第八話 決着と解体(後編)
◇◇◇◇
「おい、ちょっと待て。マジで止めろ!」
サラの首根っこを掴んで、ジーンが持ち上げる。
「包丁ってことは、アレだろ? 地虫の血とか脂で、ズルズルになっちまうんだろ?」
サラに目線を合わせて、ジーンが聞いた。
「そうですね。まあ、場合によっては胆汁塗れになるかもですから、得も言われぬ恐ろしい臭いがつきますが――」
「もう駄目。絶対駄目!」
サラが答えて、ジーンが剣を引っ手繰る。
「何が問題なのです? さっきも斬り付けたばかりでしょうに」
至極もっともな、サラの疑問である。
「戦士の剣を粗末に扱うんじぇねーよ」
サラを地面に下ろして、ジーンが言った。
「まったく、これがいくらしたと思って――」
「いくらしたのですか?」
不平不満なジーンに、サラが詰め寄った。
「うっ!」
タジタジになるジーン。
ジーンの買い物を咎めても、あくまで値段は知らない体のサラであった。
もっとも、全てジーンの稼いだ金であって、サラにとやかく言う権利はない。
こうして、無意識の内まま尻に敷かれているジーンである。
「仕方ないですね……。ちょっと、皆さん!」
仏頂面で、サラが作業中の隊商に向かった。
「どなたか、剣をお持ちでないですか?」
「は?」
「え?」
「剣だって?」
「そんなもん、持ってねーよ!」
サラの問いかけに、全員が首を横に振った。
魔物が闊歩する外界において、武器の主流は遠戦志向の物である。
長柄武器までならまだしも、対人特化の剣はお呼びでない。
「これじゃ駄目?」
一人が言って、ナイフを一本取り出した。
刃渡り30センチほどの、ナイフとしては随分大ぶりな代物である。
「ごめんなさい。小さすぎます」
サラが断った。
「そもそも何に使うんだ?」
別の誰かが聞いた。
「地虫の解体に使うのですよ」
サラが答える。
「え? だったら、そのでっかいヤツ使えばいいじゃん」
また別の誰かが、ジーンの剣を指さした。
「それがですね――」
勿体ぶって、サラが続けた。
「本人が嫌がっているので、どうにもこうにも……」
「おいおい!」
「今更そりゃねーぜ!」
「解体さないと、金にならねーじゃんか!」
「さっけく、こんな気持ち悪いの触ったのに!」
サラの一言で、一斉に非難轟々となった。
当然、その矛先はジーンである。
「わ、分かった! 分かりましたよ!」
ジーンが諸手を挙げた。
「ほれ! もう好きに使え!」
サラに向かって、ジーンが剣を投げ渡す。
「……最初から素直にしていればよろしい」
言って、サラが解体に取り掛かる――。
◇◇◇◇
「ふむ、いい塩梅になってますね」
真っ直ぐに伸ばされた地虫を見て、舌なめずりをするサラである。
「で、これからどうすんだ?」
サラの背後に、ジーンが付き従う。
ハラハラと見守る理由は当然、剣の使われ方である。
「要領は魚――具体的に言えば、ウナギの捌き方と一緒です」
「ウナギ……って、あのニョロニョロしたヘビみたいなヤツか?」
サラの説明に、ジーンが聞いた。
「捌くって……、え? あれって食えるの?」
目を剥いたジーン。
「……ああ、王都では食べる習慣がありませんね」
ジーンの反応に、サラが得心した。
同じ王国とは言え、その国土は広い。
当然、地域によって食文化は違う。
「私の故郷では、よく食されるのですよ」
「うへぇ……」
サラの告白に、ジーンが顔を顰めた。
「あんなヘビみたいなもん、よく食えるな」
「両方食べますけど、何か?」
辟易するジーンに、サラが首を傾げた。
「……」
「二つとも、結構美味しいのですよ」
黙り込むジーンを尻目に、サラが語り出す。
「本来は腹や背中から切り込みを入れて、開くのがコツですが、今回は皮剥ぎに徹しましょう。丁度、貴方が付けた切り込みがありますから――」
サラが言って、剣を握った。
「皆さん! 地虫をしっかりと抑えていて下さい!」
「おう!」
「分かった!」
「よしきた!」
「任せとけ!」
サラの要求に、全員が従った。
「それでは、ここから一気に――!」
傷口に剣を突き刺して、サラが歩く。
サラの歩調に合わせて、地虫の腹に一本の線が走った。
「……これでよし」
尻尾まで歩いて、サラが汗を拭った。
「え? これだけでいいの?」
ジーンが聞く。
それもそのはず、サラの作った傷口は、深さ10センチ程しかない。
「はい。別に蒲焼きにする訳ではありまえんから」
「蒲焼きって?」
「私の故郷に伝わる料理です。魚を二枚に開いて、独特のタレを付けて焼くのですが、これがとても美味しい」
「へぇ~」
サラの解説に、興味をそそらえるジーンであった。
「さ、そんなことより、これを」
ぼけっとしているジーンに、サラが剣を渡した。
「え?」
ジーンが目を点にする。
「もういいのか?」
作業が終わったと思い、胸を撫で下ろすジーン。
「何を言っているのですか?」
サラが聞き返す。
「ここからが本番ですよ」
「へ?」
「そろそろ休憩もいいでしょう? 本格的に皮を剥ぐのは、貴方の仕事です」
「おい、ちょっと待て……」
「私の付けた切り込みから、剣を入れて下さい。イメージとしては、大根の皮を剥く感じですね」
「……わ、分かったよ」
サラに押し切られ、ジーンが剣を振るった。
「ああ、そこ! もっと丁寧に! それと、脂肪は出来るだけ避けて下さい。腐敗の原因になりますから」
「へいへい」
サラの指示で、着々と解体は進んでいった。
◇◇◇◇
「ふぅ……。こんなところか」
桂剥きに皮を剥いで、一息つくジーン。
「はい。初めてにしては上出来かと」
サラが褒める。
「それで、これはどうすんの?」
ジーンの指摘は、もはや肉の塊となった地虫である。
「食べます」
「は?」
「ですから、食べるのですよ」
「……」
サラの言い分に、顔を青くするジーン。
もっとも、隊商の面々も似たようなものであった。
「おいおい」
「これ食うのかよ」
「マジで?」
「半端ねーな!」
サラとジーンを遠巻きに、目を剥く者ばかりである。
「要らないなら結構。私が食べられるだけ食べます。これ、小骨が無くて美味しいんですよね」
「そりゃあ、骨なんてねーだろーよ……」
サラの貪欲さに、ジーンが呆れた。
「何を言っているのですか? 骨ならありますよ」
「え?」
「証拠をお見せしましょう。剣を貸してください」
「お、おう……」
サラに言われるまま、剣を渡すジーン。
「よいしょっと!」
地虫の傷口を、サラが大きく切り裂いた。
途端、ボトリと内臓が零れ落ちる。
「ほら、ここ! ちゃんと背骨があるでしょう? 脊椎動物である、何よりの証拠です」
「そ、それは分かったけどよ……。これって……」
息巻くサラを余所に、ジーンの視線は内蔵に釘付けである。
胃袋と思しきそれは、人間二人分くらいの膨らみを見せていた。
「気になりますか?」
「いや、別に好き好んで見たいわけじゃ――」
「それっ!」
ジーンが答える前に、サラが胃袋を切った。
「うぷっ!」
饐えた臭いが漂って、鼻を押さえるジーン。
「うわっ!」
「何だこれ?」
「人間か?」
「いや、やけに小さいぞ?」
隊商が騒めいた。
果たして、中から出てきたのは、三体の人型である。
胃液でグズグズに溶けたそれらは、随分と小柄な体格で、人間の腰までの高さしかない。
「ああ、なるほど……」
一人で納得するサラである。
「ちゃんと説明してくれよ」
ジーンの懇願である。
「これ、小鬼ですよ」
「小鬼って……、これが?」
サラが答えて、ジーンが驚く。
溶けた死体には、これと言った特徴が無く、肌の色すら分からない。
見ようによっては、人間の子供にすら見えた。
「頤が発達していないでしょう? それに、眼窩上隆起が強すぎる。間違いなく、小鬼です」
「ゴ、小鬼だったとして、何が『なるほど』なんだ?」
サラの説明に、ジーンが重ねて聞いた。
「さっき、私が片付けた小鬼たちですよ」
言って、サラが続ける。
「街道のド真ん中に居座っているのが不思議だったのですが、地虫のせいで立ち往生を食らっていたのでしょう。おそらくですが、意気込んで森から出てきたはいいものの、仲間が食べられる様を見て、動けなくなった――そんなところですね」
「そこをお前に見つかったのが、運の尽きって訳か……。可哀そうに」
サラの推測を、ジーンが茶化した。
だがしかし――。
「ええ、まったく。この世は弱肉強食ですね」
ちっとも悪びれないサラである。
「さあ、皆さん!」
隊商の面々に、サラが向き直った。
「この皮を1メートル四方に裁断してください! 地面に押し当てて刃を通せば、普通の刃物でも切れます!」
「おう!」
「分かったぜ!」
「金貨金貨!」
「お前、そればかりだな」
サラの指示に、従った面々である。
「じゃあ、俺も――」
「ちょい待ち!」
手伝おうとしたジーンを、サラが押し止める。
「貴方はこっち」
サラが指さしたのは、肉塊になった地虫である。
「私と一緒に、肉の切り分けをしてもらいます」
「マジかよ……」
サラに引っ張られ、ジーンが天を仰いだ。
生々しい肉塊より、皮の裁断の方が、まだ気持ちが楽である。
「ほら、そこ! 迂闊に触らない! 胆汁が漏れたら、肉が台無しです!」
「へいへい」
こうして、地虫の解体は順調に進んでいった――。




