第一話 新居と隣人たち
◇◇◇◇
『ミンミン』とセミが鳴いて、町に朝が訪れた。
季節は夏真っ盛り。
この暑い時期、人々の活動は縮小気味となる。
カンカン照りの日差しの中で、聞こえるのはセミと小鳥の声だけである。
『ミンミンミン……ジジッ!』
鳥に襲われて、セミが悲鳴を上げた。
そんな生き物たちの喧噪を余所に、遅めの朝食を摂る、サラとジーンである。
「ジーン、塩を」
「ほれ」
「それと胡椒も」
「はいよ」
サラの要求に、ジーンが答えていく。
「あっ!」
サラが手を止めた。
「胡椒をかけすぎました。交換してください」
サラが差し出したのは、灰色になった目玉焼きである。
「……なあ」
ジーンが目を細めた。
「お前、いつ出ていくの?」
「は?」
ジーンの疑問に、サラは要領を得ない。
「いつって……、もうとっくの昔に出て行ったじゃないですか」
「じゃあ、何で俺ん家で朝飯食ってんだよ?」
サラの言い分に、声を荒げるジーン。
「私の生活力が無いのは、貴方も知っているでしょうに」
「それ、これっぽちも自慢するところじゃないからな?」
サラが胸を張って、ジーンが念を押す。
…――…――…――…
サラの居候に、ジーンは散々な目に遭っていた。
御三どんを押し付けられるは、厄介ごとの後始末をさせられるは、挙句の果てには、家主の座を奪われるはである。
だがしかし、ここは以前の館ではない。
何とかサラを追い出した直後、ジーンは遂に館を維持できなくなってしまった。
病気の快癒を願って、馬鹿みたいな出費を重ねたツケである。
そんなジーンが集合住宅の一室を借りてみれば、隣の部屋にサラが待ち構えていた。
正に腐れ縁の二人と言えた。
こうして、サラの寄生生活はめでたく再開したのである。
…――…――…――…
「まったく、狭い部屋に三人も入り浸る余裕はねーっつーの……」
ジーンが愚痴った。
ちなみに、ここで言う三人目とは、ナオミのことである。
メイドとして雇った手前、ジーンはナオミだけには自由にさせている。
もっとも、そのナオミは現在、所用で家を空けていた。
「お人好しも大概にしなさいな」
「……俺も今、それを物凄く痛感しているよ」
サラの忠告に、ジーンが皮肉で返した。
「ところでよ」
食器を片付けながら、ジーンが言った。
「お前、その恰好どうにかならねーの?」
「は? 何をいきなり?」
ジーンの疑問に、サラが顔を上げた。
ジーンの指摘は、サラの服装である。
素肌にシャツを着ただけの、シンプルな装いであった。
もっとも問題は、下着を何も付けず、ぶかぶかなジーンのシャツを着ている点である。




