44 大澤先生と保健室の魔女
巻き込まないでほしいと願っていても、巻き込まれるのが人生ってもんだ。特にあたしはあの中途半端なシュラとか言う神の所為で、どんなことにも関わってしまう。
あ~、もう!マジふざけんな!!
ブッ飛ばす!!
と思っても会えなきゃ一発かますことも出来ない……。しかも姿が見えないとくりゃ、どうすることも出来ない。
だがしかし!!いつかきっと一矢報いてやる!!
そんな決意も今は横に置いておく。その前にね、どうもやらなければいけないことが出来たみたい。
朝、不機嫌になってしまった大道寺先輩をどうにかこうにか宥め、疲労を感じながらも教室に到着。机に突っ伏し、体力・精神力回復に専念していた。
「おい」
う~ん。五月蠅いなぁ……。
「おい、桜川」
五月蠅いってば。静かにしてよ。
バシっ!
軽い痛みが頭を襲った。
え、何?何なの??
恐る恐る顔を上げると腕組みをした我が担任があたしを見下ろしている。
うん。どうやらうたた寝していたらしいね。あっはは……。やば、大澤先生呆れてる。
「桜川。今俺が珍しく真面目に職員会議での連絡事項を伝えていたわけだが……。復唱してみてくれないか?」
あら~。そんな普通の先生らしいことするなんてホント珍しい。見逃しちゃった。後で美穂に感想を聞いてみよう。
そんな珍しいことをした大澤先生に対し、あたしは自信を持って答えた。
「聞いてませんでした」
「うん、素直でよろしい。ご褒美に自習時間の一限目は俺の手伝いをさせてやろう」
え~、そんなのご褒美にならないじゃん!
抗議しようとしたけれど珍しいことは重なるもので、いつもはやる気の感じられない目に闘士がみなぎったかのよう。
超怖かった。先生って意外と目が鋭い。
HRが終わり、先生が居なくなったのを確認してから美穂に連絡事項を確認しに行った。どうやら一限目担当の先生が体調不良でお休み。代わりの先生もいないので急きょ自習になったそうだ。
あ~なるほど。だから次の授業の担当生徒が大澤先生に着いて行ったのね。
その生徒がプリントを持って帰ってくると、ついでとばかりに伝言まで持ってきた。
『お前の大好きな仕事をくれてやる。次の時間は保健室に来い』
……別に雑用は好きでやっているわけじゃないんですけど?
そしてなぜ保健室?
それとこの課題、あたしはいつやればいいのでしょうか?
考えた結果、課題も一緒に持っていくことにした。
「失礼します」と保健室のドアを開け、中に入ると保健室の魔女である十字先生は机に向かって仕事をしていた。何しに来たのか訊かれ、経緯を説明すると相変わらずの口調で「馬鹿ねぇ」と同情するでもなく、からかうでもない普通の感想を述べた。
ええ、馬鹿です。それが何か?
「で、ここで何するのよ?肝心の大澤ちゃんは?」
「あたしが訊きたいです」
一限目のチャイムは既に鳴り、廊下はシンとしている。窓の外、空は今にも雨が降り出しそうに重い雲が重なりあっていた。時折雲の合間を縫って差す日も元気が無いようだ。
保健室にはベッドが3台、治療用の椅子が2脚。そしてここで過ごす生徒のための長机と椅子が4脚用意されている。とりあえず座れば?と言われたので遠慮なく座らせていただいた。
するとドアが開き、スリッパをペタペタとさせながら我が担任が入ってくる。左腕にプリントを抱え、それをあたしの前にドサっと置いた。
「……なんですか、これ?」
「本当だったらクラス委員にやってもらうはずだった体育祭の案内状。親御さんは見学出来るからな。それ、留めておいてくれ」
なんであたしが!口から出そうになった。危なかった。居眠りの罰ですよね、これ。
黒白学園は全寮制。なので自宅への郵送になる。案内状を折り、住所の書かれた封筒に入れていく作業だ。確かにいつも生徒会でやっている仕事とあまり変わりない。でも好きなわけじゃないですから!
大澤先生は「ふぅ~」と重いため息を吐くと、沈み込むように前の椅子に座った。これまた珍しい。それは十字先生も感じたようで、仕事の手を止め、ペンを置いて立ち上がってこちらに来た。大澤先生は体を向けることなく首を後ろにそらし、「あ~?」と声を出した。
……大丈夫か、この人。
十字先生はその綺麗に整えられた爪を持つ長い指を大澤先生の首筋に当てる。1秒、2秒。スっと指を離すとぺチンと額を叩いた。
「自覚症状、あるんでしょ?せっかく保健室に来たんだからベッド、使いなさいよ」
「気のせいかと思ったけどやっぱりあるよな、熱。どうりでダルイはずだ。……美晴、ベッド借りるぞ」
「美晴だっつてんだろ。……ほら、これ飲んで寝なさい」
冷蔵庫から吸うタイプのゼリーを出し、一緒に薬を渡すと薄めたスポーツ飲料をベッドの横に置いた。その間に大澤先生は素直に出されたものを飲んでいる。
珍しいことが重なったのは体調不良のせいだったようだ。不謹慎だけど、生徒のためにはいつも動けるくらいの軽い体調不良の方がいいんじゃない?
大澤先生は飲み終わった後、ベッドに横になった。しっかり「これ、終わらせておけよ」と言ってから……。
ええ、あなたと違っていつでも真面目ですので完璧に終わらせてさしあげますわ。
しかし気になるのは十字先生と大澤先生の関係性。やけに親しくないか?
あたしは作業を続けながらベッドから規則正しい寝息が聞こえてくるのを待った。薬が効いたのか、体力の限界だったのか。10分程すると待ったものは聞こえてきた。
「ん、うんっ!」軽く咳払いをし、ベッドから聞こえてくる呼吸音がブレないことを確認すると小声で「十字先生」と呼んだ。
「なによ、ちんくしゃ。それ終わらせないと大澤ちゃんに怒られるわよ」
「しー!声のトーン落としてください」
「大丈夫よ。アイツ一回寝たらなかなか起きないから」
そんなことまで知ってるの!?
やっぱりそういう関係、ってこと!?
「そんなわけ無いでしょ!!」
「痛い!?」
作業の手を止め考えていたことは声に出していようで、しかもそっちに意識が行っていたからいつの間にか隣に立っていた十字先生に気付かなかった。
ツッコミと一緒に降ってきたのは拳骨。みんなあたしの頭を軽く扱い過ぎだよ!!
馬鹿になったらどうするの!
「まったく!真剣に考え込んでいると思ったらくだらない……。私と大澤ちゃんは同級生なの!ここのOBよ!寮も同室だったから腐れ縁ね」
「そうだったんですか、OB……。……同室ってことは、やっぱり!」
「ち・が・うってんでしょ!」
人差し指を立て、発見!ふうにやったら怒られました。
十字先生は使っていたキャスター付きの椅子を持ってきて座ると、色気漂う美脚を惜しげもなく披露しながら足を組んだ。
先生の後ろに見える空からはいつの間にか小雨が降り出している。
今日の天気、降水確率は高かったが曇りだったはず。あの雨も長くは降らないだろう。
「私も大澤ちゃんもここの卒業生よ。同室だったから仲が良いだけ。友情ってやつね」
「でも、先生って……。その~……」
「はっきり言いなさいよ。「同性が好きなんですよね?」って。私、歯切れ悪いの嫌いなの」
「すみません。やっぱり言いづらくって」
簡単に言えるわけがないじゃないですか。今だって無神経なのに更に上乗せは出来ないですよ。
でも先生は憧れてしまうほど堂々と言ってのける。「何が悪いの?」と。
悪いとは思ったことはない。幸せが人それぞれ違うように、好きの形だって同じものはないと思うから。ただ、気まずさはなかったのかと思ったのだ。
「気まずさは勿論あったわよ。部屋も変えようかって言ったこともあるもの。でも大澤ちゃんは「別にいい」「関係ない」って言ってくれたのよ」
「へ~。あのやる気無し男がねぇ」
「良いように聞こえるかもしれないけど、要は他人に関心が無かったのよ。昔は本当に酷かったんだから」
大澤先生のデフォルトとなっているあの脱力キャラ。あれは高校生の頃から健在で、成績はいつも赤点ギリギリ。追試は面倒臭いので、それ以上の点数を取っていれば良いと考えていたそうだ。授業は勿論のこと、学校行事は不参加が当たり前。単位が取れればそれで良い。こんな人間がよく教師なんて職業に就けたな。そう思うのはあたしだけではないと思う。 もう少し聞いてみようかと思っていた時、カーテンが開き、寝起き顔の大澤先生が顔を出した。