第十一話 経緯と解明
◇◇◇◇
それから一月後。
外界の平原に、三人は出かけていた。
周囲も落ち着いて、ようやく日常が戻った頃である。
ちなみに、今回追い求める獲物は、火蜥蜴であった。
「ほら! 腰が引けていますよ!」
「はい!」
「相手から目を離さない!」
「はい!」
サラの声援を受け、ナオミが戦っていた。
相手は全長四メートルほどの、亜成体の火蜥蜴である。
「さあ、来い!」
牛頭人の甲冑を付けて、ナオミが火蜥蜴に向かった。
元々の体格が近いせいで、ほとんど牛頭人を着ている状態である。
もちろん、皮は硬化処理をしているし、所々に金属の補強が入っている。
ただ、角をあしらった兜を付けているせいで、ちょっと見ただけでは牛頭人その物であった。
『フシューッ!』
火蜥蜴が歯を剥いた。
「むっ!」
ナオミが身構える。
「大丈夫です!」
サラの叱咤である。
「火蜥蜴は吐息を吐きません! 直接噛まれるか、首元の毒腺に気を付ければよろしい!」
「分かりました!」
「そいつらは大きいだけで、所詮トカゲなのです! 要するに持久力が無い。持久戦に持ち込めば、必ず勝機があります!」
「はいっ!」
ナオミが答えた直後、火蜥蜴が後ろを向いた。
鞭のような尻尾が、ナオミを襲う。
「危ないっ!」
「……いや、大丈夫だろ」
サラが言って、ジーンが否定した。
果たして、ジーンの指摘通りである。
火蜥蜴が背中を見せた時、ナオミは逆に距離を取っていた。
そのおかげで、尻尾は空を切るに終わった。
『シャーッ!』
当てが外れて、火蜥蜴がナオミに向き直った時――。
「えいっ!」
ナオミの薙刀が、火蜥蜴を捉えた。
『ガアッ……!』
首を両断されて、火蜥蜴が動かなくなる。
「お見事です」
「あ、ありがとうございます」
サラの拍手に、ナオミが頭を下げた。
「上手い具合に、毒腺を斬り飛ばしている。せっかくですから、このまま解体してしまいましょう。ジーン!」
「へいへい」
サラに促され、ジーンが剣を抜いた。
「はい、そこ。ちゃんと皮を剥いで」
「はいよ」
「ああ、もう! 腹膜を傷つけない! 内蔵に当たるでしょうが!」
「分かった分かった」
サラの指示に辟易しながら、ジーンが火蜥蜴をバラしていく――。
◇◇◇◇
バラバラの火蜥蜴を背負って、三人が帰路に着いた。
その途中である。
「あっ!」
ナオミが足を止めた。
「どうしました?」
サラが聞く。
「この辺りなんです」
言って、ナオミが森向こうを指さした。
「私が捕まった場所が、ちょうどこの辺りなんです。ここを奥へ行くと、ちょっとした広場があるんですけど、そこでトラバサミに挟まれちゃって――」
「ああっ!」
ナオミの途中で、ジーンが遮った。
ジーンの横にいるサラにしても、何やら思惑ありげである。
「ジーンさん? サラさん?」
ナオミが首を傾げる。
「悪ぃな。先に行っててくれないか? ちょっと、こいつと野暮用思い出したんだわ」
「……? 分かりました」
ジーンの言葉を受けて、ナオミが先に町へと向かった。
「……なあ。思い出したんだけど――」
ナオミが去ったのを見届けて、ジーンが続けた。
「俺たちが豚巨人を仕留めたのって、確かこの辺りだよな?」
ジーンが言うのは、魔物恐怖症を克服した時の、最初の猟である。
確かにその場所は、ここから目と鼻の先であった。
「ええ」
サラが頷いた。
「あの時に使ったトラバサミ、全部回収しきれたっけ?」
「……」
ジーンの追及に、押し黙るサラ。
「ついでに、もう一つ」
サラを置いて、ジーンが続ける。
「俺が殺したあの商人、どうも北からやって来たらしいんだ。それでな、俺がぶっ殺した時、確かあいつ牛頭人は連れて来たけど、途中で逃がしたって言ったんだよ」
「……」
サラは黙り込んだままである。
風がビューッと吹いて、葉擦れの音が鳴った。
二人とも何も言わないまま、時間だけが過ぎていく。
そして、五分ほど経った時である。
「……ジーン」
サラが沈黙を破った。
「このことはナオミには」
「ああ、分かってる」
サラとジーンが合意した。
ナオミが捕まった原因は、サラの回収し損ねたトラバサミにあった。
牛頭人が突然現れたのも、そしておそらく、それに追われて人狼がやって来たのも、元を正せばサラの責任である。
もっとも、サラもジーンも、ナオミに打ち明ける勇気はない。
「さ、とっとと帰ろうぜ。今日のお祈りが残ってる」
ジーンが言って、歩き始めた。
「ちょっと」
サラが呼び止める。
「貴方、受傷して何日経ちました?」
「え? えーっと、四十日くらいだな。それがどうした?」
サラの質問に、ジーンが聞き返した。
「でしたら、もう大丈夫ですよ」
「え?」
「潜伏期間は過ぎてます。貴方は病気ではない」
「マジか?」
「マジです」
「やったー!」
サラの言葉に、ジーンが笑みを浮かべた。
「そもそも――」
「お祈りが通じたんだな!」
言いかけたサラを、ジーンが遮った。
「ハァ……」
「どうした?」
呆れるサラに、ジーンが首を傾げた。
「いいえ、何でもありません」
「そっか。だったら早く行こうぜ。ナオミ一人だと、あのトカゲ買い叩かれるかもしれねーぞ」
二人が揃って、ナオミを追いかけた。
新しい仲間を加えて、サラたちの冒険は、まだまだ始まったばかりである。
了




