第8話
今夜も、マリーは、寝物語を読んでくれた。
「そうして、魔法使いはいつまでも幸せに暮らしました。めでたしめでたし」
絵本を閉じたマリーへ、私はベッドの中から、小さな拍手を贈る。
「ありがとう、マリー。今日はもう寝るわ、おやすみなさい」
「……最後に1つだけよろしいでしょうか?お嬢様」
重くなってきた瞼を何とか押し上げて、私はマリーを見つめる。
「なあに?」
「はい。では、失礼して」
ベッド横の椅子に座っていたマリーが、素早く立ち上がり、
私に覆い被さり、
私の首にナイフを添えた。
「お前は、誰?」
驚く私に、マリーは畳みかけて喋る。
「お嬢様をどこにやったの?
それはお嬢様の体よ。今すぐお嬢様に返しなさい。
さもなければ、斬りつけるわ。
私もお嬢様の体を傷つけることは、なるべくしたくない。
さあ、早く」
冷たく落ち着いた声で、マリーが囁く。
私は恐怖に歯を慣らした。
「早く、お嬢様に体を返しなさい。
このナイフが聖別されているのは、わかるでしょう?
お前の魂をも傷つけることになるわよ」
「し、知らない!
アンネちゃんがどこにいったのかなんて、私は」
「知らない?
そんなことあるわけない。
お前がお嬢様の体を奪ったんでしょう?
本当のことを話しなさい。
いや、話なんてどうでもいいから、さっさと体をお嬢様に返せ」
「知らないってば!私だって、突然この体に入れられて、アンネちゃんによろしくって言われて、訳わからなくて」
歯をガチガチ鳴らして、恐怖に震えながら、必死に言い募る。
アンネちゃんの言葉を言った途端、首元のナイフがほんの数センチ離れた。
でも、そのほんの少しの隙間のおかげで、私はもっと言い訳を言うことができる。
殺されたくない。
痛いことは嫌だ。
許して。
誤解だってわかって。
そんな思いで、とにかく知ってることを全て話す。
「お嬢様に頼まれたというのは?」
「ほんと、本当だから。
殺されたと思ったの。その後に、この体で目が覚めて。
それで混乱してるうちに、倒れて、夢を見て。
たぶんアンネちゃんの記憶。それで、私の方が上手くやれるって思ったら、綺麗な女の子の声が、ならやってみせてって、私をよろしくって言って」
「それはお前の夢の話でしょう?」
「ひっ!でも他に知らないんです!」
あんまり怯える私に、マリーさんが眉を寄せる。
彼女は、ちらっと扉を確認した。
「静かにしなさい。
……その怯えよう、お前、悪魔じゃないの?」
「悪魔!?いや、ちが……」
「静かに。二度言わせないで」
「は、はい。悪魔じゃないです」
「ふーん。体はどうしたの?殺されたらしい体は」
「あの、信じてもらえるかわからないけど、私、この世界の人間じゃなくて」
スッとナイフが、また首に近づく。
「ほんと、本当です。本当に殺されたと思ったら、この体に入ってて。わざとじゃないんです」
「ふん。それで、お嬢様は?」
「私によろしくって言ったあと、どこかに行っちゃって。この体にいるのか、どこか出て行っちゃったのか、戻ってくるのかも、私知らなくて」
「……お嬢様になんと言われたの?」
「やって見せてよって。
たしか『私はあなた。あなたは私。見ているからね、私。もっと上手く私をやって見せて。私を助けてよ、私』って言ってました。
そのあとは、マリーが、いやマリーさんが待ってるから起きてって言われて、目が覚めました」
「……お嬢様が、自分からそう言ったの?」
マリーさんが半ば独り言のように、そう呟いた。
「え?は、はい」
「そう……わかった」
ようやくナイフが首から離れていく。
私は肩で息を繰り返す。
また殺されるかと思った。
胸が早鐘を打っている。
そうして、私が息を整えている間、マリーさんは静かなものだった。
私はゆっくり体を起こす。
改めて、マリーを見ると、彼女はどこか遠くをみて、ぼんやりしていた。
私を見ているようで、見ていない。
「あの……、」
話しかけると、マリーさんは、我に返って私を見た。
「……今日はもう休みなさい。くれぐれもお嬢様のお体で無茶をしないで」
「は、はい」
「それと、アンネ・ローゼをお嬢様よりお前の方が上手くやれるなんて思わないで」
「あ、はい」
キッパリそう告げて、マリーさんは部屋を去っていった。
はあああー。
長いため息を吐く。
「……生きてる」
胸に手を当てて、鼓動を確かめる。
今夜はとても寝られそうになかった。




