃんも、角技出身だったな。だからかもしれんが、このアレクサンドラが母ちゃんのお気に入りだったりする」
「そ、それはまたご愁傷様で……」
ジーンが答えて、サラが笑いを堪えた。
「あの~」
ナオミが手を上げた。
「何だ?」
「試合ってことは、要するに戦うんですよね? 具体的はどうするんですか?」
ジーンが促して、ナオミが聞いた。
「基本的にはトーナメント制だなー。徒手格闘や武器使いも関係ない混合戦だ。あ、もちろん、武器は練習用の木剣とかを使うぜ」
「勝ち負けはどうやって決めるんですか?」
「基本的には完全KO制らしい。相手が気を失うか、降参するまで止めない」
「え……」
ジーンの説明に、ナオミが言葉を詰まらせた。
「どうした?」
ジーンが首を傾げる。
「それは当たり前でしょう」
サラが呆れた。
「よしんばこの試合にナオミが割り込めたとしても、ナオミ一人で勝ち進めねばなりません。試合形式も考えると、負担は途轍もなく大きい」
「あ、そうか……」
サラが言って、ジーンが納得した。
「私が参戦できれば、可能性はあるのですが……」
歯噛みするサラであるが、完全に役者不足である。
「時にジーン。この試合、運営の裁量はファルコナー家にあるのですか?」
パラパラと他の参加者を見ながら、サラが聞いた。
「ああ、もちろん」
「今から変更も可能で?」
「……多分出来る」
「では、こういう案はどうでしょう?」
「?」
「えーっとですね――」
訝るジーンにサラが知恵を吹き込んで、その夜は更けていった――。
◇◇◇◇
そして翌日の朝である。
一同が会して食事をする中、サラが今後の展望を語った。
「ふむ。そのくらいなら、私の裁量で何とかなるが……」
口元を拭って、ライオネルが答える。
サラの計画は以下である。
本来、この大会は参加者6名の勝ち抜き戦である。
そうして勝ち残った1人が、ジーンの婚約者となる予定であった。
そこにサラとナオミが加わるのであるが、このままだとサラたちだけでなく、他の参加者も納得しない。
そこで闘技部門と射撃部門に分けて、勝者を2人にしてしまうのがサラの目論見である。
この案が上手くいけば、射撃部門に流れる人数が期待できる上、ナオミの負担も減るという寸法である。
「ファルコナーの名声だけは欲しい家が、巷には沢山あるからな……」
誰ともなしに、ライオネルが呟いた。
「おや? 私は違いますけどねぇ……」
マリアがライオネルを睨む。
「もちろんそうだとも!」
ライオネルが慌てた。
「そもそも、お前は一族ではないか」
「あれ? どういうことです?」
続けたライオネルに、サラが聞いた。
「ああ、ご存じなかったか」
ライオネルが答える。
「マリアは分家の出なのだ。私の代から数えて、祖父同士が兄弟でな。要するに、私たちは又従兄妹なのだよ」
「ほほう……!」
ライオネルの説明に、サラが目を輝かせた。
「お前、何感心してるんだ?」
サラに向かってジーンが聞く。
「いえ、貴方の出鱈目な強さが分かったからですよ」
「うん? どういうこと?」
サラの答えに、ジーンは要領を得ない。
「……要するに、お前が純血種という事だ、愚息よ」
「うわっ! 何かひでぇなー」
呆れるライオネルに、ジーンが閉口した。
「サラ殿」
言いながら、ライオネルが襟を正した。
「もう知っておられると思うが、愚息は規格外に強い。それはもう、滅茶苦茶と言ってもいいくらいだ」
「はい。身を以って存じております」
「そうだろうとも。初代はもちろんのこと、ファルコナー家始まって以来の天才戦士だろう」
「……」
ライオネルの言葉を、サラは黙って聞いていた。
ライオネルの言う事は事実である。
親の欲目を抜きにしても、ジーンの強さは抜きん出ていた。
それは単なる肉体的、技術的な物ではない。
ジーンは武芸だけでなく、勝負運にも恵まれている。
苦手な魔物を相手にしても、死ぬことだけは絶対に無いのが、その証左と言えた。
たとえ泣き叫ぼうとも、小便を漏らそうとも、ジーンは必ず窮地を切り抜けるのである。
「だが同時に、意外な脆さを抱えていたりする」
「騎士の教義とかだろ? そんなの分かってるって」
ライオネルの心配をよそに、ジーンが耳を穿っていた。
「……メンタル面ですか」
「左様」
ジーンを無視して、サラとライオネルが続けた。
ライオネルの懸念は、人間相手には滅法強い癖に、魔物相手にはヘタれるジーンの不安定さであった。
「サラ殿にナオミ殿。そんな厄介な愚息であるが、これからも何卒よろしくお願い申し上げる」
「お任せください。もっとも、全ては大会次第ですが」
「わわわ……! こちらこそ、よろしくお願いします!」
ライオネルが頭を下げて、サラとナオミが答えた。
「無視ですか。そうですか」
傍らではジーンが1人、ブスッと不貞腐れていた――。




