第九話 到着と治安(前編)
◇◇◇◇
「ふむ……、ここまで来たら、いいでしょう」
サラが言って、隊商を止めた。
位置としては、地虫戦のあった場所から北へ10キロ進んだ辺りである。
もっとも、まだまだ外界のド真ん中なことに変わりない。
日は沈みかけて、辺りはほんのりと薄暗い。
夜間の行動は危険なため、本日はキャンプを張る算段である。
「ふう……」
「やれやれ」
「疲れた」
「足がパンパンだぜ」
銘々が荷物を下ろした。
「ほらほら、ジーン!」
サラが言った。
「ぼーっとしてないで、かがり火の準備をしてください」
「へいへい。おーい、誰か手伝ってくれ!」
サラの指示に、ジーンが手伝いを募った。
「はいよー」
「おう、分かった」
「しゃーねーなー……」
「竜殺しの言う事だからな」
ジーンが言って、重い足を引きずる面々。
全員が素直に従ったのは、ジーンの戦いぶりを生で見たせいである。
ジーンはしっかりと、株を持ち直していた。
「さてと……」
サラが言って、焚火の準備を始める。
「あ、私もやります」
ナオミがやってきて、サラの巻拾いを手伝った。
そして、10分後である。
「なーなー」
作業を抜け出して、ジーンが聞いた。
「こんなんで魔物避けになるの?」
「まったく……」
ジーンの問いに、サラが呆れる。
「知らないのは貴方だけですよ」
「おいおい。つれねーな……」
サラの態度に、閉口するジーン。
「教えてくれてもいいだろ?」
「仕方ないですね」
しつこいジーンに、サラが手を休めた。
「かがり火を焚く理由は、いくつかありますが……。強いて言うなら、負の走光性がある魔物には、効果が認められますからね」
「うん? 走光性って?」
「生き物が、光の刺激に反応して移動することですよ。ほら、蛾とかって、光に寄っていくでしょう?」
「ああ、『飛んで火にいる夏の虫』ってやつだな」
「ええ。ちなみに、これを正の走光性と言います。反対に光を避ける性質を――」
「負の走光性?」
サラの言葉に、ジーンが続けた。
「その通り」
サラが答える。
「ふーん……って、ちょっと待てよ」
納得して、ジーンが食い下がる。
「今の言い方だと、魔物によったら寄ってくるんじゃ……」
「……そうなります」
「おいおい……!」
「まあ、落ち着きなさい」
うろたえるジーンを、サラが宥める。
「ある程度、出てくる魔物の見当はついています」
言って、サラが続けた。
「この地域、この季節ですと、現れるのは死食鬼でしょうか。こういった連中は、負の走光性があります」
「ああ、そう言えば……」
サラの指摘に、ジーンが思い出す。
ナオミを迎え入れた時の、口封じの件である。
死体の処理を、ジーンは死食鬼に任せた。」
「それにですね――」
言いながら、焚火の準備にかかるサラ。
「万が一襲われても、真っ暗闇だとどうしようもないでしょう? そういう諸々を計算に入れての、かがり火なのです」
「なるほど」
サラの言葉に、ジーンが納得した時である。
「ジーンの大将! 手伝ってくださいよ!」
隊商の誰かが、悲鳴を上げた。
「おっと! 悪い悪い!」
謝りながら、ジーンが手伝いに戻った。
◇◇◇◇
そして、諸々の準備が終わった頃である。
「あー、疲れた疲れた」
「とっとと、飯にしようぜ」
「また干し肉か……」
「俺もう眠いよ」
銘々が野営を始め、ジーンが手持無沙汰となる。
「で、お前は何をしてるんだ?」
サラの下に、ジーンが戻ってきた。
「何って……、晩飯の準備です」
サラがしれっと答えた。
その傍らでは、ナオミが火の調節に執心している。
「いや、それは分かるんだけどよ……」
言いながら、ジーンがサラの横を指さした。
「それ、本気で食うの?」
ジーンの指摘は、でんと置かれた肉塊にあった。
一抱え程もあるそれは、当然地虫の肉である。
…――…――…――…
結局のところ、サラ一人を除いて、地虫の肉に手を付ける者はいなかった。
無残に皮だけを剥がされて、地虫の死体は、自然の成り行きに任された。
…――…――…――…
「当たり前です」
答えながら、サラが肉を切り分ける。
串に肉を刺して、石で造った竈に並べていくサラ。
ちなみに、竈の中で燃えているのは、さっきの焚火で作った炭火である。
肉汁が溢れ、脂が滴り落ちる――。
「おい、アレ……」
「ああ」
「美味そうだな」
「いい匂い……」
香ばしい香りに釣られて、耳目を集めるサラ。
だがしかし、サラは一向に気にしない。
「……」
「ジーン」
黙って突っ立っているジーンに、サラが呼びかけた。
「涎が垂れてますよ」
「おっと! いけね!」
サラの指摘に、ジーンが涎を拭った。
「そろそろですね」
ジーンを無視して、サラが肉を手に取った。
肉に塩がかけられた、その時である。
ジーンの腹が、『グウ』と音を立てた。
「……食べますか?」
「いいのか?」
サラが差し出して、ジーンが喰い付いた。
「では遠慮なく……って、美味っ!」
肉を頬張って、ジーンが目を丸くする。
「本当! 美味しいですね!」
ジーンに続いて、ナオミが言った。
「そうでしょう、そうでしょう」
言いながら、サラも別の串を取る。
「おいおい、あれって地虫だろ?」
「ああ。でもよ……」
「何か美味そうじゃね?」
「だな」
物欲しそうにする、その他面々であった。
「皆さん!」
隊商の全員に向かって、サラが呼びかけた。
「よろしければ、一緒に食べませんか?」
「え?」
「いいの?」
「マジで?」
「やったー!」
サラの申し出に、わらわらと人が集まった。
「何これ!」
「超うめ―っ!」
「これが地虫かよ!」
「俺も取ってくれば良かったぜ!」
サラとジーンが場の中心となって、その夜は更けていった――。
◇◇◇◇
次の日。
一人の欠員を出すことなく、全員が無事に朝を迎えた。
夜間に起きた珍事と言えば、死食鬼が数体、隊商を遠巻きにしていたくらいである。
身支度を早々に整えて、隊商が朝靄を突き進む。
「なーなー」
先頭のサラに向かって、ジーンが聞いた。
「何ですか?」
振り向きもせず、サラが聞き返す。
「王都にはいつ着くんだ?」
「おそらく、明後日くらいかと」
「げっ!」
サラの返答に、ジーンが顔を顰めた。
「マジかよ! また野宿するのか?」
「それは違います」
悲観に暮れるジーンを、サラがピシャリと切り捨てる。
「途中で、町に寄ります」
「町? 俺たちのいる町みたいな?」
「ええ。もっとも、あちらは天領ですが」
「『天領』って?」
「王直轄ってことです」
「へー」
「このペースだと、午前中には着けるでしょう。それで、この隊商も一度解散です」
「なるほど」
サラの説明に、ジーンが納得した。
「……と、言っている間に見えてきましたよ」
顔を上げて、サラが遠くを指さした。
遥か地平の先、丘陵の切れ目から、灰色の城壁が顔を出してた。
「さあ! ここまで来たら、あともう少しです。頑張りましょう!」
「おう!」
「りょーかい!」
「俺あの町初めて!」
「俺は前にも来たぜ」
サラに率いられ、隊商が黙々と平原を進んでいった。
そして、町へ着いたサラ一行である。
城門を抜けた先は、目貫通りになっていて、サラとジーンが突っ立っていた。
「これが王都直轄領?」
横にいるサラに向かって、ジーンが聞いた。
「そ、そのはずです」
答えるサラの歯切れは悪い。
…――…――…――…
隊商はとっくに解散し、周囲は有象無象の町の住人で賑わっていた。
ちなみに、ナオミの姿はここにない。
南部商業者連盟付な身の上もあって、ナオミは出先機関に出向いていた。
もっとも、行き先は同じ王都なので、サラたちとは後日落ち合う予定である。
町は一般的な城塞都市で、10メートルほどの壁で周囲を円形に覆っている。
石造りの建物が多く、大きさ的にも人口面でも、サラたちの町に等しい。
だがしかし、サラたちの町とは決定的に違う点があった。
…――…――…――…
「こらーっ! 待て泥棒!」
「やなこった!」
八百屋が野菜を盗まれて、泥棒を追いかける。
「うらーっ! てめー、誰に断って店出してやがるんだ!」
「ひーっ! すみません!」
番兵が露店を取り締まる。
ちなみに、この場合の取り締まりとは、行政上の許認可ではない。
番兵個人への、賄賂の有無である。
「何か猛烈に治安が悪いんだが?」
「そうですね……」
ジーンの感想に、サラが首肯した。
そんな二人の横を、野良犬が通り過ぎる。
口に咥えているのは、人間の手首である。
「王都も大概だけど、これはスゲーな……」
野良犬を見送って、ジーンが言った。
「たぶんですが――」
サラが切り出した。
「中途半端に王の威光を受けるから、やりたい放題なのでしょう」
「どういうこと?」
「王都市民だという選民意識、それに伴う役人の腐敗ですかね……。なまじ、王の目が届かないから質が悪い。悪循環から抜け出せなくなっている」
「……なるほど」
サラの推測に、ジーンが頷いた時――。
「ちっ! しけてやがるな!」
露店から金を巻き上げて、番兵が去って行った。
後に残されたのは、ボロボロになった露店と、泣き崩れる店主である。
「ま、それはさておき――」
露店を無視して、サラが歩き出す。
「この町の斡旋所へ行ってみましょう。通りすがりとは言え、ハンターだと宿が取れるはずです」
「お、おう」
サラの後ろを、ジーンが付いて行った。




