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光を求めて  作者: kotupon


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ハドラマウト防衛戦4

雪原はすでに、ただの白ではなかった。

踏み荒らされ、血に染まる戦場——その中心で、二つの“異質”がぶつかり合っていた。


——『規格外』と『完全適合者』。


ハヌマーン・フォン・デクスターは、すでに満身創痍。

呼吸は荒い。

「フッ……フツ……ハァ……ハァッ……!」

胸が焼けるように痛み腕も脚も、重い。

それでも倒れない。

致命傷だけは——避け続けている。


その周囲では、生き残った精鋭たちが壁のように配置されていた。


「前に出ろ……俺を守れ……!」

命令は短く、感情はない。


精鋭たちは即座に動く。

盾を構え、肉壁となり、攻撃を受け止める。


本来ならばあり得ない使い方だった。

帝国の強力な兵器とも言える戦力を、ただの“防壁”として消費するなど——。


だが、ハヌマーンは選んだ。

なりふり構わぬ選択。


——生き残るために。


(例え、皇帝陛下に蔑まれようとも……!)

脳裏に浮かぶ冷たい視線…それでも構わない。

(持ち帰る……この傭兵団の情報を……!)


実際に戦ったからこそ分かる。

こいつらは——異常だ。


目の前に迫る五人。

ザック、ロイド、クリフ、ケイト、リズ。

その連携は、もはや言葉では言い表せない領域にあった。


ザックの膂力。

正面から叩き潰す暴力。


ロイドの洞察。

一手先を読み、確実に急所を抉る。


クリフの速度。

視界から消えるほどの神速。


ケイトとリズの矢。

常軌を逸した精度と威力。


——それらが“噛み合っている”。


「チィッ……!」

防いでも、防ぎきれない。

避けても、追いつかれる。


一撃ごとに、死が迫る。

それでも、ハヌマーンは生きていた。


五対一。

本来ならば、瞬時に終わるはずの状況。

その異様さに、周囲の者たちが息を呑む。


「……あの男、恐ろしく強いね……!」

ユキヒョウの声は静かだが、確かな驚きを含んでいた。


「ええ……マジでヤバいですね……」

氷の刃隊副隊長シオンも、思わず呟く。


「ザックたち相手にここまで粘るとは……称賛するぜ……!」

オズワルドの言葉は本音だった。

シャイン隊の“規格外”を知っているからこそ分かる。



——その評価は、ハヌマーンにも届いていた。

同時に理解している、このままでは——確実に死ぬ。


一瞬の判断、そして、決断。


「——全軍突撃だァッ!!」

号令が雪原に轟く。

精鋭も兵士も——命令に従う。

前へ出る。突撃する。


そして——ハヌマーン自身は、踵を返していた。

逃走…それが彼の選択だった。


「逃がすかッ!!」

ザックが吼える。


ドンッ!!

リズの放った矢が、空気を裂く——一直線。

狙いは、ハヌマーンの背。


貫く——そう思われた刹那。


「ッ!!」

精鋭が割って入る、盾で受け止める。


ガァンッ!!


衝撃、精鋭は吹き飛ばされる。

その勢いに巻き込まれ、ハヌマーンの身体も後方へ弾かれる。


結果として——距離が開く。


「まだよッ!」

ケイトの矢。


続けてリズ。

連射。


ハヌマーンはすでに体勢を立て直していた。

盾を掲げ、受ける。


「ッ……!」

衝撃を“利用”する、受けながら、後方へ跳ぶ。

さらに距離が開く。


「逃げる気かァッ!!」

ザックが地を蹴る。


クリフが加速する、ロイドも続く。


その前に立ちはだかる精鋭。

壁となり、時間を稼ぐ。


「邪魔だァッ!!」

ザックが叩き潰す。


クリフが斬り裂く、ロイドが急所を貫く。


「行かせないよ!」

ユキヒョウたちも動く。

後続を排除し、道を切り開く。


それでも——“足止め”としては十分だった。


ハヌマーンは駆ける。

雪を蹴り、血を撒きながら、それでも止まらない。


「クッ……ここまでか……!?」

クリフが舌打ちする。


視界の先——距離が開いている。

雪煙の向こうに迫る影。


「……うん、残念だけど……これ以上の深追いは危険だね」

ロイドが冷静に判断する。


帝国軍第三軍——約二千が押し寄せてくる。


「……チッ」

ザックが舌打ちする。

「まあ、逃げられちまったもんはしょうがねえなぁ」

悔しさはあるが、無理はしない、それが彼らの流儀。


「次は——こっちだな」

クリフが前を向く、戦いは終わっていない。


逃げ延びた“完全適合者”そして迫り来る大軍。


「——シャイン傭兵団、ゆっくり後退!」

ロイドの声が鋭く響く。


あくまで“後退”。

戦線を維持したまま距離を取る、統制された動きだった。


「了解!」

各隊から即座に応答が返る。


その直後——ドンッ!ドヒュンッ!ドバンッ!ドンッ!

乾いた破裂音が連続して響いた。


ケイトとリズによる狙撃。

迫り来る帝国軍、その密集した箇所を正確に撃ち抜く。

矢は一直線に飛び、盾ごと、鎧ごと貫く。


一射で五人。

多い時には十人。

まるで“線”で刈り取るかのように命が消えていく。


「ぐぁっ——!」

悲鳴が重なる間もなく、兵士たちは崩れ落ちる。


それは戦果以上の意味を持っていた——恐怖。

それが、瞬く間に広がる。


「な、なんだあれは……!」


「防げない……!」


兵士たちは気付く、自分たちは狙われている。

そして——防げない。


足が止まる、いや、止まってしまう。

ある者は膝をつき、ある者は地に伏せ、這うようにして前進をやめる。

少しでも低く、少しでも目立たぬように必死の本能だった。


彼らは“精鋭”ではない、ただの兵士だ。

恐怖に抗う理由も術もない、それは当然の反応だった。


「……矢が尽きたわ」

リズが小さく呟く。


「こっちもよ」

ケイトも同様に弓を下ろしかけ——「構えは解くな」

クリフが低く言う。


その目は前方を鋭く睨んでいた。

「一応、気付かれねえようにな」


「……ブラフ、というわけね」

ケイトがわずかに口元を緩める。


「ああ」

クリフは短く答える。


矢が尽きたことを悟らせない。


「さあて……奴らはどう出てくるかな?」

ダグが槍を肩に担ぎながら呟く。


「正直、もう勘弁してほしいところだわ……」

マリアが肩を回しながら苦笑する。

その言葉とは裏腹に、目は死んでいない、まだ戦える、そう語っていた。


「……なぁロイド?」

ロッベンが声をかける。

「あいつら……今までの兵士たちとは違うな?」


ロイドは視線を外さずに答える。

「……そうですね…統率が取れてるようには見えませんでしたね」


「闇雲に突っ込んできてたな」

ギャラガが腕を組みながら言う。


「それに……私たちの矢が盾に弾かれなかったわ」

リズが付け加える。


そこに、明確な違和感があった。

これまでの精鋭とは違う。盾も、動きも、質も。


「どんな意図があるにせよ——」

ザックが前に出る。

「向かってくりゃあ叩き潰す!来ねえなら、このまま下がればいい」

その声には一片の迷いもないシンプルな結論。


「そうだね、難しく考える必要はない」

ユキヒョウが静かに頷く。


その時だった、ルナイ川の畔——遠くから、はっきりと響く声。


「——撤退だッ!!」

ハヌマーンの号令。


一瞬、帝国軍の空気が変わる。


「……っ!」

ある兵士が大きく息を吐いた。


助かった。

その感情が、隠しきれずに滲み出るが——すぐに引き締め直す。


「……下がれ!慎重にだ!」

各所で指示が飛ぶ。


帝国軍は、無秩序ではなかった。

ゆっくりと警戒を解かず、後ずさる。

盾を構え、視線を外さず、いつでも反撃できる体勢を保ったまま。


「……逃がすのか?」

低く、押し殺したような声で呟いたのはギャラガだった。

槍の穂先にはまだ血が滴り、白い雪に赤い斑点を描いている。

その視線の先には、ゆっくりと後退を始めた帝国軍の姿があった。


「追えば、逆に飲み込まれます…それに殲滅戦じゃないですよ、防衛戦です」

ロイドの声は落ち着いていた、その瞳は冷静に戦場全体を見渡している。

感情に流されることなく、状況を正確に測るその姿は、責任者としての重みを十分に感じさせた。


「僕たちの被害はほとんどない。ここまでの戦果を考えれば上々だよ」

ユキヒョウが静かに続ける。白い息を吐きながら、剣を軽く振って血を払う。

その動作には無駄がなく、戦いの最中と何ら変わらぬ余裕があった。


「あまり高望みするもんじゃねえ…」

クリフが肩を回しながら言う。

連戦による疲労は確かにあるが、それでもその眼光は鋭いままだ。

「あの男が『撤退』って言葉を使った意味を考えりゃあ、なおさらだな」


あのハヌマーンという男——ただの撤退ではない。

生き延びるための判断、そして次に繋げるための選択。

それを理解しているからこそ、クリフの言葉には警戒が滲んでいた。


「退くときは退く、逃げる時は逃げる…恐らくあの男はこの地を離れるわ」

リズが弓を下ろしながら言う。

矢は尽きているが、その視線はまだ鋭く、いつでも次の行動に移れるよう備えていた。


「俺もそう思うぜ。それができてこそ『将』だろう?」

ザックが大きく息を吐きながら言う。

戦いの興奮がまだ抜けきっていない様子だが、その言葉には確かな実感があった。


「あら?ザックの口からそんな言葉が出るなんて思わなかったわ」

マリアがわずかに眉を上げる。


「ザックも成長したものね?」

ケイトがくすりと笑う。


「うるせぇな!」

ザックは不満そうに鼻を鳴らしたが、そのやり取りに、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。

戦場であることに変わりはない。

それでも、この余裕こそが彼らの強さだった。


——静寂が、ゆっくりと広がっていく。


雪原の上、二つの軍勢は距離を取り始めていた。

シャイン傭兵団は崩れぬ隊列のまま、規律正しく後退する。

誰一人として背を見せることはない。

常に敵を視界に入れ、いつでも戦える姿勢を保ったまま、一定の速度で下がっていく。


一方、帝国軍もまた、警戒を崩さずに撤退していた。


互いに、刃を収めることはない。

ただ、距離だけが広がっていく。


風が吹く血の匂いを運びながら。

その風の向こう——ルナイ川の畔では、ハヌマーンが既に舟へと乗り込んでいた。


その瞳には、はっきりとした感情が宿っていた——憎悪。


「……必ず、やり返す……!」

低く、吐き捨てるような声。

それは誓いであり、執念だった。


彼の拳が強く握られる。爪が食い込み、血が滲む。それでも離さない。

その痛みすら、今の彼には必要なものだった。


「……次に繋げるための撤退だ……」

自らに言い聞かせるように呟く。


舟はゆっくりと岸を離れる。

冷たい水を切り裂きながら、対岸へと進んでいく。


雪が、静かに降り始めていた。

戦いの痕跡を覆い隠すように。

倒れた者たちの上にも、血に染まった地面にも、等しく降り積もる。


やがてすべてを白に変えていく。



帝国軍の最後尾がルナイ川の向こうへと消え、白い靄の中に完全に姿を失したのを確認してから——ロイドはようやく小さく息を吐いた。

「……完全に引いたね」


その言葉を合図に、張り詰めていた空気がわずかに緩む。


「だが油断はするなよ」

クリフが即座に言う。

「数人でいい、監視を出せ。川沿い、それと高台にも配置しろ」


「了解だ」

ラモンが頷き、私兵たちに指示を飛ばす。

選ばれた数名がすぐに駆け出し、雪原へと散っていく。

彼らの役目はただ一つ——敵が戻ってこないかを見張ること。


戦いは終わった。

しかし“終わったと思った瞬間が一番危ない”ことを、ここにいる者たちは全員理解していた。


——やがて、静かな作業が始まる。


亡骸を集める作業だった。

雪に半ば埋もれた帝国兵、折り重なるように倒れた巨人兵、倒れた馬——それらすべてを、区別なく運び出していく。


「……重いな」

私兵の一人が呟く。

人のそれとは明らかに違う、巨人兵の異様な重さ。

冷たくなった肉体は硬く、動かすだけでも一苦労だった。


「文句言うな、全部やるぞ」

オズワルドの声が飛ぶ。


油が運ばれ、亡骸の上に静かにかけられていく。

誰かが火をつけると——ボウッ、と低い音を立てて炎が立ち上る。


雪の中で燃え上がる火は、どこか現実離れした光景だった。

人も、馬も、化け物も。

区別なく、すべてが灰へと変わっていく。

それは弔いであり、同時に疫病や腐敗を防ぐための現実的な処置でもあった。


モンローの街へ戻ると、その惨状はさらに鮮明だった。


焼け落ちた家々。崩れた壁。瓦礫に埋もれた生活の痕跡。

区役庁舎の中も例外ではない。

床には血痕がこびりつき、壁には刃の跡が深く刻まれている。

激しい戦闘があったことは一目で分かった。


「……ここで、最後まで抗ったんだな」

ロッベンが静かに呟く。


運び出される遺体の中には、トウフン議員と思しき男の姿もあった。

その周囲には護衛、私兵、傭兵たち——そして、化け物の骸。


誰もが、それぞれの役目を果たし、ここで倒れたのだ。


住民たちの亡骸も、丁寧に運ばれていく。

泣き崩れる者、無言で手を合わせる者。

その光景を、シャイン傭兵団の面々はただ静かに見守っていた。


——やがて、夜が近づく頃。


炊き出しの煙が立ち上る。

大鍋で煮込まれた温かいスープが、疲れ切った人々に配られていく。

湯気とともに、ようやく“生きている”という実感が戻ってくる。


「やっぱりお前ら凄ぇわ!」

ミロシュが大きな声で言った。

手にした椀を掲げるようにして。


「ワハハハハ!もっと褒めろ!」

ザックが豪快に笑う。

その声は戦場の緊張を吹き飛ばすようだった。


「お気楽でいいな、アイツは」

ダグが呆れたように肩をすくめる。


「はは……ザックらしいよ」

ロイドも苦笑する。


その空気を壊さぬようにしつつ、デチモがロイドの隣に立った。

「ロイド。この街にいた情報屋は、もう走らせてある」


「……もう?」

ロイドが驚いたように振り向く。


「敵の指揮官らしき人物が逃げ出した時だ。救助活動の最中、偶々な……戦場を見ていてな」

淡々と語るデチモ。


「随分と早い判断だな」

クリフが感心したように言う。


「悪いか?」


「いや、いい判断だぜ」

シオンが短く答える。


「早ければ明日の朝にも、ワイルジ区長たちが来るだろう」

デチモの言葉に、ロイドはゆっくり頷いた。


「……それなら、やることは決まってるね」

ロイドの視線は、焼け跡の街へと向けられる。

「復興と、防衛の再構築だ」


静かな声だったが、その言葉には明確な意志があった。

「ルナイ川流域に防御柵を設置する。監視塔も必要だし、見張りの交代制も整えないといけない」


「それに、輸送路の確保だな」

ダグが付け加える。

「食料と資材が安定して入らなきゃ、復興は進まねえ」


「住民の避難経路も整備した方がいいわね」

マリアが言う。

「また同じことが起きた時、次はもっと早く動けるように」


「うん、その通りだね」

ロイドは一つ一つ頷きながら聞いていく。

「ワイルジ区長たちとの話し合いで、それを全部提案する」

その目には迷いはなかった。


戦いは終わった——焼け跡の向こうで、まだ煙がくすぶっている。

その中で、確かに“未来”を繋ごうとする者たちがいた。

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