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ふたりの世界の終わり方  作者: 後藤翠
第二章 デュラハル王国編

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44.虚ろな笑顔

 森に朝の光が差し始めても、新とアゼルは街道には出なかった。


 二人が進んでいるのは、道と呼べるものさえない森の中だった。人の手が入っていない木々の間を抜け、張り出した根を跨ぎ、行く手を塞ぐ茂みをかき分けて進む。


 時折、遠くから荷車の軋む音が聞こえた。街道が近くにあるのだろうが、そちらへ近づくつもりはない。


 グレヴァルド収容所から二人が逃げ出したことは、すでに周辺へ伝わっている可能性がある。街道を使えば、人族の兵士と鉢合わせる危険が高かった。


「本当にこっちで合ってるんだろうな」


 前を歩くアゼルへ新が尋ねると、アゼルは足を止めずに答えた。


「方角は合っている。ヴェルガントは西だ」


「方角は、って何だよ」


「森の中では目印が少ない。少し高い場所へ出れば現在地も分かる」


 言っていること自体はもっともだった。


 ただ、さっきからアゼルが何度か足を止めて周囲を見回していることに、新は気づいていた。


「もしかして迷ってないか?」


「迷ってはいない」


「じゃあ、なんでさっきから止まってるんだよ」


「地形を確認している」


 アゼルはそう言い切ると、長槍で茂みを押し退け、緩やかな斜面を上り始めた。


 新も半信半疑のままあとを追う。やがて木々が途切れ、視界が大きく開けた。そこで新は足を止める。


「……すげぇ」


 西の空を塞ぐように、巨大な何かがそびえ立っていた。


 黄金とも橙色ともつかない光を帯びたそれは、あまりにも大きく、最初は大地から空まで続く巨大な壁のように見えた。


 新は首を上げる。視線を上へ辿っていくと、どこまでも伸びる巨大な幹の先から、空を覆うように無数の枝が広がっていた。そのさらに上には、遠くからでも分かるほど大量の葉が重なっている。


 聖樹ユグドラインの全体を離れた場所から見るのは初めてだった。あの巨大なものの内側に、自分が最初に訪れたユグドライン王国が存在している。


 中にいた時には、その大きさを考えたことすらなかった。


「遠くから見ると、本当に一本の木みたいになってるんだな……」


 しばらく見上げていた新だったが、ふと隣のアゼルへ顔を向けた。


「なあ。王都の近くから移動してるなら、ユグドライン王国ってここから西にあるよな」


「ああ」


「ヴェルガントも西だよな」


 アゼルが僅かに間を置く。


「……そうだ」


 新は目の前にそびえる聖樹を指した。


「じゃあ、あっちじゃないのか?」


 アゼルは聖樹を見たあと、自分が進もうとしていた方向を見る。しばらく黙っていたが、やがて何事もなかったように向きを変えた。


「行くぞ」


「おい」


「何だ」


「道間違えてたよな?」


「森の中で少しずれただけだ」


「聖樹が見えてなかったら、そのまま行ってただろ」


「……」


 アゼルは返事をせず、さっさと斜面を下り始めた。


 知識もあり、戦いにも強く、状況の判断も早い。ただ、道案内だけは任せきりにしない方がよさそうだ。


 収容所を出てから、まだまともに何も口にしていない。腹も減っていたが、それ以上に喉の渇きがひどかった。


 しばらく森を進んだところで、アゼルが足を止めた。


「水の音がする。近いな」


 二人はさらに斜面を下り、岩の間を流れる細い川へ出た。


 新は水辺へ膝をつき、両手ですくった水を口へ運ぶ。冷たい水が乾いた喉を通り、一度では足りず、そのまま何度も飲んだ。


 少し遅れて、アゼルも川辺へ腰を落とす。


「この川、ヴェルガントの方まで続いてるのか?」


「途中でいくつかに分かれるが、そのうち一本は近くまで流れている」


 新は水をもう一口飲んでから、アゼルを見る。


「そういうことは分かるんだな……」


「何が言いたい」


「いや、別に」


 アゼルが僅かに眉を寄せた。


 新が立ち上がろうとした時だった。対岸の茂みから、低い唸り声が聞こえた。


 太い枝が折れ、木々の奥から黒い獣が姿を現した。猪に似た巨体に硬そうな毛、口元から大きく反り返った二本の牙。


 新には見覚えがあった。


「ボルグか」


 ボルグは前脚で土を掻き、赤黒い目を二人へ向けた。


 アゼルが長槍を構える。


「来るぞ」


 次の瞬間、ボルグが地面を蹴った。浅い川へ飛び込み、水飛沫を上げながら一直線に突進してくる。


 新は背中の大剣を抜いた。巨大な牙が迫る。


 新は相手の動きを見ながら横へ踏み出した。ボルグの巨体がすぐ脇を通り過ぎ、その前脚へアゼルの槍が突き刺さる。


 体勢を崩したところへ、新は大剣を振り下ろした。


 幅広い刃が首元へ深く食い込み、巨体が地面へ倒れ込む。しばらく脚を痙攣させていたが、やがて動かなくなった。


 川へ血が流れ始める。


 新は大剣を引き抜き、刃についた血を川の水で洗い流した。


「そのままにするな。錆びるぞ」


 アゼルに言われ、新は外套の裾の裏で濡れた刃を拭った。


 初めてボルグと遭遇した時は、フィオナに助けられることしかできなかった。今は相手の動きを見て、自分で避け、自分の剣で仕留められた。


 アゼルは腰の短刀を抜き、必要な分だけ肉を切り取った。新も大きな葉を集め、その上へ肉を載せて包んでいく。


 再び歩き始める頃には、日はすっかり昇っていた。


 その後も何度か異形種に遭遇したが、二人で対処しながら西へ進み続けた。


 日が沈む前には岩壁の下にできた窪みを見つけ、そこで夜を越すことにした。


 拾い集めた枝で火を起こし、昼間に切り取ったボルグの肉を十分に焼く。味付けなど何もなかったが、腹が減っている今は十分だった。


 新は火の前で肉を噛みながら、以前、カンナやフィオナとボルグを食べた夜を思い出していた。


 あの時、カンナは外の世界を少しだけ楽しいと言っていた。ほんの少し前の出来事なのに、随分と昔のことのように感じる。


「二人は本当にヴェルガントに来ると思うか」


 新が尋ねると、アゼルは少し考えてから頷いた。


「来る可能性は高いだろうな。お前がロウで行方不明になったのなら、人族に捕らえられたことも考えるだろう。この辺りで囚人が集められる場所なら、ヴェルガントは候補に入る」


 アゼルは焼けた肉を一口食べる。


「それに、二人は元々俺を捜してヴェルガントへ向かう予定だったんだろう?」


「ああ。ガルゼンさんから、あんたがヴェルガントに捕まってるって聞いてた」


「なら、もう着いている可能性もある。俺を助けるために収容所へ動いていれば、街で何かしら騒ぎになっているかもしれん」


「それなら、着けば分かるか」


「少なくとも兵の動きを見れば、何かあったかは分かる」


 新は頷いた。ふと、別の疑問が浮かぶ。


「なんであんたはグレヴァルドにいたんだ?」


「移送されたからだ」


 アゼルは平然と答えた。


「どうせ捕まったのなら、利用しない手はない。ヴェルガントで逃げても王都までは遠いからな。向こうが王都の近くまで運んでくれるなら、その方が早い」


「……やっぱり、最初から逃げられたんじゃねぇか」


「必要がなかっただけだ」


 言っていることは分からなくもないが、やっていることは相当無茶だった。


 それに、ここまで簡単に牢を破れるほど強い男を、一体誰が捕まえたのか。少し気にはなったが、今はそれより先に考えることがある。


 新は少し呆れながらも、話を戻した。


「ガルゼンさんは、あんたが移送されたことを知らないってことか?」


「おそらくな。知っていれば、お前たちにヴェルガントへ行けとは言わん」


 つまりカンナとフィオナは、新を捜しながら、アゼルがまだヴェルガントにいると思っている可能性が高い。


「でも、着いたかどうかはどうやって調べるんだ?」


「ヴェルガントには外壁を抜ける古い排水路がある。ガルゼンも場所を知っている」


「カンナさんたちにも教えてるかもしれないってことか」


「ああ。カンナたちが俺を助けに来るなら、正門から入るのは危険だ。まず排水路から街へ入り、収容所の様子を探るだろう。すでに収容所へ向かっていれば、兵の動きに変化が出る。まだ騒ぎが起きていないなら、二人は収容所へ向かう前だ。俺たちは排水路の外で待ち、二人が現れるのを待つ」


 見つからずに街へ入り込んでいる可能性もあるが、少なくとも収容所へ向かうなら夜に動くはずだとアゼルは考えていた。


 新も頷いた。闇雲に街中を探し続けるよりは、その方が会える可能性は高そうだった。


 二人は交代で休み、空が白み始める前に再び歩き出した。


 二日目も街道は使わず、森や岩場を抜けて西へ進んだ。


 遠くの街道を荷馬車が通るたびに木陰へ入り、人族の兵士がいないことを確かめてから先へ進む。


 ヴェルガントが見えたのは、その日の夕方だった。


 丘の向こうに高い石壁が長く伸び、その奥には大小さまざまな屋根が並んでいる。いくつもの煙突から白い煙が上がり、正門へ続く街道には何台もの荷車が列を作っていた。


「あれがヴェルガントか」


「ああ。デュラハル最大の交易都市だ。王都へ送られる物資の多くがここを通る」


 新は街を見つめた。


 ロウとは比べものにならないほど大きい。


 正門には人族の兵士の姿も見える。


 グレヴァルドからの脱獄がすでに伝わっていてもおかしくない。二人が正面から入る理由はなかった。


 アゼルは街道から離れ、そのまま外壁に沿うように森の中へ入っていった。


 しばらく進むと地面が緩やかに低くなり、草に隠れるように細い水路が現れる。水はそのまま石造りの外壁の下へ流れ込んでいた。


 アゼルは水路脇にある大きな岩へ手を掛け、横へずらした。


 岩の陰から、人一人が屈んで通れるほどの隙間が現れる。


「ここだ」


「こんな場所、よく知ってたな」


「昔、ガルゼンから聞いた」


 新が中を覗く。奥は暗く、先までは見えない。


「カンナさんたちは、もうここを通ったと思うか?」


「さあな」


 アゼルは入口の周囲へ視線を巡らせる。積もった土や苔の様子を見る限り、長いあいだ誰かが出入りした形跡はない。


「……少なくとも、最近ここを誰かが通ったようには見えないな」


「じゃあ、まだ来てないのか」


「分からん。俺の知らない別の道を使った可能性もある」


 アゼルは排水路の奥へ目を向けた。


「念のため街の中を見に行く。先に着いているなら、どこかにいるはずだ」


「そうだな」


 二人は身を屈め、古い排水路へ入った。


 しばらく暗い通路を進むと、やがて先に僅かな光が見え始める。出口は街外れにある古い倉庫の裏へ繋がっていた。


 アゼルが先に外へ出て周囲を確認し、新へ合図する。


 二人は外套の頭巾を深く被り、人通りのある通りへ紛れ込んだ。


 まず確認したのは兵士の動きだった。


 人族の兵士は何人もいるが、街中を駆け回っている様子はない。収容所へ増援が向かっている気配もなかった。


「大きな騒ぎは起きてなさそうだな」


「今のところはな。少し街を見て回る。長居はしないぞ」


 二人は人混みに紛れながら大通りへ出た。


 左右には商店や宿、倉庫が並び、荷馬車が絶えず行き交っている。香辛料と焼いた肉の匂いが混じり、馬の鳴き声や車輪が石畳を削る音、その隙間から客を呼ぶ声や笑い声が聞こえてきた。


 通りを歩いているのは人族だけではない。


 頭に角を持つ者や、首筋や手の甲を鱗で覆われた者も多い。人族の商人と竜人族の客が同じ店先で話し、その間を子どもたちが走り回っていた。


 一見すれば、戦争の最中とは思えない。


 だが、歩いているうちに新は違和感を覚え始めた。


 人は多いうえに、誰もが笑っている。それなのに、街から熱気を感じない。


 店主は客へ笑顔を向けているのに、その目にはほとんど感情がない。道端で話している者たちの声にも、楽しそうな響きがなかった。


 交易都市なら、値段を巡って言い争う者や、道を塞ぐ荷馬車へ怒鳴る者がいてもおかしくない。


 だが、そうした声がどこにもない。


 その時、前から歩いてきた人族の兵士が、道を譲るのが遅れた竜人族の男へ肩をぶつけた。


 男が抱えていた果物が石畳へ散らばる。


「邪魔だ」


 兵士は立ち止まりもせず、そのまま歩き去った。竜人族の男は怒ることも、呼び止めることもしなかった。


 黙って果物を拾いながら、穏やかな笑みを浮かべている。


 新も手伝おうと、足元に転がった果物へ手を伸ばす。


「構いません」


 男はそう言って、新より先に果物を拾い上げた。穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに続ける。


「あの方にも事情があるのでしょう。争いは、よくありませんから」


「いや、でも……」


 新がもう一つ拾おうと屈みかける。


「おい」


 後ろからアゼルの声が飛んだ。振り返ると、僅かに眉を寄せている。


 新は伸ばしかけた手を止めた。


 周囲の者たちも誰一人として兵士を咎めない。


 ロウとは違う。あの町では、人々は人族を恐れて息を潜めていた。ここにいる者たちは、恐れているようにすら見えなかった。


 王都へ近づくほど、デュラハルの者たちは戦う意思を失っていく。


 昨日聞いた話が、目の前の光景と重なった。


 二人は宿の並ぶ通りや荷馬車の集まる広場を回った。カンナもフィオナも、兵士に見つからないよう髪や顔を隠しているはずだ。人混みに紛れる二人連れを注意深く探したが、見つける手掛かりは乏しかった。


 兵士たちにも変わった動きはなかった。


 日が沈み始めた頃、アゼルは街から出ることを決めた。


「今日は戻るぞ。二人がヴェルガントへ来るなら、あの排水路を使う可能性が高い」


 新も異論はなかった。


 二人は再び排水路を通って街の外へ出ると、入口を見下ろせる森の中へ身を隠した。


 その夜、カンナたちは現れなかった。


 翌日も二人は周囲を警戒しながら待った。昼の間に一度だけ街へ入り、兵士の動きと二人の姿を確認したが、状況に変化はない。


 ヴェルガントに着いて二日目。


 日が暮れ始めても、排水路へ近づく者はいなかった。


「本当に来るかな」


 森の中から入口を見ながら新が呟く。


 アゼルは木の幹へ背を預けたまま答えた。


「ロウではぐれた直後なら、まずお前を捜す。すぐこちらへ来たとは考えにくい。ガルゼンたちと合流したなら、一度ネーヴァへ退いた可能性もある」


「ネーヴァ……前に言ってた町か」


「ロウの北にある。ガルゼンなら、町を離れた者たちをまずあそこへ連れていくだろう」


 アゼルは排水路へ目を戻した。


「ヴェルガントへ来るとしても、俺たちより遅くなって当然だ。だが、あと二日待っても来なければ、ネーヴァへ向かうのも手だな。カンナたちがどれだけ遅れても、ヴェルガントまで来るのにそれ以上はかからないはずだ」


 新は頷いた。夜が深くなっていく。


 月は細く、森の中まではほとんど光が届かない。


 やがて、遠くから微かな足音が聞こえた。


 新とアゼルが同時に顔を上げる。


 どちらも深く頭巾を被り、暗い色の外套で身を隠していた。周囲を警戒しながら排水路へ近づく二人を見て、新が立ち上がろうとすると、アゼルが腕で制した。


「待て。もう少し近づくまで確認しろ」


 新は動きを止め、二人を見守った。距離が縮まると、小柄な方の頭巾の隙間から覗いた顔がちらりと見えた。カンナだ。隣の背の高い方が携えた剣にも見覚えがある。フィオナの剣だった。


「カンナさんとフィオナさんだ」


 新は斜面を下りた。足音に気づき、背の高い方がすぐに振り返る。外套の内側から剣が抜かれ、暗闇の中で刃が月明かりを返した。


「フィオナさん」


 二人の動きが止まった。


 新は頭巾を外す。


「俺です」


 小柄な方が、すぐに頭巾を下ろした。暗闇の中に赤い髪が現れる。


「アラタ……?」


「カンナさん」


 カンナの目が大きく見開かれた。


「本当にアラタなの?」


「はい」


 カンナは新の前まで駆け寄ると、その両腕を掴んだ。顔や肩、腕へ何度も視線を走らせ、傷がないことを確かめるように見つめる。


「無事だったんだね……」


「カンナさんたちも、無事でよかった」


 カンナはしばらく新の顔を見たまま動かなかった。やがて新の腕を離すと、すぐ隣にいるフィオナの手を握った。話をしている間も、カンナはその手を一度も離さなかった。


「ずっと捜してた。ロウを出たあとも、フィオナと何度も引き返して、アラタと別れた辺りを捜そうとしたの。でも人族の兵士が増えて、近くまで戻れなくなって……」


「そうだったんですか」


「うん。一度ガルゼンさんたちと一緒にネーヴァまで退いたの。ロウから逃げてきた人たちもいたから」


 アゼルが話していた通り、ガルゼンはネーヴァへ向かっていたらしい。


「ガルゼンさんと話して、人族に捕まっていたらヴェルガントへ送られているかもしれないって。それに、元々ここにはアゼルさんを助けに来る予定だったから、私とフィオナで来たの」


「だから二日遅れて……」


「ごめんなさい」


「いや、謝ることじゃないです」


 新はようやく息を吐いた。ずっと胸の奥に残っていたものが、少しずつほどけていく。


 その向こうでフィオナも頭巾を下ろし、構えていた剣をゆっくりと下げた。


「無事だったようだな、アラタ」


「フィオナさん」


 いつもと変わらない声だった。聞き慣れた声を聞いただけで、ようやく二人と再会できたのだと実感する。


 その時、木々の間からアゼルが姿を現した。


 フィオナの剣が再び上がる。


「待ってください。こいつがアゼルです。グレヴァルド収容所で俺の向かいの牢にいて、一緒に脱獄しました」


「王都近くまで移送されていたのか……。アラタもよく逃げのびたな」


 フィオナは新へそう声をかけたあと、アゼルへ視線を移した。


「この男が、アゼル……」


 フィオナは剣をすぐには下ろさなかった。アゼルは気に留める様子もなく、カンナに尋ねた。


「ガルゼンから、俺がヴェルガントの収容所にいると聞いたのか」


 カンナが頷いた。


「はい。そう聞いていました」


「俺はその後、別の収容所へ移送された。ガルゼンが知っていたのは、その前のことだろう」


「では、私たちは行き違いになったのですね」


「ああ。ガルゼンは今もネーヴァにいるのか」


「はい。ロウから逃げた人たちと一緒です」


 アゼルはわずかに息を吐いた。


「そうか」


 ガルゼンの無事を確認できたからか、その表情がほんの少し緩んだ。フィオナもようやく剣を鞘に戻した。


「詳しい話は場所を移してからにしよう。ここは外壁に近すぎる」


 新が頷きかけたとき、カンナがフィオナの手を握ったままなのに気づいた。再会してからずっと、彼女はそうしている。二人が一緒にいる姿は見慣れていたが、カンナがフィオナの手を離さずにいるのは初めてだった。


「カンナさん、さっきからフィオナさんの手を握ってますけど……何かあったんですか?」


 カンナは握った手に視線を落とした。再会した安堵は、もうその顔から消えていた。


「会えて本当によかった。でも、先に話しておかないといけないことがあるの」


「何ですか?」


 カンナは隣のフィオナを見上げた。


「フィオナの様子が、おかしいの」

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