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プリムスの伝承歌―宝石と絆の戦記―  作者: 天花るい
第1曲 黎明の伝承歌
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第4節 暗転の刻

 闇が満ちている廊下に、自分の規則正しい足音だけが響いていた。

 執務室へ伸びている回廊には誰もおらず静まりかえっている。

 いつもなら見張りの騎士が必ずいるはずだ。母上が下げたのだろうか。

 静寂があまりに不自然で、まるで城全体が息を潜めているようだった。

 背筋に冷たいものが走り、足音すら響かせてはいけないような気がして歩幅を小さくする。

 執務室前まで辿り着くと、扉の前も無人だった。

 ここへ来たのは間違いだったかもしれない。

 そのとき、室内からかすかに聞こえる話し声。僕はゆっくり扉に近づいて会話に耳を傾けた。


「アエスタス女王。我が国に太陽石を貸すことを考え直してくれませんかね?」

「何かと思えば……もうその話は済んでいるはずです」

「最近、近隣国の動きが怪しくてね。抑止力のためにほんの数ヶ月でいいのですよ」

「国内でも原石《プリムス》は不用意に動かせません。それに、戦争の道具ではありません。ご理解ください」


 信じがたい内容に思わず息を呑む。

 太陽石はルナーエ国の象徴であり、世界にひとつしかない原石《プリムス》。

 おいそれと他国に貸せるものではない。

 僕たち王族や高名な宝石師でさえ、原石《プリムス》が安置してある宝石室へ平時は近づくことを禁止されている。

 そのくらい原石《プリムス》の管理は厳しい。

 少しの沈黙のあと、低く沈んだ声が響く。


「今まで散々戦争で宝石を使用していたルナーエ国が……平穏になればこの様か……」

「何と仰いましても、お貸しすることはできかねます」

「……そうですか。親善会というよい日だったのですがね。後ほどミステイルの礼節をもって改めてお話に参ります」


 足音が扉へ向かってきたので、急いで反対側の回廊へ移動する。

 柱の陰から執務室前をうかがうと、ミステイルの国王が立ち去る姿が見えた。

 乱れている呼吸を整えて、柱へ寄りかかる。

 まさか太陽石の貸借の話があるとは。

 いまだに、最後のミステイル国王の言葉が耳に残っている。


「ウィンクリア王子。こんなところで何をしているのですか?」


 肩がびくりと跳ねる。振り向くと、ガルツ王子が回廊の闇から現れた。

 思いもよらない人物の出現に、言葉を失う。喉が締まって呼吸をすることすら困難になった。

 彼がいつからそこにいたのか、どれだけ見ていたのか。最悪の想像が頭を駆け巡る。

 真実を吐かせようとする彼の眼光が全身を貫いた。

 ここで動揺してはいけない。態度が答えになってしまう。

 早くなる鼓動を感じながら、口を動かす。


「……夜風に当たっていただけです。そろそろ会場に戻りますね」


 とにかく離れたい。

 足早に去りたい気持ちを抑えてガルツ王子の横を抜ける。

 そのとき、ガルツ王子は僕の左手を掴んで壁に押しつけた。さらに、右肩を押さえつけ、逃げ場を塞ぐ。

 赤紅《あかべに》色の瞳に射抜かれ、身体は縫いつけられたように動かない。


「……本当は何をしていたのですか?」

「何のこと……ですか」


 彼はゆっくりと手に力を入れ始めた。指が肌に食い込み、痛みが走る。

 手を振り払おうとしたが、まったく抵抗できない。

 ガルツ王子は表情を変えることなく見据えている。

 足元から血液が凍っていくような感覚。

 どうすれば。


「リア様っ!」


 聞きなれた声が回廊に響く。そこには息を切らせたクラルスが立っていた。

 ガルツ王子はゆっくりと手を離す。掴まれていた手首がずきずきと痛み、思わず顔が歪む。

 クラルスは足早に僕の傍へ歩いてくる。


「お話中、申し訳ありません。ウィンクリア王子殿下、騎士団長がお呼びです。至急お戻りください」

「……わかった」


 クラルスはガルツ王子に丁寧に礼をして、僕を庇うようにその場から離れた。

 張りつめていた糸が緩む。


「リア様。お怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ。クラルスありがとう、連れ出してくれて……」

「城内でも外部の者が来ているときは護衛をつけましょう」

「……そうだね。ごめんねクラルス」


 彼は僕が何をしていたのかについては、言及しようとはしなかった。

 クラルスが来てくれなかったら、今ごろどうなっていたのだろう。

 嫌な考えを追い払うように頭を振った。



 夜会の会場へ戻ると、お開きの流れになっている。セラは僕の姿を見ると頬を膨らませた。

 会場を見渡すとガルツ王子はすでに戻ってきており、母上たちと談笑している。

 不意にガルツ王子と目が合う。先ほどの気まずさがあり、反射的に目をそらした。

 お見送りの際、ガルツ王子は何事もなかったような振る舞いだった。先ほどのことは悪い夢でも見ていたような感覚になる。

 長い夜会が終わり深く息を吐き出す。

 しかし、ガルツ王子の不可解な行動や太陽石の話が、ずっと心に引っかかっていた。


 窓の傍に立ち、夜が満ちている大河を眺める。水面は月明かりを弾いて静かに輝いていた。

 母上とミステイル国王の話が頭の中を駆け巡って、寝付けなかった。

 いまだに寝間着へ着替えることなく、ただ静かな夜の風景を眺めている。

 月石が宿っている証の爪は、月の光を弾いて淡い白藍色に染まっていた。

 短くため息をついて、欠けていない月を見つめる。

 僕がいくら考えたところで、原石《プリムス》の貸借の話は母上や父上が対処することだ。

 自分にどうこうできる問題ではない。

 それに母上の態度からミステイル王国に貸すつもりはないはず。

 時計を見やると零時が近づいている。

 寝付けなくてもそろそろ身体を休めなくては。

 ベッドへ腰を下ろし、着替えようと服の留め具に手をかける。

 ふと、遠くから騒がしい声が聞こえてきた。なんだろう。

 小さな疑問の泡を浮かべていると、自室に近づいてくる慌ただしい足音。

 次いでクラルスが血相を変えて部屋に飛び込んできた。

 彼の表情から深刻な事態と察し、全身に緊張が走る。


「ど……どうしたのクラルス!?」

「リア様! 起きていらしたのですね! 何者かが大勢で城に攻めてきています!」

「えっ……どうして!?」

「とにかく陛下と騎士団長様に合流いたしましょう!」


 考える暇もなく、短剣を腰に差し長剣を手に持ち、自室から飛び出した。

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