43 朝は爽やさを希望します
「お前に言われなくとも守りたいと思う相手は自分の意思で守る。副会長だからと言って業務以外で命令するな」
これが大道寺先輩が四ツ谷先輩に対して言った言葉。
「お願い」したのに「命令」と受け取られ、その上「言われなくても守りたければ守る」と言われた本人は憤慨し、感化された五嶋先輩と対になって誰彼かまわす八つ当たりに励んでいると言った次第のようだ。
なんて迷惑な事なのだろう……。
そして新波先輩の行動が背中を押したらしい。
え~。始まる前からこんな纏りなくて大丈夫なの?体育祭。
「君が姫に選ばれたのは知っているけれど、だからと言って大道寺が君の事“姫”と呼ぶ理由は?それともアイツはただの同組なくせに勝手に騎士のつもりなのかな?……どちらにしても気に入らないなぁ」
と珍しく笑顔ではない不機嫌な顔の五嶋先輩。
「だからさっきから何度も言ってんだろ。虫除けに利用してやろうぜ?」
言いたい事を言ったら落ち着いたのか、椅子を繋げてそこに仰向けになった四ツ谷先輩が投げやりにそう呟いた。
「大道寺が傍に居るのなら不安は残るが心配いらないだろう。……まぁ、違う意味で心配だがな」
未だに加工写真を見ながら苦そうな顔で言ったのは一条先輩。
ちょ、待って!なんか皆勝手に決めつけているけどさ、大道寺先輩はあたしを「守る」なんて一言も口にしていませんけど?
自分で決めるのなら「守らない」選択肢も勿論存在しているでしょ?
だが思ったとこは言わずに飲み込んだ。なんか言葉にしたらまた五月蠅くなりそうだったからだ。
「ところで、呼び出したのはそのことを言うためだったんですか?」
あたしはてっきり試験結果の報告を怠ったことに対する呼び出しだと思っていたのだ。だがかれこれ一時間は経とうとしているがその話題は一切出ない。
「あ?当たり前だろ。試験結果なんて朝の時点で知ってるって~の」
「……朝?」
確かに貼り出しは教師が出勤する朝だ。しかしこんな目立つ人が混み合う時間帯に見に行くとは考えにくいのだけれど……?
そんな疑問をあっさり拭い去ったのは五嶋先輩。ホント、さらっと言った。「職員室で見たんだよ」と。
「それって職権乱用……」
「まさか。ただ先生に「生徒会運営に係る大切な事なんです」って言ったら見せてくれたんだよ。ね、一条?」
おどけてみせた五嶋先輩。それに答えるように一瞬写真から目を放し、「ああ」と一言。
いや。いい加減見るのを止めませんかね、それ。本人がいる前でがん見されると何の罰ゲーム?ってくらい恥ずかしいやら居たたまれないやらで、内心アワアワなんですけど。
「良い先生だったよなぁ。さすが新任の女性教師は騙されやすい」
「僕は騙したつもりは無いよ?真摯にお願いしただけだからね」
「……最低」
聞こえないくらいの小さな声で思わず出た言葉に同意したのは二宮君だ。「同感」と一言。
「ま、そっちは問題ないと思ってたしな」
「うん。落ちていたらじっくり話し合わなきゃとは思っていたけど……。さすが負けず嫌いだよね」
一言余計ですよ。
話し合い……。嘘だ。嫌味言うに決まってる。「え~どうしてダメだったの?」「ダッセー」「……この程度だったのか?」とか精神攻撃を繰り出そうと思っていたに違いない。しかも生き生きと。
今日のところはこれで勘弁してやるぜ!的な感じで解散となった。ふい~やれやれだ。
その後、部屋に戻ると興味津々な様子で椿が出迎える。だからついでに訊いてみた。生徒会と風紀委員の関係性を。
「んっとねぇ。……悪い、かな?」
「前から?どんな風に?」
椿は首を捻り、斜め上を向いて思い出すかのように顎に手を置いた。これはあたしの印象でしかないけど、と前置きをして話してくれた。
確かに何事に関しても見る人間によっては受け捉え方が違ってくる。
例えば男女が向かい合っていて、女の人が泣いていたら?誰かは「別れ話かな?」と考えるかもしれない。でも「プロポーズでもされたか?」と、逆の考えを持つ人も居るかもしれないのだ。もしかしたら二人はカップルですらなく、友人でもないかもしれない。真実なんて当事者にしか分からないのだ。
だから椿は前置きをした。「本当の事は分からないけれど」と。
それでもあたしは訊くことにした。一つの面しか見られなくなってしまわないように。
「委員長の大道寺先輩なんだけど、すっごく真っ直ぐな性格でさ。だからこそあんな役、引き受けているんだけどね。だから、ちゃらい四ツ谷先輩や、人を操るみたいな態度の五嶋先輩が嫌いみたい。一条先輩に関しては……。う~ん、どうなんだろ。でも良い印象は持って無いみたい」
……うん、納得。
確かに真っ直ぐな人からしたらあの人達って癪に障るよね。分かる分かる。
実際の四ツ谷先輩は、ちゃらいと言う感じではないけれど、大道寺先輩が裏を知っているとしたら「ふざけてんのか!?」だもんね。
真面目に出来る癖に……!って。
土・日と平和に過ごし、台本の確認も忘れず行った。
試験が終わったので今度は体育祭に向けて準備をしなくては。って言ってもあたしが出るのは学年別の競技くらいだから楽だけどさ。
例え体が小さくなっていたとしても中身は四半世紀生きた大人よ?高校生に守ってもらわなくとも自分でどうにか出来るわ!
「姫」
朝の登校時。いつも通り一人で歩いていると後ろから慣れない呼び名で呼び止められる。振り返ると大道寺先輩が笑顔でもなく不機嫌な顔でもなく、至って普通の顔で向かって来た。でも見る人が見れば怒っている様に見えるかも。無表情ってそう見えても仕方ないよね。そう考えると一条先輩と類友なんじゃない?
「おはようございます、大道寺先輩。なにか用ですか?」
空はもう直ぐ梅雨入りを示すかのように灰色の重い雲がひしめき合っていた。吹く風もどことなく湿気を孕み、頬を撫でる瞬間の爽やかさが少なくなっている。
そんな天気と呼応するかのような大道寺先輩の顔。……朝だからかもしれないけど、もうちょっと明るい表情を作れないものだろうか。
「おはよう。いつもこの時間か?」
「大体はこの時間ですね。先輩もですか?」
追いついた大道寺先輩は横に並ぶと歩きながら話そうとあたしをうながし、それにならって歩を進めた。先輩はあたしの質問に「いや」と否定し、ため息を吐くと後ろ頭を掻いた。
「寝坊した。おかげで寝癖頭のままだ」
ああ、それで。
良く見れば頭を掻いていたのではなく、何とか癖を直そうと指で梳いていたらしい。
なんだかほのぼのした空気にあたしはうっかりしていたんだと思う。つい言ってしまった。「四ツ谷先輩みたいですね」……と。
一瞬にしてそんなゆったりした空気は無くなり、温く頬を撫でていたはずの風が急に冷たくなった。そんなふうに感じるほど、先輩の顔から更に感情が抜けていたから。
つい言ってしまった。零れ出た言葉を回収することは出来ない。それは分かっているが、ここまで仲が拗れていると誰が思う?
あたしは必死に誤魔化した。
「ほら、あの人いつも寝癖頭ですから」
「本当にだらしないですよね」
「そう言えば変なこと言ったみたいですけど気にしないでくださいね」
忙しなく言った。先輩は「ああ」とか「そうだな」と機械みたいに一辺倒な反応しか返さなかった。でも最後に言った言葉に関してだけ反応した。適当につらつら言葉を重ねていたのでなんと言ったか記憶していなかったが、冷静になって思い出すとまた墓穴を繰り返していたと思い知る。
「あいつの言ったことなど気にしていない。……「守って欲しい」?ふざけるな!」
先輩は結構精悍な顔つきをしている。きりっと上がった眉と意思の強さを窺わせる目。寝癖が付いたと気にしていた髪は性格を表したかの様な癖知らずな直毛。
そんな人が怒りを露わにするとマジで怖い。
……嘘つき。気にしていないって言った舌の根も乾かぬうちに「ふざけるな!」って怒った。
めっちゃ気にしてますよね。
「そうですよね、ふざけてますよね。だから本当に気にしないでください。あたし、自分でどうにか出来るので」
急に怒鳴った先輩に注目が集まった。必然的に一緒に居るあたしにもその視線が集まる。だから相手の想いを認めつつ、「放っておいてくれ」と言葉の裏に隠して答えた。
いや、ホント。これ以上面倒な事に巻き込まないでくれ!!




