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光を求めて  作者: kotupon


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写本?!

カシウム城


朝九時過ぎ――柔らかな朝の光が高窓から差し込み、磨き上げられた大理石の床に反射している。カシウム城の玄関ホールは、この時間帯でも十分すぎるほどの威容を放っていた。


そこに集まっているのは、シャイン傭兵団の男連中と、少年組――ビリー、ハイド、ザシャ、ヴィム、ジーグ。

少年たちは揃って天井を見上げ、柱を見ては目を丸くし、壁の装飾に指を伸ばしかけては大人に止められている。


「すげぇ……」

「城って、ほんとに城なんだな……」

言葉が幼くなるのも無理はない。


ハイドだけは一度だけここを訪れたことがあり、ブランゲル侯爵とも顔を合わせているが、それでも記憶以上の圧に、思わず息を呑んでいた。


その一角には、ベン一家の姿もあった。

リズの父ベン、母ヘラ、姉のリタ、兄のテオ。

全員が揃って落ち着かない様子で、視線があちこちを彷徨っている。


「……で、でかいな」

「落ち着きなさいよ、テオ」

そう言うリタ自身も、声がやや上ずっている。

ベンは黙っているが、肩が強張っているのがはっきりわかる。

そんな様子を見て、団員たちがさりげなく声をかける。


「気にすんな、最初はみんなそんなもんだ」

「そのうち慣れるさ」


気遣いに、ヘラが小さく頭を下げた。


「…また来てしまった」

カウラスが後悔するように呟く。


「…あなた、ここまで来てまだ、そんなこと言ってるの…?」

呆れた様子で言うマーサ。


「いつもいつも世話になってばかりじゃ、流石の私たちでも…ねぇ?」

そう言ってイライザに目を向けるアン。


「居心地が悪いわ…少しでも手伝えることがあれば、するべきね」

と言うイライザ。


「…勉強にもなるか…」

昨夜アパパ宿でトーマスに誘われ、言われたことを思い出すガンザス。


「…迷惑にならなきゃいいんだが…」

不安そうに口にするダンドス。


やがて、足音が揃って響く。

次席執事長ルーファスを先頭に、城内側から一団が現れた。


シマ、ジトー、ロイド、トーマス、オスカー、ヤコブ――

そして、その足元をちょろちょろと歩く仔狼のアル。

後ろには数名の使用人が続く。


「……犬……?」

「ちっちゃ……!」


少年組が一斉にざわめき、次の瞬間には興奮が爆発した。


「うわぁ!」

「動いてる!」

「本物だ!」


アルはというと、耳をぴくりと動かし、首をかしげて「キュウ」と短く鳴く。

それだけで、少年たちは完全に心を撃ち抜かれた。


「シマ団長!おはようございます!」

真っ先に声を張り上げたのはジーグだ。


「おはようございます!」

少年組が揃って頭を下げる。

少しばらつきはあるが、その声は元気そのものだった。


「おはよう」

シマは軽く手を上げて応じる。

「写本作りを手伝ってくれるんだってな。無理はするなよ。大人たちの言うことをちゃんと聞くんだぞ」


「了解!」

「キュウ!」


人と仔狼の声が重なり、場の空気が一気に和む。


このタイミングで、シマ、ジトー、ヤコブはベン一家の存在に気づいた。

オスカーは昨夜アパパ宿で軽く挨拶しているが、彼らにとっては初対面だ。


「シマ、こちらはリズの家族だよ」

とロイドが紹介をする。


ベンが一歩前に出る。

「リズの父、ベンです。今日は……お世話になります」


「シャイン傭兵団団長のシマです。写本作りに協力してくれると聞いています…感謝します。」

「副団長のジトーだ。なあに直ぐに慣れるさ、分からないことがあれば、こいつらに何でも聞いてくれ」

「学者のヤコブですじゃ。学ぶことへの楽しさを知ってくれると嬉しいのう」


簡潔な自己紹介が交わされる。

ベン一家は緊張しつつも、誠実に頭を下げた。


「俺とジトーは少し用事で外に出る」

シマが言う。

「後のことはロイドに任せる」


「了解」

ロイドが静かに頷く。


そのとき、オスカーが入口の方を見て言った。

「……来たみたいだ」


城門前の衛兵が足早に駆け込み、声を張る。

「クリフ様たちがお越しになられました!」


「お通ししなさい」

とルーファス。


ほどなくして、クリフ、ユキヒョウ、そしてオスカーの両親――

オイゲンとカタリーナが姿を現した。

二人は、きょろきょろと周囲を見回す。


「……で、でかいな……」

「本当に……」


不安と緊張が隠しきれない。


そこへオスカーが歩み寄り、柔らかく声をかける。

「父さん、母さん。大丈夫、心配しないで」


そして皆に向き直る。

「僕の両親です。オイゲンとカタリーナ」


シマ、ジトー、ロイド、トーマス、ヤコブが揃って視線を向ける。


「初めまして」

「こちらこそ」


それぞれが名を名乗り、短い挨拶を交わす。


オイゲンとカタリーナはまだ落ち着かない様子だったが、オスカーがそばにいることで、少しだけ表情が和らいだ。


カシウム城の朝は、こうして静かに、しかし確かに動き出していた。



カシウム城・書斎室。


机を囲んでいるのは、ロイド、トーマス、オスカー、ヤコブ、ユキヒョウ、ルーカス、マックス。

そしてベン一家、カウラス一家、オイゲン夫妻、さらに少年組――ビリー、ハイド、ザシャ、ヴィム、ジーグの姿もある。


羽ペンの擦れる音、紙がめくられる音、インク壺にペン先を浸す小さな音。

大人数が集まっているにもかかわらず、資料室には不思議なほど落ち着いた空気が流れていた。


オスカーは、両親と少年組の様子にさりげなく目を配りながら、机の間を行き来している。


「肩、力入りすぎてるよ、父さん」

「……わかっちゃいるんだがな」


オイゲンは苦笑しながらも、左手に握った羽ペンから目を離さない。

一ページを書き上げるのに、すでに一時間近くかかっていた。


紙の上に並ぶ文字は、正直に言えば――まるでミミズがのたくったようだった。


線は震え、文字の大きさはまちまちで、行も真っ直ぐに揃っていない。

だが、それも無理はない。かつて右利きだったオイゲンが、肘から先を失った後、慣れない左手で羽ペンを操っているのだ。額にはうっすらと汗が滲んでいる。


一方、隣ではカタリーナもまた奮闘していた。

「ええと……あ、また違う……」


同じ文字――ローマ字を写しているはずなのに、微妙に形が崩れ、別の文字になってしまう。

気づいて慌てて線を引き、バツをつけ、斜線を重ねる。


インクで書くという行為は、やり直しがきかない。

間違いは紙の上にそのまま残り、次第にそのページは、訂正だらけで賑やかになっていった。


「……向いてないのかしら、私」


「そんなことはないよ母さん」

オスカーは即座に答える。

「最初は、みんなこんなものだし、ここまで出来れば上出来だよ」

その声は柔らかく、どこまでも優しい。


オスカーは、二人の書いた紙を見比べる。

読めない文字、間違いだらけの行。

それらが、本として纏められることはないだろう。


だが――オスカーの胸には、不思議なほどの温かさが満ちていた。

同じ時間を過ごし、同じ机に向かい、同じ作業をしている。

それだけで、十分だった。


(……僕にとっては宝物だな)

心の中で、そう思う。


視線を移すと、少年組もそれぞれ羽ペンを握り、紙と睨めっこしている。


「ヤベぇ、はみ出た!」

「字、ちっちゃくなった!」

「インクついた!」


小さな声で騒ぎながらも、真剣そのものだ。


オスカーは腰を屈めて声をかける。

「焦らなくていいからね。ゆっくりでいい」


少年たちは一斉に頷いた。


書斎室の中で、羽ペンの音が続いていく。

完璧ではない文字、歪な行。

けれどそこには、確かな“積み重ね”があった。


それを見守るオスカーの顔は、穏やかな笑みと、静かな充実感に満ちていた。



静謐を保つはずのその空間の一角で、ひときわ人の気配と声が集まっている場所があった。

トーマスの周りだ。


長机を囲むのは、カウラス、マーサ、兄たちのガンザスとダンドス、そして義姉のアンとイライザ。

いずれも、文字の読み書きというものに、これまで一切触れてこなかった面々である。


羽ペンを前に、最初は誰もが固まっていた。

紙を見つめ、インク壺を警戒するように眺め、どう扱えばいいのかわからない――そんな空気が漂っていた。


だが、トーマスはその様子を見て、どこか楽しそうに笑った。

「いいか、親父。まずは自分の名前からだ」


そう言って、紙の端にゆっくりと文字を書く。

「これがな、kaurasu」


指で一文字ずつ示しながら説明する。

「これが ka。で、次が u。……“ら”は ra で書く。で、最後が su。ほら、これで kaurasu だ」


「……ほう」

カウラスは目を細め、まるで未知の道具を見るかのように紙を覗き込む。

「じゃ、俺もやってみるか」


ぎこちなく羽ペンを握り、線を引く。

曲がる。震える。インクが溜まる。

「……なんだこりゃ」


「最初はそんなもんだって」

トーマスは即座にフォローする。


「次はお袋な。マーサは……」

そう言って、また別の紙に文字を書く。

「ほら、これ」


「……これが、私の名前?」


「そうそう。」

その言葉に、マーサは少し照れたように笑い、アンとイライザが顔を見合わせて微笑む。

「兄貴たちもやってみろよ」


ガンザスとダンドスも巻き込まれ、次第に机の周りは賑やかになっていく。


一方――少し離れた机では、ベン一家がロイドの指導を受けていた。

こちらも、完全に一からだ。


「まずは、形を覚えることからでいいですよ」

ロイドの声は低く、落ち着いていて、よく通る。

「これは a。声に出して読んでみましょう」


「……あ」


「ええ、いいですね」

一つ一つを丁寧に、急かすことなく。

間違えても否定せず、出来たところをきちんと褒める。

「ベンさん、線は真っ直ぐじゃなくて大丈夫です。まずは“書いた”という事実が大切ですから」


「……なるほど」

ベンは真剣な表情で頷く。

ヘラもリタも、静かに集中し、テオは時折首をかしげながらも必死についていっていた。


ロイドの柔らかな物腰と、落ち着いた教え方は、初学者にとって何より心強い。


資料室全体は本来、静まり返っているはずなのに――

カウラス一家とベン一家の周囲だけは、時折笑い声や戸惑いの声が漏れ、少しだけ賑やかだった。



デリーとデシンスが資料室・図書室の指揮に当たっている。


「おい、蔵書は元あった場所に必ず戻せよ!」

「雑に扱うなよ!紙は生き物みたいなもんだ!」


腕を組み、目を光らせる二人。


「デリー、この蔵書はどうだ?」

と団員が一冊差し出す。


「内容はいいが、状態が悪い。修復待ちだな」


「デシンス、これなんか子供たち用に良さそうじゃねえか?」


「お、確かに。字も大きいし挿絵もある。取っておけ」


資料室のあちこちで、本が選ばれ、運ばれ、分類されていく。


学び始めたばかりの家族たち。

それを見守り、導く仲間たち。

そして、その土台を整える者たち。


静謐な空間の中で、確かに“生きた時間”が流れていた。



カシウム城・大食堂。

ここは本来、執事や使用人、メイド、下男、警備兵、衛兵らが日々の食事をとる場所だ。

華美な装飾は抑えられているが、天井は高く、長い木の梁が走り、城という建物の規模と歴史を感じさせる空間である。食堂特有の、木と石と香草の匂いがほのかに混じり、昼前の穏やかな時間が流れていた。


写本作りの作業も一段落し、人の出入りが落ち着いたころ。


次席執事長ルーファスが静かな足取りで現れ、ロイドの前に進み出て一礼する。

「ロイド様。お食事は――大広間にてご用意させていただきます」


その言葉は丁寧で、礼を失してはいない。

だが、その裏にある“当然そうすべきだ”という前提が、微かに滲んでいた。


大広間。

侯爵家の賓客をもてなすための、城でも指折りの格式ある場所だ。


その空気を、ユキヒョウがあっさりと崩す。

「食堂の方が近いし、そっちでいいんじゃないかい?」


軽い調子。悪意はなく、むしろ自然な提案だった。


だが、その一言に、ルーファスは一瞬言葉を失う。

(シャイン傭兵団は――)


彼の脳裏を、これまでの認識が一気に駆け巡る。

彼らは単なる“招かれた客”ではない。

ブランゲル侯爵と腹を割って話す相手。エリジェ夫人の命の恩人。

侯爵家令嬢エリカが所属する傭兵団であり、侯爵家が一目も二目も置く存在。

そして何より――侯爵家と対等、いや場合によってはそれ以上の力を持つと、ルーファス自身が理解している相手。


その彼らを、使用人たちが普段使う食堂へ案内する。

形式だけを見れば“格下げ”にも映りかねない。


一瞬の逡巡。


その空気を、ヤコブが飄々とした調子で切る。

「そうじゃな。その方が移動も楽だしのう」


まるで深く考えていないような、しかし場を柔らかくまとめる一言。

それで、決まった。


ルーファスは小さく息を整え、背筋を伸ばす。

「……承知いたしました。そのように手配致します」

その声には、迷いはもうない。


「ご用意が整い次第、お迎えに上がりますので」

そう言って深く一礼する。


それに対し、ロイドは穏やかな笑みを浮かべ、自然体で応じた。

「ルーファスさん、ありがとうございます」

その一言に、形式や力関係とは別の、“対等な信頼”が滲んでいた。


ルーファスは顔を上げ、わずかに表情を緩める。

この傭兵団が、なぜ多くの人間から慕われ、信頼されているのか――

その理由を、改めて実感しながら。


やがて大食堂には、昼餉の準備を進める気配が広がっていく。

格式よりも実を取り、立場よりも距離を縮める。

その選択が、自然に受け入れられる場所になりつつあることを、この城自身が静かに示しているようだった。

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