第三話 ジーンと散々な買物(前編)
今回からレイアウトを変えてみました。
すでに投稿済みの部分も、逐次こちらに変更していきます。
◇◇◇◇
ここで時刻は朝に遡る。
場所は集合住宅で、ジーンがちょうど、サラにブーツを渡した直後であった。
「まったく、あのバカは……」
扉を閉めて、ジーンが愚痴った。
「ちょっとは、デリカシーってもんを考えろよなー」
言いながら、ジーンがテーブルを片付け始めた。
「あれ?」
キラリと光る物体を、ジーンが摘み上げる。
「鍵? 俺こんなところに置いたっけか?」
疑問符を浮かべるジーン。
それもそのはず、ジーンにとっては、見慣れた形の鍵であった。
だがしかし、存外に几帳面なジーンは、置き場所を間違えたりしない。
「あっ! これアイツの部屋のか!」
ジーンが思い至ったのは、サラの部屋である。
同じ建物な以上、鍵の形は似通っていた。
「しゃーねーな……」
ブツブツ文句を言いながら、ジーンがもう一度扉を開けた。
「あれ?」
誰もいない廊下に、ジーンが首を傾げた。
「おーい、サラ! 鍵忘れてるぞー!」
ジーンが呼びかけながら、ジーンが廊下に躍り出る。
その時、地面に落ちる布切れが一つ。
「何だこれ……って、俺のシャツじゃねーか!」
ジーンが手に取ったのは、自分のシャツである。
さっきまでサラが着ていた、あの麻製のシャツである。
「まさかアイツ――」
言って、ジーンが続けた。
「ここで丸裸になって着替えたのか?」
仰天して、ジーンが頭を抱えた。
「一体アイツの生活はどうなってんだ?」
言いながら、手元の鍵を見つめるジーン。
館に住んでいた時はともかく、ここに引っ越してからは、ジーンはサラの部屋の中を知らない。
「ちょっとだけ。本当にちょっとだけだからな!」
自分に言い聞かせながら、ジーンはサラの部屋に向かった。
「お邪魔しま~す」
鍵を使って、サラの部屋に入るジーン。
もはや立派な不法侵入である。
「――っ!」
開けるや否や、ジーンが扉を閉めた。
それもそのはず、目に飛び込んできた光景は、世にも無残なゴミ屋敷である。
「ああ、もう!」
スーハ―と息を整えながら、ジーンがもう一度扉を開けた。
「まったく、どうやったらこんなに散らかるんだ?」
床を踏みしめながら、ジーンが部屋に入っていく。
衣服を始めとして、本や書類が床にばら撒かれていた。
ついでに言えば、どこかから漂うすえた臭いが酷い。
「それにしても、この臭いは……って、ああ、これが原因か」
ジーンが手近の棚から瓶を取った。
果たして、中身は魔物の内蔵である。
棚に並んでいるのは須らく、魔物の標本であった。
アルコール漬けの内蔵や、小型の魔物の剥製が、所狭しと並んでいる。
「悪趣味な……って、これがアイツの本業か」
ジーンが標本を棚に戻した。
「こっちは何だ?」
次にジーンが漁ったのは、サラの机である。
書籍が乱雑に積み上げられ、書き殴った原稿が何枚も置かれていた。
「どれどれ……。うん、ちっとも分からねーな」
パラパラと本を捲ったジーン。
さすがに専門書なだけはあって、素人には全く理解できない。
「それにしても、これすげーな……」
ジーンの感心は、本の使い込み具合である。
手垢に塗れてヨレヨレのそれは、使い込んだ武具のようであった。
門外漢のジーンでも、単なる趣味を超えたプロ魂を感じられた。
「サラも頑張ってるんだな……」
ジーンが本を置いた時である。
紙が一枚、机からハラリと落ちた。
「何だこれ?」
ジーンが拾い上げる。
果たして、それはレポートの草稿であった。
ちなみに題名は、『大柄な人類と人型な魔物との運動能力の差異に関する考察』である。
もちろん、ここで言う大柄な人類とは、ジーンとナオミに他ならない。
「あのクソ女……」
ジーンはサラの評価を撤回した。
◇◇◇◇
「とは言え、アイツがクソ女なのはともかくとして――」
ジーンが続ける。
「頑張る姿勢は見習わなきゃな!」
そう言うジーンは今、集合住宅の中庭にいた。
「ふんっ! ふんっ!」と息を吐きながらの、素振りの真っ最中である。
特大の木剣を振ってのそれは、千回はとうに過ぎている。
…――…――…――…
サラの目標が世界一の魔物学者なら、ジーンの目指すところは、世界最強の戦士である。
実家から放逐された身とは言え、ジーンの心は武芸にあった。
もっとも、大人になってからのジーンは無敵である。
腕試しはもちろん、決闘や野仕合、挙句の果てには血生臭い暗殺劇などを、ことごとく潜り抜けてみせた。
だがしかし、ジーンは自分の弱点を知っている。
一つは魔物に弱いこと、そしてもう一つは、自身の世界が狭いことである。
前者については相当改善されたものの、まだまだサラの足下にも及ばない。
後者に至っても、ジーンの行った場所自体が限られている。
何せ、王都と外界の二つしかないのである。
道中で盗賊を狩ったりしたものの、そんなものは経験値の内に入らない。
ジーンは異国の武人も知らなければ、伝説の英雄に迫れるとも、到底考えてはいなかった。
そういう理由で、ジーンは毎日せっせと自己鍛錬に励むのである。
達人が達人たる所以と言えた。
…――…――…――…
「よしっ! 次は打ち込み稽古だ!」
ジーンが意気込んで、地面に打ち込んだ木杭に向かった。
高さ二メートルほどの杭は、左右から叩きまくられてベコベコである。
「どりゃーっ!」
右から左から、ジーンが杭をバシバシ打ちまくる。
そのままジーンが何度か打ち下ろした、その時であった。
ポッキリと木剣が折れてしまった。
「あり?」
呆気に取られるジーン。
「しゃーねーなー……」
木剣の柄を、ジーンが放り投げた。
「飯の買い出しもあるし、出かけるとするか!」
ジーンの買い物が、こうして始まった。
「まずは武器屋だな!」
集合住宅を出て、ジーンが言った。
目的は当然、木剣の代わりである。
そうして、ジーンが歩いていると――。
「おお、これはジーンじゃないか!」
「あらまあ、久しぶり!」
やって来たのは、野菜売りの老夫婦である。
「よおっ! 久しぶり!」
ジーンが手を振った。
この老夫婦、ジーンが窮乏していた時分に、野菜を差し入れた恩人である。
「おっと! もう呼び捨てじゃいけませんのう」
老人の懸念は、ジーンの生まれである。
「やめてくれよ」
首を横に振るジーン。
「俺は家から放逐されたんだ。だから、今の身分は庶民だよ」
「そうかい? じゃったら、そういうことにしておこうかの」
ジーンの主張に、老人が頷いた時である。
「それはそうと――」
老婆が口を挟んだ。
「見ましたよ。貴方の戯曲」
「うっ!」
老婆の言葉に、ジーンが声を詰まらせた。
ジーンの戯曲は人気となって、町はおろか、遠く王都にまで名を轟かせている。
書籍化を始めとして、観劇までもが上演されて、もはや誰も知らぬ者はいない。
「おお! あれは大層面白かった!」
「とても笑えましたよ。続きはいつ出るのです?」
「ええーっと……」
迫る老夫婦に、ジーンが気圧された。
「ごめん! 俺、今から買い物に行かなきゃならないんだ。またの機会に頼むよ」
やんわりと断ったジーン。
「おお、引き止めて悪かったの」
「あら。だったら、これを持って行きなさい」
老夫婦が野菜をどっさりと差し出した。
「いや、悪いよ。それに袋も無いし」
「じゃったら、これごと持って行け」
「そうそう。遠慮するものじゃありませんよ」
「あ、うん……。ありがと」
老夫婦に背負子を持たされて、ジーンは断り切れない。
「じゃあ、俺はこれで――」
「あ、ちょっと!」
去ろうとしたジーンを、老婆が呼び止めた。
「ん? 何?」
振り返るジーン。
「マリーさんが呼んでいましたよ」
「マリーが? 分かった。今から行ってみるよ」
こうして、ジーンの行き先は斡旋所へと決まった。
◇◇◇◇
「おかしい。どうにもおかしい……」
首を傾げながら、ジーンがとぼとぼと歩いていた。
ただでさえ、ムキムキマッチョなジーンである。
そんな大男が大量の野菜を背負っているので、ある意味で異様な光景と言えた。
有名人なことも手伝って、目立つこと甚だしい。
「こういう場合って、順序が逆だよな」
嵩張る物を押し付けられて、ジーンは四苦八苦である。
本来のジーンの予定では、先に武器屋に言った後で、食料品を買い込むはずであった。
「それにしてもおかしい」
ジーンが繰り返す。
ジーンの懸念は、何も買物の順番だけではない。
件の、『俺の守護するお嬢様が、こんなに鬼畜なわけはない!』である。
自身の体験談を、ジーンは大真面目に綴っていた。
もちろん、流星竜の件に関して話は盛ったものの、決して世間受けを狙ったわけではない。
けれども、世間の評判は上々である。
「あ、ジーンだ!」
「え? あの原作者の?」
「お話、面白かったよー!」
「続編はいつ出るんだい?」
こんな調子で、皆がジーンを急き立てる。
なまじ事実なだけに、ジーンは続きを書けないでいた。
「ぶっちゃけ、執筆って修行の邪魔なんだよなー……」
ぼやきながら、ジーンが斡旋所に着いた。
「お邪魔しますよーっと……」
野菜を背負ったまま、ジーンが斡旋所へ入っていった――。
「いらっしゃい……って、ジーンじゃんか!」
最初に反応したのはマリーであった。
「ジーンの兄貴!」
「お久しぶりです!」
「その後いかがですか?」
マリーに続いたのは、ノッポとデブとチビの三人組である。
「ぷっ! 何だいその恰好? 野菜売りにでもなったのかい?」
ジーンを指さして、マリーが笑った。
「うっせーよ……」
不貞腐れるジーン。
「それより、用事があるんだろ?」
ジーンが話題を変えた。
「そうそう――」
マリーが続ける。
「あの話、続きはいつ出るんだい?」
「お前もかよ!」
マリーの質問に、ジーンが悲鳴を上げた。
「え? でも、正直言って、俺らも気になります」
「そうそう」
「あれ面白えーよな」
三人組が、マリーに続いた。
「お前らまで……」
項垂れるジーン。
「まあ、それは置いといて……。本題はこっちだよ」
マリーが懐から手紙を取り出した。
「手紙? 俺にか?」
受け取りながら、ジーンが聞く。
「一体誰から……って、げげっ!」
差し出し人を見て、ジーンが呻いた。
「あんたの実家からだよ」
ジーンの代わりに、マリーが答えた。
鷹をあしらった印璽は、間違いなくファルコナー家のそれであった。




