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光を求めて  作者: kotupon


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487/532

予定?!

 カシウム城の別室は、サロンとはまた違う静けさに包まれていた。

高い天井、淡い色合いの壁、窓から差し込む柔らかな光。

置かれている調度品一つ一つが上質で、粗野な気配は微塵もない。

カウラス一家にとっては、足を踏み入れてよい場所なのかどうかさえ分からない空間だった。


 整えられた食卓には、すでに料理が並べられている。

 艶やかなソースをまとったワイン煮込みハンバーグを中心に、焼きたてのパン、色とりどりの野菜、湯気の立つスープ、そして瑞々しい果物。香りだけで腹を刺激する、まぎれもない「城の食事」だった。


「お飲み物は、エールと果実酒でよろしいでしょうか?」

 メイドは穏やかな声でそう尋ねた。

あえて“ワイン”という言葉を出さなかったのは、彼女なりの気遣いだった。


「ぼく、ジュース!」

 真っ先に声を上げたのはエバンスだ。


「わたしも!」

「ぼくもー!」

 アニー、ウエンス、ミライも次々に手を挙げる。


「あ、あ……いや……は、はい……」

 戸惑いながらも頷くカウラス。

その横で、大人たちは互いに顔を見合わせるだけで、誰もはっきりとした言葉を発せない。


「かしこまりました。では、エールと果実酒をご用意いたします。何かございましたら、お手元の鈴を鳴らしていただければ、すぐにお伺いいたします」


 そう言って一礼すると、メイドと使用人たちは静かに部屋を退出した。

彼らがいれば緊張して食事どころではないだろう――それを察しての配慮だった。


 扉が閉まる。

 しばしの沈黙。


「……いいにおい!」

 最初に口を開いたのはミライだった。

椅子の上で小さく身を乗り出し、皿を覗き込んでいる。


「ほんと、美味しそう!」

 アニーの目もきらきらと輝いている。


「お父さん、食べてもいい?」

 ウエンスがガンザスを見上げて尋ねる。


「あ、ああ……そうだな。食べようか」

 ガンザスの声はまだ少し硬い。


「ええ、いただきましょう」

 アンがそう言って、ようやくナイフとフォークを手に取る。


 一口、二口。

 ハンバーグを噛みしめるごとに、肉の旨味と濃厚なソースが口いっぱいに広がる。

パンでソースを拭えば、それだけで立派な一品だ。


 子どもたちは遠慮というものを知らず、素直に喜びを表現する。

「おいしい!」「やわらかい!」「これ、すごいね!」


 その無邪気な声に引っ張られるように、大人たちの肩からも少しずつ力が抜けていった。

腹が満たされるにつれ、張り詰めていた神経もようやく緩んでいく。


 果実酒を一口含み、イライザがため息混じりに言った。

「……それにしても。せめてトーマスは、ここにいるべきでしょう?」


 アンが眉をひそめる。

「本当よ。私たちが、どれほど不安だったか分かっているのかしら」


「……ノエルさんがいたら、心強いのにねえ」

 マーサがぽつりと呟く。


「ノエルお姉ちゃん?!」

 それを聞き逃さず、アニーが声を上げた。

「どこにいるの?!」


「いるの~」

 ミライがオウム返しのように続ける。


「……確か、城塞都市で合流するって言ってたよな?」

 ダンドスが記憶を辿るように言う。


「ああ、確かにそんなことを言ってたな」

 ガンザスも頷いた。


 その様子を見ながら、カウラスは果実酒をあおり、力なく呟いた。

「……俺は、もう無理だ。心が持たんぞ」


 その言葉に、大人たちは誰も否定しなかった。

 ただ、こくこくと首を縦に振る。


 農民として、平凡に生きてきた彼らにとって、城の一室で豪奢な料理を前にするこの状況は、あまりにも場違いで、あまりにも過酷だった。


 子どもたちが無邪気に笑い、食事を楽しむ姿だけが、唯一の救いだった。



 サロンに、食後の穏やかな空気が満ちていた。

 料理を平らげた後の余韻に、誰もが背もたれに身を預け、杯を置き、言葉数も自然と少なくなる――はずだった。


 その空気を、甘やかな香りがそっと塗り替える。

 使用人が静かに差し出した銀盆の上には、艶やかなプリンが並んでいる。

なめらかな表面に、琥珀色のカラメルが光を受けて揺れていた。


 そして、エリジェの前に置かれた皿には――三つ。


「うふふ」

 自然とこぼれる微笑み。

年相応の気品をまといながら、その表情は少女のように無邪気だった。


「シマ、このカラメルのことも教えてくれてありがとうね。前よりもずっと深みが出て、一段と美味しくなったわ」


「そりゃよかった」

 シマは気負いなく肩をすくめる。


「……私も昨日の夕餉にいただいたよ」

 少し拗ねたように、マリウスが口をとがらせた。

「これほどのデザートがあるなら、私にも教えてくれてもよかったんじゃないかい?」


「リーガム街にいる時は、まだ思いつかなかったんだよ」


「こいつは突然、思い出すからな」

 フレッドが笑いながら口を挟む。


「それもまた、シマらしいけどな」

 トーマスが頷くと、場に柔らかな笑いが広がった。


「ところで、マリウス様たちはいつこちらに?」

 ロイドの問いに、マリウスはプリンを眺めながら答える。


「昨日の夕方だよ。私たちと、ワーレン隊、それからベルンハルトたちと交易隊も一緒に」


「……あいつら、無事だったか」

 ジトーが小さく息を吐く。


「ワーレンたちは、何やら任務があると言っていたね。詳しい内容は聞いていないけれど……話してくれるんだろう?」

 マリウスの視線がシマに向く。

「ああ。でも今じゃない。みんな揃ってからだ」

 短く、しかし確かな口調だった。


「公演が終わった後に会合を設けよう。それでいいかい?」

 ジェイソンの提案に


「助かる。そうしてくれ」

 シマは即答した。


 そのやり取りを、じっと見ていたブランゲルが、ふと低い声で問う。

「……シマよ。我ら、もはや一心同体とみなしてよいか?」


 サロンの空気が、一瞬だけ張り詰める。


 だが、シマは迷わなかった。

「ああ」

 ただ一言、深く頷く。


 その瞬間、重く漂っていた責任や緊張が、すっと溶けていくのが分かった。

言葉以上に、その頷きがすべてを物語っていた。


「さあ、食べるわよ!」

 空気を切り替えるように、エリジェが明るく声を上げる。

「エリカが帰ってくる前に!」


「エリカ嬢は、プリンには目がありませんからのう」

 ヤコブがしみじみと頷く。


「あいつ、プリンには異常に固執するよな?」

 ザックの言葉に


「ミーナもそうだなぁ、エイラやサーシャ……女性陣はみんなそうだな」

 ジトーも苦笑する。


「女性にとって、デザートは“別腹”なのよ」

 エリジェは楽しげに笑った。


 その背後で控えていたメイドたちも、そして元王家特別監察官キャシーでさえ、思わず「うんうん」と頷いている。


 スプーンが入れられ、プリンが揺れる。

 甘さとほろ苦さが重なり合い、サロンには再び穏やかな時間が流れ始めた。


 ――エリカが戻る前に、少しでも多く。

 そんな無言の共通認識が、そこにいる全員の胸の内で、静かに一致していた。 



サロンは、昼食とデザートを終えたあとの心地よい余韻に包まれていた。

 重たい話題はすでに去り、ワインの香りと軽い笑い声が、天井の高い空間にゆるやかに漂っている。


 その中で、ザックがふとグラスを傾けながら口を開いた。

「なあ、デシャン。そういや、あいつらはどうしたんだ?」


 その問いが指しているのは。

 カールスルーエ・ヘッセンとヘルモート・ビルング。

 デシャン・ド・ホルダー男爵の側近であり、従者であり、そして何より――戦友。


 ザックとフレッドは、王都からの帰路で彼らと何度も杯を交わしている。


「ああ、あいつらか」

 デシャンは肩をすくめ、苦笑混じりに答える。

「城の中は肩がこると言ってな。宿に泊まっているぞ。もちろん、ブランゲル様の許可は得ている」


「うむ」

 ブランゲルが短く頷く。

 その一言だけで、全てが許可されていることが分かるのが、この男の重みだった。


 デシャンはそのまま、指でサロンの一角を示した。

「ちなみに、そこにいるハインツは、カールの倅だ」


「……似てねえな」

 フレッドがじっとハインツを見て、率直に言う。

「俺でも気づかなかったぞ」


「母親似だからね」

 マリウスが淡々と補足する。


 そのやり取りに、ブランゲルが思い出したように笑い出した。

「そういえば、あったな……ククッ……」


「何がですかな?」

 デシャンが首をかしげる。


「戦功を挙げたカールとヘルモート、それにヨッフム――あいつらに、俺が騎士爵を授けた時だ」


「……」


「あいつら、そろって嫌そうな顔をしおったなぁ」


「そういうこともありましたな」

 デシャンも思い出したように目を細める。


「お前もだぞ、デシャン。陛下から男爵位を賜った時、ちっとも嬉しそうじゃなかったな?」


「ハハハ……そうでしたか?」

 とぼけたように笑うデシャンに、ブランゲルは豪快に笑い返した。


「お前も、カールも、ヘルモートも、ヨッフムも武一辺倒の男たちだと分かっていたからな。領地経営で苦労するのは目に見えていた」

 一瞬、視線を遠くに向けてから、続ける。

「……だが、やりがいはあっただろう?」


「……ええ」

 デシャンは素直に頷いた。

「ブランゲル様が何かと手を貸し、援助してくださらなければ、正直、投げ出していたかもしれません」


「ワハハハ!」

 ブランゲルの笑い声が、サロンに響き渡る。


 その流れを、完全に“いつものノリ”に引き戻したのがフレッドだった。

「なあなあ、今夜飲みに行かね?」

 即座に続ける。

「カールとヘルモートも誘ってさ」


「いいな!」

 ブランゲルが目を輝かせる。

「エリクソンも誘うか?」


「誘え誘え!」

 ザックが即答する。


「ワシも同行してよろしいですかのう?」

 ヤコブが控えめに手を挙げると、


「おお!爺さんも一緒に行こうぜ!」

 ザックが嬉しそうに声を張り上げた。


 話は雪だるま式に広がっていく。

「ジトーも行くだろ?」「トーマスもだな」


「クリフも誘おうぜ!」トーマスが言えば


「おう、いいな」

 ジトーも乗る。


「ハインツだったか?」

 フレッドが声をかける。

「お前も行くだろ?」


 ハインツは一瞬、戸惑ったようにマリウスを見る。

 その視線を受け止め、マリウスは小さく微笑んだ。


「行ってくるといい。ビリャフと……モーガンにも声をかけてね」


「……はい」

 ハインツの表情が、わずかにほころぶ。


 一方で、全員が同じ流れに乗るわけではなかった。

「俺たちは、城で静かに飲もうか」

 シマが言うと、ロイド、オスカーが頷く。

「ジェイソンも、マリウスも、だな」


「そうしよう」

 ジェイソンとマリウスも同意する。


 ――シマは酒を飲めないが、それでもその場にいることに意味があった。


 その様子を見ながら、エリジェが夫の袖をそっと引いた。

「あなた……ほどほどにね?」


「……努力はしよう」

 ブランゲルは苦笑しつつ答える。


 こうして、夜の予定は自然と二手に分かれた。

 賑やかに街へ繰り出す者たちと、城の中で静かに杯を重ねる者たち。


 だが、どちらにしても――

 この日、この場所に集った者たちの間には、確かな信頼と、長い時間を共にした者だけが持つ温度が、静かに、そして確かに流れていた。



サロンに、ほどよい余韻と談笑が満ちていたその時だった。


「――エリカお嬢様のお帰りです」

 使用人の一人が、やや声を張って報告する。

「それと……シャイン傭兵団の女性の方々も、ご一緒に来られています」


 一瞬、空気が変わった。


 ブランゲルがゆっくりと顔を上げ、エリジェは嬉しそうに微笑む。

 ジェイソンは「来たか」と小さく呟き、マリウスは無意識に背筋を正した。


「シマ様、こちらを」

 ネリが静かに歩み寄り、一枚の用紙を差し出す。


「……これは?」


「宿の配置と、現在城塞都市に滞在している方々の一覧です」


 シマは受け取り、目を通す。

まず最初に書かれていたのは――アパパ宿。


 そこには、女性陣の名が並んでいる。

 サーシャ。エイラ。ミーナ。メグ。リズ。ノエル。マリア。

 シャロン。ティア。メリンダ。コーチン。ソフィア。クララ。ヒルダ。


 だが、それだけでは終わらない同じアパパ宿には――ギャラガ率いる『灰の爪』隊。

 ギャラガの家族。マリア隊。ライアン隊。

 グーリスの妻ナミと、その息子クライシス。

 クリフたちが連れてきた、リズの家族。


 そして――「……ルドヴィカ?」

 エイト商会の名が、さらりと混じっていた。


「何であいつがいるんだ……?」

 フレッドが覗き込み、首をひねる。


 ザックは面白そうに笑うが、シマは黙って続きを読んでいた。


 次の項目。アパパ宿・系列店「アパーパ宿」。

 ここには、ルーカス隊。マックス隊。デリー隊。ジョワイユーズ隊。

 加えて、ルーカスの妻・ビルギット。マックスの妻・マヌエラ。


 さらに――根城宿。

 キーファー隊。ドナルド隊。マーク隊。


 ザムエルの宿。

 デシンス隊。ダルソン隊。キリングス隊。リットウ隊。


 ネリが答える。

「宿賃は先払いされています。ですので、城塞都市に戻ってきても、すぐに宿泊可能に手配していたようです」


 さらに追記がある。

 キリングスの妻・アマーリエ。その息子たち、フォルカーとシュテファン――幼い兄弟。


 次——泉の宿。

 ワーレン隊。ベガ隊(※ベガ本人は除く)。


「ようやく探し当てて、割高の宿泊費を払うことで宿泊可能となったと聞きました」

 ネリの説明に、マリウスが静かに頷く。


「この混雑で、よく確保できたものだ」

 ジトーが言う。


 用紙の最後に、ひときわ長い一文がある。

 ――王都から連れてきた者たち。スラムの住人。孤児。

 合わせて二百五十人を超える大所帯。


 そのために――ネリが手を回し

「城塞都市に建ち並ぶ宿の一角を、ブランゲル侯爵家の名で一月分、借り上げました」


 リストにはさらに名が並ぶ。

 クリフ。ケイト。ユキヒョウ。ベガ。


 そして――オスカーの両親、オイゲンとカタリーナ。


 シマは、ようやく顔を上げた。


 ネリは一礼する。

「ブランゲル侯爵家として、責任をもって受け入れております」


 その時。

 廊下の向こうから、足音が近づいてくる。

 明るく、軽やかで、しかし確かな存在感を伴った足音。


「――さて」

 ブランゲルが立ち上がる。

「主役の一人が、戻ってきたようだな」


 扉の向こうには、エリカと――シャイン傭兵団の女性たちがいる。

 この城、この都市、この時間。

 すべてが、次の段階へと進もうとしていた。

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