合同会合10
シマは腕を組み、静かに言った。
「……現時点で、俺たちが打てる手は多くねえ」
その言葉に、誰も異論を挟まない。
「まずは情報だ。徹底的に集める。そして監視体制を強化する」
指を一本立てる。
「それと――これ以上の移民、神父、牧師を受け入れないようにする」
もう一本。
「教会に流れてる“寄付金”“謝礼”“祈祷料”……そういう名目の金も止める」
さらに続ける。
「国境線の管理を厳格にする」
そして最後に
「王都と旧スニアス領の混乱を、一刻も早く収める」
並べられた方策は、どれも的確だった。
「……どれも一朝一夕でできることではありませんな」
アデルハイトが静かに言う。
「うむ」
ブランゲル侯爵も重く頷いた。
どれも時間がかかる。
しかも、どれか一つだけでは意味がない。
すべてを並行して進めなければならない。
「まずは動かねばならぬ」
ブランゲル侯爵はそう言い、ルーファスに視線を送る。
「書簡を用意せよ。王家および旧スニアス領へ、現状と対策を伝える」
「かしこまりました」
ルーファスは即座に一礼した。
ブランゲル侯爵家からの正式な書簡。
それは単なる報告ではない。
王家への提言であり、同時に圧力でもある。
「気掛かりがあるな」
シマが低く呟く。
全員の視線が向く。
「旧コンラート領……今のスニアス子爵領。それとヴィリエ領、ボーヴォワール領だ」
地図を思い浮かべる者たちの表情が引き締まる。
「旧コンラート領は、ゼルヴァリア軍閥国と隣接しているね」
ロイドが頷く。
「ヴィリエ領はゼルヴァリアとバルムート公国、両方に面している……」
「ボーヴォワール領はバルムート公国側か」
ジトーが続ける。
つまり――長大な国境線が、複数の勢力と接している。
「監視体制を強化するにも限界があるな」
マックスが冷静に言う。
「人も資源も無限じゃねえ」
ベガが腕を組んだまま唸る。
「一応、アンヘル王国軍の駐屯地はある」
ブランゲル侯爵が言う。
「三領それぞれに、兵が配置されている。総数は――一万五千」
「……数だけ見りゃ充分だが」
クリフが顔をしかめる。
「問題は“どこまで機能するか”だな」
その通りだった。
兵がいることと、統制が取れていることは別問題だ。
「忘れてはなりませんぞ」
ヤコブが静かに言う。
「この三家は、先の王都の政変で処罰を受けておる」
空気が一段と重くなる。
サーシャが低く続ける。
「つまり……王家に対して、完全に忠誠を誓っているとは限らない」
「従順かどうかも分からねえ、ってことだな」
ザックが腕を組む。
領軍が協力するかどうか。
それは王命ではなく――領主の裁量に委ねられる。
「……面倒だな」
フレッドがぼそりと呟く。
ジェイソンがゆっくりと口を開いた。
「結局のところ――これは“王家の求心力”が試されているということですね」
誰も否定しなかった。
命令で従わせるのか。信頼で動かすのか。
それによって、この国の未来は大きく変わる。
大会議室には、重い沈黙が落ちる。
敵は外だけではない。内にも不確定要素がある。
しかも、それらはすぐに解決できる問題ではない。
シマは椅子にもたれ、天井を見上げた。
「……一つずつ、潰していくしかねえな」
その言葉は、決して力強いものではなかった。
だが――現実を正確に捉えた、揺るぎない結論だった。
ブランゲル侯爵が静かに頷く。
「うむ。それが最も確実だ」
遠回りでもいい。時間がかかってもいい。
確実に、一歩ずつ。
その場にいる全員が、同じ認識を共有していた。
この戦いは――短期決戦では終わらない。
国と国、思想と思想がぶつかり合う、
長い戦いになる。
長時間にわたる議論の果てに、方針と課題はある程度整理された。
だが――それでもなお、胸の奥に残る“見えない重さ”は消えない。
その沈黙の中で、ぽつりと声が落ちた。
「……シマ」
マリウスだった。
視線は卓上ではなく、どこか遠くを見ている。
「この戦いは……いつまで続くんだろうね?」
誰もすぐには答えない。
「いつ、終わるんだろう?」
静かな問い。
その奥には、疲労でも恐怖でもない――純粋な“未来への不確かさ”があった。
「歴史上、この大陸を統一した国も……人も、いなかった」
その言葉は、ただの事実でありながら、重い意味を含んでいた。
そして同時に――
“君ならどうだ?”
“君たちならどうだ?”
そう問うているのと同じだった。
しばらくの沈黙の後、シマが口を開く。
「……俺には野望も野心もねえよ」
淡々とした口調だった。
「家族が幸せでいてくれれば、それでいい」
その言葉に嘘はない。
むしろ、それこそが彼の核だった。
「チョウコ町を発展させて、経済的に無視できねえ存在にするつもりはある」
視線を上げる。
「だが、国家間のいざこざに首突っ込む気はねえ」
はっきりと言い切る。
「ただ――」
一瞬だけ、声音が変わる。
「ブランゲルたちや、マリウスたちの敵なら話は別だ」
その目には、鋭い光が宿っていた。
「その時は、力を貸す。容赦なく叩きのめす」
「じゃがな」
ヤコブが穏やかに笑いながら口を挟む。
「現実はどうじゃ?一傭兵団でありながら、国家をも凌ぐ軍事力と戦闘力」
さらに続ける。
「スレイニ族、カイセイ族……そして王都のスラムをも治めておる」
「スレイニ族、カイセイ族はまだ傘下に入ったわけじゃねえだろ」
シマが即座に返す。
ヤコブは肩を揺らして笑う。
「ほっほ、時間の問題じゃろう」
「お前、気づかない振りしてるだけだろ」
ライアンが静かに言った。
視線がぶつかる。
「分かってるはずだ。時代は動き始めてる――シャイン傭兵団を中心にな」
その言葉は、冗談ではなかった。誰も笑わない。
「どうだい?」
軽やかな声で、ユキヒョウが言う。
「いっそ、大陸統一を目標にしてみたら?」
場違いなほど軽い調子。
だが、その内容はとてつもなく重い。
シマは一瞬も迷わなかった。
「夢物語だな。そんな気はねえよ」
ジェイソンが静かに言う。
「けれど……君が望むかどうかは別として」
視線をまっすぐに向ける。
「あらゆる場面で、君たちが関わることになるのは間違いない」
ヤコブがゆっくりと頷く。
「生きるということは、人との繋がりでもあるからのう」
その言葉は、どこか達観している。
「関わらずに生きることは、できぬものじゃ」
「……妙な話に向かったなぁ」
ジトーが頭をかく。苦笑しながら続ける。
「まあ、頭の片隅にでも置いとけよ」
「いや」
シマが即答した。
「消し去る」
一瞬の沈黙。
「ははははは!」
「潔すぎるだろ!」
「そこまで言うか!」
会議室は爆笑に包まれた。
その笑いの奥で――誰もが理解していた。
シマは本気でそう言っている。
そして同時に、それが簡単には叶わないことも。
望もうと望むまいと、力を持つ者は巻き込まれる。
繋がりを持つ者は、無関係ではいられない。
それでもなお――シマは“選ばない”ことを選んでいる。
その在り方が、どこへ向かうのか。
笑い声が残る中で、誰もが心のどこかで考えていた。
この物語は、まだ始まったばかりなのだと。




