第3節 親善会
太陽石、高い攻撃性のある魔法が特徴。
女王陛下は敵国の王都を焼き払った。
通常の防御魔法で、太陽石の魔法を抑えることはできないだろう。
女王陛下の魔法の行使は、近隣国への抑止力になった。
我が国の安寧が約束されると思っていたが、一五七歳で陛下は自害した。
月石、防御と治癒の魔法という噂。
文献によると一万の矢の雨をしのぎ、敵国の魔法を一切通さなかった。
数万の騎士たちの身体に癒やしを与える魔法。
ただ、最後に宿った女王から月石は数百年の空白があり、実際の魔法は不明。
太陽石と月石は、原石のみ。原石欠片、欠片が存在した記録はなく、流星の日も確認されていない。
太陽石と月石は意思を持ち、歴代の女性王族とともに過ごした。その強大な力に心が翻弄されないことを祈るばかりだ。
これ以降のページは空白だった。年月が表記されていないので、いつ誰が書いたものなのかわからない。
冊子に書かれている女王陛下の年齢を見て思い出した。原石を宿した者は老いて死ぬことがなくなる。
僕も、その運命を。
思いを巡らせていると、肩に手が置かれた。
反射的に冊子を閉じて振り向くと、クラルスが驚きと困惑の表情を浮かべていた。
「リア様、大丈夫ですか? 先ほどからお呼びしていますのに……」
「ご……ごめん。夢中になっていて……」
「そろそろ日も暮れてきました。まだお探しでしたら明かりを点けましょうか?」
窓の外を見やると、太陽が山肌に半分沈んでいた。ずいぶん長い間、書庫にいたようだ。
知らなかった月石と太陽石のことを少しだけ知ることができた。今はそれだけで十分だ。
これ以上知ることを頭が拒んでいる。
「大丈夫。待たせてごめんね。そろそろ出ようか」
先ほど見つけた冊子は書架と書架の隙間に滑り込ませ、書庫をあとにした。
月石の真実を知ってから数ヶ月が流れた。
普段通りに過ごしているが、一人になると月石のことを考えてしまう日々。
そんな時間を過ごしていると、母上からミステイル王国との親善会の日程を知らされた。
国内外からたくさんの貴族や賓客が親善会の夜会に参加する。
貴族と賓客の情報が記載されている資料を渡され、交友会当日までに暗記するように伝えられた。
偶然、セラと休憩時間が同じだったので、先ほど渡された資料を一緒に読んでいる。
セラは紅茶を一口飲んだあと空を仰いだ。小さなため息が僕の耳に届く。
「帝王学を学びながらだと大変だよね」
「覚えるのは別にいいのよ。心配なのは緊張して頭から抜けてしまわないかだわ」
「大丈夫、当日は傍にいるから補佐するよ」
「私だってリアを補佐できるくらい頑張って覚えるわ!」
セラの頼もしい言葉に口元が緩む。後ろに立っているルシオラの表情もほころんでいた。
「ルシオラ。うれしそうだね」
「えぇ。セラ様がリア様といらっしゃるときの笑顔がとても愛らしいので」
「なっ! 何を言っているの、ルシオラ! もう、覚えたものが全部飛んでしまうわ!」
「これは失礼いたしました」
セラとルシオラのやりとりを見て、クラルスと目を見交わす。
四人でいるこの時間が、僕にとってはかけがえのないもの。
背負っているものを全て忘れられる時間だった。
親善会当日、王都は華やかな飾り付けで彩られ、いつにも増して賑わっていた。
「リア! 街がおもちゃ箱をひっくり返したみたい!」
窓から城下町を見下ろしているセラが弾んだ声を上げる。
「たまには、こういう城下町もいいね」
彼女の隣に並んで街並みを眺めた。空は快晴で、穏やかな風が吹いている。
正面にある時計塔が目に入った。
「セラ、そろそろ謁見室に行こうか」
「うん。緊張するわ」
「僕もだよ」
お出迎えのため、僕たちは謁見室で待機した。
やがて、ミステイル王国の国王とガルツ王子が現れ、母上があいさつを始める。
「ルナーエ国第一王女、セラスフィーナ・ルナーエです。本日はお越しいただきまして、ありがとうございます」
いつもの天真爛漫なセラと違い、次期女王の表情を見せていた。凛とした面持ちは母上に似ている。
ひと通り、あいさつを終えると大人たちは会議室へ向かい、僕たちは夜会まで中庭で過ごすことにした。
「すごく緊張したわ。リア、私大丈夫だった?」
「うん。立派だったよ」
セラのころころ変わる表情に思わず笑みがこぼれる。
僕たちは資料を持ち合い、最終確認をはじめる。
そして、空が紺色に染まったとき、夜会の幕が上がった。
夜会会場の広間はミステイル王国の賓客と自国の貴族で溢れていた。
星永騎士とミステイル王国の兵士が壁沿いに並び、母上とセラは上段の椅子に着席している。
父上は母上の隣、僕はセラの隣に立ち、要人や貴族のあいさつに応じていく。
セラに緊張している様子はなく、自然な笑顔で応接していた。
セラが少し戸惑うそぶりを見せると、僕が補佐に入り話を続ける。
二人で協力をしてなんとかあいさつの嵐を抜けることができた。
列も途切れ、僕たちはようやくひと息つく。
「リア、セラ。ごくろうさまでした。終わりまで自由にしていていいですよ」
「わかったわ、母上」
セラは短く息をついて席を立った。
僕はセラに付き添い、夜会の人混みへ足を進める。
会場内では、立食を楽しみながら要人や貴族たちが意見交換をしていた。
まずは、行かなければならないところがある。
セラを誘ってミステイル国王とガルツ王子のもとへ向かう。
彼らは用意されている東の上段の席に腰かけて、談笑をしていた。
ガルツ王子は僕たちに気がつくと席を立つ。
「これはセラスフィーナ王女、ウィンクリア王子。わざわざ席にまでお越し下さってありがとうございます」
「訪問の際には、お世話になりました。またお会いできてうれしいです」
「兄がお世話になりました。夜会、楽しんでくださいね」
セラが微笑むと、ガルツ王子は貼り付けたような笑みを向ける。彼の表情を見る度に背筋を這う冷たい感覚は何なのだろう。
社交的なあいさつを交わし、他愛もない話をしていると、ミステイルの国王が途中で離席する。
横目で追っていると、向かった先は母上の席だった。
そして、先刻から背中に張り付いている複数の気配。
「ガルツ王子。僕たちはこれで失礼します」
「えぇ。お互い良い夜会にしましょう」
僕たちは会釈をしてガルツ王子から離れる。
すかさず、貴族の女性が我先にとガルツ王子を囲む。
彼は独身。歳の近い女性は妃の座を狙って、気を引こうとしているようだ。
女性たちの表情は柔らかいが、雰囲気はひりついているように見えた。
王族のほとんどが政略結婚なのは理解している。
たまに僕に対して貴族が母上の許可なく、他国王女との婚姻や顔合わせの話を持ち帰ってくるときがある。
僕は自分で何も決めることができずに国の操り人形として生涯を終えるのだろうか。
「……リア。大丈夫?」
「……えっ」
表情に出てしまっていたのか、セラが僕の顔をのぞき込んで眉を寄せていた。
僕は憂いの気持ちを振り払うように、左右へ首を振る。
「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけだよ。セラ、貴族の方たちへあいさつをしに行こう」
「うん、そうね。リアが一緒なら大丈夫よね」
夜会前に母上から自ら要人や貴族たちに話しかけるように指示をされていた。
今のルナーエ国や近隣国の情勢を知るのも、王族としての務めだ。
さっそくセラが近くで談笑している女性貴族たちへ話しかけると、彼女たちはうやうやしくあいさつを返してきた。
「これはセラスフィーナ王女殿下。次期女王としてのごあいさつが立派で将来が楽しみですわ」
「王女殿下は日に日にお美しくなられて……」
いつものことだが、貴族たちは僕をいないものとして扱っている。
さりげなく肩で僕を押しのけ、セラとの間に割って入ってきた。
僕は気にせず、距離を取って笑顔を作る。
「お褒めいただきましてありがとうございます。将来、兄のウィンクリアと二人で国を支えていきます」
急にセラが僕の名前を出したので、貴族たちは明らかにうろたえていた。
セラはおしとやかに頬を緩めている。
「え……えぇ。王子殿下の騎士団長就任も楽しみですわ」
「そ……そうですわね」
「……将来、騎士団長の名に恥じぬよう、日々精進します」
貴族の女性たちはそそくさと僕たちのもとを立ち去っていく。
人混みに紛れていく背中にセラは鼻を鳴らして眉をつり上げた。
「リア、行きましょう」
セラに手を引かれて、僕たちは他の貴族や賓客のもとを訪れた。
政や近隣国のこと、他愛もない話しをして交流していく。
ただ、自国の貴族と会話するとき、彼らは相変わらず僕を蔑視する。いつものことだと言い聞かせて、笑顔で受け流した。
ひととおり話し終えると、セラはため息をついてバルコニーの方へ歩いていった。
彼女のあとを追い、バルコニーへ出ると、星々と満月が僕たちを見下ろしている。外の空気は室内の熱気とは対照的にひんやりとして気持ちがいい。
セラはバルコニーの手すりまで歩くと、少しうつむいた。
「セラ。おつかれさま、何か飲む?」
「大丈夫……」
声に棘がある。何か気に障ることがあったのだろうか。
「セラ? どうしたの?」
問いかけると、眉をつり上げた顔がこちらを向く。
「何でリアだけひどいことをされるの! こんなことおかしいわ!」
貴族の言動に怒っていたようだ。セラは僕に対する貴族の態度に薄々気づいていたと思うが、目の当たりにしたのは今日が初めてかもしれない。
彼女をなだめるように深紅の髪をなでる。
「僕のために怒ってくれてありがとう。気にしていないよ」
昔からの王子蔑視の風潮が、いまだに根強く残っている。安易に変えられるものではない。
「それに……父上のことを悪く言っている貴族がいたわよね」
「……そう、だね」
父上はもともとルナーエ国出身ではない貴族。母上との政略結婚を狙っていた自国貴族に嫌われているのは僕も感じていた。
セラは少しの沈黙のあと、顔を上げて僕をまっすぐ見つめる。
「私、決めたわ。母上以上の女王になる! 誰も文句が言えないくらい立派になって、この国の悪い部分を変えるわ!」
瞳には決意の光が宿っていた。きっと彼女ならそれを成し遂げてくれる。
「セラならきっとできるよ」
「何言っているの。リアも一緒に! 私、リアが騎士団長として隣にいてくれたら何でも頑張れる!」
「セラ……。うん、そうだね。二人で変えよう」
菜の花色の瞳と視線が交わり、どちらからともなく笑みがこぼれた。
お互いずっと一緒にいられないことはわかっている。離れるときが来る。
それでも僕たちは必ず破られる約束を交わした。
ふと、一階を見ると、回廊に人影。
月明かりを頼りに目を凝らすと、母上とミステイルの国王だ。
向かっている先は母上の執務室。なぜ二人は夜会を抜け出しているのだろう。
母上の足取りが重くみえた。ミステイル王国でのガルツ王子の不穏な言動が頭にちらつく。
母上が心配だ。
セラと壁沿いにいるクラルスに適当な理由をつけて、急ぎ足で母上の執務室へ向かった。




