42 食堂からの→
部屋に戻って着替え、一休みしていると椿が帰って来た。一緒に食堂へ行こうと誘われたが事情を話すと「あ~……頑張って」そう言い残して夕飯を食べに行ってしまった。
その後約束の時間になり食堂に向かうと、ある一角が目立っていた。周りに人はおらず、みんな遠巻きに様子を窺っている。
遠巻きに見ている集団の中には椿も居た。あたしが姿を現したことが分かるとこちらを見て、何を言うでもなく「ご愁傷さま」と目が語る。
あの中に入るのか……。
良く見れば既に小さく鎮座している二宮君を見つけた。あまりにも肩身狭そうに座っているので見えなかった。と言うより周りがデカすぎる……。いや、背が高いのもあるけれどその……、態度がね、大きいよねあの人達。
明らかに空いている一席。きっとあそこがあたしが座らなければならない場所なのだろう。そこは二宮君と五嶋先輩の前、一条先輩と四ツ谷先輩の間……。
なぜわざわざ間を空けた?そこは詰めて座るべきでしょ?
え、なにこれイジメ?報告に行かなかったから拗ねてるの?
「……お待たせしました」
座らず空いている席を視界に知れない様にそう言った。
一斉に遠巻きに見ている生徒の視線が集中する。
「逃げたい」そう思うが逃げることも隠れることも叶わない。
「いらっしゃ~い。待ってたよ。全員揃ったし、ここじゃなんだから移動しようぜ、五嶋」
四ツ谷先輩が外面よく言う。そう言えば外部にはこんなキャラだったっけ。
提案を受けた五嶋先輩は頷き、そして何気ない笑顔で言った。
「そうだね。でも菜子ちゃんは夕飯まだでしょ?僕もまだだから一緒に食べよう。四ツ谷はもう食べただろ?先に多目的ルームに行っていて良いよ」
「……あはは!そうだな、夕飯が先だよなぁ。俺も食べ終わるまでコーヒーでも飲んで待つよ。高天もそうするだろ?」
一瞬、ピキーンと何かが凍った気がした。きっと今二人は無言で言い争っているに違いない。
キャラを演じている四ツ谷先輩は実にやり辛そうだ。対する五嶋先輩はいつも以上に生きいきして見える。生徒会室やこのメンバーでいる時は言い訳が多いけど、それ以外だとこんな風にお茶らけだから鬱憤晴らしに活用しているのかもしれない。
今なら何を言っても笑って流しそうだ。
一条先輩は「そうしよう」と言ってコーヒーを取に席を立った。続けて五嶋先輩が定食を取に行こうと誘ってくる。その後ろには二宮君も居た。
「僕も夕飯がまだなんだ。帰ってそうそう四ツ谷先輩に捕まって今まで部屋で絡まれていたからな。……多目的ルームに移ったらうるさくなるぞ、きっと……いや、絶対にうるさいだろうな」
確信を持ってそう言った彼の顔は、寮の玄関で別れた時よりも疲れて見えた。
可哀想に。どんな絡まれ方したのか分からないけれど、面倒くさい思いをしたに違いない。せめてご飯を食べている間だけでもゆっくりしてほしいものだ。
そう思うのだが二宮君は前に座った四ツ谷先輩から八つ当たりを受ける羽目になってしまった。あたしはそれを窺いながらせっせとご飯を口に運ぶ。少しでも早く食べて解放してあげなければ。そんな小さな、アホらしい使命感に囚われた行動だった。
ちなみに嫌がらせは他の人から見えない様に机の下で足を蹴られると言ったもの……。小学生かっ!
右側で優雅にコーヒーを飲む一条先輩と、左側でニコニコしながら軽口を叩き、尚且つ二宮君の足を踏んでいる四ツ谷先輩からようやく解放されたのも束の間。多目的ルームへと場を移したあたしを待ち受けていたのは五嶋先輩の笑顔。と両腕だった。
壁を背に少年の腕、と言っても高校生にもなれば大人と大差ない逞しい腕があたしを逃がさないとでも言いたげに挟む。
実際逃がしてはくれないだろうけど……。
「……あのぉ。これは一体?」
あたしは困惑しながら壁に手をつく腕を指差した。
例によってこの部屋のドアには『使用中』の札が掛かっているので誰も入って来ない。ってか内鍵をかけちゃったから寮母さん達じゃないと外から開けられない。
「ん?これはねぇ、我等が“姫”に大道寺との仲を訊こうかなぁと、思ってね」
「訊く態勢じゃないですよね?脅しに近いモノを感じるんですが……」
「ぽっと出て来たくせに可愛らしい愛称なんか付けちゃって、そのうえ同じ組だからって馴れ馴れしくお話しなんかしちゃう大道寺に対しての八つ当たり。かな」
八つ当たり……。確か八つ当たりとは、不快な想いをさせられた相手にはせず、第三者に対して行う鬱憤晴らしの事を言うはず……。
この場合あたしは関係者になる訳で、当たるのならば事情を知らない人にしないと意味が無い様な。
ただちょっとイラッとしたから絡んでみた。そう言いたいのだろうか。
「あ~、もう良いじゃん!大道寺なんか放っておけよ。せいぜい虫除けに使おうぜ」
食堂の外面キャラから解放され、いつもの様子に戻った四ツ谷先輩がなぜか二宮君にヘッドロックを掛けながらそう言った。
二宮君は必死にタップしているがかまわず技を掛けつづける。一条先輩は……持ち込んだ生徒会資料を読んでいた。
「まぁ、仕方ないか。四ツ谷の言う通り僕らの代わりに働いてもらおう」
おう!?真っ黒発言ですな。
渋々と言った感じでようやく威圧感から解放され、ホッと息つく。
「……桜川」
「はいはい、何ですか?」
ピラっと手に持っていた資料を反転させ、あたしに見せた。
そこには文字ではなく放課後、新波先輩に遊ばれた時の光景が写し出されていた。そう、先輩が熱心に見ていたのはあたしのコスプレ写真(引き伸ばしバージョン)だった。
「な!?なぜこれがここに!??」
「それね、僕も貰ったよ。と~っても上機嫌の新波前会長がわざわざ生徒会室まで届けてくれたんだ。『あんた達にはこんな事出来ないでしょ?』って得意気に言い残してね」
なにをしてくれてんですか、新波先輩!!
なぜ届けた?なぜ写真を伸ばした!?
放っておいたらポスターサイズに伸ばされかねない。否、あの先輩の事だ、等身大パネルとかにするくらい訳ないんじゃないだろうか……。
止めねば!!
硬く決心をしていた時、四ツ谷先輩がようやく二宮君を解放し、もぞもぞと懐から大な紙を出した。
どうやって持っていたんだ!?という突っ込みはナシの方向で。だって広げて見せられてお口あんぐり。頭真っ白。
「これもその前会長の力作。名付けて“子猫のアリス”だと」
それはアリスの衣装を着せられた後、オプションとしてつけられた猫耳と尻尾を身に付けたあたしが写っていた。きのこ椅子に座り、カメラのレンズを見上げるポーズ。力作とは良く言ったものだ。とても素人が作った様には見えない。背景は嵌め込みだろう。まさに職人技。
「お前は放課後何をやっているんだ?遊んでいるのなら生徒会の仕事をしろ」と一条先輩。その言葉にカッチーン。
「何ですかその言い方は!あたしはきちんと仕事していますよ。どう考えても被害者はあたしでしょーが!これは衣装合わせの為に着せられたんです!」
「衣装合わせのため、ね。それは耳や尻尾を付けなければ、さらに言えば撮影会をしなければ出来ないものなのか?」
「だ~か~らっ!不可抗力ですってば。じゃあ訊きますけど、一条先輩ならあの新波先輩に反抗出来るんですか!?」
「……」
無視かよ!?
この人都合が悪くなると黙るよね。と言うことは先輩にもそれは出来ないってことだ。じゃああたしの苦労も押して図るべきでしょーが!
「一条はねこんなに可愛らしい菜子ちゃんの姿を見た輩が一杯いると思うと腹が立って仕方ないんだよ。僕等がバックに付いているって分かっているだろうけれど、良くない事を考える男っているからねぇ。ホント、馬鹿って結果を考えないで突っ走るから厄介だ」
「菜子と同じ組の生徒会役員は二宮だからな。俺らより遙かに目は盗みやすいだろうから突っ走るバカは勝手に盛り上がってるだろうなぁ」
うん、確かにそうかもしれない。だからあんな……え~っと。あ、名前知らないや。ま、良いか。バカ王子みたいな奴が絡んで来たわけね。
「だ・か・ら!!大道寺にお前をそれとなく守るように言ったんだ。そしたらアイツなんて言ったと思う!?」
「さ、さぁ?なんて言ったんですか?」
怖い。鬼気迫るようだ。顔を高揚させ、声を大にして叫びたいがそれを押さえているのが伝わって来る。
……一体何を言ったんですか、大道寺先輩!