第三話 ジーンと散々な買物(後編)
◇◇◇◇
「で、何でお前が手紙なんか持ってるの?」
手紙を弄びながら、ジーンが聞いた。
「お前さん、実家に住所を教えていないだろ?」
マリーが聞き返す。
「教えてねーけど?」
要領を得ないジーン。
「だからだよ」
言って、マリーが続けた。
「あんた有名人じゃんか? この町に住んでいることだけは、王都でも知れ渡ってるんだよ。でも肝心の住所が分からない。だとしたら、あんたに渡りをつけることが出来るのは誰だい?」
「あ、そういうことか……」
噛み砕くマリーに、ジーンが納得した。
文士として名が売れたジーンであも、本業はハンターである。
となれば、手紙の行き着く先は斡旋所しかない。
「ま、ありがとよ」
礼を言って、ジーンが手紙を懐に収めた。
「ちょっと!」
マリーが目を剥いた。
「うん? どうした?」
「読まないのかい?」
「あー……、後で読むよ。本心を言うと、まあどうでもいいって感じだけど」
「いや、親からだろ?」
「うん」
「長いこと会ってないんだろ?」
「まあ、そうだけど?」
今一つ、かみ合わない二人である。
「あ、そういうことね」
しばらくして、得心したジーン。
「おい、お前ら!」
聞き入っていた三人組に、ジーンが話しかけた。
「ちょっと、込み入った話があるんだ。席を外してくれ!」
「えっ?」
「そりゃないですよ」
「そうそう」
ジーンの頼みを渋る、三人組である。
「何もタダでとは言わねーよ」
ジーンが懐から金貨を取り出した。
「ほれ、こんなシケた場所じゃなくて、もっといい店で飲みなおせ」
「さすがジーンの兄貴!」
「あざーっす!」
「これで今日は仕事しなくて済むぜ!」
ジーンの奢りに、三人組が沸き立った。
「……『シケた場所』は余計だよ」
三人組を見送って、マリーが閉口した。
「それで、込み入った話って?」
カウンターに座ったジーンに、マリーが聞いた。
「いやな……。どこまで知ってるのかなーって」
「何のことさ?」
「俺の出自だよ」
「そりゃ、あんたアレだろ――」
ジーンの問いに、マリーが続けた。
「ファルコナー家の御曹司なんだろ? 勘当されたのは仮の姿で、本当は王様の密命を受けた世直し人って――」
「ストップストーップ!」
マリーの言葉を、ジーンが押し止めた。
「な、何だよ?」
狼狽えるマリー。
「なんか虚実が混ざってる」
ジーンが指摘した。
「え?」
「俺がファルコナー家の嫡男なのは事実だ。でも、勘当されてるんだよ」
「でも、みんな言ってるし。それに、あんたの書いたあの――」
「『俺の守護するお嬢様が、こんなに鬼畜なわけはない!』か?」
「そうだよ」
「おいおい、マジかよ……」
マリーの言い分に、ジーンが呆れた。
「あれは半分作り話! 俺は本当に勘当されてるの! サラからも聞いただろ?」
「嘘だろ? って、ちょっと待って」
ジーンに言われて、マリーが頭を捻った。
「あっ!」
マリーがある日のことを思い出す。
…――…――…――…
流星竜騒ぎの折に、サラとマリーは刺客に捕まった。
その際、助けに入ったのがジーンであるが、その時同時に、サラはジーンの素性を詳らかに明かしていた。
…――…――…――…
「あれ? でもそれから何故か世直し人って噂が広まって……。あんたが書いたやつにも、そう書いてあったからつい……」
「あ~、あの噂な。都合がいいから、そのまま採用させてもらったんだ。それに関しては、誤解を与えて悪かったと思ってるよ」
ちなみに、二人の言う噂を広めたのは、さっき出て行った三人組であった。
だがしかし、今となっては誰も知る由もない。
「とにかく!」
ジーンが話を戻した。
「あれは自伝的な創作なの。真に受けないでくれ」
「はいはい。分かった、分かりましたよ。まったく、それにしても紛らわしい」
ジーンが釘を刺して、マリーが諸手を挙げた。
◇◇◇◇
「ほい、水」
「ありがと」
マリーから水を受け取って、ジーンが口に含んだ。
「でもさ、どうでもいいって言うのは、ちょっとどうかと思うね。親ってやつは、子供が心配なもんだよ」
マリーの指摘は、先ほどのジーンの台詞である。
「その辺は見解の相違ってヤツかな」
「いや、わざわざ便りを寄こしてくれたんだろ?」
「……分かってねーな」
「何がさ?」
ジーンの言い方に、気分を害したマリーであった。
「貴族や騎士っていう連中は、あくまで家の格式が大事なの。後継ぎが不甲斐なかったら、それはもうあっと言う間にポイよ。サラの境遇を思い返してみろ。それがよく分かるだろーが」
「あ……」
「ああ、ちなみにここで言うポイっていう意味はだな――」
「もういい。言わなくていいよ」
続けるジーンを、マリーが遮った。
…――…――…――…
高貴な身分において、後継ぎの廃嫡は恥とされる。
各方面へ届け出た手前、面子が立たない故である。
どうしても鞍替えを望むなら、縁を切らざるをえない。
勘当するだけならマシな方で、しばしば殺害すら躊躇わない――それが封建制である。
もっとも、殺害を選ぶ場合は、事故や病気に見せかけるのが常套手段であった。
…――…――…――…
「あーあ。久しぶりに貴族嫌いが再発しちまったよ」
言って、マリーが頭を掻きむしった。
「でもさ」
髪を整えて、マリーが顔を上げる。
「それなら、今更その手紙は何さ?」
マリーの疑問である。
「ああ、それはだな――」
言って、ジーンが続けた。
「要するに、俺が有名になったからだな」
「うん? それって、勘当を撤回するってことかい?」
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
「何だか歯切れがわるいねぇ……」
勿体ぶったジーンの言い方に、マリーが顔を顰めた。
「勘当を解くってだけなら、まあ、それでもいいんだけどな。ただ呼び戻すだけの要件なら、はっきり言って要注意だな」
「どういうことさ?」
「いやな、俺って有名らしいじゃん? 竜殺としてはもちろんだけど、作家としても売れちまってるだろ。下手したら『武家の本分を忘れたか!』とか、いちゃもんをつけられるかもしれねー。最悪不埒ものとして、粛清されるかもだな」
「……それは考えすぎじゃないのかい?」
ジーンの懸念を、マリーが疑った。
勘当された以上は赤の他人なはずなので、至極もっともな指摘である。
「甘いな」
首を横に振るジーン。
「さっきも言っただろ。あいつ等、自分の面子が第一なんだって。放逐したはずの息子が、余所で名を上げてみろ。それこそ面目丸つぶれじゃんか」
「……」
ジーンの説明に、すっかり黙りこくったマリーであった。
「いずれにしてもよ――」
水を飲み干して、ジーンが続ける。
「俺は簡単に殺されねー。中身に何が書いてあるか知らねーけど、まあ、上手に渡ってみせるよ」
言って、ジーンが立ち上がる。
「邪魔したな」
ジーンが背負子を背負った。
「おっと! 忘れてた」
店を出ようとして、立ち止まるジーン。
「これ、手紙を預かってくれたお礼ね」
ジーンがマリーに、キュウリを一束差し出した。
「じゃあ、またなー」
ジーンが斡旋所を後にする。
「……金貨じゃないのかよ」
誰もいない斡旋所で噴出した、マリーの不満であった。
◇◇◇◇
「さて、とっとと武器屋に――」
ジーンが歩き出した時である。
「すみませーん!」
年若い番兵が一人やって来た。
「うん? 俺のこと?」
「ジーン殿、お久しぶりです!」
番兵がジーンに答えた。
そんな番兵は、一抱えもある木箱を抱えている。
「どちら様?」
「私ですよ。わ・た・し。以前城門前に勤めていた――」
「あー、あの時の!」
「思い出していただけましたか?」
番兵のアピールに、ジーンがコクコクと頷いた。
この番兵、ジーンが素性を明かす前、検疫役を務めていたりする。
サラだけを贔屓していたものの、ジーンが有名人となるや否や掌を返した一員であった。
だがしかし、ジーンはそんなことを気にしない。
いたずらに根に持たないところが、ジーンの美点である。
「で、俺に何か用?」
ジーンが聞いた。
「これですよ。これ」
番兵が木箱を差し出した。
「何これ?」
「ジーンさん宛の荷物です」
首を傾げるジーンに、番兵が答える。
「本来は手紙と一緒だったのですが、その、我々の不手際で別々になってしまいまして……。荷物だけでもお送りしようとしたのですが、お屋敷の方は南部商業者組合が陣取っている次第。仕方がないから、今から斡旋所に預けようかと思っていたのですが」
「そこを丁度鉢合わせた訳ね」
番兵の言い分に、ジーンが納得した。
「ま、いいや。ありがとさん」
ジーンが木箱を受け取った。
「では、私はこれで!」
敬礼をして、番兵が去って行く。
「……何で重い物から先に舞い込んでくるんだ」
番兵の姿を見送って、ジーンが独り言ちた。
「くそっ! 今日は滅茶苦茶暑いな!」
太陽が照り付ける中、汗だくで武器屋に急ぐジーン。
重い荷物を抱えているせいで、億劫さは一入である。
ちなみに、時刻は既に正午を回っていた。
「こんなことなら、マリーのとこで昼飯でも食っておくんだった」
ジーンが愚痴ったその時である。
「あん?」
ジーンの視界が、何かを捉えた。
「揉め事か?」
果たして、そこにいたのは四人の若者である。
「よおよお、姉ちゃん」
「そんなナヨナヨした男放っておいて、俺たちと遊ばねーか?」
モヒカンとスキンヘッドのチンピラが、カップルに絡んでいた。
「やめてください!」
気丈に振舞うのは、朴訥な町娘である。
その一方で男である。
「あわわわわ……」
中性的な美男の彼氏であるが、足を振るわせるだけでった。
「しゃーねーなー……」
ジーンが四人に歩みよる。
「おい、やめろ!」
「何だてめぇ!」
ジーンの横槍に、モヒカンがメンチを切った。
「部外者はすっこんでろ……って、ジーン・ファルコナー!」
続くスキンヘッドであるが、こちらはジーンの正体に足を竦ませた。
「ジーンって、あのジーン・ファルコナーか?」
「ああ、竜殺しで軍隊皆殺しのジーンだよ! お前もあの戯曲知ってるだろ?」
お互いに確認し合うチンピラである。
「はんっ! 馬鹿を言っちゃいけねーな!」
モヒカンが鼻で笑った。
「あれはコイツが書いたんだろ? 話なんか盛ってるに決まってるだろーが!」
「そ、そうかなぁ……」
強気のモヒカンに、及び腰のスキンヘッドである。
その直後である。
「だったら試してみろよなー。このニワトリ野郎」
ジーンがモヒカンを煽った。
ちなみに、今のジーンは鬱憤の塊であった。
予定は上手くいかず、嫌いな実家の手紙を持たされた挙句、炎天下の中重い荷物を抱える羽目になったので、至極当然である。
「んだと、てめぇ!」
モヒカンがナイフを抜いた。
「アホか」
言い捨てて、ジーンが木箱を投げつけた。
「へぶしっ!」
顔面に木箱を受けて、モヒカンが倒れ伏す。
「いでででで……!」
鼻血を流して、モヒカンがのたうち回る。
「正面から来るって、馬鹿のすることだぜ。せいっ!」
容赦なく、ジーンがモヒカンの頭を蹴り飛ばす。
もはや出自を繕わないジーンは、遠慮を一切しない。
モヒカンはそのまま意識を手放した。
「で、どうする? お前もくるか?」
ジーンがスキンヘッドに向き直った。
「し、失礼しましたーっ!」
スキンヘッドが、モヒカンを引き摺って逃げて行った。
「あの、ありがとうございました!」
ジーンに向かって、町娘が頭を下げた。
「いいってことよ。それより、彼氏大丈夫か?」
木箱を拾って、ジーンが顎でしゃくった。
ジーンの言葉通り、彼氏は震えたままである。
「いいんです。もう別れますから」
「え?」
「もっと逞しい人見つけます。さようなら」
「そんな! 待ってくれよー!」
怒って立ち去る町娘を、彼氏が追いかける。
「やれやれ……」
言って、ジーンが武器屋に向かった――。
◇◇◇◇
そして武器屋である。
「来たぞー」
開けっ放しの扉をジーンが潜った。
「って、暑っ! 何だこれ?」
蒸した室内に、ジーンが驚いた。
「いらっしゃい……って、旦那ですか」
店の奥から、店長が現れた。
「何でこんなに暑いの? 斡旋所はこんなに暑くなかったぞ」
木箱を置いて、ジーンが聞いた。
「ここ西日が差すんですよね」
店長が続ける。
「それでもって、石造りの建前ときちゃあ、こうなって当然なんですよ」
「なるほどなー」
店長の説明にジーンが納得した。
武器屋と違って、斡旋所は木造である。
「でもさ、何で石造りなんだ?」
ジーンの疑問である。
「恰好つけちゃったんです。ほら、石造りの方が、デンとして趣があるでしょう」
「それで苦労してちゃあ世話ないぜ……って、両手剣じゃねーか!」
会話の途中で、ジーンが目敏く壁の新商品を見つけた。
「旦那が買うかと思って仕入れたんです。中古ですが質はいい。今なら金貨五枚ですが、どうします?」
「う~ん、でもサラがな……」
店主の売り文句に、ジーンが腕を組んだ。
とは言え、サラとジーンは夫婦でも何でもない。
機嫌を伺うあたり、ジーンはやはりヘタレであった。
「黙っていましょうか?」
「へ?」
「私が黙っていたら済む話では?」
「それだ!」
店長の提案に、ジーンが飛びついた。
「店長、両手剣をくれ! あと、稽古用の木剣も一本!」
「まいどあり」
ジーンの注文を受け、店長が商品を包んだ。
「絶対にサラには言わないでくれよ!」
言い残して、ジーンが武器屋を後にする。
「あ、もうこんな時間じゃねーか」
武器屋を出て、ジーンが空を仰いだ。
時刻は午後を過ぎようとしていた。
「まったく、今日は散々だったな」
愚痴りながら、ジーンが集合住宅へと急いだ。




